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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
49/145

邪教

 鉄格子を難なく破壊したライトは牢屋から全員を連れ、一つしかない出入り口の扉を鍵など気にせずこじ開ける。そこから先は長い一本の階段があるだけで、ライトを先頭に先の見えない階段を登り続けていた。

 どれくらいの時間を登り続けていたのだろう。ライトは平然としているが後ろからついて来ている一行は限界が近いようで、肩で息をしながら壁に手を付き、懸命にライトの後を追っている。


「少し休憩をしましょうか」


 一本道である為、挟み撃ちの危険性もなく、敵が現れたとしてもライトを抜いて聖職者へ被害を与えるのは至難の業だ。ここで休憩をとっても何の問題もないとライトは判断をした。

 その言葉を待っていた一行は、階段へと座り込むと荒い息を整えようと、深呼吸を繰り返している。

 十分程度休むと再び歩き始めたのだが、ライトが思っている以上に彼らの消耗が激しく、直ぐにまた休憩となり、同じことを十回以上繰り返す羽目になる。

 ゆっくりとした歩みではあるが、牢屋に閉じ込められていた聖職者一行は、何の妨害にも遭うこともなく地上へと後一歩のところまで迫っていた。

 これ程多くの聖職者を閉じ込めていた割には余りにも緩い警備に、ライトは無意識のうちに唇を噛み締めている。

 階段には仄かに明かりが灯る照明器具があるだけで、かなり薄暗い。だが、出口が近いのだろう進む方向が徐々に明るくなっている。

 長時間、薄暗い密室に閉じ込められていた彼らは、我先にと駆け出そうとしたのだが、ライトが手で制す。


「出口には警備の者がいるはずです。私が先行しますので、合図を送るまで出てこないでください」


 ライトの滅多に出さない強めの口調に、浮かれていた一行は表情を引き締め黙って頷く。


『上半身強化』『下半身強化』


 念の為に強化魔法をかけるが効き目がいつもより弱い。魔法を封印する機能が働いているのは確かなようだが、熟練度が上がっている魔法の威力を全て封じるにはいたらない。

 弱いながらも効果があることを確かめると、慎重に階段を上っていく。

 正面から吹き付けてきた微かな風がライトの髪を揺らす。外が近いことを確信し、足音を消し一気に駆け上がった。出口には大きな木製の扉があり扉の上部には、換気も兼ねた明り取り用の穴が幾つも空いている。


 ライトは固く閉じられた両開きの扉の前へ滑り込み、聞き耳を立てる。

 話し声は一切聞こえないが、ライトは出口付近に人の気配を感じる。

 時折土を踏みしめるような音が微かにだが、ライトの耳に届く。足音と気配から察するに一人しかいないと見て間違いないと判断する。

 その足音が徐々に大きくなってくるのを確認すると、扉の前に立ち軽く拳を握り、腰を少し落とす。どのような音も聞き逃さないように耳に意識を集中し、その時を待つ。


 扉を隔てた右側から足音は近づいてくる。

 その足音と気配が扉を挟んだ向こう側に来たことを確信すると、ライトは全力で踏み込み、その拳を扉へと叩きつける。

 拳が触れた瞬間、扉が外側へと弾け飛び同時に「ぐおっ」というくぐもった声が聞こえたが、ライトは気にも留めなかかった。

 破壊された扉からライトが外へ出ると、足元には扉の破片と、うつ伏せで転がっているフードを被った怪しげな男がいた。

 ライトは気を失っている男から視線を逸らすと、辺りに何かないか観察をする。枯れ木が何本か立っていて視界が遮られているが、その先は開けた土地のようだ。鼻腔を磯の香りがくすぐる。かなり海が近いらしい。

 現状を把握したライトは再び男に視線を向ける。


 ライトは他に誰もいないことを確認すると、しゃがみ込みフード男の襟首を掴むとそのまま引きずって行く。ライトは改めて周りを眺めてみるのだが、青く茂った葉は存在せず、今にも腐ち落ちてしまいそうな木々が並んでいるだけだった。

