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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
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ライトアンロックの日常2

 音の発生源へ近づくと、相手の位置がよく見える高台を見つけ崖を駆け登る。


「ここならよく見えますね。おー、これはこれは結構な人数で」


 眼下には灰色の法衣を身にまとった十代の若者が二十数名と、鉄の鎧に全身を包まれた者が十名程度が魔物と攻防を繰り広げている。


「構成は大半が助祭アコライトで残りは神官戦士ですか。あの制服と紋章は聖イナドナミカイ学園の生徒ですね。懐かしい」


 聖イナドナミカイ学園とは聖職者の育成と、呼びにくさで有名な学校である。大きな街には必ずと言っていいほど存在し、神聖魔法の才能がある者が日々訓練を続けている。


「やれやれ、学園の実戦研修といったところですか。しかし、無謀な。闇と不死属性には神聖魔法が有効とは言え、生徒レベルが来ていい魔境ではありませんよ。教師がついているようですが、あまりにも危険だ」


 ライトが眉をひそめ見つめる先には、生徒たちから少し離れた場所で指示と周囲を警戒している大人たちがいた。

 白銀の全身鎧に大型の盾に白く輝く両刃の剣を持つ、かなりの巨躯がいる。おそらく彼がこのメンバーのリーダーだろう。精悍な顔つきに鋭い目。冷静に周囲を警戒している様子から見て、かなりの修羅場をくぐってきているように見える。


「二十代半ばでしょうか。私と同い年ぐらいに見えますがどうなんでしょう。あと、五名いますが……教師組はおそらく神官戦士の上位職である聖騎士四名、司祭プリースト二名という編成ですか」


 教師と思われる面々は全員落ち着いた対応ができているので、今のところ問題がないようにライトの目には見えた。

 生徒たち三十名もかなり実力のある者が揃っているようで、順調に死の峡谷にいる魔物を葬っている。

 魔物が現れると、神官戦士が大型の盾を構え敵の動きを押しとどめ、後方から聖滅弾が降り注ぐ。


「数の暴力とは恐ろしい。魔法の威力は未熟とはいえ、Dランクレベルの魔物でも、あれだけの神聖魔法を喰らえば一瞬ですね」


 彼らの実力なら十対一でも苦戦するような相手なのだが、三十対一ともなると話が違う。まさに瞬殺。あの調子なら二体同時に魔物が現れても凌げるだろう。


「ただし、Dランクならの話。陽の日で弱体化し大量発生はしにくいとはいえ、ブラッドマウスや強めのヘッドハンドになるとキツそうです」


 ライトの心配を知っていたかのようなタイミングで、生徒たちの前方にブラッドマウスが歩み出てきた。

 体には無数の武器が刺さっている。両手剣や片手剣。槍の穂先だろうか大きな刺のようなものや、変わり種では鎖のようなものも垂れ下がっている。


「武器の本数は十程度ですが、あれは生前に戦士か――いや、剣闘士の可能性が高そうですね。となると、戦い慣れしていそうですが、どうしましょうか」


 助けに行くべきか迷いが生じる。本来なら助けに行くべきなのだが、向こうには教師らしき大人がいる。

 馬鹿な決断はしないだろう。ライトはそう判断して経緯を見守ることに決めた。念の為にすぐに飛び出せる位置まで気配を殺し移動しておく。



「あ、あれはブラッドマウスじゃないかっ!?」


「そんな。Bランクの魔物だなんて!」


 生徒たちが強敵の出現に色めきだった。ブラッドマウスの放つ闇の波動に気圧され、後退りを始める生徒までいる。


「バカ野郎、慌てるな! 今までの訓練を思い出せっ!」


「ほう、威勢のいい子がいますね」


 盾を構える生徒たちの中で、挫けることなく前を見つめる生徒の姿にライトは目を細める。


「よく言った、シェイコム。お前らは学園のトップクラスだ。自信を持て!だが決して過信せず状況を判断しろ!」


「サンクロス教官! 我々Aチーム神官戦士はどうすれば」


「前衛は防御だけを考えろ! 相手は強敵だ。隙を見て攻撃なんて考えるな。ただひたすらに亀のように耐え続けろ!」


 サンクロス教官が大声を張り上げ、檄を飛ばしている。

 冷静さを取り戻した神官戦士生徒たちが、腰を落とし大型の盾下部を地面に突き刺し、全身で盾を支えるように構える。

 峡谷の狭い道に盾の壁が現れる。隙間なく並べられた盾の壁に、ブラッドマウスは迷いもみせずに巨体を揺らし、全力で突っ込んでいく。


「よっし、後衛部隊一斉に魔法発動!」


『『『『『『聖滅弾』』』』』』

 サンクロス教官が振り上げたメイスに合わせ、無数の神聖魔法がブラッドマウスへ襲いかかる。何十もの光の弾が狙いをたがわず、ブラッドマウスへ突き刺さる。

 聖滅弾の眩い光が一箇所に集まることにより、辺りがまるで昼間かのように明るく照らされる。目もくらむような強烈な光に、魔法着弾時の爆発音が加わり、一瞬この峡谷が崩れ落ちるのではないかという錯覚に捕らわれる。


