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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
36/145

過去編 最期の時

 それは目も口も鼻もなく何もない灰色の人型で、下半身に比べ上半身が異様に発達していた。腕が地に付くほど長く、対照的に足が太く短い。衣類は着ておらず、上半身の数カ所にコブのような盛り上がりが見られる。

 その見たこともない魔物の姿に一同は目が離せなかった。その巨体から放たれる圧倒的な威圧感に、気を張っていなければその場に膝をついてしまいそうになる。


「兄さん……なのか……力を追い求め、自ら実験台となった兄さんの夢が……こんな化物が兄さんの理想なのかっ!」


 ロッディゲルスの叫びに反応してなのかは不明だが、そのフォールだったモノは緩慢な動作で身体を一同へ向けた。

 そこで一度身震いをすると、体の表面数カ所に一本の線のようなものが走る。その線を境に上下に皮膚が開き、両肩、肘、手の甲、そして顔面の真ん中に白い何かが現れる。

 それは白い眼球のように見えた。その白い球状の何かがぐるりと回転すると、黒い瞳のような闇が球の内部に浮かぶ。

 体に浮かぶ無数の眼球と目が合った冒険者数名が声もなく膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなる。


「意識を強く持て、じゃないと持っていかれるぞ!」


 エクスが気合を入れ、仲間を励まそうと大声を張り上げる。


「ミミカ、倒れたヤツの様子はどうだ!」


「……ダメです。もう、息をしていません」


 悲しげに頭を振るミミカは、座った状態のまま動かなくなった仲間をその場に寝かせる。

 魔物がひと睨みしただけで、一定の強さを超えていないものは一瞬にして命を奪われた。改めて一同は気を引き締め直し、強い意志を宿した瞳で相手を睨みつける。

 そんな視線も意に介さず、体にある無数の眼球は二度瞬きをすると、瞳が大きくなり眼球すべてが黒に染まる。

 その黒く染まった目の表面が波打つと、全ての目から黒い五本の指がゆっくりと伸びてきた。その指はそのまま伸び続け、手のひらが現れ、更に手首、腕までもが目から湧き出てくる。

 魔物の両肩、肘、手の甲から黒い腕が六本生えた姿は、まさに化物と呼ぶに相応しい容貌をしている。


「このまま待っていても事態は好転しねえ。俺はいくぞ!」


 エクスが飛び出し、フォールだったモノへ走り寄る。それを見た前衛の一人が震える膝を殴りつけ、エクスに続く。

 生き残った数少ない前衛の殆どが、武器を握り締め突撃していく。その様子をライトは動かない体で見ていることしかできなかった。

 目から生えた腕は自在に伸び、短剣を構え後ろに回りこもうとしていた女盗賊の頭を、いとも容易く破壊する。

 ライトの周囲にいる後衛陣も懸命に魔法を放っているが、手の甲から現れた腕が魔法を弾き、時折思い出したかのように、こちらに伸びてくると、無造作に魔法使いの頭を握り潰す。


 ライトの目の前で、また一つ命が散っていく。


 右隣で座り込んでいるファイリは無意識のうちにライトの手を強く握り締めている。その冷え切った手の冷たさと、止まることのない震えがライトの心の奥底まで染み込んでくるようだ。

 左隣には今にも泣き出しそうな表情で魔法を発動し、ライトを守るように前へ立ち、懸命に戦うロッディゲルスの姿が見えた。

 二人の姿を見てライトは昨晩からの迷いを断ち切り、ある決断をする。


「……大丈夫、ファイリ。ロッディゲルス。私が何とかしますよ」


 ライトの力ない声に二人は振り返った。二人の顔に浮かぶ表情には、驚きと不安が入り混じっている。様々な思いが胸中を渦巻いているのだろう。その中で最も一番強く表面に出ていた感情は疑惑だ。

