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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
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過去編 対話

 ライトが目を覚ますと、そこは何もない真っ白な世界だった。

 天と地の境目もわからない白一色の世界で、ライトは寝転んでいた体を起こし立ち上がる。

 神力を使った後だというのに、全身に違和感はない。それどころか、ボロ切れ寸前だった法衣が、下ろし立てのようにシワ一つ無い。


「これは死んだということなのでしょうか。となると地獄でしょうか。それにしては殺風景ですね」


 現実味のない風景に、ライトは慌てることなく辺りを見回してみるが、何も見つけられず、ただ白い空間が広がっているだけだった。


『お主は落ち着いておるな。この状況で取り乱すこともないとは』


 何処からともなく聞こえてきた男性の声に反応し、もう一度周囲を見回すのだが、やはり何もない。


「申し訳ありませんが、どちら様でしょうか」


『おう、これはすまん。今そちらに行く』


 ライトは背後から押し寄せてくる圧迫感に振り返ると、視界一面が肌色で埋め尽くされた。

 ライトの目の前には肌色の巨大な壁があった。よく見るとそれは人間の皮膚のように思われ、嫌な予感を押し殺し、その壁の上部へと視線を向ける。

 遥か上空まで肌色の壁が伸び、壁の頂上からは白く濁ったひさしのようなものが突き出ている。

 ライトは大方の予想は付いたが、確認を取るために壁に背を向け、駆け足気味にそこから離れていく。十分な距離をとると、再び上空へと視線をやった。

 ライトの予想は的中していたようで、離れた場所から見える全体図に感嘆のため息を吐く。

 ライトが壁のように見えたのは巨大な足の親指で、庇と勘違いしたのは爪だったようだ。そこから上空へ足が伸びており、その遥か先には白い衣類のようなものが見える。ライトが目視できたのはそこまでだった。


「貴方は神なのでしょうか!」


『ああ、そう呼ばれることが多いな。大声を出さなくとも聞こえておるぞ』


 上空を見上げ声を張り上げていたライトへ、苦笑する声が上空から降ってくる。


『このままだと話しづらいか、少し待ってくれ』


 あれ程巨大だった体が見る見るうちに縮み、ライトが数回瞼を瞬く間に、その姿はライトと変わらぬ大きさにまで縮小された。

 その人物は、ライオンのたてがみを彷彿とさせる髪型をしており、もみあげと頬から顎までを覆う髭とが繋がっている。目つきは鋭いながらも、何処か愛嬌のある顔に笑みを浮かべている。


『よく来たなライトアンロック。ここは神と魂が会話する場だ』


「となると、やはり私は死んだのですね」


 覚悟はしていたが、改めて実感すると、ライトは何とも言えない気持ちになる。


『いや、そうではない。お主は生きておるぞ。今回の戦いを眺めていて興味を持ってな、ワシが自らお主を呼び寄せたのだ』


「興味ですか……あっ! あれからどうなったかご存知ですか。私は気を失ってしまい、結末を見届けられなかったのですが、残った彼らと、一緒に逃げた皆はどうなったのでしょうか!」


 感情をあらわにし、神へと迫るライトを右手で制すと、口を開く。


『かなりの猛者であった、エクス、ミミカ、ロジックは魔法により消滅し、お主と一緒に逃げた面々は全員無事だ。それと、フォールだったか自ら魔王を名乗っていた愚か者は。ヤツも完全に消え去ったぞ』


