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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
40/145

仮面の魔族

 偵察隊全員が鉄の籠から降りると、ライトたちの周囲を屈強な男達が取り囲む。

 全員が同じ形状の鎧を身に付け、胸元には神聖イナドナミカイ国の紋章が刻まれている。

 武器を構え警戒している兵士たちの中で、周りに指示を出している上官らしき男にライトは歩み寄る。

 その男は三十代に見える野性味あふれる顔に、均整のとれた体型をしており、腕や顔には裂傷が見える。鎧はかなり汚れており、何箇所も傷がついている。


「連絡がいっていませんか? 我々はここを偵察するように国から依頼されたものですが」


「話は聞いている。上からも連絡は届いている。だがな、俺らより劣る者をこの先へ行かす訳にはいかないな」


 そう言うと男は意味有りげな笑みを浮かべる。その表情と言い方から男の本意を悟ったライトは軽く頭を振る。


「つまり、納得出来るだけの力を見せろと」


「まあ、そういうことだ。お前らの中で一番強い奴が、俺と戦って見せてくれないか。一応俺はここの隊長をやっている」


 刃部分がかなり長い両刃の剣を鞘から抜き、正眼に構える。


「血の気の多い方ですね。よく、国の兵士が務まりましたね」


「おう、まともに務まらないから、こんな辺境に飛ばされたわけだ。はははははっ」


 豪快に笑う隊長の背後で兵士たちが額に手を当て、ため息をついている。その動作一つで、兵士たちの苦労が窺われる。


「お、そうだ。男女差別をする気はないが男で頼む。女性に手を上げるのは命がかかった時だけにしろという、爺さんの遺言でな」


「そもそも、その申し出を受けるなんて言ってないのですが……無駄なようですね。となりますと、相手をするのは必然的に残りの男性陣となるわけですが……誰が行きますか?」


 男性陣が顔を見合わせ、ライト以外が一斉にライトの方を向いた。


「誰が戦うかなど決まっています! サンクロス教官はどう思われますか!」

「言うまでもない。相手が強者を求めているというのなら答えは一つだ」


 シェイコムもサンクロスも絶対の信頼をライトに寄せているようだ。


「だな、俺たちの成長も見せたいところだが、ここでしゃしゃり出る程、愚かじゃねえ」

「ええ、考えるまでもないですよ」

「そやな、相手の驚く顔、めっちゃ楽しみやわ」


 それは冒険者チームの男性も同じで、全員の意見が一致している。

 ライトは彼らの視線に背中を押され、一歩前へ踏み出す。


「私が戦わなければならないようです。お手柔らかに」


 いかにもやる気のなさそうなライトの態度に、隊長の顔が怒りに歪む。


「お前ら正気か。黒の変な法衣を着たそいつ、聖職者だろ。体はそれなりに鍛えているようだが、所詮後衛職。そこの聖騎士や戦士が相手しろ。このままヤルというのなら、俺は容赦しないぜ」


