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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
59/145

崩壊

 境界線が存在しない純白の世界にライトは居る。

 この世界に居ると、自分が穢れの無い白にこびりついた小さなシミのような存在に思えてしまう。


「また、ここに来たのですか」


 現実離れしたこの光景に見覚えがあった。神と魂が会話をする場。武の神と死を司る神に会った場所で間違いはないと、ライトは思う。


「今度こそ死にましたか」


『死んではいません』


 呟きは即座に否定される。何もない空間に響く声のありかを探すのだが、ライトは自分以外の存在を見つけることができない。


「この声は……死を司る神と認識して間違いありませんか?」


『はい、そうです。姿も見せずに、申し訳ございません。現状では、こうして声を届けるので精一杯なのです。今、死者の街は双子の悪魔率いる魔物の群れに襲われている最中です。ライト様はこの後、死者の街へ向かうつもりのようですが……考え直していただけませんか』


「これは異な事をおっしゃる。悪魔たちに襲われているというのなら、援軍が邪魔になるとは思えないのですが」


 死を司る神の考えが読めずに眉根を寄せる。戦況が危機的状況だったとしても、人手が不要という事はないはずなのだが。


『おそらく、ライト様が着く頃には勝負はついているはずです。死者の街の壊滅という結末で』


 厳かに断言する死を司る神の声に、ライトは息を呑んだ。

 あまりにもあっさりと街が滅びると言い切った死を司る神に、ライトは反論せずにはいられなかった。


「神の予想――この場合は神の予言なのでしょうか。とはいえ、にわかには信じられませんよ。あの街には私が知るだけでもSランク以上の冒険者が最低十名はいるはずです。上位悪魔がやってきたとしても、そう簡単に落とせるとは思えません」


 三英雄や、キャサリン、土塊、その他にも面識がある猛者たちの頼もしい顔が次々と浮かんでくる。Sランクに届いていない街の冒険者たちも殆どがBランク以上の実力だ。

 一国の軍隊を用いても、死者の街は攻略できないと噂されているのは伊達ではない。


『私はいつかこの日が来るのがわかっていました。そして、十分に対策を練ってきたと自負していました。しかし、私の考えは甘く、悪魔たちは狡猾でした……死者の街の住民は致命傷を受け、消滅したとしても時間が経てば、体が再生するのはご存知ですよね』


「ええ、知っています」


『街に溢れる闇の魔素を取り込み、肉体を修復させているのですが、奴らは特殊な魔法を発動させ再生時の魂へ強引に干渉し闇を焼き付けたのです。双子の悪魔のどちらかが行使し常時発動状態になっている特殊な魔法、いや、呪いと言った方が正しいかもしれません』


「つまり、どういうことなのですか」


『倒された街の住民が再生されると、敵側の兵として蘇るということです。強制的に焼き付けられた刻印により』


「住民が倒されると、死者の街の戦力は減り、悪魔側の戦力は増強されるという事ですか。それは――敵側についた元住民たちは何度やられても、直ぐに復活するのでしょうか」


 予想を上回る絶望的な状況に言葉が詰まるライトだったが、鋭く息を吸い、瞬時に冷静さを取り戻し問いかける。「焦るのも取り乱すのも、全てが終わってからにしなさい」力が制御できず、感情が昂ぶりやすかった幼少の自分に何度も母が言い聞かせていた言葉をライトは思い出し、心の平穏を何とか保っている。


『いえ、敵に闇を刻印されたものは、死者の街との繋がりが消えるため、再び消滅すると復活はできません』


「一度も倒されずに勝ち続けていれば、防衛が成功する可能性もあるわけですね。現在、死者の街はどうなっているのですか」


『上位ランクの冒険者が何とか踏ん張っている状態です。魔物の群れの大半を撃退したのですが、今は……倒され悪魔に操られている住民たちが、冒険者たちへ襲い掛かっているところです』


 知り合いや、友と呼べる存在を相手に彼らは必死に戦っている。ライトは逆境に置かれながらも戦い続けている友を想い、拳を握りしめる。


「目が覚めたら私の力は元に戻っていますよね。死を司る神よ、願いがあります。私を死者の街へ送ってもらうことは可能でしょうか?」


『街の入り口までなら問題はありませんが、話を聞いていなかったのですか。何とか善戦はしていますが時間の問題です。無念ではありますが、もう死者の街は……街が落ちてしまえば、希望は――ライトアンロック、貴方しかいないのですよ』


