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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
38/145

偵察隊

 ライトアンロックは憂鬱だった。

 また虚無の大穴に出向かなければならないことは、百歩譲って仕方ないと諦めもつく。実際あの大穴に最も詳しいのは、一人を除けば、ライトになるのだから。

 あの戦いを生き延びた他の面々で、冒険者を続けている者は少数で殆どが現役を退いていると、ライトは聞かされている。


「あれだけの戦いを経験すれば、普通、もうお腹一杯ですよね」


 戦いが終わった後の疲れきった顔の面々をライトは思い出す。

 彼らは確かに戦いに嫌気が差したという理由もあるのだが、それ以上に戦いに身を置かなくても充分生きていけるだけの報奨金と地位と名誉を手に入れた事が大きかった。

 まあ、報奨金以外の全てを蹴った聖職者もいるのだが。


「もう、五年ですか。時が経つのは本当に早いものです」


 年寄りじみたことを呟いているが、ライトはまだ二十代半ばだ。

 悩んでいる事から昔話へ思考がずれているのに気がついたライトは、大きく息を吐き軌道修正する。


「どうせなら、独りで行かして貰いたいのですが、それも叶わないようですし」


 単独行動ができるのであれば、少々無茶なことや強引な手段も取れるのだが、そういう訳にもいかない。ライトの現在の実力なら、相当の実力者でない限り、仲間の存在というのは足でまといにしかならない。


「はぁー、面倒ですね」


「申し訳ありませんが、目の前で愚痴を声に出すのをやめてもらえませんか」


 教皇からの伝言を、ライトが宿泊している部屋まで伝えに来たカムイルが露骨に嫌な顔しているライトへ苦言を漏らす。


「それは申し訳ない。続きを話してもらえますか」


「……はい。もう一度初めからお伝えします。今回の目的はあくまで偵察であり、手に負えないと判断した場合は速やかに撤退をするようにとのことです。そして、虚無の大穴偵察隊は、少数精鋭で行います。聖イナドナミカイ教団からは三名。冒険者ギルドからは四人構成の一チームと、偵察能力に優れた盗賊が一人来るそうです」


 思ったよりも少ない人数に、少しだけライトは安心する。ただ問題は、そのメンバーの実力なのだが。


「ランク至上主義という訳ではありませんが、目安として皆さんの冒険者ランク教えてもらえますか」


「はい、ちょっと待ってください」


 腰にぶら下げた小型の収納袋から、カムイルが慌ててメモ帳を取り出す。


「ええとですね。教団からからの三名は、Aランク、Bランク、Cランクとなっています。Cランクの方は最近急成長した期待の新人だそうです。あと、冒険者の方はチーム参加の方が全員Bランクのようです。あ、盗賊の方はAランクですよ」


 構成を聞き、妥当なところかとライトは納得する。前回の戦いであれば、このメンバーだと不安しか生まれないが、今回はただの偵察である。

 地の底にいた魔王フォールが実は生き延びていたという可能性も全くない。神からのお墨付きがある為、疑う余地がない。


「名前や職業等の詳しい説明は」


「結構です。後はこの目で確認しますので」


 ライトはこの場で詳細を聞かなかったことを後日、死ぬ程、後悔することになる。





 二日、自由になる時間があったので、昔馴染みの店に顔を出し、知り合いと再会するなど有意義な時間を過ごし英気を養った。

 約束の朝に集合場所へと向かうライトの足取りは軽く、清々しい気分で目的地へと着く。

 そこは、町外れの小さな空き地であり、そこには体躯のいい馬が二頭繋がれた大きめの馬車があった。

 指定よりかなり早めの時間に来たライトだったのだが、既に案内役のカムイルと四名の冒険者チームが待っていた。

 ライトの姿を確認した冒険者一行が駆け足気味に寄ってくる。女性一人に男性三名という構成のようだ。何処かで見たことのある一同を、ライトは思い出せずに頭を捻るが、後一歩のところで思い出せないでいる。

