表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/145

死者の街の三英雄

 ライトたちが虚無の大穴で激しい戦いを繰り広げている頃、死者の街はどのような日常を過ごしていたのか。少しだが覗いてみることにしよう。


「たーっ、暇くせええっ。何かライトは居なくなってから、面白いことがさっぱり起こらなくなったな。街中の女性が全員全裸になる事件とか発生しろよ」


 クレリアが経営する宿屋兼酒場で、いつもと変わらない調子でくだを巻いている酔っ払い、エクスがいる。


「ほんと、あんたもう一回死ねば。どうせなら、いい男の下半身だけが剥き出しになる方がいいに決まっているじゃないの。そしたら、夜のお誘いもやりやすくなるしぃー」


 もう何杯かわからない酒をあおり、大胆な切れ込みが入った法衣からスラリと伸びた美しい脚を、組み直している。


「キミたちはわかって無さ過ぎる。そんな非現実的なことが起こるわけないだろう。可能性があるとすれば、若返り薬が街中に巻き散らかされ全員が幼女化。これしかない!」


 眼鏡を輝かせ熱弁を振るうロジックを含めた三人に、周囲の客は「またあいつらかよ」と諦めにも似た表情で、大きなため息をつく。

 彼ら三人現世では、国を命懸けで救った偉大なる三英雄として崇め奉られているが、死者の街での立場は全く違う。彼らの死者の街での呼び名は三英雄ではない。


 三英雄(笑)

 色欲スリー。

 残念ズ。


 等と影で呼ばれている。英雄としての力は誰もが認めているのだが、死者の街での素行が悪すぎるので、この町の住民で彼らを尊敬している者は殆どいない。


「あー、あれだ、暇過ぎて死にそうだ。また永遠の迷宮でも行くか」


「二時間前に行ってきたばかりだろ。今、やっている祝勝会は百階突破記念なのをもう忘れたのかい」


「でも、あの永遠の迷宮終わりは何階なのかしらね。今私たちが永遠の迷宮ランキング一位なんでしょ」


 三人はついさっきまで永遠の迷宮に潜り、百階にいるボスを撃破し自己記録を更新したばかりだ。

 ミミカが口にした迷宮ランキングというのは、何階まで突破したのかがリアルタイムで記載されている掲示板に書かれている情報のことだ。その魔道具でもある掲示板は、迷宮入口、冒険者ギルドロビー、街中に数箇所設置されていて、負けず嫌いな冒険者たちの闘争本能を刺激している。


「でもよお、一位っていっても現役での話だろ。もう、成仏しちまったSランク五人組が確か二百階突破したんだよな。どんだけだよ、あいつら」


「それは仕方ないよ。あの人たちは常識の枠外から離れた化物だし」


 自分たちがそっち側に片足を突っ込んでいる自覚はないようだ。


「そういや、ライトさんは何処まで潜ったのかしら。あの人、掲示板に表示させないようにしているそうだし。前に一緒に潜った時は八十階でも、難なくこなせていたわよね」


 頬に人差し指を当て、疑問を口にするミミカ。

 エクスとロジックも首を傾げ、考え込んでいる。


「確かに、基本ソロで潜っているそうだけど、何処まで一人で行けるものなのだろうか。確か、最近ここのウエイトレスから聞いたんだけど、五十階のメタルゴーレムにボロボロにやられて、ギリで生き残ったそうだよ」


「メタルゴーレムか。確かに強いがあれなら俺も一人で倒す自信はあるぞ」


 少し自慢げに胸を張るエクスの背後に人影が迫っている。


「あ、あれねえー。だって、あのメタルゴーレムレア種だったよ」


 エクスの後ろからひょこっと大きな赤いリボンが飛び出してきた。


「あら、ミリオンちゃん。今は休憩時間なの?」


「そうですよー。お昼休みです。露店のシャッターも閉めてきました。ここお邪魔しますね」


 男性というより男の子が着そうな格好をしたミリオンは、大きなリボンを揺らしながら返事を待たずにミミカの隣へ腰を下ろした。


「先程のレア種ってどういうことだい」


「ええとですね。通常のメタルゴーレムって濁った銀色じゃないですかー。それが艶のある黒みがかった色してたんですー。で、そのゴーレムから採れた鉱石が通常よりも良質だとか何とか、詳しくは私よりも……キャサリンさーーん、こっちこっち」