「だそうですが、どうします?」


 振り返り皆に意見の変更を求めるが、満場一致で却下された。


「そうかそうか。俺をただの兵士だと思って舐めているようだな。国に引き抜かれるまで、俺はAランクの冒険者だったんだぜ」


 相手に対しての最大限の警告だというのに、偵察隊側は誰一人として驚いた様子がない。それどころか、隊長へ哀れみの視線を注いでいた。


「ええと、いつ始めたら良いのでしょうか」


 ライトも平然と構えもせず、相手の話を聞き流している。

 隊長の額には血管が浮き上がり、怒気を体中にみなぎらせている。


「……てめえ、武器も何もないようだが、いいんだな! さっさと取り出しやがれ! それが開始の合図だ」


「えっ、このままで結構ですよ。格下相手に武器を使うなんて大人げないですから」


 ライトの神経を逆撫でする口撃に隊長は完全に切れた。


「本気を出さなかったことを後悔しながら、血反吐の海でのたうち回れええっ!」


 Aランクが偽りでないことを証明する、鋭い踏み込みから迷いのない突き。その剣先はライトの顔面を狙っている。

 その一撃をライトは無造作に上げた左手で弾き、金属同士がぶつかる甲高い音が響く。


「なっ、その腕、手甲かああっ!」


 ライトの両腕にはキャサリンが精魂込めて作った、永遠の迷宮産の鉱石で造られた手甲がはめられている。

 その手甲をもってすれば、この程度の攻撃なら容易く弾くことができる。

 驚愕の表情で突きの体勢のまま固まっている隊長の鎧の一番分厚そうな位置に、右手を突き出す。

 軽く握られた拳が腹部に触れた瞬間、圧倒的な力で何かが潰された鈍い音がした。その瞬間、ライトの怪力を知っている偵察隊の表情に同情の色が表れる。


「がっ」


 口や目から液体を撒き散らし、地面と水平に飛んでいく隊長。

 そのまま暫く滑空を続け、十メートル先で墜落した。


「本来の力を発揮させず、こちらは全力で迎え撃つ。これが私の本気ですよ」


 拳を突き出した状態でライトはそう言い切る。口ではそう言っているが、実際はかなり手を抜いている。強化魔法をかけた上で本気で打ち抜いていたら、今頃、隊長は内臓をぶちまけ体が二つに分離していただろう。


「相変わらず味気のない戦いよね」


「ったく、強大すぎる力を前にした、技の無力さを思い知らされるぜ」


「ライト様ステキィィィィ! 私も粉々にしてええええっ」


 女性二人はライトの強さに呆れているが、残りの一人はテンションが上がりすぎて、おかしなことを口走っている。




 兵士に介抱されている隊長が目を覚ますまで、偵察隊は休憩を取ることにした。

 隊長が倒されたことにより、兵士たちが逆上して襲って来るかと身構えたのだが、そんなことはなく、むしろ申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「すんません。うちの隊長、根はいい人なんですが、どうも血の気が多くて。考えるより行動という思考回路していまして。最近は金ピカの魔族にいいようにあしらわれて、ストレスも溜まっていたようです」


 兵士たちは全員何度も頭を下げ、体中から液体を溢れ出している隊長の世話をしている。


「お前、更に凶悪になってないかぁ? なんだよ、その手甲は」


 謎仮面は手甲をまじまじと見つめ、思わず口からそんな言葉が漏れた。以前から顔見知りであると言っているようなものなのだが、自分が初対面で謎の仮面をつけた聖職者という設定を完全に忘れているようだ。


「死者の街でキャサリンさんに造ってもらったのですよ」


「キャサリンだとぉう……あれか、職人の女か。けっ、死者の街でも楽しくやってそうだなっ!」


 仮面越しなのでわかりづらいが、頬が軽く膨らんでいる様子から、恐らく睨みつけられているのだろうなとライトは予想する。


「ええまあ、キャサリンさんを一度紹介したいですね。きっと驚きますよ」


 ライトの言葉の意味と、謎仮面が受け取った意味はまるで違ったようで、仮面に覆われてない部分の顔を真っ赤に染め、ライトへ何度も拳を叩きつける。


「彼女自慢か! いらん、そんなの見たくねえよっ! くそ、勝ち組自慢か死ねっ! ガードするな!」


 ライトは左手のみで攻撃をすべて受け止めている。手甲に当たると相手の手が痛むので、受け止めた時に少し後ろにずらし、衝撃を緩和している。


「なんか、哀れだから教えておくけどさ。キャサリンって大男よ。自称、中身は乙女らしいけど」


 イリアンヌが謎仮面の狼狽っぷりを、見るに見兼ねて口を挟んできた。


「なんだと。お前、そっちの趣味に走ったのか!?」


「あ、そう取るんだ」


 混乱している謎仮面に正確な情報をなんとか伝え終わると、結構な時間が過ぎていた。その間に隊長もなんとか意識を取り戻したらしく、兵士に背中を支えられた状態で、胡座をかいている。


