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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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44/145

因縁

「うむうむうむ、上出来な反応じゃ。だがだがだが、それで驚いてもらっては困るのお」


 老人が両手を地面に向けると、そこに赤い光で描かれた魔法陣が現れる。その魔法陣の中心から黒い霧が吹き出し渦を巻くと、その中から二人の英雄が浮かび上がってくる。


「あらあら、大きくなったわねファイリ。泣き虫なところは治ったのかしら」


 生前と変わらぬ優しい笑みを浮かべる、聖女ミミカ。


「ふう、またこうして君たちに会えるとは思ってもみなかったよ」


 眼鏡の鼻当てを人差し指でクイッと押し上げる、賢者ロジック。

 五年前、この場所で命を落とした三英雄が再び集結した。


「どうじゃ、どうじゃ、どうじゃ! わしが極めし召喚魔法の実力は! わしの手にかかれば誰も成し遂げられなかった、死者蘇生さえ容易いことじゃっ!」


 体をのけぞらせ狂ったように叫ぶ老人をライトは悲しげに見つめている。

 ロッディゲルスは何か言いたそうに口を開きかけたが、ライトが手で制した。

 ファイリも初めは心臓が止まるのではないかと心配になるぐらい驚いていたのだが、今は冷静さを取り戻し、老人を睨みつける。


「なんじゃ、なんじゃ、なんじゃ、その反応は! 驚け、褒め称えろ、恐怖しろ! 死んだ三英雄を蘇らせたのだぞ! こやつらはわしの命令に逆らうことはできぬ。お主らの命はわしの手の中にあるのじゃ!」


「三英雄ですか……久しぶりですね。皆さん五年ぶりになりますか」


 ライトは大きく息を吐くと、喚き立てる老人ではなく三英雄に話しかける。


「ああそうだな。こうやって敵になって再会する羽目になるとは、皮肉なもんだ」


「ライト様は更に鍛え上げられているようですね。あの頃とは別人のようですわ」


「召喚時にかけられた契約が強すぎて、僕でもどうにもならない。敵対することを許してくれ、すまないみんな」


 五年前と変わらぬ三英雄の仕草や言葉遣いにライトは――頭を抱えたくなっていた。


「エクスさん、首都で発行されている際どい写真が載っていることで有名な大人の本最新号いりますか?」


「おいおい、何を言っているんだライト。戦場で馬鹿な会話しているんじゃねえよ、らしくないぜ」


 まともな反応を返すエクスにライトの眉間に皺が寄る。


「ミミカさんの死後、ミミカさんファンクラブが設立されまして、若くて格好良い男性がかなりメンバーに入っているそうですよ」


「あらまあ、どうしましょう。照れてしまいますわ」


 頬に両手を当て、清純な乙女のような反応をするミミカを見て、無表情なライトの顔面に血管が浮かび上がる。


「ロジックさん、幼女は?」


「え、何を言っているのだい?」


 ライトは肺に残っている空気を全て出す勢いで、息を吐いた。


「今ので確信しましたよ。そこは命もしくは心のオアシスって返さないとダメでしょうが。それに、全員まとも過ぎます。それじゃまるで、生前の模範的な英雄じゃないですか」


「お、お、お、お主こそ何を言っておるのじゃ! 死んでおったのだ生前の性格なのは当たり前じゃろうて!」


「ごもっともな御意見なのですが、彼らは死後あの世へは旅立っていませんよ。死者の街に滞在中です。そして私は死者の街からやってきました。闇属性に精通しているようですから、これがどういうことか、おわかりになりますよね?」


 老人は言葉の意味に気づくと大きく後退る。顔を絶望の色に染め、三英雄から少しでも離れようと、震える足でその場から離れようとしている。


「ならならなら、お主たちは、お主たちは、お主たちは」


 同じ言葉を繰り返すことしかできない老人を、三英雄は蔑んだ目で見下ろしている。


「いい加減、本当の姿を晒したらどうだ。てめえらの正体はこの神眼がとっくに見抜いているんだよ」


 三英雄は同時に肩をすくめると、口が裂けたのかと錯覚するぐらい口の両端を釣り上げ、邪悪な笑みを浮かべる。


「いやーバレちまったか。せっかく楽しい玩具を見つけて遊んでいたのによお。おめえらのせいで台無しじゃねえか。召喚の際に俺が手を貸してやっているのも知らずに、全部自分の実力だと勘違いしているんだぜ、この爺さん。滑稽だとは思わねえか! これからが本番だっていうのによお、くそが、邪魔しやがってっ!」