「買いかぶり過ぎですよ。私はしがないただの聖職者です。この世界の行く末より、友と肩を並べ戦いたいと考える愚か者です。例え、手が届かなかったとしても、やらなくて後悔するよりは、やって後悔したいのです。足掻いて足掻いて、それでもどうにもならなかったら、笑って死んでやりますよ。それが母の教えでもありますから」


 迷いの吹っ切れた顔で笑みを浮かべ、上空を仰ぎ見る。


『貴方という人は……わかりました。不本意ではありますが、目覚めた後に貴方を死者の街へと送りましょう。それと、我ら神は世界に直接干渉することが禁じられている為、この程度のことしかできませんが、貴方の力を一つ解放しましょう』


 ライトの頭上から降り注ぐ暖かい光りが体内へと染み込み、胸の奥で何かが渦を巻き弾けるような感覚を味わう。

 そして、光が霧散するとライトの脳内に直接情報が流れ込んでくる。


「魔法の強化というより進化ですね、これは」


『貴方の使える魔法の一つを進化させました。貴方は自力で、いずれこの高みへたどり着いたのですが今はその時間も惜しいので。すみません、私にはこれぐらいしか手を貸すことが』


「いえ、充分ですよ。干渉を禁じられている身でここまでするのも、かなり危険なことなのではないですか」


『そうですね……神の規律に反した行いであるのは確かです。ですが、そのようなことは問題ではありません。私はこの世界を救う為に貴方を利用しています。だというのに、貴方に秘密にしていることが、まだあります。これから先、貴方が戦いの場に身を投じることを選択するのであれば、辛く厳しい道を進むことになるでしょう――ライトアンロックよ、逃げても良いのですよ? 絶望的な状況に背を向けても誰も非難しません』


「無謀だというのは承知の上です。どんな困難が待ち受けていようと、それは自分で選んだ道。どんな結末を迎えようと誰かのせいにする気もありません」


 響いてくる神の声からは悲痛さが滲み出ている。ライトはそんな死を司る神を励ますかのように、気負いを感じさせない態度ではっきりと言葉にする。


『意志は固いようですね。では、最後に神ではなく、死者の街を管理するものとして言わせてもらいます……あの子たちを救ってあげてください。神気を持つ貴方であれば、あの子たちの魂は救ってあげられる。何卒よろしくお願いします』


 ライトは助けるではなく、救うという言葉を口にした神の意図を読み取り、小さく頷く。

 万が一、間に合わなければ、自分のこの手で彼らを救うことに迷いはない。


『では、そろそろ目覚めの時です。ライトアンロック、貴方の進むべき道に光が射しますように』


「はい、では行ってきますね」


 体の色素が薄れていき、その姿が完全に消え去る直前に、ライトはまるで今から遊びに行くかのような気軽さで、挨拶を口にした。

 ライトが消えたその世界には、何も描かれていないキャンパスのような純白が一面に広がっている。


『最低です。私は本当に最低です。彼がこの道を選ぶことを知っていながら、諦めさせるようなことを言い。彼を待つ苦難も私の計画の一つだというのに……心配しているふりをしている。何が神ですか。何が……』


 死を司る神の呟きは、誰に聞かれる事も無く、白い空間に虚しく響いただけだった。

 ライトが死を司る神と再会を果たし、死者の街への防衛線参加を決意した、その時、皮肉にも死者の街での戦いは重大な局面を迎えようとしていた。





「うっしゃー! 千匹撃破っ!」


 振り切った大剣を肩に担ぎ、エクスは自慢げに後方へ向き直る。


「それは凄いですね。火の精霊よ、荒ぶれ!『炎激陣』」


 ロジックが杖を掲げると、地面から噴き出した炎の渦に数百もの魔物が呑み込まれていく。


「あれ、今ので何体目だったかな。あまりに多くて数えてなかったですよ。五千体ぐらいだったかな。あ、エクスは何体だって?」


 ロジックは眼鏡の縁を光らせ、横目でエクスの表情を確認する。額に血管を浮き出させ怒り心頭と言った感じで口を開きかけたが、口をつぐみ、死角から飛び込んできた魔物を一刀の下に切り捨てる。