 フォールの消滅と生き残った仲間のその後を知り安堵し――三名の死に心を痛める。実質たった二日しか共に過ごさなかったが、掛け替えのない仲間だとライトは認識していた。


「そうですか……彼らは満足して逝けたのでしょうか」


 神を目の前にし、死者へ哀悼の祈りを捧げるライトを、神は興味深く見つめている。


『話を続けるぞ。お主に一つ説明しておくことがある。今回、お主は神力開放を使ったことにより、神とその従者のみが放てる神気を常に身にまとうことになった』


 神の説明がいまいち理解できていないライトは首を傾げる。


「つまり、どういうことなのでしょうか?」


『まあ、わかりやすく言えば、神と同類になったということだ』


 気軽に放たれた一言により、ライトの時間が止まった。

 微動だにしないライトの目の前で神が手を振っているが、眼球すら動かず、瞳の焦点が定まっていない。


『ほう、お主でも驚くことがあるのか。いやはや、少しからかい過ぎたようだ。と言っても、ほんの微量だ。魔力感知にかなり優れた者か神眼でも持っていない限り、神気になど気づきはせん。神力開放の余波で溢れ出た神気が微量、魂にこびりついただけだ』


 その言葉を聞き、現実へ帰ってきたライトが大きく息を吐き、固まっていた全身の力を抜く。


「脅かさないでください。神気なんて大それたもの放っていたら、教団に祭り上げられて面倒なことになるのが目に見えていますからね」


『お主は本当に変わっておるな。普通、神に仕えるものであれば、泣いて喜ぶような事態なのだが』


「宗教と風邪はこじらせると碌な事になりませんし」


『お主、本当に聖職者か……』


 心底呆れた表情を向ける神に、ライトは物怖じもせず正面から見つめ返している。


『まあ良い。とはいえ、微量ながらも神気を手に入れたお主には恩恵が与えられる。大きくは二つだ。まず一つ、闇属性、不死属性の魔物に対して、攻撃を加えた際に威力が加算される。だいたい、今までの二倍はあると考えて間違いはないぞ』


「二倍ですか。闇と不死限定とはいえ、凄まじいですね」


『曲がりなりにも神の力が宿るのだ、それぐらいは当たり前だ。もう一つの恩恵は、あやつの頼み事と関連するわけだが、あやつの口から直接話させるか』


 神が口にした、あやつという言葉の対象が気にはなったが、神に対して質問が多すぎるのも失礼にあたると判断し黙る。

 それ以上は何も話さず、神は誰かを待っているようだ。

 コツ、コツ、と床を規則的に叩く靴音が神の背後から響いてくる。靴音が徐々に大きくなるにつれ、ライトの全身に覆い被さってくる強烈な重圧を感じていた。

 それは巨大な何かが上から圧し掛かり、そのまま体中を這いずり回り地の底へと引きずり込もうとしているかのような、耐え難い感覚だった。

 ライトは意識を集中し、その何かに飲み込まれぬよう気を強く持つ。そして、不快感の原因である対象を見据えた。



 そこには白く長い髪をマフラーのように首と肩に巻きつけ、肩の出ている漆黒のドレスを着た女性がいた。ドレスの裾が長すぎるため、歩くたびに地面に引きづられている。

 異様に線が細く、むき出しの腕や大きく胸元が開いたドレスから見える肌は、不純物が一切混ざっていない紙のように白い。それだけでも、異彩を放っている容姿なのだが、何よりも気になる点が、その顔である。

 真っ白な肌に赤く妖艶な唇。バランスよく配置された整った鼻。そして、一番目を引いたのが、細い目の端から流れ続けている血の雫が、頬に赤い線を描いていることだった。


『武の神よ、会話中に割り込むことをお許し下さい。貴方がライトアンロックさんですね。私は死を司る神。感謝の言葉と、貴方を見込んで頼みごとを持ってまいりました』


 ライトは返事をする余裕もなく、異様に乾いた喉を少しでも潤すため、唾を飲み込む。


『まずは感謝を。あのままフォールを放置していれば、どれだけの不死や闇の魔物が産まれていたことか。ライトアンロックさんの活躍により被害が食い止められました。本当にありがとうございます』