 窓際の席で一人、昼食をとっていた全身が黒く日焼けした大男に元気よく声をかけた。

 それに気がついた、巨漢の大男は立ち上がると、腰をくねらせながら歩み寄ってくる。


「げっ、あいつ呼ぶなよ!」


「もう、照れちゃって、可愛いんだから」


 慌てて逃げ出そうと椅子から腰を浮かしかけていたエクスの首筋に、腕が巻きついてくる。背後からスキンヘッドの大男に抱きすくめられ、体が硬直しているようだ。


「あら、肩の筋肉もいい具合についてきているわね。これはまた鎧新調したほうがいいかしら。うんうん、じゃあついでに胸部も調べてみないとぅ」


 肩を撫で回していた手が徐々に胸元へと伸びていく。だが、鎖骨を過ぎたあたりでその腕が掴まれた。


「キャサリンさーん。そんな童貞の体触っても楽しくないでしょう」


 ミミカは屈託のない笑顔をキャサリンに向けているのだが、その反面、掴まれた腕に指がくい込むぐらい力強く握られている。


「ん、もう。冗談よ。ミミカちゃんもそんなに怒らないで。羨ましいなら、そう言えばいいの、ちょ、ちょっと、骨がミシミシいってる! ごめんなさい、もうしないわ!」


 エクスから体を離し、掴まれた腕をさすっている。そこにはくっきりとミミカの手形が残っている。


「キャサリンさんが、変なこと言うからよ。冗談でも、嫉妬しているみたいに言わないでくれるかな。私はあんな童貞野郎に全く興味ないわよ」


 迫力のあり過ぎる笑顔にキャサリンは何度も頷くしかなかった。

 キャサリンはエクスとミミカから距離を空け、対面方向の椅子に腰を下ろした。


「さ、さてと、あの時のメタルゴーレムの話でいいのかしら。あれは永遠の迷宮でまれに発生するレア種ってやつだったわよ。アンタたちも見たことあるでしょ」


「あるにはあるが、それはダンジョン内にいる普通の魔物が突然変異で妙に強くなったヤツだろ。ボス級のレアなんぞ、聞いたことがないぞ」


 エクスの発言にミミカもロジックも同意しているようだ。


「私だって初体験だったわ。でも、レア種の素材って通常より高性能な物がでるのは知ってるでしょ。あのメタルゴーレムから採れた鉱石はすんっっごい強度で、ここに来てから初めて見た鉱石だったわ」


「ということは、メタルゴーレムはボスの強化版だったと?」


「ロジックちゃん正解。ご褒美に私の熱い口づけを」


「結構です『魔防壁』」


 ロジックの周りを取り囲むように、半透明で円形の筒のようなものが表れる。


「んま、いけずね。何度かメタルゴーレム倒してきたけど、あれは通常よりかなり強化されていたわよ。機敏性も破壊力も百階クラスのボスを名乗っていても不思議じゃないくらいにね」


 それを聞いたエクスの目が鋭く光る。急に引き締まった顔を見てロジックは釘を刺しておくべきだと判断する。


「どうせ、ライト君と戦いたいなんて思っているだろ。五年前の負けもあるしね。でも、やめておいた方がいい。これは噂なのだけど、ライト君に倒された街の住人は問答無用で浄化させられるらしい」


「それ私も聞いたことがあるー。ほら、ここに来てから結構長かった有名な剣士さんがー、ライトさんと命懸けの一騎打ちを挑んで返り討ちにあったら、そのまま光になって浄化されたんだって」


「あれって、当人が満足して成仏したんじゃねえのか?」


「たぶん、ライトさんの力ね。エクスもロジックも知ってるでしょ、ライトさんの奥の手。詳しくは話せないけど、あれの影響じゃないかな」


 ミミカはわざと言葉を濁し、エクスとロジックへ一瞬だけ視線をやった。二人はミミカの意図がわからず呆けた顔をしている。だが、直ぐに感づいたようで、わかっていると言わんばかりの表情になった。