「まあ、雑魚ばっかり倒している、誰かさんとは敵の質が違うからな。あー、Aランクばかり相手にして疲れたな~」


 鼻から大きく息を吐くと、口元を笑みの形に歪め、視線だけを隣に立つロジックへと向ける。二人は横目で睨みあいながらも、油断することなく敵を葬っていく。


「馬鹿なことをしている場合じゃないでしょ。魔物はそろそろ打ち止めみたいだけど、厄介な相手が来るわよ『聖滅弾・改』」


 ミミカの差し出した右手から、光の弾が魔物へ向けて射出されるのだが、その光の弾は聖滅弾本来の色である白銀ではなく、少し濁った灰色のような色をしている。

 ミミカが改良を加えた聖滅弾は、並み居る魔物たちを爆散させている。

 何故、聖滅弾が灰色なのか。それは聖属性に闇属性を混ぜ合わせているからだ。闇属性に効果的な聖属性であるはずの魔法を、わざわざ闇属性に染める意味があるのか。ミミカが魔法に手を加えたのには、死者の街に住む者としての、やむを得ない理由があった。


 死者の街には聖職者が殆どいない。理由は単純明快で、聖職者の殆どが死ぬと自分は天国へ行けると信じているので、死後の未練がないのだ。不運な死を迎えようが、未練が残っていようが、死後の安寧を信じているので死者の街へとやってくる聖職者はほんの一握りとなる。

 死者の街にいる聖職者は死を司る神に認められた存在でありながら、皮肉にも神をあまり信じていなかった者とも言えるが。


 その少数派の聖職者がこの街で最も困ることが、自分の身体が闇属性を帯びているということだ。闇属性は聖属性に反する属性であると言われている。現在の身体で聖属性の魔法を使用することは自殺行為である為、聖属性魔法の殆どが使えなくなってしまう。

 そこで考え出されたのが、聖属性と闇属性を混ぜ合わせることである。この街の住民となった者は闇属性魔法と相性が良くなっているので、闇属性魔法を覚えるのは容易い。そして、この街にいる冒険者の殆どが才能あふれる者たちだ。

 そんな聖職者たちが協力し開発したのが、闇と聖を混ぜ合わせ新たな属性を作り出した灰の魔法だ。闇と聖を同時に発動させれば反発しあい掻き消されるのではないか? という心配はあったのだが、それは杞憂に終わる。

同じ属性の魔法であっても正面からぶつければ相殺されるが、一人で二つ同時に魔法を発動させても反発することは無い。

 この研究の成果により闇の配合を間違えなければ、生前覚えた聖属性魔法を行使することが可能となった。その魔法の属性は聖でも闇でもない新たな灰属性へと生まれ変わる。


「しっかし、いつ見ても変な色しているよな。何で聖属性と闇属性が混ざるんだよ」


「昔から、光と闇は表裏一体というからね。相性は実は悪くないのかもしれないよ。実際混成魔法というのは珍しくないから。氷属性と風属性を混ぜ合わせた『氷結風塵』という魔法もあるし」


 聖滅弾の鈍い輝きを目で追い、納得いかないと渋い表情を浮かべているエクスに、ロジックが独自の解釈を口にする。


「何にせよ、使えるに越したことは無いでしょ。問題はこれからね」


「そうねぇ。みんなは無事みたいね。流石、三英雄ってところかしら」


 長い髪をかき上げ、少しだけ疲れた表情を見せるミミカの背後からキャサリンが声を掛けてきた。

 振り返った三英雄の目には、次々とこの場にやってくる冒険者たちの姿が映る。

 バリケードが破壊されてから、街の各地に散らばっていた猛者たちが、三英雄のいる街の中心部へ集まってきているようだ。


「魔物は何とか退治できたんだけど……住民は助けられなかったわ。あれだけの数を相手にすると撃退するのが精一杯で、ほんと情けない……」


 肩を落とすキャサリンの背後にいた冒険者たちも、同様に住民を救えなかったことを口にする。三英雄は一番戦火の激しい場所で派手に戦うことにより、敵を自分たちへ集め、その隙に他の冒険者たちが非戦闘員の住民を助ける役目を担っていたのだが、それも全て無駄に終わったようだ。


