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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
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ライトアンロックの日常

 薄暗い部屋の中、ライトはベッドから身を起こす。体内時計が生まれつき正確なため、およその時間を確認することなく起きることができる。

 昨晩はロッディゲルスとこの街唯一の宿屋兼酒場で、ともに酒を飲み語りあっていたのだが、お互いアルコールに強い方ではなかったので、早めにお開きとなり床につくことができた。

 上半身を伸ばし、軽く体をほぐす。

 名残惜しそうに温められたベッドから出ると、窓際に立ちカーテンを開ける。


「んー、いつも通り周囲は薄暗いですし、清々しい朝とは言えませんね」


 この街に日が差し込むことはない。そもそも地上ではないので、ここにいる限り太陽を拝むことは一生ないだろう。


「さて、毎朝の日課やっておきますか『聖光弾』」


 天井へ向けた掌から小さな拳サイズの丸い光る玉が浮かび上がった。

 光る玉は天井の近くまで昇っていくと、そこで動きを止め停滞している。


「ふぅー、日光浴の代わりですが、やはり朝は光を浴びないと目覚めた気になりません。この魔法使えて良かったです。本当に」


 ライトが覚えている数少ない貴重な魔法の一つである聖光弾。本来は聖属性の攻撃魔法である。闇や不死属性の魔物には効果がある魔法なのだが――この魔法、使うものが殆どいない。

 聖光弾は聖職者にとって基本の攻撃魔法であり、これをまず覚えてから他の攻撃魔法を覚えていくのが決まりごとになっている。なので聖職者であれば誰もが使えるのだが、一度覚えたあとは誰も使おうとはしない。

 それもその筈、聖光弾を覚えた後に教えられる新たな攻撃魔法には、聖光弾を複数放つことができる『聖滅弾』足元から光の柱が天に向かって伸びる広範囲攻撃魔法『退魔陣』等の強力な布陣が揃っている。

 そう、あえて聖光弾を使う理由が何処にもないのだ。夜の明かり替わりに使えるのではないかとの意見もあったそうだが、持続時間が一分程度なので、そこに価値を見出されることもなかった。


「この光を浴びるだけで、清々しい気分になりますよ。かなり便利な魔法なのに需要がないのが悲しいですが」


 この聖光弾の光を毎日浴びるという行為が、自分の命を救っていることにライトは気づいていない。

 死者の街や死の峡谷は闇の魔素が強く、長くその場に居続けるだけで、体が闇の魔素に侵食され体調を崩す。下手をすれば命に関わる危険すらある。

 だが、聖属性の光を毎日浴びることにより、溜め込まれた闇の魔素が中和され体の具合が元に戻っている。


「よっし、今日も一日頑張りますか」


 二階の部屋から階下へ降りると、宿屋のオーナーであるクレリアがライトに気づいたようで、床掃除をしていた手を止めた。


「おや、ライトさん。相変わらず、お早い目覚めだね。体の調子はどうだい?」


 クレリアは少しふくよかな体型に真っ白なエプロンを身につけ、柔らかな笑みを浮かべている。


「いつもと変わらず好調ですよ。朝ごはんお願いできますか?」


「はいはい、すぐに用意するよ。席に座って待ってて」


 いつもの席に腰を下ろし、辺りを見回す。

 朝の早い時間だけあって、他に客の姿は見えない。

 昼や夕飯時は結構な客で賑わうのだが、ライトが毎朝起きる時間はかなり早い時間なので人と出会うことが稀である。

 しばらく待つと、湯気の立ち上る温かい朝食が運ばれてきた。焼きたてのロールパンが二つに、コーンスープ。サラダとハムエッグが二つという定番の朝食。


「今日も美味しそうです。いただきますね」


「はいよ。おかわりはいくらでもあるから」


 焼きたてパンの香ばしさが鼻腔をくすぐり、食欲が刺激される。

 半熟の黄身を少し潰して、ぶ厚めに切られたハムに付ける。それを口に放り込み数回噛むと、一口大にちぎったパンを更に口内へ追加する。


「はぁー、今日も美味しいですね。サラダも新鮮ですし、体にも良さそうです」


「毎朝そんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があるってもんよ。そうそう、私が栄養のバランスも考えて作っているのに、ここの住民は健康に無頓着だから作りがいがないのよ」