 エクスの姿をした何かが、両手で頭を掻きむしる。


「仕方ない。また新しいの探す」


 ミミカの姿をした何かの顔から先程の笑みは消え去り、今は一切の表情がなく、ただ淡々と言葉を発している。


「ふーっ、やっと、このなよなよした人間の姿から解放されるのか。せいせいするぞ。魔法使いというのは筋肉がまるでない。こんな体で生きていて、よく恥ずかしくないものだ」


 最後の一人が眼鏡を握りつぶし、ロジックとは似ても似つかぬ低い声で文句を並べている。

 三英雄の皮を被った何かが足を一度踏み鳴らすと、足元から大量の闇が吹き出しその姿を包み込む。

 その闇から感じる魔力の強さに、ライトの肌が粟立つ。無意識のうちに足が後ろへ一歩後退していることに気づく。


「この魔力やばすぎねえか」


「ああ、我を凌駕する魔力の強さだ……フォールに匹敵しているやもしれぬ」


 ライトの表情はいつもと変わりなく見えるが、黒い法衣の下は冷や汗で濡れていた。

 黒い霧が晴れた先には、三体の何かがいた。

 一体は人型なのだが上半身が裸で赤いズボンを履き、背中には大きなコウモリの羽が生えている。額と側頭部から合計三本の角が生え、喉元には黒い宝石が埋め込まれている。

 もう一体は、十代を過ぎたばかりに見える美しい少女で、緑を基調とした可愛らしいドレスを着ている。ドレスにはリボンが幾つも付いており、スカートは大きく膨らんでいる。そしてそのスカートからは脚の代わりに無数の人の腕が伸びている。

 最後の一体は、肉塊と呼ぶに相応しい姿をしていた。脂肪が一切見当たらない丸い筋肉の塊に異様に長い手足が生え、本来顔があるべき場所には何もなく、体の中心部に大きな黒い宝石が埋め込まれているだけだ。


「ファイリ、相手の強さがわかりますか」


「ああ、魔力の量で考えるなら全員が、変身する前のフォールより少し劣る程度だな」


 五年前、全員で全力を出して何とか追い詰めたフォールと同程度の敵が三体。絶望しても仕方のない状況なのだが、ライトは微塵も諦めていない。


『やっぱ、この姿じゃねえとな! 千年前は自分のあまりのキモさに吐きかけたが、慣れってのは恐ろしいもんだ。そう思わないか――ロッディゲルスさんよ』


 不意に名指しで呼ばれたロッディゲルスにライトの視線が向く。

 そこには顔面蒼白で自分の両肩を抱き、震えの止まらないロッディゲルスの姿があった。


『久しぶり、班長』


『約千年ぶりの再会だな』


 ロッディゲルスは自分を抱いたまま地面に両膝を突き、生気の感じられない顔を敵へ向けている。


「何故、貴方たちがここに。私に復讐を……?」


『おいおい、勘違いしねえでくれよ。あんたは頭のいかれた研究者の中で、唯一実験体の俺たちに優しくしてくれた存在だったからな。他のボケどもは殺しても飽き足りねえが、あんたは別さ。魔王が死んだという噂を聞いて、故郷巡りに来たついでに、面白そうな玩具を見つけ遊んでいただけさ』


『貴方はいつも優しかった』


『この筋肉を褒めてくれたからな!』


 ロッディゲルスと敵は旧知の間柄のようで、会話内容を素直に受け取るのなら敵側は慕っているように見える。ライトはそう判断すると、相手の動きと会話内容に集中する。


「魔王を封印する直前に姿が見えなくなっていたけど……生き延びていたのね」


 口調がいつもと違い、ロッディゲルスは千年前の話し方へと自然に戻っている。


『まあな。あんたらがつけてくれた擬態の能力を有効利用させてもらったぜ。実験後期の俺たちだからこそ、人間に紛れ生き延びれたんだがな。でよぉ、ここ数年までは俺たちも大人しくやってたんだが、ちょっと困ったことが起きちまってな』


『人間を殺したくなってきた』


『今までそんなことはなかったんだが、最近は飯を食うのと同じように、人間を殺したいという衝動が抑えきれないのだ。試しに殺してみたのだが、それがたまらんほど気持ち良くてな。最近では朝昼晩と最低十人はやらんと満足できんのだよ』