 エクスとロジックは空気を読んで黙って――いられる訳が無い。彼らは今、理性や自制心が著しく低下している、ただの酔っ払いである。


「あー、神力か! ライトって特別な贈り物スペシャルギフト持ちだったな!」


「銀色の光を放ち、神気を纏ったあの状態か! ああ、成る程……神気に触れたものは一瞬にして浄化されるという話を何処かで聞き覚えがある!」


 二人は、まるで何かを宣言するかのように、酔っぱらい特有の限度を知らない大声で言い放った。その声は酒場中に響き渡り、酒場にいた客が全員こちらに注目している。


「バカ……あんたらもう酒飲むな……」


 ミミカは机に体を突っ伏し、両手で耳を塞ぐ。ミミカは同じぐらいアルコールを摂取していたが、聖職者として事の重大性を理解していた為に制御ができたのだが、彼らはそうではなかった。

 話を聞いていた客の全てが席を立つと、エクスたちの座っているテーブルを取り囲む。

 質問の嵐に二人の酔っぱらいが懸命に答えているが、ミミカは一切助けることはなかった。もう知らないとばかりに、その場で寝たふりを続ける。

 この時の受け答えが歪に伝わり、死者の街で新たな噂が誕生することになるのだが、それをライトが知るのは、この街に帰ってきた時となる。





 あれから一時間ほど過ぎ、ようやく解放された二人はアルコールも完全に抜け、放心状態でうな垂れている。

 ちなみに寝たふりをしていたミミカは、そのまま熟睡している。


「やっちまったな……ライト怒るだろうか」


「いや、彼は聖職者だし慈悲の心で許してくれるのではないかな」


「それは一般的な聖職者であって、ライトがそれに当てはまるか?」


「あ、うん、うーーん。ま、まあ、やばそうだったら本気で抵抗しよう」


 二人は額が触れ合うぐらいに顔を寄せ、小声で今後の計画を練っている。

 ライトを近づけないための戦略会議が盛り上がっていき、いつの間にか本気で倒すための作戦に成り代わっている。そんな二人の邪魔をしたのは、酒場の扉が乱暴に開け放たれた音だった。


「おい、久しぶりに首なし騎士を突破してきたヤツがいるぞ!」


 店内が一瞬にしてざわめき立つ。気の早い者は既に椅子から腰を浮かしている。

 あれこれと画策していたエクスとロジックだったが、瞬時に脳を切り替え、扉から飛び込んできた住民に意識を移す。


「おい、どんなヤツらが来たんだ。また犯罪者チームか」


「いや、違う。チームじゃない……たった一人だ。一人で首なし騎士二人を倒し、街へ入ってきやがった」


 男の言葉で、その場の空気が変わった。新しい玩具をもらった子供のように目を輝かせていた一同の表情が引き締まる。いつもの能天気な雰囲気は何処にもなく、客の全員が素早く店を出た。

 三人は駆け足気味に街の入口へ向かっている。


「一人で突破なんて、ライト以来だろ」


「知る限りそうだね。相当の強者と見て間違いなさそうだ」


「……いい男かしら」


 戦闘態勢に切り替えていた男性二人からの冷たい視線が、ミミカに注がれる。


「何よ、どうせ見るなら、いい男が戦う姿見たほうが目の保養になるじゃないの。あんたたちだって、露出度の高めな美人剣士や、見た目が幼女な大魔法使いとかだったら鼻の下伸びるくせに」


 ミミカに睨まれ、二人は視線を逸らす。

 三人が入り口付近に着くと、門の前には一人の奇妙な男がいた。

 身長は一般男性に比べれば高い方で、体格が良い者が多い冒険者としてみるなら平均レベルといったところか。体は筋肉質でありながら、太っているというイメージが沸かない、引き締まった肉体をしている。

 それだけなら何も奇妙なところはないのだが、問題は格好だ。

 無地の飾り気が一切ない灰色のズボンに、同色で前開きの上着。その服装は強いて言うなら、労働者の着る作業着や訓練用の運動着に似ている。どの角度から見ても冒険者には思えない。