 死を司る神が大きく頭を下げる際に、胸元が危険なことになっているのだが、ライトはそんなことに気づける状態ではない。


『武の神も話されたようですが、不躾ながら頼みごとがあります。死者の街というのをご存知でしょうか』


 ライトはどうにか頷くと、かすれた声で返事をする。


「死の峡谷の先にあるという……死者のみが住む街のことでしょうか」


『その通りです。あの場所は私の管轄下なのですが、そこに暫くの間、住んでもらいたいのです』


「何故……そのようなことを」


 あまりにも予想外で急な頼みごとに、ライトは戸惑を隠せないでいる。


『その問に答えるには、まず死者の街の成り立ちから、お話しないといけませんね。死者の街というのは、この世に未練を残し、あの世へ行くことができない彷徨える魂が滞在する場所なのです。その魂は無作為に選び出したものではなく、この世での功績を配慮したものや、汚れが少ない魂が選ばれます。そして、そこで望みを叶えた者や未練を断ち切った者のみが、死を受け入れ輪廻の輪に加わることができるのです』


 当初より弱まっている重圧を押しのけると、ライトは背筋を伸ばし、死を司る神の話に聞き入っている。


『では、死者の街へ行くことが叶わなかった、この世に未練のある魂はどうなるのでしょう。答えは、霊として現世に留まり続けるか、闇に囚われ魔物として転生するかのどちらかになります。そして闇の魔物が最も厄介なのが、闇の魔物に殺された者の大半が、闇の魔物として生まれ変わるということです』


「闇の魔物として生まれ変わったものは、永遠に救われないのでしょうか」


 ライトの疑問が間違っていないのなら、こんなに酷いことはない。


『そんなことはありません。魂が闇に汚されても、再び死を迎えることにより闇の汚れは薄まります。そうして、何度か魔物として死を迎えた魂は、闇の束縛から逃れ、安らかなる死が訪れるのです』


「そう、ですか」


 闇に囚われた魂に、救いがあることにライトは安堵する。


「ですが……例外があります。人工的に生み出された闇の魔物です。彼らは闇に汚されているのではなく、闇が魂に焼き付いているのです。その魂は何度死を迎えようが、何度魔物に生まれ変わろうが、闇が晴れることは決してありません。永遠に闇から逃れられぬ定めなのです」


「つまり、この大穴で造られた闇の魔物たちは、永遠に救われることがないと……」


 ライトの呟きに、死を司る神は大きく頭を横に振る。


「いえ、その魂を救う唯一の方法があります。それが、ライトアンロックさん、貴方なのです」


 死を司る神の真剣な眼差し――目が細すぎてわかりにくいが、その雰囲気が冗談ではないことを、ライトに理解させる。


「私がですか?」


 それでも、どうにも納得がいかないライトは、死を司る神の言葉を受け入れがたいようだ。


「はい。それが、武の神が話しかけていた、もう一つの恩恵です。神気に触れたものは即座に浄化され、闇が取り払われます。ライトアンロックさんの場合、その神気は微量ですので闇の魔物に触れただけでは何の効果もありませんが、倒され死を迎え入れる瞬間、魂は無防備になります。その剥き出しの状態であれば、ライトさんの神気であっても、十分に浄化が可能になるのです」


「それは、私が直接素手で触れなくても?」


「はい。メイスで倒しても、それこそ岩や飛び道具を使って倒しても、魂の浄化は実行されます。私の権限で出来るだけ今回の戦いに巻き込まれ闇に落ちた魂を、死者の街へと続く道の途中にある、人々が死の峡谷と呼ぶ場所に再誕させるつもりでいます」


 そこまで話を聞いたライトは腕を組み考え込む。死を司る神の話は納得もいくし、理解もできる。なのに何かが頭の隅に引っかかっている。

 その何かがわからないまま、ライトは言葉を組み立てる。


「魂に闇が焼き付いた魔物が普通の人や、同じ闇属性の者に倒された場合どうなるのでしょうか」


「それは、再び魔物として生まれ変わるだけです。闇属性の者に殺されたからといって、闇が濃くなることはありませんよ。ですから、無理をして全て独りで倒そうなどと思わないでくださいね」