「お前、本当に聖職者か」


「すみませんが、その台詞聞き飽きています」


 ライトの戦いを目撃した人の殆どが口にする定番の言葉なので、ライトは素っ気なく言葉を返す。


「あんたの実力は確かだな。これならあの忌々しい魔族に勝てるかもしれん。あいつは毎回毎回、俺たちをコケにしやがって……」


 ギリギリと歯を食いしばる音がライトにまで聞こえてくる。


「余程、頭にきているようですね」


「ああ、戦う度にいつも何か変なことをしてきやがるからな。腹が立つが圧倒的な力の差でねじ伏せられる。俺がここの担当になって三ヶ月だが一度も勝てやしねえ」


 悔しさを隠そうともせず、拳を何度も地面に叩きつけている。


「あんたらどうする。今から、金ピカのところに行くなら案内させるが、明日に日を改めるなら、近くに小屋があるからそこで休んでくれ」


 ライトとしてはこのまま向かいたいところなのだが、単独行動をするわけにもいかないので、全員に意見を問う。

 馬車に揺られていただけなのだが、長時間の乗車による疲れが残ってはいる。だが、窮屈な空間に閉じ込められていた一同は、思う存分体を動かせる方を選んだ。





 兵士の案内により、問題なく扉の前に偵察隊はたどり着く。

 開け放たれた扉を感慨深げにライトは眺めている。この虚無の大穴で何回、階層を隔てている扉を開けてきたのか。ライトは思い返そうとして、やめた。


「では、私はここで。少し離れた場所から見ていますので、万が一の場合、我らが責任をもって回収いたします」


 敬礼をしてそれを告げると、兵士は足早に立ち去っていく。


「扉の前にいるって話だったが誰もいねえな」


 全身鎧男が拍子抜けしたようで、構えていた大剣を地面に突き刺す。


「そうだね。今のところ僕の眼鏡にも探知されていないよ」


 眼鏡青年が魔道具である眼鏡をいじりながら、警戒を続けている。


「どっかに隠れてるんとちゃうか」


 エルフの青年が額に右手を当て周囲を見回している。


「んー、魔族っていったら闇属性よね。私もぉ、なーんにも感じなぁーい」


 聖職者の魔法の一つに闇と不死属性のみを探知できる魔法があるのだが、それにも反応がないようだ。


「シェイコム油断はするな。我々は守りを固めておくぞ」


「わかりました、サンクロス教官!」


 最前列にいる彼らは盾を構え、防御に集中している。


「気配は、全くないわ。これといった物音もしてないし。いないなら、今のうちにこの扉通過しちゃう?」


 イリアンヌは最後尾にいるライトへ問いかけるが、返事がない。

 ライトは同じく最後尾にいる謎仮面へ耳打ちをしていた。


「貴方の神眼にも何も映っていませんか?」


「な、なにを言っているのか、わ、わからんな。私はセイントレディーだ。誰かと勘違いするんじゃないですわぞ」


 謎仮面は動揺のし過ぎで口調が滅茶苦茶になっている。


「今までバレてないと思っていたことに驚愕しますよ。教皇の仕事はどうしただとか、言いたい事はありますが、今は詮索しません。それでファイリ、貴方の眼でも感知できませんか」


「くそっ、俺の巧みな変装術と芝居がバレるとは……教皇の地位なんて、俺は都合の良いお飾りだからな。いてもいなくても支障はないさ。それと、魔物の姿は周辺に一切ないぞ」


