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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
52/145

北へ

 あれからライトは道すがらに魔物たちを駆逐しつつ、死の峡谷、腐食の大地を駆け抜ける。ライトが二日連続同じ道を通り、結構な数を掃除した為、その日から暫く死者の街へのルートが通りやすくなったのだが、その理由を知る者はいない。

 宿場町に着くと、相変わらず暇そうにしている転移陣の担当者に声を掛け、この国最北端の街へ転移を頼んだ。


 そして今、ライトは神聖イナドナミカイ国の北部にあるルイクアマの町に居る。

 一年を通して寒い気候のこの土地は農業には適しておらず、近くの山に埋もれている豊富な鉱石で成り立っている。

 一年の内、半分は雪で覆われているので、農業を営む者でも半年は鉱山へ出稼ぎに行くのが、この国に住む者の常識となっている。

 この国の労働者の割合は、男性の五割が鉱山関係者。次に多いのは武器や防具を造る鍛冶職人だと言われている。

 そんな鉱石と煙に包まれたルイクアマの町で、ライトは着いて早々、移動手段の確保が出来ないかと町中を駆け回っていた。

 目的地であるライトの生まれ故郷は、名もなき小さな村なので転移陣は存在せず、馬や馬車の手配ができないかと乗合馬車にもあたってみたのだが、良い返事はもらえなかった。


「困りましたね。こうなったら走って行きますか」


 町の中心にある石橋の上で途方に暮れていたライトが、ぼそっと呟く。

 徒歩でも不可能ではないだろうが、馬車でも片道四日はかかる距離を歩いて行く者は普通存在しない。それに、この北部は強力な魔物が多く存在するので、商人であれば冒険者の護衛を雇うのが常識であり、腕に覚えがある者でも一人旅をする無謀な者は殆どいない。

 更に言うのであれば季節が春だとはいえ、この地方ではまだ雪が残っており、そこら中に泥濘ぬかるみがある。その為、この町の荷馬車の殆どが、悪路を走れるように鍛えられたワイルドホースを繋いでいる。


「兄ちゃん、かなりお困りのようだね」


 ライトに声を掛けてきたのは一人の少年だった。

 並ぶと肩にも届かない高さの少年は、薄汚れた格好をしている。

 息を吐けば白く、天気の悪い日は未だに雪が降る、そんな街だというのに、少年は裾がほつれ継ぎはぎだらけの、薄いコートを上に羽織っているだけだ。


「私の事でしょうか?」


「ああ、そうだよ。足が欲しくて何件も回っていたみたいだけど、誰も相手にしてくれなかっただろ。今は無理だよ。ただでさえ強力な魔物が多いのに、最近は闇と不死属性の魔物が大量に発生しているらしいからね。特に北の方で」