「こ、これは強烈ですがっ」


 ライトは光に手をかざし薄目を開け、睨みつけていた。


「や、やった。倒したかっ!」


「あれで死なない闇の魔物なんているかよ」


「Bランクの魔物を倒したなんて、自慢できる……えっ?」


 勝利の歓声を上げている生徒たちの声が止む。生徒たちの視線はある一点に釘付けになっていた。

 光の消えたその場所には――大きな丸い盾があった。人が後ろに隠れられるほどの大きな盾の表面には無数の刺が付いている。


「大型のスパイクシールドですか。これはレアな物を」


 スパイクシールドとは表面に無数の刺がついた盾。盾を構えた状態で体当たりすることにより、攻撃性能もある変わり種の盾だ。

 二メートルを軽く超える巨体が構える、禍々しい刺のついた巨大な盾。その存在だけで恐怖を覚える者もいるだろう。

 それが、地響きにも似た足音をたて、向かってきたらどうなるのか。


「うわああああああああ!」


「ま、まだ、い、生きてるぞ!」


「いやだ死にたくない!」


 生徒たちは恐慌状態に陥った。

 前衛で守りを固めていた生徒たちは盾も武器も投げ捨て、我先にと後方へと逃げていく。

 後衛の助祭アコライトたちも恐怖に汚染され、持ち場を離れようとしていた。


「みんな待て! くそっ、俺だけでもっ」


 皆が逃げ惑う中でシェイコムだけはその場を離れず、攻撃を受け止めるべく盾を構えている。勇敢にも一人で立ち向かおうとしたシェイコムの隣に、後方から四名歩み寄ってきた。


「この恐怖に打ち勝てたものはシェイコムのみか。よくやったシェイコム。他の者は失格だ」


 教官サンクロスは笑みを浮かべ、シェイコムの頭に大きな手を置いた。そして表情をがらっと変え、後方に鋭い視線を飛ばす。


「ここからは我々の出番だ。一気に駆逐するぞ! 『聖壁』」


 聖騎士四名は一歩踏み出すと、盾を天へと掲げた。青白い光が盾から溢れ出し、青く光る壁が立ち上がった。

 聖騎士のみが使える魔法『聖壁』なのだが、司祭プリーストの『聖域』と見た目が類似している。効果もほぼ同じで、相手の攻撃を防ぐ力があるのだが相違点は聖壁は一面のみで、聖域は六面全てを覆う壁が発生する。

 こう聞くと聖壁は聖域の劣化版に思えるが、優れた面もある。


「迎え撃て!」


 スパイクシールドの突起が聖壁へと触れ、激突した衝撃が空気を震わす。と同時にジュワっと何かが焼けるような音がした。


「グガァッ?」


 その音を疑問に思ったブラッドマウスが盾の影から顔を出し、音源を覗いた。

 青白い壁に触れた刺が煙を上げ融解している。慌てて飛び退くが、既にスパイクシールドの刺が殆ど溶けてしまい、鋭い突起は無くなっている。

 これこそ聖壁の能力。聖壁は聖属性を帯びているため、触れたモノにダメージを与える。守りだけではなく攻撃にも転用できる優れた魔法なのだ。


「このまま四方を取り囲み、押し込め!」


 動揺しているブラッドマウスを取り囲んだ聖騎士。光の壁がジリジリとブラッドマウスに迫り、逃げ場を失い特攻するが聖壁に阻まれ何もできず徐々に押し潰されていく。


「有効な手段なのですが。えぐいですね……」


 ライトは、光の檻に囚われ断末魔の悲鳴を上げるブラッドマウスに、手を合わせてしまう。


「さて、見事な戦いでしたが、傍観者はここまでにしますか。忠告しにいかないと」


 隠れていた岩場から姿を現すと、勝利に沸く一団へ歩み寄った。

 ライトの存在に真っ先に気づいたサンクロスが身構え、周囲の仲間に目線で注意を促す。


「そこでとまれ! 何者だ貴様。一人のようだが仲間とはぐれた冒険者か」


 巨大な剣を眼前に突きつけられるが、意に介さず片手で刃の腹を押し退ける。


「皆さんへ忠告に来ました。早くこの場を立ち去りなさい」


 表情はいつもと変わらず穏やかに見えるのだが目つきだけは真剣だった。その目を正面から見据えたサンクロスは息を飲むが、それで怖気付くほど、やわな性格はしていなかった。