「くそっ、目の前で助けを求めているのに、魔物どもが邪魔をして手が届かなかった!」


 何人もの冒険者が悔しそうに唇を噛みしめ、情けなさと怒りで制御できない気持ちを地面へ叩き付ける者も少なくない。


「そうか、結局生き残ったのはここにいる、俺らだけか」


 エクスは集まった冒険者の顔を見回していく。

 自分を含めた三英雄のミミカ、ロジック。

 武器防具職人でもある、キャサリン。

 その声は魔力を帯びていると言われている吟遊詩人の土塊。

 生前はAランク冒険者チームでありながら、この街で鍛えSランクチームとなった五人組『天を貫く者』

 あと十名、この街で名の売れたS、Aランクの猛者がいる。


「他はみんな死んじまったか。宿屋のクレリアの飯も二度と食えなくなるのか……死んでから、また、この悲しみを味わうことになるなんてな」


「そうだね。生き残るとか死んだとか、既に死んでいる自分たちには間違った表現かもしれないけど、この街に住む人々はみんな一生懸命に生きていた。それは間違いない」


「死者の魂を持て遊ぶ外道を許すわけにはいきません! ……あ、ミリオンとイリアンヌの姿が見当たらないっ! まさか、二人も」


 ミミカの悲痛な声に、エクスたちは俯いていた顔を上げると、慌てて周囲を確認するが、何度見ても集まったメンバーの中に二人の姿は無かった。


「イリアンヌちゃんはきっと上手く逃げているはずよ! そうよ、ひょっとしたらミリオンちゃんを連れて隠れているかもしれないし」


「そうだよな。あ、そういや良いモノ貰ってたじゃねえか。この通話機でミリオンに」


 懐から通話機を取り出そうとしたエクスの手が止まる。不審に思ったミミカが声を掛けようとしたのだが、エクスの鋭い目つきの先を見て納得する。


「来やがったぜ、最悪の第二陣が」


 こちらへ歩み寄る軍勢は魔物ではなく――全て、この街の住民だった。

 全員が生前の姿を保ったまま、様々な武器を手にしている。包丁やハサミや箒といった日常品から、剣や斧を構えている者もいる。


「一般市民だけじゃなく、さっきまで一緒に戦っていた冒険者まで敵に回っているのか。ミミカ、お前にはどう見えている」


「私の『神眼』には禍々しい闇よりも深い黒を、心臓部分に埋め込まれているように見える。取り除くことは……残念ながら無理よ。ごめんなさい、力不足で」


 ミミカの金色に輝く瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。


「くそ野郎がっ! どんだけ性根の腐った奴がここを襲ってきやがった!」


「エクス、今は怒りを抑えて。冷静さを失ったら付け込まれるよ。やれることをやろう。敵に回った住民を倒すしかない。また復活するかもしれないけど、大人しく倒されてやるわけにはいかないだろ」


「当たり前だ、こんなことをやりやがったヤツを引きずり出し、細切れにするまで俺は倒される気はねえ!」


 エクスとロジックの二人は気持ちを切り替えると、お互いの拳をぶつけ合い、武器を住民に向けて構える。


「二人とも、倒された住民が再生する心配はないみたい。みんなの強い想いが聞こえる……酷い、意識が残った状態で操られているのね。向こうにいる魔法使いの何人かが、街との繋がりが消えて、再生能力が失われているって言っているわ」


 顔の横に両手を当て、耳を澄ましているキャサリンの発言に、冒険者たちは大きく頷く。

 ここにいる冒険者たちは皆、少なからずキャサリンの武器防具に世話になっている者なので、キャサリンの不思議な力を疑う者はいない。


「そうか、なら、俺たちが住民を倒してやれば、安心して眠れるんだな! いくぞ、お前ら。絶対に倒されるなよ!」


「「「「おうっ!」」」」


 生き残った冒険者たちが円陣を組み武器を掲げ、円の中心部で武器の穂先を合わせる。

 エクスを先頭に住民たちが密集する地点へと飛び込んでいく。

 大剣を一振りする。

 切断され宙に浮いた住民の中に、毎朝、笑顔で挨拶をしてくる花屋の店員の姿がある。

 勢いを殺すことなく、大剣を切り返す。

 真っ二つに切断された男とは、酒場で何度も酒を酌み交わしたことがある。

 見知った者を、次々とこの手にかけていく。

 最後の防衛線である冒険者たちが手を休めることなく、操られている住民を倒していく。戦いの最中に「ロイズが殺られた!」と仲間が倒された報告が何度も戦場に響くが、エクスを含めた冒険者たちは、雑念を払い、ただひたすらに剣を振るい、魔法を放つことに集中していた。