 クレリアも少し休憩するらしく、ライトのいる円形テーブルを取り囲む四人席の一つに腰を下ろした。


「まあ、ここの方々はもう栄養を気にしなくても良い体ですからね。嫌いなものを一切食べず好きなものだけ食べる。理想的な食生活かもしれません」


「そうなんだけどね。でも、食事に含まれている闇の魔素さえ取り込めばいいってのは、便利だけど……作る側としては味気ないもんよ」


 頬杖をつき、不満げに顔を歪めている。

 この街の住人は食事を取らなくても特に問題はない。死者の街に闇の魔素が満ち溢れているためだ。ここの空気に触れているだけで、必要なエネルギーが補充されるので食事をする必要がない。

 なので、この街の住人にとって食事とは趣味であり、欲望を満たすだけの物となっている。わざわざ嫌いなものや苦手なものを食べる必要はどこにもないのだ。


「クレリアさんの作る料理は何でも美味しいのに、もったいない話ですよ」


「あら、嬉しいこと言ってくれるわね! 好きなだけ食べていいから」


 サラダ以外を二度おかわりし、欠片も残さず食べきった。食後に水を一杯一気に飲み干し、クレリアに感謝の言葉を捧げる。


「お粗末さまでした。今から峡谷に行くんだろ? 気をつけていくんだよ」


「今日は陽の日ですから特に問題はありませんよ」


 この世界の曜日は一日ごとに 陰 陽 火 水 木 風 土 と呼ばれている。

 各曜日の呼び名に準ずる属性が活性化するため、火の日には火属性の魔法の威力が上がり、火属性の魔物は活性化する。

 陰の日には闇と不死属性の魔物が強化され、通常より敵も多く湧き出てくると言われている。

 それゆえに陰の日に死者の街へやってくるものは、ほぼいない。

 昨日やってきた冒険者たちは実はかなり珍しい存在である。彼らの行動は無謀であり、事前の情報収集不足か自信過剰かのどちらかだろう。


「では、行ってきます」


 宿屋の扉を押し開き、いつもの戦場へ向かい一歩踏み出した。





「やはり陽の日は楽ですね。神聖魔法の威力も上がりますし、ここの魔物も 弱体化されているのは本当にありがたい」


 左手に掴んだ頭蓋骨を頭上に放り上げる。

 薄汚れた革鎧を着た骸骨が天高く舞い上がり、十メートル程上がったところで上昇は止まる。そして重力に従い落下してくる。


「よいしょっと」


 目の前に落ちてきた骸骨を、両手で握った巨大なメイスの横薙ぎで粉砕した。

 いとも簡単に砕かれた骸骨だが、ハードスケルトンと呼ばれる立派な魔物である。

 スケルトンといえば不死属性の魔物で最低ランクの雑魚扱いされているのだが、ハードスケルトンはそうではない。元になった者の生前の能力に左右される。

 ちなみにライトが今倒したハードスケルトンは、生前Cランクの戦士だった。


「今日は何チームか冒険者がやってきそうですね。私は静かに過ごしたいのですが」


 この世界には魔境と呼ばれる場所がある。魔境には魔素が充満し、多くの強力な魔物が存在し獲物を待ち構えている。

 普通の人間なら寄り付こうともしない場所なのだが、魔境を訪れるものは後を絶たない。そこには冒険者と呼ばれる者たちが望む何かがあるからだ。


 貴重な魔石が取れる場所を確保しようとする者。

 強力な魔法道具や金銀財宝が眠っているとの噂を信じる者。

 己を鍛えるために魔物を狩る者。

 魔境に魔物が増えすぎないように、数の調整を行う者。

 移動が面倒なので同じ場所に居座り続ける者。


 理由は様々であるが、魔境は冒険者を惹きつける。

 ここ死の峡谷は高ランク推奨されている魔境である。死の峡谷へ入るには、腐食の大地を抜けてこなければならないのだが、腐食の大地が厄介なのだ。

 腐食の大地の空には暗雲が立ち込め晴れることがない。草木が一本もない広々とした荒れ果てた大地が横たわっている世界。地面の所々に紫色の水たまりがあり、湧き出てくる水泡が弾けては異臭を撒き散らかしている。

