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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
45/145

重さ

 意識を手放し、無の世界へ落ちる寸前だったライトの体が激しく揺さぶられる。

 二度、三度繰り返される、上下への揺さぶり。それと同時に何か騒がしい雑音が耳の近くで鳴っている。


「寝たふりするなーっ! あんたが、混乱に乗じて姿を消してって頼んだんでしょ! 美味しい場面で合図送るから、そしたらボスを背後から襲ってくださいって、言ったわよね! 上手くいけば、巨悪に止めを刺した有名人として、Sランクになれるかもって言ったじゃない! 今更嘘でしたとか言わないでしょうね!」


 ライトは雑音を遮断するために耳に手をやり寝返りをうちたいのだが、残念なことに今は体が動かない。観念して重い口を開く。


「イリアンヌ。今から難しいことを言いますので、しっかりと聞いてください」


「な、何よ。急に真面目な顔したって騙されないんだからね」


 勢いが収まったタイミングを見計らって、ライトは真実を口にする。


「忘却という言葉をご存知でしょうか」


「忘れてただけかああああああああああっ!」


 怒りの咆哮を上げるイリアンヌを、もしエルフの青年が見ていたらきっと感心して、こう言ったはずだ。


「ええ、ツッコミや。センスあるわ」


 大声を出し、少しだけ気が晴れたイリアンヌは、不満げな表情を浮かべたままだが、渋々ながら責めることを止めた。


「イリアンヌのおかげで、完全に気を失うタイミングを逃してしまったじゃないですか。ロッディゲルスちょっといいですか」


 ライトの近くで、実験体三名が消えた場所を寂しそうに眺めていたロッディゲルスが振り返る。酷く疲れた表情で、存在も希薄に感じる。ライトには、そんなロッディゲルスが今にも消えてしまいそうに見えた。


「あの三名や虚無の大穴について詳しく教えていただけませんか。旧知の間柄だというのは対話でなんとなくわかりましたが、それ以上のことはさっぱりなので。貴方のプライベートに関わることですし、話したくないことがあると思います。ですが、それでも私は話して欲しい。覚えていますか、虚無の大穴で初めて会ったあの日、話したことを」


「ああ、よく覚えているさ。忘れるわけがない」


 過去を思い出し、ロッディゲルスは力なく笑う。


「そうか……頼ってもいいのだったな。ライトアンロック。我の、いや、私の懺悔を聞いていただけますか」


「ええ、もちろんですよ」


 ロッディゲルスが語った内容は、千年もの間、一人で抱え込んできた罪そのものだった。





「もう、千年以上前の話だ」


 当時、十代後半だったロッディゲルスは古代都市の一つで日々を過ごしていた。両親は不慮の事故でこの世を去り、家族は兄一人しかいない身の上ではあったが、それを不幸に感じたことは一度もない。

 十歳年の離れた兄は、若くして首都の研究部門を任される程の実力者で、毎月一人で暮らすには充分すぎる金額がロッディゲルスに送られてきている。

 ロッディゲルスの楽しみは毎月仕送りと共に送られてくる手紙だった。兄からの手紙は研究内容ばかりだったのだが、それでも楽しそうなことが伝わって来る文章だったので、それだけで充分だった。

 だが、最近になって手紙の内容に変化が見え始める。相変わらず内容は研究についてなのだが、何か重要な研究を始めたらしく、いつもより興奮している様子が書き連ねられている。その日を境に兄からの手紙は文章が少なく簡潔になっていき寂しさを覚える反面、頑張っている兄を想い、遠い空からエールを送るそんな毎日。

 そんな日常がある日、突然終わりを告げる。きっかけは兄から送られてきた一通の手紙。そこには、たった一言しか書かれていなかった。

力を貸してくれ。

 同封されていた、首都への通行許可書と交通費を握り締め、ロッディゲルスは迷いもなく我が家を後にした。


「あの兄が私を頼ってくれた。それが私には何よりも嬉しかった」


 結果として、それは罠であったが。

 兄は国の重大機密に関わる何かを研究しており、兄が万が一裏切った場合のための保険として、自分は呼ばれたことをロッディゲルスは理解する。

 元から兄に似て頭の良かったロッディゲルスは、兄の力に少しでもなりたいと自ら志願し、研究員として過ごすことになる。

 担当部署は闇属性付与を研究していた。そこでロッディゲルスは画期的な発見や実験の成功が認められ、頭角を現してきた。

 研究所での生活が二年目に差し掛かった頃には、班長に抜擢される程の立場へと、のし上がっていた。


「その頃からだったかな、兄の研究に疑問を感じ始めたのは。それまでは兄の力になる事しか考えていなかったから、情けないことに周りが全く見えていなかった」


 ロッディゲルスは日夜、闇属性付与の持続時間永続化と、あらゆる物体に対しての闇属性付与が可能かという実験を続けていた。闇属性は得意分野だったので研究自体は、むしろ好んでやっていたのだが、担当の部署以外の研究は全て極秘で行われていることがずっと気がかりだった。