 さらっと告白してきた内容にライトの眉が少しだけ揺れた。


「制御が効かなくなってきているのか。原因は……この施設の扉を無効化したせいなのかもしれない」


 虚無の大穴に取り付けられた扉はフォールの能力を抑え込む機能があったのだが、それはフォールだけに効果を発揮するわけではない。この施設で産まれた魔物たち全てに影響を与えていたのだ。

 研究員が意のままに操れるよう、人間に害を与えられないように、彼らの脳には装置を介して精神制御の命令が常時放たれていた。

 遠く離れた場所に住んでいた彼らにも影響を与え続けていたのだが、五年前の戦いにより施設の機能は完全に停止してしまい、彼らの心のタガは外されてしまった。


『でさあ、もっともっと殺りたくなったから、ここに何か面白い道具でも落ちてないかと来てみれば、穴の奥で爺さんが怪しい儀式やってたんだよ』


「ひあひあひあ、わしはわしはわしは、偉大なる魔法使い、ひぃひぃひぃひっひっひっ」


『ダメだな。完全に壊れちまった。ったく、爺が喘ぐんじゃねえよ気持ちわりい』


 軽く横に手を振っただけで、離れた場所にいた老人の首は切断され、血を撒き散らしながら頭が宙を舞う。


『んでよお、理性が少し残っている今のうちに、あんたらに頼みがあんだ。俺たちを殺してくんない?』


 軽いノリで口にした頼み事は、予想外の内容だった。


『いやさ、殺したいとか言っていたくせに矛盾してるって思ってんだろ。でもな同じぐらい死にてえんだ。なら自殺でもしろやとか言いたいのはわかってんだ。だがな、俺たちは自害できないように作られてんだよ。おまけに誰かに殺してもらおうにも、自動で防衛機能が働いて返り討ちにしちまうんだよ。仲間同士での殺し合いもできねえしな。ナンバー六十三万百五と百八も同じようでな。ああ、すまん。ナンバーってのは俺たちの名称だ。六十三万代の俺たちは面倒だから下三桁だけで呼び合ってるがな。俺が百一だ。で、そこの紅一点が百五。筋肉が百八だな』


『よろしく、百五よ』


『今日も大胸筋が絶好調な百八だ』


 実験体たちの名乗りを聞き、今まで後方で黙っていたライトは、ロッディゲルスを庇うかのように前に立った。


「ご丁寧な挨拶痛み入ります。私の名は、ライトアンロック。ロッディゲルスさんとは顔見知りのようなので紹介は要りませんね。こちらの女性はファイリと申します」


 ライトは穏やかな口調で挨拶を返す。実験体の二体が珍しいものを見るかのような目でライトをまじまじと見ていた。


『やっぱ、あんた変わっているな。ここの装置の録画機能であんたらの戦いは全て見せてもらったんだが、やっぱ、あんたなら俺たちの願いを叶えてくれそうだ!』


 心底嬉しそうにナンバー百一は、満面の笑みを浮かべる。


「何故死にたいのです? 良心の呵責に耐えかねてという感じには見えませんが」


『んな殊勝な心がけじゃねえよ。疲れたんだよ化物として生きるのに。俺たちはこんな見た目だ。でも、せめて心だけは人間でいようとこいつらと誓ったんだよ。それが今じゃ心まで化物になっちまった。それだけじゃねえ、厄介なことに人を殺すことが楽しいんだよ。泣いて叫ぶ女子供を引き裂くことが、楽しくて楽しくて仕方ねえんだ。でもな、心の奥底に微かに残っているんだよ、人間の心が』


『私たちは人間でいたい』


『この筋肉は気に入っているが、やはり人の心を持ったまま死にたいのだよ』


『『『殺してくれ』』』


 ライトは黙って収納袋から巨大なメイスを取り出す。

 彼らが闇の束縛から逃れるには、神気を持つライトが止めを刺さなければならない。そうしなければ、人工的に闇を焼き付けられた彼らは、永遠に闇の魔物として生まれ変わり続けるはめになる。


「私の浄化は少々荒っぽいですがよろしいですね」


『望むところだ。俺たちもできるだけ力を抑えてみるが、防衛機能には逆らえねえ。容易くは殺れねえぜ』


「俺たちもいるんだ。そう難しいことじゃねえよ」


「ああ、私……いや、我も参加する。罪滅ぼしなんて安易な言葉で逃げる気はない。せめて、彼らが安らかに眠れるように全力を尽くそう」


 ファイリがライトの右に、ロッディゲルスが左に並ぶ。頼もしい二人の仲間がライトの背を叩く。


「そうですね。ロッディゲルスは防御を担当してください。ファイリは遠距離からの攻撃と回復、牽制を頼みます。私はいつも通り」


「「特攻だろ」」


「そういうことです。では、行きますか『聖属性付与』『上半身強化』『下半身強化』」


 魔法発動と同時に、ライトの体を金色の炎が包み込む。初めから全力でいくことを決めていたライトは、三角形を描くように並んでいる実験体の一番手前にいた筋肉の塊、ナンバー百八へ突進する。