「だから誰もまともに取り合ってくれなかったのですね」


「おまけに、魔物の情報は上からの命令で口外禁止らしくてさ、理由は教えてくれなかったろ」


 ライトが数倍の金額を提示しても首を縦に振らず、訳を聞いても誤魔化された事にようやく合点がいった。


「これは、やはり徒歩で行くしかないようですね」


「正気かい兄ちゃん。ここの危険性を理解できなかった?」


「私は北部の出身なので誰よりも理解しているつもりですよ。そのうえで行けると判断したに過ぎません」


 事も無さげに言い切るライトを、少年は驚いた顔で見つめている。

 少年は黒の法衣を着た胡散臭い聖職者が、どういった人間なのかを見極めるつもりで近づいたのだが、判断が出来ずにいた。

 発言だけなら、ただの自信過剰な男で間違いはない。しかし、顔に浮かぶ表情は平然としていて、自分の腕を過信している者にありがちな自惚れは見て取れない。

 少年は俯き何かを呟いていたが、顔を上げると強い意志を秘めた瞳でライトを正面から見据えた。


「兄ちゃん。移動手段にあてがある。もし俺の願いを聞いてくれるなら、ただで提供してもいいよ」


 十代前半であろう少年とは思えない、追い詰められた獣を彷彿とさせる強い眼差しに、ライトは迷うことなく頷いた。


「その提案に乗りますよ」


「……こっちから提案しておいて何だけどさ、いいのかい内容も聞かずに一人で決めちゃって。とんでもない厄介事だったら、どうするんだい」


「そうですね。神はこう仰っています。例えそれが越えられない壁だったとしても、打ち砕いて進めばいいと。問題ありませんよ」


 聖職者とは思えぬ発言にこの男を信じていいのか、再び迷うことになる少年だった。





 風の鳴る音が鼓膜を刺激する。

 飛ぶように遠ざかる景色に、思わずライトの口から圧巻の声が漏れる。


「いやー早いですね。このサイコジェントルマン号は」


「そんな名前じゃないよ!? ナイトシェード号だよ!」


 ライトたちは黒い巨体の馬に二人で乗り、故郷の村へ向け爆走している。

 少年からの依頼は、北へ視察に行った馬車の御者である父を探して欲しいとのことだった。

 少年の家では代々、人々の足となる馬を育て提供する仕事をしていた。決して裕福ではないが、遣り甲斐のある素晴らしい仕事だと誇りに思っているそうだ。


「一か月ほど前にさ、ここからうちの馬なら片道三日ぐらいの距離まで、運んでほしいって一行が現れたんだよ! 賃金は弾むが、国家機密に関わることだから他言無用だとか言っててさ!」


 馬の背に乗ったままライトの腰にしがみつき、少年は大声で怒鳴るように説明をしている。そうでもしなければ、耳元を通り過ぎる風の音に掻き消されてしまうからだ。


「作業は一日で済むから、早ければ一週間で帰ってくるって言っていたのに! 一か月経っても誰も帰ってこないんだよ! 町の連中に探してきてって頼んでも誰も行きたがらないし! 困っていたところにライトの兄ちゃんを見つけたんだ!」


 まさに渡りに船だったのだろう。自分のような子供が一人で探しに行く無謀さは理解している。だが、居ても立っても居られない。そんな時に、目的地が同じライトの姿を見つけた。自分と同じようにあの場所へ行こうとしている。利害が一致していそうなこの人なら、探索を手伝ってくれるかも。

 淡い期待と希望を胸に声を掛けた――ことを少年は後悔していた。


「何で一人なんだよ! 普通チームで行くところだろ! 凄腕の仲間がいると期待していたのに!」


「束縛されずに生きる。気楽でいいものですよ、マース君」


「だいたい、ナイトシェード号は一頭で十人乗りの馬車を余裕で引ける馬力が自慢なんだぞ! それを馬車も繋がずに走らせて制御できるなんて、おかしすぎるよ!」


 ナイトシェード号はワイルドホースという魔物の更に上の強さを誇るレア種である。強靭な足腰と無尽蔵かと疑ってしまう程の疲れを知らない身体。

 父のように魔物の育成に長けた者か、自分が認めた強者にしか従わない誇り高い魔物。それがナイトシェード号であった。

 実際、子供であるマースも父の匂いが染みついた、この古ぼけたコートを着なければ、近づくことすら許してくれない。


「それが、何で目が合った瞬間に頭を下げて服従しているんだよ! 変だよ!」


「惚れられたのでしょうか」


「ナイトシェード号はオスだよ!」


 二人がそんな掛け合いをしている間に辺りが暗くなってきている。

 針葉樹が脇に生い茂る道を進んでいるのだが、日が沈むと明かりがなければ木々と道の境界線すら判別できなくなる。


「そろそろ、何処かで野営しましょうか」


「そうだね。ナイトシェード号は魔物だから夜目も効くんだけど、休憩させてやりたいし。それに乗っている俺たちが休憩、睡眠とらないと、体がもたないよ」


「私なら大丈夫ですよ。丸一日戦い続けることに比べたら楽なものですし」


「兄ちゃん規格外過ぎるだろ……」


 この男はナイトシェードと同じように、人間のレア種なのだと考えることにするマースだった。

 野営の準備をマースが始めようとしたのだが、特にすることは無い。

食事の用意をするにしても、ライトが収納袋から食材と料理器具を取り出し、手早く調理をし、マースの手伝いを必要としない。


「おまけに、美味いし」


「一人で旅することが多いと、この程度はできるようになるものですよ」


 味見もせずに作った料理だというのに、その味は町の料理店に匹敵する味だった。

 野宿の準備となると厚手の毛布を体に被せて、火を絶やさないようにするぐらいなのだが、ライトは違った。収納袋の中から透明で巨大な箱を取り出すと、ここで寝るように言ってくる。