 完全に破壊された扉の前まで戻ってきたライトは、奥で待つ一行へ大声で合図を送る。

 不安げに周囲をキョロキョロと見回しながら、腰が引けた状態で扉の一歩手前までやって来ると、ライトの姿を確認し胸を撫で下ろしている。


「皆さんもう大丈夫ですよ。貴方たちは自由です」


 一行は心から安心した表情で、扉の破片がぶら下がっている出口から飛び出し――消えていった。

 屋外へ出た途端に彼らの体から色素が抜けていくように体が薄れ、透明になった体は光の粒子となり天へと登っていく。


 聖職者は全て餓死していた。


 ライトは死して牢屋に囚われ続けていた彼らの魂を、地上へと導きそこから開放した。あの牢屋には魔力を封じ込め吸収する装置が設置されており、その効果により死して魔力を帯びた魂となった人々は、そこから離れることもできず牢屋へと縛り付けられていたのだ。

 食事を一切与えられず、絶望の中餓死した彼らの苦しみはどれ程のものだったのだろうか。魔力を高める為だけに負の感情を引き出された聖職者たちは、死後、高純度の魔力を帯びた魂へと変化する。

 そして、その魔力ごと記憶も徐々に吸収され存在が薄れていく――自分が死んだことも忘れるぐらいに。

 魂になっても自我が残っていた枢機卿とチェイミーは、生前かなりの魔力を内包していたのだろう。


「まるで……縮小版、虚無の大穴みたいですね。やりきれません」


 魂を封じる役割も果たしていた扉の破片を握りつぶし、ライトは光が消えていった空を見上げる。

 死人は逃げる心配がないので警備に人がいらない。

 死人には食事を運ばなくていいので人員も最低限でいい。

 話しかけても返事がなかったのは、そもそも声が届いていない。

 ライトのように死者と触れる機会が多く、魔力量が多い者なら彼らの存在を感知できるが、普通の人なら会話はおろか気づくことすらできないだろう。実際、ここの警備を担当していた者は何も感じなかったようだ。

 ライトは岸壁に作られた牢屋への入口に背を向け、気絶したフード男を引きずりその場から立ち去る。

 少し歩いた先は断崖になっており、牢屋への入口は断崖絶壁の途中、扇状に張り出した小さな足場に作られているようだ。


「下は海。上は切り立った崖。何かを隠すにはもってこいの場所ですね」


 ライトは気絶している男を叩き起すと、襟首を掴んだ状態で断崖の先へと突き出す。


「な、なんだ。え、足元が、どうなってる!」


「その騒がしい口を今すぐ閉じなさい」


 フード男は背後から聞こえる凄みのある声に体が硬直する。


「質問にだけ答えるように。貴方が所属している組織名は」


「……」


「沈黙が通用するとは思わないでください。今の私に容赦という言葉は存在しませんよ」


 ライトは男の指を掴むと容赦なく握りつぶした。


「ぐあああああっ!」


「指は足も合わせて二十もあります。何本目で心を開いてくれるのでしょうか。楽しみですね」


 ライトが男の知りうる情報を全て引き出すのに、それほど時間はかからなかった。

 男から聞き出せた情報は大きく分けて三つある。

 牢屋が魔力を集める為の施設だということ。

 男が所属している組織は邪神を蘇らせる為に暗躍している邪教徒だということ。

 牢屋の出口脇に転送装置があり、それを起動させると彼らのアジトの一つに転送できるということ。

 ライトは再び気を失った男の足を掴み、転送装置まで連れて行く。そして男から聞いた発動のキーワードを口にすると、足元から溢れ出す光に包まれたライトと男の姿が、その場から消える。





 光が収まると、そこは廃墟だった。

 元は立派な屋敷のホールだと思われる場所には、フードを被った男が何人も待ち構えていた。だが、彼らはライトを待っていたのではなく、あの施設の見張りと魔力の回収を担当していた男の帰りを待っていただけだ。

