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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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誘拐事件

 男が冷たい石床の上で目を覚ます。

 床の上で直接寝ていた男はまだ覚醒していない頭で、周囲をぼーっと眺めている。

 視線の先にあるものは、窓が一つもない岩盤をくり抜いたような壁に、ボロ切れが敷いてあるベッドらしき寝床。

 天井には、か細い明かりが灯っている魔道具らしき物。

 周囲を岩肌むき出しの壁に囲まれているが、一面だけ壁がない。壁の代わりに鈍い鉛色の鉄格子がはめられている。


「牢屋ですか」


 男はその場に立ち上がると、司祭のみが着ることを許されている純白の法衣を手で払う。真っ白な法衣に汚れが付くのを嫌ったようだ。


「一張羅にシミがついてしまうじゃないですか」


 視線を下に向けた際に、顔にかけていた黒縁の眼鏡がずれたようで、人差し指で鼻当てを押し定位置へと戻す。

 周囲の観察を終えた男は次に自分の状態を確認する。


「服装に乱れもありませんね。荷物袋は取り上げられたようです。武器はそもそも所有していませんでしたから、衣類と靴のみですか」


 牢屋に着の身着のままで閉じ込められている状態だというのに、男は焦る様子を見せてはいない。硬い床での睡眠により、凝り固まった体をほぐすために柔軟運動を始め出す。


「ええと、あの。妙に落ち着いていらっしゃられるようですが」


 おずおずと男に質問をしたのは、男より少し汚れて見える白の法衣を着た女性だった。

 その女性は肩まである薄い茶色の髪で、目尻が垂れていて穏やかそうに見える。

 男が閉じ込められている牢屋の鉄格子の先には、人が二人並んで通れる程度の幅しかない通路があるのだが、その通路を挟んで反対側には同じような牢屋がある。その牢屋から声をかけてきているようだ。


「おや、先客がいらっしゃったのですね。挨拶が遅れてすみません。今日運ばれてきた……ライジングと申します。以後お見知りおきを」


「て、丁寧な挨拶ありがとうございます! わ、私は三ヶ月前からここでお世話になっている、チェイミーと言います」


 鉄格子を挟み、頭を下げて挨拶する二人は、この場所では異質な存在に見える。


「君たちは状況がわかっているのかね」


 そんな二人に割り込んできたのは、ライジングよりも高価な材質で作られた法衣を羽織る、白髪白髭の男性だった。

 チェイミーと同じ牢屋で、片膝を立て座っている初老の男性は、疲れきった表情を浮かべため息をつく。


「おや、挨拶の仕方を間違えてしまいましたか。すみません、田舎から出てきたもので、正式の作法は学園でかじった程度ですので。お見苦しいところをお見せしました」


「そうではない。今、そんなことは重要ではなかろう。君は状況を理解しておるのかね」


 ライジングと名乗った男は顎に手をやると視線を床に向ける。今度は壁に目をやり、目覚めた時と同じように周囲をぐるっと見回す。


「誘拐でしょうか」


「ああ、そうだ。君は田舎から出てきたので知らぬようだが、最近首都で噂になっている、聖職者連続誘拐事件に巻き込まれたのだよ」


 それを聞いたライジングは大きく手を打ち合すと、満足気に大きく頷いた。


「そうですか。誘拐された方はここにいるだけなのでしょうか」


 ライジングの牢屋はかなりの大きさで、大人が雑魚寝しても二十人は収納できる部屋の広さがある。対面の牢屋も同じ大きさで、話しかけてきた二人以外にも十名程、牢屋にいるようだ。


「あ、はい。そうです。全員で十二名になります。あ、貴方を含めると十三名ですが。私がここに連れてこられた一番手みたいでして、私が来た時には誰もいませんでしたし、それ以降、いらっしゃった方は誰も欠けていません」


 初老の男性に代わりチェイミーが問いに答える。


「何かされたりしていませんか?」


「はい。朝に一回見回りに来る以外、誰もやってきませんし。話しかけても何も答えてくれませんので」


「成る程……頼まれたのは救出優先で余裕があれば犯人確保もという話でしたね。ということは、まずここからでましょうか」


 何かを小声で呟いていたライジングは顔を上げると、事も無げにそんなことを口にした。


「え、何をおっしゃっているのですか。来たばかりでご存知ではないのでしょうが、この牢屋には魔法を封印する結界が施されているので、魔法は一切使えませんよ? 武器も全部取り上げられてしまっているので、非力な我々では抵抗のしようがありません――あの、すみません。それは何なのでしょうか」