 ロッディゲルスは監視が厳しく、特定の場所のみにしか出入りできず、常に誰かが側にいた。だが、月に何度か監視の目が緩くなる日があることに気がつき、その日が運良く、単独で研究を認められている日と重なったのだ。

 卓越した闇魔法を駆使し、兄が担当している重要機密事項が何であるかを探り出したロッディゲルスは、神をも恐れぬ行為に戦慄を覚える。


「何人もの人を連れ去り、闇属性を無理やり付与する実験を繰り返していた事にも驚いたが、兄がそれを率先して指示していたということが、私には何よりもショックだった。あの優しくて私のことを自分よりも大切にしてくれた兄が、私の研究を自分の目的のために利用していた……知ったときは本気で死のうかと思ったよ」


 ロッディゲルスが真実を知り、兄に詰め寄ったのだが、そんな妹を兄は小さな子をあやすように研究の秘密を語った。人を人工的に進化させ、神の座へと登るための実験。

 もう既に何十万もの人間を犠牲にしているということ。

 後一歩で実験は成功を収めるということ。

 実験が成功すれば、もう誰も犠牲者はでないという……こと。

 その日から、ロッディゲルスは更に研究へのめり込む。それだけではなく、自分が関わったことの罪の重さを知るため、実験体となった人々の世話役も引き受けることにした。

 その時に出会ったのが、ナンバー六十三万、百一、百五、百八である。


「あの子達は既に実験後の体でね。人で無くなった事を嘆き悲しんでいた。死にたくても死ねず、生きる希望を失いかけていた、あの子達を励まし何とか私とは話せるようにまで回復してくれた……泣きたいぐらい本当に嬉しかった。自分の罪がほんの少しだけ許された気がしたよ。今となっては楽に死なせる方法を見つけ出してやったほうが、あの子達の為になったのではないかと思うけどね」


 その後、予想よりも早く実験は完成し、人の姿を保ったまま闇属性を永続的に付与することが可能となった。この件に関わっていた研究者の多くが、安全性を確保した手術を受け、闇属性を得た人間――魔族へと進化した。

 その後、予定としては国の権力者から手術を受け、全ての国民は無理としても、優秀な人材は全て魔族とする計画だった。

 だが、魔族となった研究者の過半数が、それを拒否した。自分たちは選ばれし者であるという、選民意識が芽生えてしまったのだ。

 この成果を国へ報告するべきだという少数派は始末され、力に酔った魔族たちが虚無の大穴から旅立っていった。


「古代王国が滅びた原因の一つなのだけど、今はどうでもいいか。そんな混乱の最中、兄は更に力を求めた。後になって知ったのだが、兄は自分の体を一番先に闇属性付与の実験台にしたらしい。そして、初めての付与は成功したとなっているが、兄が変貌したのはそれからだ……実験は成功したように見えただけで、実際は失敗だったのだろう。兄の心は徐々に闇に蝕まれていた」


 そこで狂人にでもなっていれば、ある意味幸せだったのかもしれない。だが、兄の研究者としての意地が、本能が、狂った心を抱き込み研究を飛躍的に進歩させた。

 そして、研究の全てをその身で確かめる為に兄は化物となった。

 この研究を快く思っていなかった同志を集め、ロッディゲルスは闇を吸収する為に無防備だった兄を、この施設ごと封印することに成功する。


「それから、私は虚無の大穴の管理人となり。千年もの長きに渡って闇を放出させていたという訳だ」


 話終わったロッディゲルスの目の前には、正座をして聞き入っていた二人の女性がいる。その下には背中の傷を治してもらった、うつ伏せ状態のライトがいるのだが。


「治療行為には感謝しているのですが、何故、私の上に座っているのですか」


「地べたに座ったら服が汚れるじゃねえか」


「地面って思っている以上に冷たいのよ」


 何当たり前のことを聞いているのだと馬鹿にした声に、ライトも流石にイラっときたようだ。


「二人共、思ったより……重いのですね。ふっ」


 怪力のライトに重いと言われる、女性にとってこれ程の侮辱はないだろう。

 二人はその場にすくっと立つと、背中の上で飛び跳ねる。


「その口、二度と開けなくしてやるぜっ!」


「くらえ奥義『神速』スタンプ!」


 イリアンヌの脚が残像を描き、ライトの背を何度も踏みつける。


「あー、そこちょっと左でお願いします。イリアンヌは腰の方も」


 ライトの鍛え上げられた筋肉にとって、その程度の衝撃はマッサージ程度にしかならない。目の前で楽しそうに暴れている三人を見ていると、気落ちしている自分がバカらしくなってきたロッディゲルスが大きく息を吐く。


「では、我も参戦するとするか。女の敵には天罰を与えんとな」


 背中の上ではしゃいでいる三人に「これで変な趣味に目覚めたら責任とってくれるのですかね」と言いたくなったライトだったが、口にする元気も無くなってきたので黙っている。