 冒険者チームの中で唯一の女性である、子供のような体格の小柄な女性が、何故か目を血走らせ、本気の走りで他のメンバーを引き離し、ライトに駆け寄ってきている。

 目の前に立ったその女性は、鼻息も荒くギラギラと輝く目で、ライトを至近距離から凝視する。

 その迫力に思わずライトはたじろいでしまう。


「ラ、ラ、ラ、ライト様ですよね!」


「は、はい、そうですが」


「死の峡谷では二度もお世話になりました!」


 お礼を言い、何度も頭を下げる彼女を見て、ライトはこの冒険者チームのことを思い出した。


「ああっ、死の峡谷で二度お会いした」


「はい、そうです! Bランク昇格試験の時に、助けられた者です! 覚えていてくださったのですね。ちょー感激ですぅ!」


「や、やっと追いついた。暴走しすぎだぞ。俺たちも礼を言いたいのだからな」


 興奮しすぎている女性を押しのけ、後からやってきた男性三名がライトの前に並ぶ。


「本当に感謝している。あんたのおかげで、命を取り留めBランク昇格も成し遂げられた。あんたは命の恩人でもあり、憧れの対象でもあるんだ」


 全身鎧を着た大柄な男にライトは手を握られ、上下に激しく振られている。


「キミも興奮しすぎだよ。ライトさんが困っているじゃないか。その節は大変お世話になりました」


 このチームの仕切り役らしき眼鏡を掛けた青年が鎧男に注意し、同様にお礼を言ってくる。


「ほんまやで、お前さんら、もうちっと落ち着かんかい。ライトはんが困ってるやないか。ほんますんません。でも、わいも含めて、みんながごっつう感謝しているのはわかってやってください」


 訛りの強い口調で話す、耳の長いエルフの美青年が胸の前で手を合わせ、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ。たまたま通りかかったに過ぎませんから。そこまで感謝されるようなことではありませんよ」


「そんなことはないですよぅ。あのままだったら確実に殺られてましたぁ。ライト様わぁ、あたしのぉ王子さ」


「そういえば、貴方たちは何故、今回の偵察隊に参加することになったのですか?」


 この女性にこれ以上喋らすと、ややこしいことになる事を察知したライトは強引に話を遮る。目の前で少し不満そうに頬を膨らませている女性の様子を見る限り、判断は間違っていなかったようだ。


「ああ、それは今回の依頼がまず、Bランク以上という条件に俺たちが当てはまったということが理由の一つだ。もう一つは依頼料がかなりいいってことだ」


 全身鎧男の顔に浮かぶ表情で判断するなら、その金額はかなりのもののようだ。


「それに、これはギルドマスターから直接の依頼でして、条件の一つがライトアンロックさん、貴方と関わりがあることだったのです。マスター曰く、貴方に恩義がある者なら万が一の場合に情報を漏らす可能性も少ないだろう。との事でした」


 眼鏡青年の補足にライトは納得する。ライトの実力もそうだが特別な贈り物スペシャルギフトが公になるのだけは避けたい。


「助かります」


 ギルドマスターの心遣いに、そっと感謝の言葉を呟く。


「あのぅあのぅ。ライト様に前から聞きたかったのですけどぉ。私が聞いた噂によるとぉ、ライト様って、あの虚無の大穴の生き残りって本当ですかぁ? 物語の一部で語られている、名前が明らかになっていない二人の一人ってライト様なんですかぁ~?」


 自分の胸元に両手拳を当て、目を輝かせ上目遣いで迫ってくる小柄な女性に、思わず渋い表情になる。

 この女性は見た目の幼さを自覚した上で最大限に利用するため、こういった行動に出ているのだが、ライトは正直いってこういう風に好意を剥き出しにしながら、計算尽くで近づいて来る女性が非常に苦手だ。