 出てくる敵も、その光景にふさわしい魔物ばかりだ。


 体が腐り腐臭を放ちながら襲いかかる、ゾンビ。

 動く白骨、スケルトン。

 意志を持つ光る玉、鬼火。

 巨大化した毒蜘蛛、デスパイダー。


 腐食の大地入り口付近で多く見かけるのはこの四種だろう。この四種は駆け出しの冒険者でも対応できるレベルなので初心者冒険者を見かけることも多い。

 だが、この腐食の大地は奥へ進めば進むほど驚異が増す。死の峡谷へ近づくほど敵も強力になっていくため、中級程度の実力ならば徒歩で半日進んだ距離までにするべきだというのが、冒険者内での常識である。

 しかし、陽の日となると話が違ってくる。中級者程度でも死の峡谷入り口付近まで行けるほどの難易度に落ちるため、実力を勘違いした冒険者が死の峡谷へ流れ込んでくるのだ。


 死の峡谷は腐食の大地とは、比べ物にならないほどの魔境であることを理解せずに――





「な、なんだ! おいおい、敵が強すぎるぞ」


助祭アコライト早く、治癒しろよ!」


「馬鹿を言わないでください! もう精神力が持ちませんっ」


「もうダメだぁ……」


 絶望に染まった表情の男にハードスケルトンの振り下ろされた錆びた剣が、眼前でピタリと動きを止める。

 状況がつかめず体が硬直した状態の男に何度も剣が叩きつけられるのだが、一撃も男の身に触れることが叶わない。

 壊滅寸前の冒険者たちが状況に気づき慌てて周囲を見回すと、光の壁が彼らを囲んでいた。光の壁には無数の魔物が群がっているが、そこから先へ進むことができないようだ。


「本日三組目のお客さんですか。そこの貴方!」


「え、あ、はい!」


 指を突きつけられた助祭アコライトは、呆けた表情から少し理性を取り戻した顔へ戻る。


「早く、帰還魔法の準備をしてください。この結界そう持ちませんよ!」


 ライトは顔を引き締め、限界まで力を注いでいるような素振りをする。


「わ、わかりました。みんなこっちに寄って!」


 状況が掴めてはいないようだが、反論や質問をする状況じゃないと理解できたようで、助祭アコライトの周囲に他のメンバーが集まった。


「では、結界の解除と同時に帰還魔法を発動させてください」


「それでは、貴方が残ってしまうじゃないですか!」


 ライトは、この掛け合いを、つい先日やったなと思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「私は大丈夫ですよ。聞いたことがありませんか。死の峡谷に居座り続ける聖職者の話を」


 ライトの知名度を利用して説得する方法は、相手が知っていれば楽に話が進むので、面倒な時はよく使う手だ。


「ああっ! 暗黒のひきこもり!」


「俺も知っているぞ。確か、独りを極めしもの!」


 ライトは、それを聞いて膝から崩れ落ちそうになるが懸命にこらえた。


「また、ひどい呼び名が増えてますね」


 小さなつぶやきは、冒険者たちには聞こえなかったようだ。


「まあ、おそらく同一人物ですよ。そういうわけなので安心してお帰りください」


 尊敬と物珍しい生き物を見るような奇異の視線を感じるが、あえて無視しておくことにした。

 結界を解除すると同時に彼らの帰還魔法発動を見届けると、周囲の魔物掃除を開始する。

 数分後、集まっていた敵を全て倒しきると、巨大メイスを肩に担いだ。


「これで打ち止めだと良いのですが――」


 その希望は容易に打ち砕かれた。遠くから響いてくる大規模な戦闘音を耳が捉えてしまったのだ。


「これは、冒険者の一グループなんてものじゃないですね。かなりの団体さんですか。はぁ、厄介な未来しか見えてきませんよ」


 大きくため息をつくとメイスを背にかけ、戦闘音の発生地点へ駆けていった。


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