 突如現れた、ライトという予想外の存在に慌てふためいている邪教徒へ、挨拶がわりの一撃を振るう。右手に掴んでいる気絶した邪教徒を武器替わりにして。

 肉と肉がぶつかり合う生々しい音がホールに反響する。

 今の一撃に巻き込まれた邪教徒三名が吹き飛ばされる。武器替わりの邪教徒は、もうぴくりとも動かない。


「貴様何者だ! もしや、我らが神に仇なす存在である、光の神を信じる愚か者の一人かっ」


「黙りなさい。貴方たちが今できることは、邪神に祈ることだけです」


 ライトは雑音を振りまく邪教徒に生身の武器を全力で投げつける。血と肉片が飛び散り、床には大きな血だまりができている。


「殺戮や恐怖を望むというのなら、その身で思う存分味わいなさい。本物の恐怖というものをご覧にいれましょう」


 人が宙を舞っていた。

 この世界の重力が失われたかのように、次々と人が空高く舞い上がっていく。

 だが、実際には重力が存在する。それを体で証明するように地面へと落ちていく。


「ああ、人って飛べるのか……」


 屋根ごと吹き飛ばされ、雨風を防ぐことが不可能となった天井を眺めていた誰かが、そう呟いた。

 この日、首都を拠点とし邪教を崇めていた集団が壊滅的な打撃を受ける。

 邪神を崇める組織としては中規模程度だったのだが、その手口は残虐非道で、この教団に加入しているだけで死刑は免れないと国から明言されていた。

 その組織が独りの聖職者に回復不能なまでの損害を受け、事実上消滅した。





「これが事の顛末か」


 深夜、自室で報告書に目を通していた教皇は目頭を指で押さえる。


「ゴーマ枢機卿も逝ったか。口煩いジジイだったが嫌いではなかったのだがな。この組織も裏で糸を引くものがいるようだが……虚無の大穴といい、闇の魔力を集めてどうしようというのだ。まさか、本気で邪神でも復活させるつもりか」


 この国の人々が邪神と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、混沌の邪神だろう。

 元々はイナドナミカイ教が崇める光の神の従神であった闇の神が、悪意に呑まれ邪神に身を堕としたと言われている。

 光の神に反旗を翻した混沌の邪神は同じ志の神を集め、神々の戦争が勃発する。

 激しい戦いの後に勝利を収めた光の神に力を奪われ、混沌の邪神は地の底へと封印される。今でも混沌の邪神は復活する時を待ち続けている。

 というのが、光の神と邪神という題名で人々に知られている物語のあらましである。


「よく母親に「悪いことをすると混沌の邪神が連れ去りにくるわよ」と脅かされていたな。存在すら怪しい神を、よく邪教徒も盲信できるものだ。こちらが言えた義理ではないが」


 教皇などという立場にはいるが、ファイリは神の声など一度たりとも聞いたことがない。神から与えられたという特別な贈り物スペシャルギフトの所有者ではあるが、実際のところ力を得られる条件も証明されてはいない。

 ファイリは光の神を信じているわけではない。イナドナミカイ教団の上層部の大半と同じように、光の神という名の偶像を利用しているに過ぎない。


「仮にも教団のトップである私が、この考えを口にしたどうなるのだろうな」


 大衆の面前で公表した場面を想像し、ファイリは口元を歪める。


「そういえばライトが神に会った事があると公言していたな。確か、光の神は知らないが、武の神と死を司る神は存在していましたよ。とか何とか。あいつは下らない嘘をつくようなヤツではないはずだが。しかし、面白いと思ったら平気で嘘をつくから質が悪い」