 マースは三メートル四方の箱に入るのを躊躇ってしまう。

内部にはシミ一つない綺麗なシーツがかかった布団と枕が揃えられており、今の汚れた状態でこの清潔な空間に入る勇気がなかった。

 ちなみにこの箱は初めての虚無の大穴で拾い、寝床として活躍し、その後は金貨を入れる貯金箱と化していた箱である。金貨は今、取り除いているが。


「兄ちゃん。俺……外でいいよ」


「耐久性の心配をしているのですか? 大丈夫ですよ、魔物の群れに踏まれてもびくともしませんでしたし」


「それってどういう状況なんだよ……」


「ああ、お風呂ですか? ちょっと待ってください」


 勘違いをしているライトを止める間もなく、巨大なメイスを振りかぶり、地面へと叩き付ける。

 爆発音と共に砂埃が舞い、メイスが触れた部分から直径二メートルの範囲がすり鉢状に陥没した。


「ちょっと力加減を間違えましたが、大きくて損はないですよね。あとは地面を踏み固めて、お湯を予めため込んでいた樽を収納袋から出して注ぎ込めば、完成です」


 そこには露店風呂が完成していた。


「それなら、樽そのまま風呂にしたらいいじゃんかよ」


 驚き疲れた表情でマースはそれでも突っ込まずにはいられなかったようだ。


「それは風情がありませんからね。魔物の心配はいりませんので。私が近づけさせませんし、ナイトシェード号がいれば弱い魔物は寄ってこないでしょう。一部を除きますがっ」


 言い終えると同時にライトは足元に転がっていた石を、自分が背を預けている木から頭上に張り出していた枝へと投げつける。

 鈍い音がしたかと思うと、ライトの直ぐ脇に眼球を貫かれた、ライトの頭より巨大な目玉が落ちてきた。


「な、なんだこいつ!」


「これですか。闇属性の魔物の一種で、アイルアイという少し可愛い名前をしています。見ての通り巨大な目玉なのですが、反対側にも眼球があって後ろと前が見える仕様になっているようです。攻撃方法は目と目が真っ二つに分かれて、内部にあるギザギザの歯で挟み込み、相手をすり潰します。ほら、ここに接続部分が見えるでしょ。結構えぐい攻撃をしてきますが、眼球むき出しなので防御力がないに等しく、このように簡単に倒せます」


 近くに落ちていた枝を拾い、魔物の死体を指しながら丁寧な説明をしている。


「いや、もう、何だろう。驚いている俺がおかしいのかと思うようになってきた」


「そうそう、さっきの話の続きですが。闇と不死属性には恐怖という感情がないので、敵の格が上でも平気で攻撃してきます。まあ、全て撃退するのでご安心ください」


 今更ながらに自分が危険地帯にいることを思い出したマースだったが、ライトが傍にいるだけで不安を感じない自分に少し驚いている。


「それでも、心配なら聖域発動しましょうか」


「いいよもう。聖域が何かわからないけど、心配しているのが馬鹿らしくなってきた。兄ちゃんじゃあ、先に入っていい?」


「どうぞ。タオルも出しておきますね」


 マースは露天風呂の縁に近づくと、着ていたコートを足元に置き、その下に着ていたセーターと厚手のズボンをライトの前で無造作に脱ぎ捨てる。

 下着姿のマースは身体に凹凸があり、幼いながらも女の身体をしている。口調と髪の毛が短めだったので男性だと思い込んでいたが、改めて見れば女の子のように思える。


「ちょっと待ってください。マース君、いや、マースさん。女性だったのですか」


「ああ、そうだぜ。やっぱ気づいてなかったか。何だ兄ちゃん俺の裸に興味あるのか」


 下着に手を掛けていたマースは、ライトの視線など気にもせずに一気にずり下ろす。そして、露天風呂へと飛び込んでいく。


「あのですね。十代前半の身体に反応するなんてロジックさんじゃあるまいし、何の興味もありませんよ。ですが、男性の前で容易に裸になってはいけませんよ」


 ため息をつきながら背を向けるライトだったが、マースは無邪気に背後ではしゃいでいる。緊張して大人ぶって無理をしていたようで、今の状態が本来の姿なのだろう。

 汚れが取れた顔は充分美少女と呼んでいい顔をしているのだが、ライトは反対側を向いているので気が付いていない。


「ライト兄ちゃんは、父ちゃんみたいなこと言うな。でも、十五から結婚できるし、若い方が子供をいっぱい産めるから、国王とか金持ちのおっさんは若い子が好きだって聞いたぞ?」