 そして、手には薄汚れた革製の手袋に、足元も同じ材質のように見える革靴。男の装備はたったこれだけしかない。武器はおろかまともな防具すら身につけていない。

 乱入者が来れば、いつもなら異様に盛り上がる住民も、この男のあまりの異質さに遠巻きに眺めているだけだった。

 仁王立ちで腕を組み、目を閉じていた男は、かっと目を見開くと大きく息を吸い込んだ。


「たのもおぉぉっ! この街に住む最強の猛者と手合わせ願いたい! 我こそはと思う者は進み出よ!」


 その声はこの場にいた全ての人々の鼓膜を激しく震わせた。恐るべき声量で、耳を押さえ倒れる人も出る始末だ。


「ったく、道場破りじゃあるまいし、大げさな。最強を望むと言うなら、俺が出るしかねえよな」


 巨大な両手剣を担ぎ、人並みをかき分けエクスは前に進み出た。

 エクスの姿を見た民衆が騒ぎ始める。


「あれは酒場の酔っぱらい三人組の一人、下ネタ王じゃねえか、戦えるのか」


「私あの人にナンパされたことあるわ。何か必死過ぎて引いたけど」


「あ、私も私も。顔は悪くないんだけど、女なれしてないのが丸わかりで、笑っちゃった。モテたいからって無理しちゃダメよー」


「あんたやめときな。酔っ払った勢いで気が大きくなっているんだろうけど、怪我しちまうよ」


「三英雄(笑)に何ができるってんだ、引っ込めー」


 冒険者内ではエクスの強さは有名なのだが、死者の街に住む一般市民には質の悪い酔っぱらいとしての知名度の方が高い。野次を飛ばしているのは全て、戦いに関わらない一般市民である。


「うっせえええっ! ごちゃごちゃ言わずに俺の本当の強さを見て、股でも濡らしやがれ!」


 この発言で街の女性のエクスに対する好感度が、更に下がったのは言うまでもない。


「野蛮人ではなく、強い者と戦いたいのだが」


 エクスは殺気を込めた鋭い眼光で睨みつけるが、相手は平然と受け止めている。


「お前は強いのか」


「少なくともお前よりかはな。あんた、武器を持っていないが格闘家か?」


「ああそうだ。無手で最強の高みに立てるのか。それだけを目指し、強さを求め続けた馬鹿な一族の末裔だ。お前も武器を持たぬ我を侮るのか」


「んや、化物じみた強さの格闘家を知っているからな。生憎、油断はしてやれねえぜ」


 エクスの脳裏に浮かぶのは、白い髪を後ろで縛った口煩い妙齢の女性だった。


「望むところだ。では、参る!」


 格闘家は左半身を後方へずらし、右半身のみをエクスへ向ける。両手は軽く握り、肩より少し低い位置に置く。これが格闘家の構えのようだ。

 じりじりとすり足で間合いを詰めてくる。迎え撃つエクスは軽く膝を曲げ、大剣を肩に担いだ状態でその場から動かず、一つ一つの動作を観察している。

 素手が不利だと言われている理由の一つはその間合いの短さだろう。人の腕は伸ばすことは不可能だが、武器を持つことによりその間合いは大きく跳ね上がる。素手よりも剣。剣よりも槍が強いと言われているのは、その為である。

 だが、格闘家は無造作に大剣の間合いへと滑り込んだ。


「誘っているのかっ!」


 罠の可能性もあったが、エクスは縦切りを相手の脳天へと叩き込む。

 格闘家は尋常ではない速さで振り下ろされた大剣の腹を、右手で軽く押し、攻撃の勢いを逸らす。

 対象相手を見失った大剣は地面へ突き刺さる寸前に、軌道を変え跳ね上がった。


「ふっ」


 格闘家は鋭く呼気を吐くと、後方へと跳ねる。再び間合いが広がった。


「口だけではないようだ。面白い」


「おう、やるじゃねえか。俺の必殺、避けたと思ったら何か戻ってきた攻撃を避けるとはな!」


 ネーミングセンスは皆無だが、必殺を名乗るに相応しい威力を兼ね備えていた一撃を、格闘家は難なく避けた。

 格闘家はエクスの間合いの内部へ何度か侵入を試みているのだが、鋭い斬撃により未然に防がれている。


「これ程までとは。だが、最強への道を突き進む障害は全て破壊する!」


 腰を落とし、体を前のめりに倒し、四つん這いに似た体勢をとる。足に力を集中すると、全力で踏み込んだ。地面すれすれを跳ぶ格闘家の動きを目で捉えられたものは、この場にいるひと握りの猛者だけだった。