 後方に陣取っていた二人の実験体は大きく後ろへ下がり、防衛本能が働かないように距離をとる。相手は一体ずつでしか戦わないようにしてくれているようだ。


『その怪力と力比べしてみたかったのだよ!』


 ライトが全力で振るったメイスの一撃を、ナンバー百八は闇を纏った拳で迎え撃つ。強大な力同士が正面衝突し、その際に生じた衝撃波がロッディゲルスとファイリの体を仰け反らす。

 一瞬互の威力により拮抗しているかのように見えたのだが、ライトが更に力を加えるとナンバー百八の右腕が金色の炎に抱かれ消滅した。


『なんと、我が筋力を凌駕するとは! まだだ、唸れ上腕二頭筋! 燃え上がれ広背筋!』


 ナンバー百八の左腕と上半身の筋肉が更に膨張し、その太すぎる筋肉の腕が振り下ろされようとした。

 だが、ライトはメイスを振り切った体勢のまま止まるのではなく、そのまま体を一回転させると、相手の体にある巨大な宝石を狙い、遠心力を利用した追撃を叩き込む。

 振り下ろされた腕より早くメイスが相手の体を捉え、闇に染まった宝石を容易く砕くと、金色の炎が背後へ突き抜ける。


『ふはははは、見事だ、ライトアンロック。筋肉のぶつかり合い楽しかったぞ!』


 浄化される寸前に放たれた言葉はとても満足そうで、それを聞いたロッディゲルスの罪悪感が少しでも薄れることをライトは願っている。


『次は私。いくよ』


 宙に浮きライトの方向へ風に流されるかのように進み出てきた、ナンバー百五がぼそりと呟くと、スカートの中から生えている手の全てに、黒い球のようなものが握られている。


『全弾発射』


 何十本もの腕が一斉にライト目掛け、黒い球を投げつけてきた。

 だが、その黒球はライトに届くことはない。


「任せてくれたまえ『黒鎖』」


「へっ、魔法なら負けねえぜ『聖滅弾』」


 ライトの後方から放たれた黒鎖と聖なる光の球が、その全てを撃ち落とす。

 敵の魔法が全て相殺されたのを確認すると、ライトは巨大メイスを手放す。戦いにおいてライトは見た目で敵を侮ったりはしないのだが、どうしても幼い顔をしたナンバー百五をメイスで叩くには抵抗があった。


「結局やることは一緒なのですがっ」


 地面を力強く踏みしめ、一歩一歩を跳ぶように走り抜け、ナンバー百五の足元まで迫ると、大きく跳躍した。

 至近距離から見るナンバー百五の顔は思っていた以上に幼く、ライトは拳を突き出すのを躊躇してしまう。


『やって』


 そう言って自分の胸元を指差し、無表情を貫いていた少女は花が咲いたように笑う。


「すみません」


 謝罪の言葉を吐き出すと同時に、右拳が少女の胸元を貫いた。


『ん、ありがとう』


 金色の炎に包まれた少女は、笑顔のまま瞳を閉じる。

 地面へ着地したライトの肩に、緑色のリボンがぽとりと落ちてきた。ライトはそれを掴むと、法衣の内ポケットへ入れる。


『いやー、あいつら先にあっさり逝きやがったぜ。ちっ、羨ましいじゃねえか。んじゃ、残りは俺一人か。ライトアンロックさんよ、図々しいとは思うがもう一つ頼みごとがある。聞いてくれないか』