「見ず知らずの者に言われて、はいそうですかと、聞けると思うか? それも黒の法衣という怪しげな姿をしている者の意見など」


「それもそうですね。まずは名乗っておきますか。私の名はライトアンロック。死の峡谷で居座り続けるものです」


 ライトの名乗りを聞いて生徒や教師たちがざわつく。


「え、あの伝説の人物なのか。暗黒のひきこもり……」


「噂だと、鬼のような身体と顔をした悪魔も裸足で逃げ出すような、見た目をしているはずなんだが」


「身長は高めだけど、顔は普通よね?」


「可もなし不可もなしって感じ」


 小声で勝手なことを囁きあっている声は、聞こえないふりをしておく。


「ほう、あのライトアンロック殿の名を騙るか。確かに、噂通りの黒い法衣だな。もう一つの特徴とも言える巨大なメイスがないようだが?」


 頭の先からつま先まで舐めるように見つめられ、ため息を一つ付き、姿を隠していた岩場へと戻る。

 相手に警戒されないよう武器をそこに置いてきたので、メイスを拾い肩に担ぎ、再び目の前へ歩み寄った。


「お、おう、これが噂の鉄塊。い、いやしかし、偽物という可能性も」


 疑いの解けないサンクロスにライトはメイスを突き出した。


「持ってみますか?」


 軽々と片手で渡されたメイスを、警戒は続けたまま慎重に受け取った。


「うおおおおおっ!」


 あまりにも余裕で持っていたので、サンクロスも負けじと右手のみで掴んだのだが、ライトが手を離すと同時に右手ごと地面に叩きつけられた。


「なんだこれは! 重いなんてものじゃないぞ」


 今度は両手でメイスの柄を掴み、全身に力を込め持ち上げようとするが、柄は動くのだが先端の鉄塊が地面から全く離れない。

 生徒たちが驚愕に目を大きく見開いている。


「あの怪力で知られるサンクロス教官が、持ち上げることすらできないなんて……」


「嘘だろ! どれだけ重いんだよあれ」


 再び生徒たちがざわつき始めるが、それを無視してライトは話を進める。


「これで信じてもらえたと思うのですが、どうです?」


「あ、ああ。これは信じるしかない。ご無礼をお許し下さい、ライトアンロック殿」


 深く頭を下げるサンクロスを見て、生徒たちも慌てて立ち上がり同様に礼をする。


「いえ、わかってくださればそれでいいので。問題はその事ではありません。もう一度言いますが早くこの場を立ち去ってください。取り返しがつかなくなる前に」


「と、言われましても。我々も国の命令で来ていますので、詳しく説明をしてもらわなければ、引くに引けないのです」


 先程までとは打って変わって、丁寧な対応を返してくる。


「ざっと説明しますと、先ほどの集団神聖魔法で聖属性が充満し、ここ一帯の闇の魔素が一時的に弱まったのですよ。それを感じ取った大型級の魔物が寄ってくる可能性が高いのです」


「その大型級とは、どれ程のランクなのでしょうか?」


 まだ事の重大性に気づいてないようで、慌てた様子もなく質問をしてくる。


「陽の日ということを考慮しても、運が良くてAランク。運が悪ければS+ランクというところでしょうか」


 その言葉にサンクロスの表情が凍りついた。

 同様に同僚の聖騎士や司祭プリースト、生徒たちも驚きのあまり声も出ないようだ。



 この世界において各ランクの魔物とは同ランクの冒険者五人組でようやく一匹倒すことができるレベルと言われている。

 魔物の世界も人間の世界もAランクと呼ばれる存在は脅威であり、Bランクとでは雲泥の差が有る。

 Aランク冒険者といえば超一流であり、ひと握りの存在である。更に上のSランクがあるのだが、そのレベルに達している冒険者は、もはや英雄と呼ばれる存在である。

 魔物のランクで強さを例えるなら、


 Fランク 一般市民には驚異だが、駆け出し冒険者でも勝てる。

 Eランク 平凡な冒険者であれば問題なく倒せる。集団で襲われたら小さな村なら滅びる危険性がある。

 Dランク 経験を積んだ冒険者であっても油断は禁物。

 Cランク 才能と実力を兼ね備えた冒険者のみが手を出していい。

 Bランク 有能な冒険者や国が小隊を派遣して討伐するレベル。街中に入り込まれた場合かなりの被害が予想される。

 Aランク 選りすぐりの実力者のみが生き残れる可能性がある。中規模程度の街では防ぎきれるか疑問が残る。

 Sランク もはや災害レベル。国家が総力を挙げて討伐に向かって勝てるかどうか。


 一般的にはこう分かれている。しかし、ランクなんてものは人がつけた基準なので、ある程度にしか参考にはならない。他にもランク外と呼ばれる突然変異も存在する。

 死の峡谷は厄介なことに、同種の魔物であれ強さにバラつきがあるため、ランクがあまりあてにならない。Bランクであっても下位と上位では強さに大きな差が生じる。

 それゆえにAランク以上と聞いて、彼らが凍りつくのも無理がないことなのだ。


「各自荷物の確認をし、急いで帰還の準備をせよ!」


 サンクロスが生徒たちを急かし始めるが、ライトは何かを感じ取り軽く頭を振る。


「あ、やっぱりいいです」


「ど、どういうことです。危険はないと判断されましたか?」


 落ち着きのないサンクロスの肩に手を置き、ライトはニッコリと微笑んだ。


「いえ、もう間に合わないようです」


 振り返りもせずに、背後の切り立った断崖に親指を向ける。

 ライト以外の視線が一斉に同方向へ集中する。

 何も見えないが、下から何かがゆっくり這い上がってくる気配がする。それが近づくにつれ背筋に冷たいものが流れる感覚を、ここにいる全ての人間が感じていた。


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