 どれだけの時間を戦い続けていたのだろう。

 周囲から攻撃してくるものがいなくなったと判断し、動きを止めたエクスは感情が見受けられない顔で、辺りを確認する。

 倒された住民は黒い霧と化し、跡形もなく町から消滅している。その手に握られていた武器が地面へ無数に散乱しているのが、住民がこの場にいた唯一の証拠となっている。

 生き残った者はエクスと同様に疲れた顔で、覇気のない目を地面へ向けている。


「エクスちゃん、ミミカちゃん、ロジックちゃん、土塊ちゃん……私たち五人だけになっちゃったわね」


 キャサリンはボロボロに刃の欠けた、斧と片刃の剣を地面に横たえると、優しく表面を撫で「ご苦労様」と声を掛ける。


「死の先にこんなに辛いことが待っているなんて、想像すらしていませんでしたよ」


 眼鏡が曇ったまま、空を見上げているロジックは、巨大な魔石が先端に付いた杖で、身体を何とか支えて立っているようだ。


「…………」


 土塊は何本かの弦が千切れている楽器を、一度だけ鳴らした。


「何が聖女ですかっ! 何て不甲斐なさですかっ! 私はこの数年何のために、己を鍛え続けていたのですかっ!」


 ミミカが糸の切れた操り人形のように力なく両膝をつくと、拳をむき出しの地面に叩き付けている。何度も、何度も。


「お前ら、後悔も悲しむのも後にしろ。俺たちにはやるべきことがあるだろ。むしろ、今からが本番だ。いい加減出てきたらどうだ。どうせ、俺たちが苦しむのを見て笑っているんだろ!」


 エクスが天へ向け吠える。


「へえー。ちゃんとわかってるじゃないの」


「ご名答」


 エクスたちの戦いの余波で荒れ地と化した戦場に、死者の街に漂う黒い霧が集まり始める。その闇の霧はエクスたちのいる場の少し先に集まっていく。

 濃縮された闇の魔素は等身大の楕円形で、闇の塊に縦の切れ目が入ると真っ二つに割れる。その割れた二つの闇が蠢き徐々に人の形を成していく。

 二体の人型の闇となったそれの表面の闇がはじけ飛ぶと、同じ顔をした二体の悪魔がそこにいた。


「初めまして姉のキンゼイルと申します。以後お見知りおきを」


「ギンゼイル」


 灰色の夜会服を着た方が、ドレスの裾を指で掴み軽く膝を曲げ挨拶をする。灰色の燕尾服を着た悪魔は突っ立ったまま、微動だにしない。


「てめえらが、この街を襲った親玉か!」


 エクスが肩に担いだ大剣に力を込め振り下ろすと、切っ先から生まれた真空の刃が大地を切り裂き、悪魔へと迫る。

 キンゼイルは煩わしそうに軽く手を振るうと、真空の刃は掻き消え、悪魔たちの元へ届いたのはそよ風のみだった。


「嫌ですわ、話を聞かない野蛮人って。まだ抵抗する意思があるのは、褒めてあげますけど」


「喝采」


 ギンゼイルは無表情のまま拍手をしている。

 その余裕の態度がエクスの怒りを更に煽り、我慢の限界に達し一歩踏み出そうとしたのを止めたのは、キャサリンだった。


「エクスちゃん、落ち着きなさい。怒りに身を任せて勝てる相手じゃないでしょ。ごめんなさいね、怒りっぽくって。貴方たちがこの街を襲った主犯と考えていいのかしら?」


「そうですわよ。貴方は見た目に反して礼儀をわきまえているようね。その通りよ。ちょっとそこの地下に用があってね。上にいる虫けらが邪魔だから、ちょっと強引に立ち退いてもらったけど」