 状況の説明をしていたチェイミーはライジングの足元にあるそれを見て、言葉に詰まる。

 簡易ベッドと身につけている衣類以外は何もないはずの牢屋に、奇妙な置物が置かれているのが目に入ったからだ。

 それは、細い針金を曲げて何かに模した形を作る針金細工の針金を太く長くしたような物で作られた、熊が昼寝をしている姿を表現した置物だった。

 目を奪われるほどの芸術性はないのだが、素人ではない出来に見える。


「ああ、これですか。昔のことですが、力の制御ができない私に母が「力を調整する練習も兼ねてこれやってみなさい。手先の良い訓練にもなるしね」と言って習わされたのですよ。針金細工を」


「え、いや、それって鉄の棒ですよね。針金なんて可愛らしい物では、ありませんよ!? 何で鉄の棒を、熱した飴みたいに簡単に曲げているのですか!? そもそも、鉄の棒なんて何処にあったのです!?」


 熊の出来栄えに納得がいかなかったようで、ライジングは新たな鉄の棒を曲げ始めている。その手を一旦止めると、取り乱した様子のチェイミーでも納得できるように、わかりやすく丁寧に説明をする。


「落ち着いてください。鉄の棒はここにいっぱいあるじゃないですか。無断でやってしまったのであとで怒られるかもしれませんが、そこのを拝借しました」


 ライジングが指さした先には、あるはずの鉄格子の鉄棒が二本失われていた。強固な鉄枠に溶接されている鉄の棒なのだが、それが本来収まっていたはずの場所には何もなく、扉の接続部である上下には引きちぎられたような跡があった。


「え、あ、鉄格子の、え?」


 チェイミーだけではなく、牢屋にいた全員の顎が外れるのではないかと心配になるぐらい大きく口を開け、ライジングを凝視している。

 そんな視線を意に介さず黙々と作業を続けていたライジングは納得できる作品が出来上がったようで、服の袖で額の汗を拭う仕草をする。


「鮭の水面から飛び跳ねる躍動感が出ていると思いませんか?」


 とても良い笑顔を彼らに向けたのだが、驚いた表情のまま固まっているので誰も返事をする余裕がない。


「では、ここから脱出しましょうか」


 鉄格子の前まで歩み寄ると、格子に手をかけ引き戸を開けるかのように、無造作に手を横に振った。

 格子が次々と折れ曲がり上下の接続部が強引に引き剥がされる。自力で作った出口から出ると、白の法衣を脱ぎ一度大きくはたく。そして、その法衣の裏地を表にして羽織る。

 その法衣は両面仕立てになっており、裏返しにした法衣の表地は真っ黒に染まっている。


「教皇の命により、皆様方を救うために馳せ参じました」


 眼鏡を投げ捨て、黒の法衣を身に纏った男は、先程までとは違った雰囲気を醸し出していた。

 思わず身を仰け反らしそうになる圧倒的な存在感だけではなく、窮地に陥っているというのに、側にいるだけで助かるのではないかと思わせる絶対的な安心感がある。


「その格好に、その怪力。もしや君は――」


 初老の男性はその姿と怪力に心当たりがあったようで、震える指先を向けている。


「任務中とはいえ、偽名で欺き申し訳ありません」


 口では謝ってはいるが、全く悪びれた様子がない。悠然たる態度でその場に立っている。


「やはり、君が……教皇の腹心と言われている、ライトアンロックか」


 その名で呼ばれ浮かべた笑みが、肯定を意味していた。

 ライトがこんな状況に陥っているのには訳がある。

 事の発端へと戻るには、四日程、時を遡らなければならない。





「何でしょうかこの場違い感は」


 ライトは純白一色に統一された廊下を、メイドに連れられて歩いていた。

 ライトと同年代に見えるメイドは、スカートが少し長めのメイド服に身を包み、頭にはカチューシャが乗っている。顔は整っているのだが特徴に乏しく、人ごみですれ違ってもライトは判別できる自信がない。