「あれは、一部の特殊性癖な人たちの言い訳にすぎませんよ。そもそも、マースさんは幾つなのですか?」


「俺か。今年で十四だな! もうすぐ結婚できるけど、父ちゃんにその話すると、絶対に嫁に行かさんぞ! って怒るんだよ。女らしくしろって五月蠅いくせに、わけわかんないよ」


 ぶつぶつ言いながら、露天風呂の縁に手を置いてバタバタと泳ぐように脚を動かしている。


「それが親心と言うものですよ。最も、子供はおろか結婚すらしてない私が言うのもなんですが」


 マースは露天風呂を堪能しライトから借りたタオルで身体を拭き、ライトが用意していた衣類に袖を通す。何故、ライトがサイズの合う服を持っているのか、もう突っ込む気にもならないようだ。

 食後にどうぞと差し出されたプリンを食べながら、呑気に風呂に入っている聖職者を眺めている。


「変な兄ちゃんだよな。風呂に入るときに何か呟いたら、周りに光の壁みたいなのが出てきて寒さを防いでいるし、料理とかデザートが家で食べるのより美味しいし。危険地帯にいるのを忘れそうだよ」


 風呂に浸かっているライトの裸体が見えるのだが、その身体の異様な発達具合にマースは息を呑んだ。父も肉体労働をしているので鍛えられた身体をしているのだが、ライトはそんな次元ではなかった。

 人よりも、ナイトシェードの身体つきに似ていると思ってしまう。全身に筋肉が浮き出ていて、肩や二の腕は生半可な腕の一撃なら真剣でも容易に跳ね返してしまいそうだ。

 マースは法衣を着ている状態のライトからは、そんなイメージを抱かなかったのだが、それは一回り大きいサイズの法衣を身に着けていたのと、筋肉自慢の男性で想像する父親のような顔とは違っていた為だろう。


「本当に変な兄ちゃんだよ。でも、何だろう、傍にいると安心するんだよな。巨大なドラゴンに守られているみたいだ」


 キマイラには化け物と言われ、マースにはドラゴンに例えられる聖職者は「普通の敬虔な聖職者ですよ」と言って譲らない。

 マースにはぼーっと夜空を眺めているようにしか見えないライトだったが、頭の中ではこれから先の事を考え続けている。

 廃村になっていた故郷の魔境化。

 あの日旅立って以来の帰郷となるのだが、まさかこういった形になるとは思ってもいなかった。正直な話、帰りたくはない。

 村に近づくにつれて闇の魔物が増えてきているのも、不安を掻き立てる要因になっている。恐怖を感じるわけではないのだが、例えようのない何とも言えない感覚が胸中で渦巻いている。


「マースを引き返させたいところですが、本人が納得しませんし、危険度に応じて対策を考えねばなりませんね」


 長風呂を堪能しながら妙案が思いつくまで、ライトは入り続けていた。





 次の日、村の近くまでたどり着いたライトは、昨日考えた案を実行に移す。


「ちょっとおおっ! 止まれえええっ! 止めてくださいいいっ! 止まってえええっ!」


 ライトはミリオンへのお土産で買ったはずの、鎖が出る魔道具で寝床として使っていた箱を鎖で雁字搦がんじがらめにすると、魔道具をナイトシェードの鞍に括り付け引かせている。

 激しく揺れる箱の中で絶叫を上げているマースの安全を考え、箱の内部はクッション代わりの布団や毛布が大量に敷き詰められている。


「これで、万が一の事態になっても、ナイトシェードさんに逃げてもらえば済みますし、その箱の頑丈さは実証済みなので安心ですね。着いてきたいという望みも果たせて良かったですね、マースさん」


 ナイトシェードに跨り、自分の策にご満悦のライトだったが、マースはそれどころではなかった。現在、箱の中で上下逆に埋もれている。


「良くねえよおおおおっ!」


 マースの叫びは霊峰レジスに虚しくこだましていた。

 ライト一行は故郷の村まであと一歩の距離まで迫っている。



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