「地上げ」


 キャサリンが会話を続けている最中も、他の四名は相手に襲い掛かるタイミングを探っているのだが、無防備に見えて手を出す隙が見当たらないようだ。


「あ、そうそう、貴方たち頑張っていたけど、もしかして実力で生き残ったとか思っている? 残念ながら違うわよ。私たちが生き残る相手を選んだの。本来ならさっさと全滅させる気だったのだけど、さっき連絡があったのよ。私たちの仲間が変な聖職者にやられちゃったってね」


 その発言を聞いたエクスたちの頭に浮かんだ人物はたった一人だった。


「何あんたたち、一斉にニヤケ顔になって。恐怖でおかしくなっちゃったの?」


「いいえ、嬉しいだけよ。そっか、ライトちゃんに倒されちゃったんだ。じゃあ、私たちも頑張らないとね」


「ああ、そうだな。ライトにばっかいい格好させるかよ」


「うん。倒せない相手ではないってわかったしね」


「支援は任せて。塵一つ残さず消滅させてやりましょう」


 キャサリンが仲間に向けてウィンクをすると、三英雄は笑みを浮かべた後に悪魔を見据える。土塊は相変わらず一言も話さず、頷くのみだ。


「やだやだ、やる気になっちゃって。だいたい、人が話の途中でしょ。礼儀作法がなってないわね。で、続きなんだけど、悪魔って結構自尊心が高くてね、人間ごときになめられるなんて許せないのよ。だ、か、ら、貴方たちを残して、ライトってのを苦しめる材料にしようかなって考えたわけよ」


「姑息」


 ギンゼイルの呟きに、キンゼイルが睨みつけている。


「てめえこそ、俺たちを、なめてんじゃねえか。そう都合よくいくと思うなよ」


 不敵な笑みを浮かべるエクスの背後には、戦闘態勢を整えた仲間たちが控えている。

 魔力体力共に消耗している状態ではあるが、戦いへの意気込みは尽きるどころか、燃え上がっている。


「やっぱ、人間って面倒ね。私たちでも普通にやったら苦戦しそうね。私は人を見下すのが大好きで、人間を力で強引にねじ伏せるのが大好きなのだけど」


「同意」


 そこまで言うと、口元に人差指を当てる。そして、口の両端を吊り上げ邪悪な笑みを浮かべた。


「これ秘密なんだけどさ。私たちの仲間に姑息な手段が大好きな奴がいて、今回の作戦も実は全部そいつ任せだったりするんだ。でね、これ何だと思う?」


 キンゼイルが胸の谷間に手を突っ込むと、長細い魔道具を取り出した。その魔道具には赤い魔石が埋め込まれている。

 その場にいた全員がハッとした表情を浮かべると、慌てて胸やズボンのポケットに手を持っていくが、それより少し早くそれは発動する。

 エクスたちが手を持っていこうとしていた場所から、赤い強烈な光りが漏れだすと、その光は首から上を除いた全身を覆い、エクスたちの身体を拘束する。


「なっ!? どうなっていやがる! これはミリオンからもらった通話機だろ。お前らいつの間に細工しやがった!」


 体の自由を奪われ、地面に転がされたエクスは全身に力を込め、拘束から逃れようともがくが、拘束が弱まることはなかった。


「人聞きの悪い事言わないでよ。さっきも言ったでしょ。私たちがやったんじゃないし、その細工は初めからよ。ねえ、キルザール」


 心底楽しそうな表情を浮かべたキンゼイルがエクスたちの背後に向けて呼びかける。


「もうー。バラさないでよ。そういうのは私から告白して、びっくりさせたいのに」


 聞き覚えのある元気な少女の声が、エクスたちが寝転がっている後方の瓦礫の裏から聞こえてくる。

 悪魔を除いた全員が雁字搦めの状態で何とか首を曲げ、後方に視線を向けると、瓦礫から大きなリボンを頭に乗せた少女――ミリオンが姿を現した。

 無邪気な笑みを浮かべ、飛び出してきたミリオンを見たエクスたちは大口を開け、唖然とした表情のまま固まっている。驚きすぎて声も出ないようだ。


「みんな、良い顔するねー。やっぱ、驚いた? わかるよ、何で裏切ったんだとか言いたいんだよね。裏切ってはないよー。元々、私悪魔だし。あ、正確にいうと。この街に乗り込む為に生まれたばかりの赤ん坊の中に私の欠片をちょっぴり埋め込み、一週間ぐらい前に目覚めたばっかなんだけどね。いやー死を司る神の目を欺くために苦労したわ。魔道技師で闇魔法に携わっているから、少し闇属性を帯びていても不自然じゃないとかいう設定も頑張って考え、この子の周りを手下が化けた人間で囲み、そういう道に進むように誘導させたんだから。凄いでしょ」