 こればかりは悩んでもしょうがないと、思考を放り投げる。

 まだ残っている他の報告書に次々と目を通すファイリだったが、一枚の報告書を読み進める途中で動きが止まった。

 もう一度初めから目を通し読み終えると、その報告書を机へ放り投げた。


「ライトへ伝えるべきか。それともこちらで対応すべきか」


 机に肘を置き両手を組むと、その手に額を載せ、大きく息を吐いた。即決が信条のファイリではあったが、その報告書に関しては今後の方針に決断を出せずにいる。

 何度確認しても文章が変わるわけではないのだが、ファイリは再び報告書を手に取る。その報告書に書かれている文面は――


 霊峰レジスの麓にある廃村にて闇の魔素が急激に高まりつつあります。

 魔境化の兆しが見られるため、早急に対策を。

 追記 その廃村はライトアンロック氏の生まれ故郷のようです。


「まさか生きているうちに魔境化に出会えるとはな。精鋭を送り込み廃村ごと浄化するべきなのだろうが、偶然と結論づけるには出来すぎたタイミングだな。ライトの故郷か。あのバカ、一件が片付いたら挨拶もなしに死者の街へ帰りやがって……よっし、情報を集めた後にライトを呼び戻すとするか。あいつに関係することだからな、仕方なしだ」


 そう言いながらも、ライトを呼びつける口実が出来たことが嬉しいらしく、口元がニヤつくのを抑えきれないようだ。

 しかし、そんな表情は一瞬で消え去ってしまう。


「浮かれている場合ではないな。この一件下手したら、国を揺るがす大惨事への一歩になるやもしれん。本腰を入れて対策を練らなければならないか」


 ファイリは机の脇に置かれている魔道具のボタンを押し、メイドを呼び寄せる。

 メイドが来る間に書類を少しでも片付けようと、残った書類を処理していたのだが、どんな時間帯であれ、呼べば直ちにやってくるメイドが、いつまで経っても現れない。


「珍しいな。性格はあれだが仕事は完璧なあいつらが、これ程遅れるなんて。何かあったのか」


 書類に集中していたことが災いし、周囲から音が完全に消えていることにファイリは今更ながらに気づく。椅子から腰を浮かし、瞳に秘められた力を解放する。

 発動した神眼が視界を遮る壁を物ともせず、屋敷内の全てを捕捉する。


 動いている物体は――存在しない。


 熱を発している物体も――存在しない。


「くそっ、どうなっている」


 それが何を意味するのかを理解し、悔しさと困惑で顔が歪む。

 状況の確認よりも、この場から離れることを優先して考え、ファイリは神眼を維持したまま廊下へと出る。

 いつもなら廊下には魔道具の灯りが煌々と輝いているのだが、今は光が何処にも存在しない闇が漂う空間と化していた。

 神眼を発動中のファイリにとって視界を確保するという意味では、灯りを必要としていないので行動に不自由はないのだが。


「魔道具は正常に起動しているようだが、屋敷内に充満しているこの闇の魔素が光を遮断しているのか」


 ファイリはいつでも魔法が発動できるように集中して、警戒を怠らずに闇の中を玄関へ向けて進んでいく。

 自室がある二階から一階へ降り、玄関ホールへと足を踏み入れたファイリは、足元からせり上がってくる寒気に総毛立つ。

 神眼には何も写っていないのだが、この先に何かがいる。そんな気がしてならない。あと数歩進めば玄関の扉だというのに、足が地面に縫い付けられたかのように、一歩も前に進もうとしない。

 全身から吹き出す冷たい汗を不快に感じる余裕すらないファイリの目の前で、屋敷中を覆っていた闇が竜巻の中心に向かって吸い込まれる風のように集まっていく。


 その闇にファイリは圧倒的な死を感じ取っている。


 闇が凝縮し人型を成す過程から、ファイリは目を逸らせなかった。心は逃げるべきだと警告音を鳴らしているのだが、指一本すら動かせない。

 闇はもう、人と呼んでも間違いのない存在へと変化をしている。人の輪郭をした闇が緩慢な動作で手を伸ばし、ファイリは完全な闇に包まれた。





 ライトに絡みつく逃れられない運命の糸は終わりへ向け、少しずつではあるが着実に紡がれていく。



間違えて二話連続更新してしまいました。

消そうかとも思いましたが、このまま掲載します。

二日後のストックどうしましょう!

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