 ライトが誰のことを想定して言っているのか勘付いているようで、死を司る神は微笑んだ。血の涙を流しながら微笑む姿に、ライトは軽い恐怖を覚えるが表情には出さない。


「勘違いして欲しくないのですが、神からの頼みだからといって強制ではありません。これはあくまで頼みごとですので」


 そう言って、申し訳なさそうな表情をする死を司る神の姿を見て、違和感の正体が分かり合点がいった。


(ああ、私はこの神を信用できていないのか)


 相手の言っていることに嘘はないのかもしれない。でも、何か大事なことを隠しているような、ライトはそんな気がしている。聖職者として神を疑うことなど有り得ないことなのだろうが、ライトの知ったことではない。

 初めに圧倒的な力を見せつけておきながら、上辺だけは低姿勢で頼みごとをしてくる。そんな事をされて断れる人がどれだけいるのか。ましてや、それが神からの頼みごとなら、初めから選択肢は無い。


「それにライトアンロックさんなら、出来るだけ早く皆を救いたいと考え、独りで戦ってしまわないかと心配しているのです」


 暗にそうしろと言っているのだと、受け取る。

 どうせ断れないのなら、話の流れに乗ることをライトは決める。自分の読みが当たっていようが外れようが、結果が同じなら相手を不快にさせるだけ損になると判断した。


「心配には及びません。私は今回の戦いで実感しました……独りが好きなのだと」


 身動きがとれず、多くの仲間が死んでいく姿をただ見ているだけの自分。

 何も知らない赤の他人なら、こんなにも苦しい思いをしないで済んだ。

 人と深く関わらなければ、この胸を締め付けるような感覚を知らずに済んだ。

 痛みを知らない自分が……痛みを知らずに済んだはずだ。


「私には独りが似合っているのですよ。この件、受けさせてもらいます」


 そう言って屈託のない笑みを浮かべるライトを、何か不思議なものを見るかのように、死を司る神はぼーっと眺めている。


「話はまとまったようだな。では、お主を元の場所へ帰そう。これからも期待しておるぞ、ライトアンロック!」


 今まで沈黙を守っていた武の神がライトへ手をかざすと、姿が薄れていく。

 武の神に脇腹を肘でつつかれ我に返った死を司る神は、一つ咳払いをすると厳かな雰囲気を醸し出しつつ、ライトに告げる。


「では、死者の街でお待ちしています。楽しみにしていますね」


 ライトは完全に姿が消える前に頷くと、その場から消滅した。


「良いのか、死の神よ。全てを話さずとも」


 武の神の問いかけに、死を司る神はライトが消えた場所を見つめながら返答する。


「いいのよ。あの子、私が何かを隠しているのを勘付いていたようだし。武の神こそ特別な贈り物スペシャルギフトの本当の意味や、神気の効果の説明抜けているでしょ」


 死を司る神の切り返しに、武の神はバツが悪そうに頬を指で掻いている。


「何にせよ久々に楽しみな人間が現れたものだ。我の力どこまで引き出すことが可能になるのか、見物させてもらうとするか」


「そうね。本当に楽しみだわ」


 死を司る神が心底嬉しそうに笑う顔を見て、若干引いている武の神であった。





 その後、ライトは目を覚ますと、気を失ってから半日ほど時間が過ぎていた。

 最下層にあった地上までの転移装置が無事だったので、それをロッディゲルスが起動させ、ライトは三年ぶりに穴の底から出る。

 ロッディゲルスは姿を消し、生き残ったメンバーは首都への帰還を果たす。

 直ぐにでも死者の街へと向かいたかったライトであったが、姉を失い落ち込んでいるファイリに教団関係への説明を任せるわけにもいかず、自分の活躍は公表しないという条件付きで奔走する。

 そして、虚無の大穴から解放された二ヶ月後。ライトは首都から姿を消した。


 これが八年前、世界を震撼させた魔王に深く関わりながらも、表舞台に立つことのなかった、とある聖職者が虚無の大穴で経験した物語の全容である。



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