 エクスは足元から滑り込んでくる格闘家を大剣ですくうように振り上げる。

 眼前に伸びてきた剣先を回避する為に、格闘家は躊躇いなく自分の両腕を地面へと突き刺した。全身がその場で急停止し、大剣の切っ先が鼻をかすめる。

 攻撃を避けることに成功はしたが、その代償は安くない。あの勢いを無理やり止めた両腕の肩の関節が完全に外れている。しかし、エクスの隙を誘い出した功績は大きく、無防備な腹部へ渾身の蹴りを叩き込もうと足を伸ばしかける。


「あめえよ」


 エクスはその動きを完全に先読みし、体勢の低い格闘家の顔面を狙い、前蹴りを放つ。

 観衆は完全に蹴りが決まったと確信していたが、格闘家はその蹴りに反応した。正面から迫り来る脚を、自分の両脚で挟み込むようにすると、両脚で相手の膝を本来曲がっていけない方向に押した。


「くそがっ」


 エクスは汚い言葉を吐き、振り上げていた大剣を足元にいる格闘家へ突き刺すように、振り下ろす。

 格闘家は素早く絡ませていた両脚を離し、即座にその場から離脱する。

 三度広がった間合いだったが、両者の様相は変わり果てている。

 格闘家は両腕をだらりと前に垂らし、エクスは大剣を杖のようにして膝から先がブラブラと揺れている左脚の代わりにしている。


「お互い格好良い姿になっちまったな」


 エクスはこの状況下においても、焦りも見せずどこか楽しそうだ。


「そうでもない」


 格闘家は上半身を右へ傾けると、一気に左へ倒した。それと同時に、背筋に寒気が走るような鈍い音がする。驚いたことに、その動作のみで右腕の関節を繋いだらしく、動くようになった右手を左肩へと持っていき、いとも簡単に左肩の脱臼も治した。


「我が一族は医術も学んでいる。肉体を破壊するには肉体について誰よりも知らなければならない。何でも魔法で癒せる世界で、医術を重要視していた我ら一族は異端扱いされていたが、こうやって役に立つ」


 圧倒的不利な立場になったエクスは苦笑いを浮かべていた。


「ったく、世の中広いな。まだこんなに強い奴がいるなんて――わくわくするじゃねえか!」


「その意気や良し! 我が最高の技を以てお主に応えよう」


 またも格闘家は上体を低くし、飛び込む体勢になる。だが、先程と違い右肘を曲げ、拳を後ろへ大きく引いている。

 エクスは大剣を引き抜くと器用に片足で立ち、動かない左脚は地面に少し触れている程度だ。

 二人は微動だにせず、ただ沈黙が流れる。観衆も誰ひとり音を立てることもなく、ただ二人を見つめていた。

 その沈黙を破ったのは、やはり格闘家だった。

 低い体勢からの地を這うような飛翔。一瞬にして間合いが詰められる。

 片足しか使えないエクスは大剣を振り下ろすが、それは踏ん張りのきかない上半身のみの攻撃となり、剣速は格段に落ちる。飛び込んできた勢いを殺すことなく、そのまま流れるように放たれる一撃に間に合うわけもなかった。


「奥義、螺旋」


 力を溜めていた右腕を放つと同時に左腕を後方に引き、押す力に引く力を上乗せする。腰の回転も相乗させ、放たれた右腕も螺旋を描くように回転している。

 誰もがその一撃を防げないと思い、格闘家は勝利を確信していた。

 だが、エクスの大剣はただのフェイントで、本命は膝から先が使い物にならなくなった左脚だった。

 大技を放ち終わる直前だった格闘家の目前には、関節が外れ揺れている膝があった。


「あっ」


 その膝と正面衝突した激突音が死者の街に響く。

 あまりにも痛そうな光景に、観衆が息を呑み、気の弱いものは視線を逸らしている。

 膝から血に染まった顔面が滑り落ち、地面へと叩きつけられる寸前にエクスは格闘家の襟首を掴んだ。


「知っているか、勝利を確信した一瞬が一番危ねえんだぞ」


 それは格闘家に掛けた言葉なのか、それともライトと戦った過去の自分へ向けた言葉なのか、それはエクスにしかわからない。

 死者の街の治療班が慌てて格闘家に駆け寄る姿を見て、エクスはそっと格闘家を地面に下ろした。

 未練を残した者が集まる、死者の街。今日もいつもの日常が過ぎていく。

 ライトが留守にしている間も死者の街はそれなりに騒がしいようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