「ライトアンロック様、次の角を曲がると教皇様のお部屋ですので」


 所在なさげに辺りを見回しているライトを気遣い、メイドが声をかけてくる。


「すみません。こういう場は慣れないもので」


「ふふふ。教皇様がお暮らしになっているこの区間は、専属のメイドと教皇様しか立ち入ることができませんので。男性でライトアンロック様が初めてではないでしょうか」


「……光栄ですよ」


 言葉と反比例している表情のライトを見て、メイドは口元を押さえ笑いを堪えている。


「ライトアンロック様は教皇様がおっしゃっていた通りのお方なのですね」


「碌でもないことを言われていそうです」


 メイドとしての分をわきまえているようで、それ以上は何も言わず、意味深な笑みを浮かべただけだった。

 会話で少し気が紛れたライトは改めて、自分のいる場所を確認する。

 イナドナミカイ教団が所有している広大な敷地内に建てられた、白亜の豪邸内部へとライトは招き入れられている。教皇一人が暮らす屋敷は外観も内部も白で統一されており、汚れが目立って掃除が面倒そうだという感想しかライトには浮かばない。


「こちらになります」


 どうでもいいことを考えている間に目的地へ着いたようで、目の前で木製の巨大な扉が開かれていく。

 扉の先には民家がすっぽり入りそうな巨大な空間が有り、扉の対面方向には壁ではなく、一面に大きなガラスがはめ込まれている。そのガラスから太陽が差し込む時間帯だったようで、暖かな日差しが室内を照らしている。

 ライトの正面に位置する所に肘掛のついた椅子が置かれていて、誰かが座っているのだが逆光でよく見えない。その人影が女性であることが辛うじてわかる程度だ。


「よく来たなライトアンロックよ」


 ライトは何とか対象の人物を確認しようと、目を細め睨みつけるような感じで見つめている。何度か瞼を瞬かせると、明るさに慣れてきた目が正確な情報を脳に伝えてきた。

 クッションの効いた大きめの肘掛け椅子に座っているのは、前開きのゆったりとしたバスローブのようなものを羽織っただけの教皇ファイリだった。

 その女性はライトに見せつけるかのように足を組みかえると、艶やかに微笑む。


「どうした。そんなとこに立ってないで、もう少しこっちに来てはどうだ」


 ライトの前で見せるいつもの乱暴な口調とは異なり、高圧的でありながらも色気のある声で誘っている。

 普通の男であれば誘蛾灯に飛び込む虫のごとく、ファイリの元へフラフラと歩み寄りそうなものなのだが、ライトは違った。

 欲情した熱い視線ではなく、半眼で冷めた視線をファイリへと突き刺している。

 ライトの反応が予想外だったようで、右腕を伸ばし手招きする格好のままファイリは硬直している。そんな二人の様子を黙って見ていたメイドは、ライトの脇を抜けファイリへ歩み寄り耳打ちする。


「どうやら思っていた以上に鋼の理性をお持ちのようです。では、プランCへと移行しましょう。さあ、その発展し終えた些細な胸を揉みしだきながら、指をくわえて誘うのです」


 無表情で無茶な指示を出してくるメイドにファイリは不審の目を向けている。


「できるかーっ! そ、そんなはしたないことが! お前の言う通りにしたが、欲情するどころか蔑んだ目をしているではないか」


「おかしいですね。最近流行りの書物によると、こうすれば男はイチコロと書いてあったのですが。これでは、上手く事が運びませんよ」


 当人たちは小声で話しているつもりのようだが、ライトには筒抜けだった。暗闇で戦うことが多かったライトは、視覚が頼れない場面を考慮して聴覚を鍛えていたので、これぐらいの音量なら問題なく聞き取ることができる。


「何の悪巧みか知りませんが、そこら中で写真機を構えられている状況で手を出すほど、愚かではありませんよ」


 窓際に飾られている大きな鉢植え付近から、何かが擦れるような音がライトの耳に届く。


「さて、説明はしてもらえるのでしょうか」


 半眼で睨みつけたまま口元だけ笑みの形を作り、優しく語りかけた。


「すみません、ライトアンロック様。私は止めたのですが、教皇様に無理やり片棒を担がされまして」


「おい! そもそもお前が言い出し」


「ライト様がまかり間違って襲い掛かりでもしたら、その決定的瞬間を写真機で撮影し、弱みを握って、今後有利な展開に持っていこうと浅はかな考えを止めることができませんでした。いつもあしらわれてばかりの教皇様が一矢報いようと、幼稚な策を実行に移せと強引に」