 ロッディゲルスの気を紛らす為に、三人が明るく振舞っているのを知った上で、無理にでも笑顔を作り付き合ってくれているのだろう。ライトは背から聞こえる、女性のはしゃぐ声を子守唄がわりに、今度こそ意識を手放した。



 


 ライトが目を覚ますと、体を黒い鎖にぐるぐる巻きにされた状態で地面を引きずられている最中だった。かなりの時間が過ぎていたようで、もうすぐで分断した偵察隊と別れた場所へ差し掛かるところだ。


「すみませんが、もう少し優しく運べませんか」


 鎖の先にいるロッディゲルスへ声をかける。

 ライトの声に反応して振り返った顔に、困惑した表情を浮かべている。


「我が抱いて運ぶことを提案したのだが、あの二人が鎖でぐるぐる巻きにして引きずればいいと提案してきてな。結果、押し切られる形でこうなった」


「ミノムシみたい。ぷぷぷーっ」


「案外似合っているぞ」


 この二人には後で、それなりのお礼をすることを心に誓うライトだった。


「おおーっ! 皆、無事だったかーっ!」


 遠くから手を振りながら、駆け寄ってくる一団がいる。

 真っ先にライトたちを見つけ、大声を張り上げている全身鎧男を先頭に、他の面々も全速力でこちらに向かってきている。


「ライト様ああああっ! そんなお姿になってどうしたのですぅ。それじゃあ、身動きが取れないじゃないですかぁ……はっ、ということは抵抗ができないということ。今なら何をしても、あの唇を奪うことも可能! はぁはぁはぁ、ライト様ぁ、少し目を閉じてもらってもいいですぅ?」


「やめんかいっ!」


 全身鎧を本気の走りで追い越し、飛び込むようにしてライトの眼前までやってきた小柄な聖職者が、鼻息荒くライトに迫っている。それを見かねたエルフ青年が、結構強めの平手打ちを後頭部へ叩きつけた。


「全員、無事で本当によかったよ。僕も心配で心配で」


 眼鏡青年は眼鏡を外し、目元を袖で拭っている。


「教皇様、及び皆様が無事でほっとしました。ライトアンロック殿がいる限り大丈夫だとはわかっていたのですが」


「流石、ライトアンロックさんです!」


 サンクロスは安堵のため息をつき、シェイコムは全幅の信頼をライトに寄せているので、無事戻ってくることを微塵も疑っていなかったようだ。

 兵士たちがいる場所まで戻るように、ファイリが言い聞かせたにも関わらず、誰一人としてこの場から移動せず、ライトたちを待っていた。

 彼らへこの先で何があったのかの説明を終えると、更に興奮が増したようで盛り上がる面々をなだめながら、取り敢えず兵士たちの拠点である小屋まで移動することとなる。


「では、我はここで離脱することにしよう。兵士たちとも因縁があることだしな。それに我はまだやるべきことがある」


 ライトを鎖から解放し、シェイコムに手渡すと、敬礼した後に喜んでライトを背負っている。


「ここの後始末ですか」


 ライトの問いにロッディゲルスは静かに一度頷いた。


「ああ、この施設内部の機能を完全に破壊しておく。二度と誰にも使えぬようにな。皆、世話になった。さらばだ、ライトアンロック」


「死者の街で待っていますからね!」


 立ち去る背中にライトは大声で再会の約束を取り付けようとする。返事はなかったが、立ち止まったロッディゲルスは了解の意を示すように、右手を上げ闇の中へと消えていった。


「あのバカ、死のうなんて考えてないだろうな」


 ファイリは消えた先を厳しい表情で睨みつけている。


「大丈夫じゃないかな。死を覚悟した者の目ってあんな感じじゃないし」


 自らの手で命を刈り取ってきた、暗殺者としてのイリアンヌの言葉には説得力があった。


「これでもう、虚無の大穴に関わらずに済みそうです。これで本当に最後だと思うと、何より嬉しいですよ」


 それがライトの本心だった。

 五年の歳月を経て、再び舞い戻ったライトは虚無の大穴に別れを告げる。もう二度と、この場所に来ることはないだろうと、見納めとばかりに大穴の景色を目に焼き付けておく。

 大穴の上部から光が射し、砂埃が反射し輝いている。それは、虚無の大穴においてライトが唯一好きだった光景であった。








 虚無の大穴の最深部中心近くに転がっていた、首のない死体が痙攣をする。

 痙攣が徐々に大きくなり、何度も繰り返されると、首の切断面から黒い何かが這いずり出てきた。

 それは、老人の体の内部に収まっていたとは信じられないほどの体積だった。老人の中から全てを吐き出したそれは、死体の脇に鎮座している。

 その何かが凝縮し、人型を取る。

 闇が纏わりつき輪郭がわかる程度だが、それの背には大きなマントがあるようだ。

 周囲を何度も見回し、次に地面に転がっている老人の首に目を向ける。


『何も残っていないか……やってくれたな、死を司る神よ』


 そう呟くと、マントをひと振りする。

 そこには、もう何もいなかった。


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