 正体がバレていたことに悔しさをにじませつつ、現状を伝える。

 ライトの鋭敏な感覚にも他の存在を認識できていない。誰もいないと判断し先に進むことを提案しようとした、その時、扉の前の地面から大量の黒い霧が吹き出してきた。


「闇属性の魔素が一気に濃くなっている! 油断するなよ、くるぞ!」


 謎仮面ことファイリが大声で警告する。

 全員が警戒態勢をとり、闇の魔素発生地点へ目を凝らす。

 逆に流れる滝のように黒い奔流が天に向かい吹き出すと、そこには一匹の魔物と魔族がいた。


「あれは、キマイラかっ」


 サンクロスは異様な容貌の魔物を見て、思わず唾を飲み込む。

 山羊と獅子の頭を持ち、尻尾は蛇という複数の獣が合成された身体。強力な闇属性を操り、それだけではなく身体能力も優れているというAランクの魔物。

 キマイラ一体だけでも驚異なのだが、そのキマイラの上には金色の派手な燕尾服を着た魔族が跨っている。

 顔の上半分を純白のマスクが覆い、口元は余裕の笑みを浮かべている。その両腕には漆黒の鎖が巻き付き、先端には鋭く尖った刃が付いている。

 キマイラの迫力と、事前に聞いていた魔族の特徴に一致する強敵の存在に、ライトを除いた偵察隊の面々は声を出すことも叶わずにいた。

 そんな人間たちを嘲笑うかのように、獅子の頭が口を開く。


『矮小なるモノよ。また懲りずにやってきたか。主の圧倒的な力をまた味わいに来るとは、愚かにも程がある。己の弱さを知りたい愚か者であるのならば立ち向かえ。少しでも知恵があるのならば、この場から立ち去るがいい』


 低く腹の底まで浸透してくるような地鳴りのような声に、一同は身を縮こます。ライトを除き。


「まあ、まて。よく見るといつもの輩とは違うようだ。ならば、名乗らなくてはなるまい。我はこの虚無の大穴を守りし魔族――その名もダークロック」 

 魔族の堂々たる名乗りを聞き、ファイリは仮面の下の顔を訝しげに歪めている。ライトは魔族に対し完全に背を向け、頭を抱えている。


「ふはははは、我を恐怖し泣き叫べ。貴様らの負の感情が更なる力を我に与えてく」


「なあなあ、楽しそうなところ悪いんだが。お前。その声、もしかして、ロッディゲルスじゃねえか?」


 ファイリの一言で、上半身を仰け反らせ、ノリノリで語っていた魔族の動きが止まった。

 錆びた鉄が擦れるような音を立て、ゆっくりと顔をファイリへ向ける魔族。


「だ、誰のことだね」


『主様、主様! 正体バレバレです、どうしましょう!』


「こら、黙らないか!」


 キマイラの獅子と山羊の頭が忙しなく揺れている。その二つの頭を魔族が小突いた。


「やっぱり。あんたもそう思うだろ、ライト」


 ライトという言葉を聞き、キマイラは顔面蒼白になり、魔族は仮面で表情が読み取れないが、体から溢れ出ていた闇のオーラが、しおれた花のように元気がなく垂れ流れている。

 絶望に打ちひしがれた、キマイラと魔族の視線がファイリの横に立つライトの視線を捉える。ライトは力のない笑みを浮かべ、手を振っている。


『ぎゃあああああああああああああっ! 化物だあああああああっ!』


「うわああああああっ! 違うんだこれは違うんだ! 見るな、そんな目で我を見ないでくれぇぇ」


 キマイラは慌てふためき、その場でぐるぐると回りだし、魔族は顔を両手で覆い激しく頭を左右に振っている。

 ライトとファイリ以外の面々は状況についていけず、驚きのあまり、ぽかーんと大口を開けている。

 子供の頃、英雄の自伝を読み、それを真似て、家で大げさな身振り手振りをつけながら台詞を言い、格好つけていたところを母に見られた時の自分とそっくりだな。とライトはそんな事を思いながら、生暖かい視線をロッディゲルスに注いでいた。


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