「お前だよな、それを計画したのは!」


「ただのメイドには逆らうすべもなく、本当に申し訳ありませんでした」


 反論を挟もうとするファイリを無視して言い切り、その場に泣き崩れるメイドだったが、瞳からは涙など一滴もこぼれていない。

 単純な性格をしているファイリが、このメイドにそそのかされたのは一目瞭然なのだが、ライトは場の流れに乗ることにした。


「いえ、貴方には罪はありません。権力を笠に着て、命令を下した教皇が全て悪いのですよ。私も思うところはありますが、敬虔な信者故に反抗の意を示すことすらできません。私の不甲斐なさを笑ってください」


 自虐的な笑みを浮かべ、その場に膝をつくライトにメイドは走り寄り、その手を両手で包み込んだ。


「そ、そんなライト様は悪くありませんわ。全ては男女の駆け引きすらまともにできない教皇様が全て悪いのです」


 芝居がかった口調と大げさな動作で、まるで劇を演じている役者のような二人は、見つめ合いながら立ち上がると、同時にファイリへ顔を向ける。


「「拍手はないのですか」」


「お前ら……知り合いだったのか」


「「いえ、初対面ですが何か」」


 打ち合わせもなく息が揃っている二人は似た者同士のようで、一瞬にして意気投合したようだ。


「ライト様、今の切り返しは素晴らしかったです」


「いえいえ、貴方の芝居も目を見張るものがありましたよ」


 と会話が弾んでいる。

 それを見たファイリのこめかみに血管が浮き出る。


「何でお前たちが仲良くなってんだ! ライトは俺のものだぞ!」


 怒りのあまり思わず口から出た言葉に、ファイリは慌てて口を押さえるが時すでに遅し、それを聞いた二人がニヤリと笑う。


「おや、私は貴方のモノだったのですか。これは知りませんでした」


「あらまあ。教皇様、お顔真っ赤にして可愛らしいですわ。ああ、羞恥に身悶えする姿たまりません……皆さん何をしているのですか、シャッターチャンスですよ!」


 呼びかけに応じて、室内のあらゆる場所から若いメイドが飛び出してきた。合計四名のメイドが写真機を構え、周囲を取り囲んでいる。写真機からは何度もシャッター音が響き、四方八方から被写体であるファイリを捕らえている。


「教皇様、もう少しこちらを向いてください」

「はぁはぁはぁ、美女が照れている姿、ああ、いいっ!」

「……家宝にしよう」

「汗が服に染み込んで、エロス」


 全員が夢中になって写真を撮り続けている。

 遠巻きに眺めていたライトは、ファイリの体が小刻みに震えてきたのを確認すると、距離をとるために部屋の隅へと移動する。


「お前ら、どうやら死にたいようだな」


 顔を伏せたまま、ゆらりと椅子から立ち上がったファイリは、両手をメイドたちへ向ける。

 やり過ぎたことを悟ったメイドたちが謝罪の言葉を口にするより早く、ファイリは魔法を唱えた。


『聖滅弾』


 室内が戦場と化した。

 暴れてスッキリしたファイリが正気を取り戻すと、再び椅子に深く腰を下ろす。

 魔法をくらい床に転がっていたはずの若いメイドは素早く立ち上がると、何もなかったかのように室内を掃除し始める。

 ライトと一緒にからかっていたメイドは、いつの間にかライトの横に並んでいて被害を受けずに済んでいた。


「さて、お前を呼んだのには理由がある。最近、地方から首都へとやってきた聖職者を狙った誘拐事件が多発していてな。それをお前に解決して欲しい。誘拐された一人に枢機卿も含まれているため、時間の猶予はあまりない。手段は任せる」


 まだ少し赤みがかった顔をしているが、冷静な表情をどうにか形成しライトへ命令する。今日は思う存分からかえて満足していたライトは、珍しく素直に依頼を受けることにした。


 それから、ライトはイリアンヌに依頼を出し情報を集めた。誘拐事件が起こりやすい状況と場所を特定し、田舎から出てきた純朴な司祭の真似をし、自らが囮となって犯人の接触を待つ。

 三日間、街を彷徨いていると怪しげな一団に周囲を囲まれ、無理やり薬をかがされ予定通り拉致される。これ程早く網に引っかかったのは、イリアンヌが協力しライトの偽情報を裏に流していたことも大きい。

 ちなみに毒物に抵抗力が高いライトは薬など効いていなかったのだが、気を失った振りをしているうちに本当に寝てしまっていたようだ。

 そして、ライトが目を覚ました冒頭へと繋がる。



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