 虚無の大穴から帰還したあの日から二ヶ月間。この手の輩に苦労させられた記憶が蘇るので、出来るだけ近づいて欲しくない。


「あー、わいもそれは気になってました。あの三英雄と旧知の仲やって噂もありますから」


 ライトの困っている様子を察したエルフの青年が、ライトと女性の間に体を入れ、女性を少し引き離す。

 青年の助け舟に感謝し、少しだけ話に乗ることにする。


「三英雄と顔見知りだというのは間違いないですよ。一緒に肩を並べて戦ったこともありますので」


 その言葉に冒険者チーム全員が反応した。


「そうなのか! やはり剣聖エクスは強かったのか!? あの人は剣士の憧れだからな、きっと格好良くて強かったのだろう?」


「ええ、生前は、とても立派で、人をひきつける魅力があり剣の腕も素晴らしかったですよ。生前は」


 ライトは記憶を掘り起こし、頭に浮かんだ思い出をそのまま素直に告げる。


「賢者ロジックさんはどうでしたか。膨大な魔力を自由自在に操り、どんな欲望にも負けず、魔法の道を極めた憧れの人物です! 僕のこの格好も賢者ロジックさんを真似ているのですよ」


 改めて眼鏡青年を観察すると、確かに眼鏡だけではなく、髪型やマントもロジックの格好によく似ている。そんな彼にも、嘘偽りのない事実を話すことにする。


「生前は、冷静な状況判断や、多彩な魔法に何度も助けられました。生前は、真面目で物静かでありながら、胸に熱いものを秘めていた方でしたよ。生前は」


 ライトは言葉を選びながらも真実だけを口にする。


「あのあのぅ! ミミカ様はどうだったのでしょうか! やっぱり清純、可憐、それでいて気高く強い意志を持つ素晴らしい女性でしたか!?」


「そうですね、生前は、魅力的で包容力があり、いざという時に垣間見える、心の強さに驚かされたものです。生前は、聖女という名に相応しい方でしたよ。生前は」


 三英雄への知名度を侮っていたライトは、矢継ぎ早に質問を投げかけられる状態に、こめかみに冷や汗を浮かべながらも次々と答えていく。

 やたらと生前を強調するライトの言葉に引っ掛かるものを感じながらも、ライトの話を興味深く聞いている。現在の彼らの状況を暴露したくなる気持ちをぐっと抑えて、ライトは話を続ける。

 一通り話終わると、まだ物足りないといった顔をしている彼らに、続きは目的地へと向かう途中の車内や休憩時間にする約束を取り付ける。


「これで移動時間の楽しみができたぜ。ああ、そうだ。まだ紹介してなかったメンバーがいたな。さっき御者台に座っていたから、馬車付近にいるはずなんだが」


 歩きながら話をしていたので、馬車に手が届く位置まで近づいていたのだが、見たところ周囲にもう一人の冒険者の姿はない。


「おかしいな。さっきまで、ここにいたんだが。お、いたいた。こっちだこっち!」


 目的の人物は馬車の裏にいたらしく、全身鎧男が大きく手を振っている。男の呼び声に応え、こちらに寄って来ているはずなのだが、ライトをもってしても、未だにその存在を感じることができない。

 Aランクの盗賊らしき人物の実力の片鱗を肌で感じ、ライトは気を引き締める。


(これ程の実力なら、頼もしい限りです)


 まだ見ぬ冒険者にライトは期待を抱く。

 全身鎧の背後から音もなく現れたのは、一人の女性だった。

 長い黒髪を邪魔にならないように後ろで結わえ、上半身は肌の露出が殆どなく、灰色の薄い布地で体に張り付くような服を着ている。下半身は対照的に、かなり短いミニスカートと間違えそうになる短パンを履き、足元は頑丈な革製のブーツ。