「言ってみてください。可能なことであるのなら善処しますよ」


『簡単なことさ。俺は造られてから一度も本気を出したことがない。だから、最後は本気を出してみたい。あんたも仲間も全力を出してくれないか』


 ナンバー百一は穏やかな表情でそう告げると、頭を下げた。

 ライトはお人好しではあるが、他人の言うことを全て間に受けて信じる程、間抜けではない。何か裏がある可能性はゼロとは言えないが、相手の申し出を受けることにした。

 純粋な慈悲の心からだけではなく、ロッディゲルスの負担を少しでも和らげる為に決断をする。


「構いませんよ。皆さんも容赦をせずに全力を出すように、いいですね」


 そばにいる二人には充分すぎる声量で確認をとる。


「了承した」


「任せとけって」


『感謝するぜ、ライトアンロックさんよ! 胸中を渦巻くこの闇の波動を開放できる日が来るなんてなあああああああああああっ!』


 首に埋め込まれた宝石から闇が溢れ出し、ナンバー百一の全身を覆う。その様子は五年前の追い詰められたフォールと酷似していた。


「……判断を誤りましたかね」


「まあ、今更だな」


「腹を括ることだ」


 三人が見つめる先には、大量の闇を掻き分けるようにして現れたナンバー百一の姿があった。体は全体的に一回り大きくなっており、真っ直ぐ生えていた三本の角は歪くねじ曲がっている。背中に生えたコウモリの羽は漆黒に染められ、まるで鋭利な刃物のように羽の縁が鈍く輝いている。


『ああ、最高だ。最高の気分だ! あははははは、これが俺の力かっ! 試させてくれ、この力を!』


 ナンバー百一が羽ばたくと、空間を埋め尽くす量の三日月状の黒い刃が飛翔してくる。


『黒鎖壁』


 前面の攻撃は鎖の壁が防いでいるのだが、側面から回り込むように飛んでくる黒い刃は防ぎようがなく、鎖の壁を避けるようにして左右からライトたちに迫り来る。


「ったく面倒だな『聖域』」


 ファイリが張った聖域に黒い刃は弾かれていくが、一発にかなりの威力があるらしく、攻撃が当たるたびに聖域が軋む。


「ちょっとこれ、やばいかも!」


 聖域の中で焦った声を出すファイリだったが、この中にいる限り魔法を使用できないため、対応のしようがない。


「結界を消して、一気に後方へ飛ぶのはどうだろう」


「無理ですね。黒鎖壁が消えていますので、正面から飛んでくる攻撃にやられるだけです」


 三人が顔を見合わせるが言うべき言葉が見つからないようで、沈黙が続く。


「って、もう無理。ダメ、壊れる!」


 限界を迎えた聖域が消滅し、無防備なライトたちへ黒い刃が唸りを上げて飛び込んでくる。

 一度大きな地鳴りが響き、その後は黒い刃が次々と突き刺さる音だけが虚無の大穴に充満している。


『おいおい、これで終わりか! よしてくれよ、俺だけ生き残っちまうじゃねえか!』


「ご安心ください」


 土埃で視界が遮られていたが、その中から何かが飛び出してきたと思ったときには、ナンバー百一の眼前に白銀色に輝くライトの姿があり、右脇腹に違和感を覚える。

 ナンバー百一はライトの姿がぐるぐると回りながら遠ざかっていくのを眺めている。そして、それが間違いであることに気づいた。


『ああ、回っているのは俺か』


 分断された下半身を視界の隅に写すと、ナンバー百一は自分の状況が把握できてきた。


『強えな……やっと、やっと眠れる。ありがとうございます、ライトアンロックさん……』


 神気に触れた体は光の粒子となり、天へと登っていった。

 地面に空いた大穴からロッディゲルスは上空を眺めている。


「まさか穴を作るとはな」


 聖域が崩れた瞬間、ライトは神力を開放しメイスを地面に叩きつけた。大きく陥没した地面に二人を放り込むと、上から覆いかぶさる。幾つかの刃がライトの背を傷つけるが、致命傷には程遠く、攻撃が止んだ一瞬の隙にライトは飛び出していった。

 わかってはいたのだが、改めて知る、ライトの非常識な力にファイリは苦笑するしかない。


「さて、これにて一件落着ですかね」


 メイスを杖にしてどうにか立っていたライトだったが、ナンバー百一が完全に消滅したのを見届けると、うつ伏せに倒れ込んだ。

 全身の筋繊維断裂と骨にひびが入っているなと、冷静に自己分析している。


「何か忘れている気もしますが、私はもう動けませんし」


 ライトは疲労感に身をゆだねて、そのまま眠りに落ちることを決める。


「ちょ、ちょっとおおおっ! 相手の隙をついて後ろからズブリって作戦どうなったのよ! ねえ、ずっと気配と姿を消していた私の出番は! ねえ、ちょっと!」


 魔物たちの群れと遭遇してから姿を消していたイリアンヌが、何か言っているがライトは気にしないことにした。


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