 胸を張り、悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みで真相を語り続ける。


「あー、すっきりしたー! やっぱり、悪戯って騙された相手を目の前にして、暴露する瞬間が一番楽しいよね! さーて、私は大満足したから。貴方たち二人は、迷宮に潜って我が主を蘇らせてきてよ。最初に拝謁する権利譲るんだから感謝してよね」


 腰に手を当てキンゼイルとギンゼイルへ顔を突き出し、ミリオンはニヤリと笑う。


「そうね、そこは感謝してもいいかしら。キルザール、いえ、今はミリオンと名乗っていましたね。では、お先に失礼しますわ」


「さらばだ」


 二人の足元に闇の渦が発生し、その渦の中に二人は沈んでいく。二人が完全に消えるまでミリオンは元気に手を振っていた。

 その手を下ろしたミリオンは足元に転がるエクスたちを見下ろす。


「ミリオンちゃん。本当に悪魔になっちゃったの!?」


「そうでーす。あ、ちゃんと人だった時の記憶もあるから安心して! みんなの事もこの街の住民の事も覚えてるよ。ごめんねっ。でも、魔物を倒させたのも、街の人と戦わせたのも全部計画だったの。魔物が倒されることにより闇の魔素へ還元され、この街の結界へのダメージを与えていたの。雑魚とはいえ、数万匹もの魔力量は凄いんだから。街の住民もー、苦しませることにより純度の高い魔力を生み出させてからのー、死亡? 消滅? まあ、何でもいいか。それにより闇の魔力を発生させていたのよ。お利口さんでしょ!」


「そもそも結界や主とは何なんだ! そんなこと知らないぞっ」


 ロジックは唯一動く頭を意味がわからないと、激しく左右に振る。


「あ、眼鏡君とかみんなは知らなかったのか! ここの地下には混沌の邪神と呼ばれる我が主の頭が眠っているの。でね、その主が地上に出られないように封印されているってわけなの。皆さんわかりましたかー。でね、その封印が厄介で聖属性のかなり強固な奴で、大量の闇属性をぶつけないと壊せないの。この街に漂う闇の魔素は神の手が加えられているから、結界を侵食することはないんだけどね。まさか闇属性が漂う街の底に聖属性の結界があるなんて思わないもん。すっかり騙されちゃってた」


 眉間に拳を当て、舌を出し、おどけた仕草をするミリオンを、エクスたちは視線だけで射殺せるのではないかと思わせる、鋭い視線を飛ばしている。


「くそっ! くそがあっ! 殺す、殺してやるぞミリオン!」


「許さないんだからっ! 必ず、ライトちゃんが私たちの無念をっ」


「二度目の死も、未練を残したまま死ぬというのかっ」


「神よ……何故、我らに手を差し伸べてはくれないのですか! 神よっ!」


 噛みしめた口から血を流し、殺意をみなぎらせ呪いの言葉をはくエクスたちを見下ろしながら、ミリオンは満面の笑みで、そんな彼らへ一歩一歩ゆっくりと近づく。

 そして、額へと手を伸ばしていく。


「いいわー。その負の感情、たまらない。ああ、百万年もの長きに渡る私の願いが叶うときが近づいてきてるわ。ふふふふふふふふふ。貴方たちは主様復活を祝う前座を担うのよ。精々楽しませて頂戴。悲劇を見事に演じきることを期待しているわ」


 ピクリとも動かなくなったエクスたちを満足げに見下ろすと、ミリオンはその場で軽く腕を振るう。その手には闇が纏わりつき、闇が巨大な腕を形成する。その指先は鋭く尖り、禍々しい闇の魔素を放出し続けている。


「そろそろ、主役が着くみたい。ライトさんなら、きっと上手く演じてくれるわよね」


 戦闘の余波で原型を留めてない門を眺めながら、ミリオンは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。

 


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