 その女性冒険者はライトの目の前に立つと、満面の笑みを浮かべる。


「初めましてー。イリアンヌと言いますー。十八歳で盗賊やってまーす、キャハッ」


「チェンジで」


 何の感情もない素の表情でライトは即答した。


「ちょっとおおおおおっ! 久しぶりの再会なのに冷たいじゃないの!」


「やめてください。死者の街のウエイトレスなんて知りませんよ。あと、ドサクサに紛れて年齢詐称するのも、やめてください」


「女の子は歳を取らないって法律で決まっているのよ!」


「そんな法律がある国なんて滅んでしまいなさい」


 法衣の胸元を掴み激しく揺さぶっているつもりなのだが、ライトがびくともしないため、イリアンヌが前後に揺れている。


「なんや、お取り込み中のところ申し訳ないんやけど、イナドナミカイ教からの面子も着いたみたいなんやけど、どないします?」


「これは失礼しました。挨拶に向かいますね。イリアンヌには聞きたいことがあるので、また後で」


 まだ言い足りなさそうにしているイリアンヌに背を向け、ライトは新たに現れた三名の元へと足早に向かう。

 カムイルと談笑している教団関係者を見つけ、歩み寄った。

 ライトに気づいた二名が背を伸ばしその場で敬礼をする。二人は揃って白銀の鎧を身に付け、左手には大きな盾を持っている。

 一人はライトより頭一つ大きい巨躯に精悍な顔つき。顔から判断するにライトと同い年ぐらいだろう。もう一人は、ライトより少し低い身長だが、それでも一般的な男性よりかなり大きい方になる。体からは若さ溢れる気迫と緊張が見え隠れし、今回の戦いへの意気込みを感じさせる。

 ライトはこの二人にも見覚えがあった。


「確か、死の峡谷に来ていた教官と生徒の……シェイコム君でしたか」


 ライトに名を呼ばれた瞬間、シェイコムの顔が輝いたように見える。


「名を覚えていただいているとは、光栄であります!」


「そんなに畏まらないでください。今日から一緒に冒険する仲間なのですから」


「はっ、かしこまりました!」


 堅さが全く抜けないシェイコムを見て、これは重症だと暫く様子を見ることにするライト。


「シェイコム、ライトアンロック殿は堅苦しいのは苦手なようだ。もう少し肩の力を抜きなさい。申し遅れました、この度、偵察隊の一員として召集されました、サンクロスと申します。前回は本当に助かりました。生徒の命を無駄に散らさずに済み、感謝の言葉もありません」


 シェイコム程ではないが、サンクロスも堅さが取れているとは言い難い。


「お互い偵察隊の一員なのですから、役職等は気にせずにいきましょう。と言われても、直ぐに対応できないとは思いますので、徐々になれてくださいね」


 ライトはいつもより穏やかに話すことを心がけ、二人へ微笑む。


「はっ、ありがとうございます!」


「ライトアンロック殿、此度の作戦に参加される、もうひと方を紹介したいのですが。宜しいでしょうか?」


 ライトは事前の説明であと一人いることを示唆されていたのを思い出す。イリアンヌとの再会の衝撃で、最後の一人をすっかり忘れていた。


「ええ、どうぞ」


「では、こちらへ」


 直立不動だった二人が、その状態のまま互いに反対側へ一歩移動する。二人の間には人が一人通れるぐらいの空間ができ、そこから最後の一人が前へ進み出た。


「俺は仮面の聖職者、セイントレディー。暫くの間、よろしく頼むぜっ!」


 男言葉を話す、白い仮面を被った女性の名乗りに、ライトは絶句した。

 その女性は顔上半分を覆う白い仮面に、研究者が着る白衣の襟を長くしたような奇妙な服装をしている。背中にはこの世界の文字で大きく『よろしく』と刺繍されている。


「てめえが、ライトアンロックか。イナドナミカイ教団の問題児らしいな。可憐で美しい教皇様に迷惑かけてんじゃねえだろうなあっ」


 声質、口調、チンピラのように凄む動作。全てがライトの記憶にある人物と一致した。


「チェンジで」


 ライトは本日二度目の交換要請を口にしたのだが、通ることはなかった。



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