地面に横たわり指先一つ動かせないこの男は今何を言ったのだと。彼女たちの表情はそう語っていた。


「今から最長で三分人外の力を発揮します。私がその間に本気で攻撃できる回数は多くて二回だけです。それ以上は体がもちませんので」


「何を言っているんだキミは。そんな力何処にあるというのだ。そんな姿で何を、何を言っているのだ! もういい、もいいんだ。キミは本当に良くやってくれた……」


 ロッディゲルスは目に涙を浮かべながらライトを怒鳴りつけると、そっと肩に手を置く。


「そうよ、あんたは良くやったわ。もう寝てなさい。誰も恨んだりしないから」


 もう片方の肩にファイリが手を添える。優しい笑顔で労いの言葉を掛けるその姿が、ライトの目には壁画に描かれている聖女のように美しく見えた。

 このまま、優しさに包まれて永遠の眠りにつけたらどれだけ幸せなのだろうか。ライトの弱い心が何度も囁いている。もう休んでしまえと。

 だが、ライトがその甘い誘惑に身を委ねることはない。

 ライトは自分の心の弱さを自覚している。このまま何もせず運よく生き延びたとしても、きっと一生後悔を抱えたまま、眠れぬ夜を何度も迎え苦しみ抜くだろう。


「人は……いつか死にます。ですが、そう簡単に死を受け入れるつもりはありません。私にはまだやれることがあるっ!」


 両腕に力を込め上半身を起こすと、両肩に置かれた手を振り払うかのように、片膝を立て一気に立ち上がる。


「私の本当の贈り物ギフトをお見せしますよ『神力開放』」


 その瞬間、ライトから全ての気配が消えた。目の前にいるというのにまるで絵でも見ているかのような、希薄な存在感しかない。

 だが次の瞬間、ライトの内部から溢れ出した神気に両名は圧倒されてしまう。神々しさと威圧感にその身が震える。


「詳しく話している時間もありませんが、これが私の特別な贈り物スペシャルギフトです」


 体に白銀のオーラをまとったライトはその場に深く腰かがめ前傾姿勢になる。そして、相棒のメイスを肩に担ぐ。そのメイスにもライトから伸びた白銀のオーラがまとわりつき、まるで体とメイスが一体化したかのような錯覚に陥る。


「では、行ってきます。そうだ、私が合図を送ったら、ロッディゲルス、あれお願いします」


「え、あれは本気だったのか? 無茶すぎ……る」


 ライトは返事を待たず、力を溜めた状態からの一歩踏み出した。

 地面すれすれを白い閃光が走る、それは人の目が捉えられる限界を超えた動き。たった一歩の踏み出しで、ライトはフォールだったモノとの距離をゼロにまで縮めていた。

 だがその代償は安くない。踏み込みを左足で着地を右足で行ったのだが着地と同時に、自分の右足の筋繊維が弾け、骨が砕け散ったのを感じ取っていた。踏み込んだ左足はまだ骨にひびが入った程度で済んでいる。

 それだけではなく、全身の骨や筋肉が軋み悲鳴を上げているのだが、ライトは全てを無視する。


「えっ、なっ」


 突如、閃光と共に現れたライトにエクスは戸惑いを隠せないでいるが、それでも攻撃の手は緩めないのは流石というべきだろう。

 ライトは瞬時に、この状態から攻撃しても身長差のため足を破壊するのが精一杯だと判断すると、無事な左足に軽く力を込め跳んだ。

 白い閃光が地上から空へと走り、地の底から上空二十メートルの地点でライトは上昇を止めた。


「やはり力の調節が難しい。上がり過ぎたようですが、低いよりましと思うしかありませんね」


 ライトの動きをフォールだったモノは完全に見失い、辺りを見回しているのが上空からよく見える。


「今ので左足も終わりましたか」


 真下に落ちていく途中で自分の両足を確認するが、力なくただ揺れているだけだった。

 ライトに痛覚があれば、痛みのあまり発狂か気絶してもおかしくない状況なのだが、痛みを知らぬライトにとって、どれだけの重症であろうとそれはただの怪我に過ぎない。

 治癒を使いたいところなのだが、神力を使っている状態だと神力の制御に手一杯で、他の魔法を発動する余裕がない。

 ライトは思考を切り替えると、眼下に迫る巨大な頭部へ集中し、左手を大きく振りかぶる。以前なら手頃な重さを感じていたメイスなのだが、今は軽いどころか重さを全く感じない。

 上空から落ちてくるライトに気づいた生き残りのメンバーが、少しでも気を逸らそうと総攻撃を仕掛けている。


「おらあっ! ライトだけにいい格好させんな!」


「当たり前だよ。僕だってやれるんだ!」


「皆さん、私がついています!」


 エクス、ロジック、ミミカの三名に鼓舞され、彼らの攻撃は勢いを増す。

 そんな彼らの踏ん張りを、飛び回る虫を追い払うかのように、闇の腕を伸ばし一気に弾く。その動きに巻き込まれた何名もの命がいとも簡単に散っていく。

 フォールだったモノは周囲をなぎ払った闇の腕を全て、上空から降ってくるライトへ向け突き出した。

 一つ一つがライト以上の大きさがある拳が六つ、ライトを狙い連撃が繰り出される。

 体勢を変えることが無理な空中で避けるのは元より不可能。初めから避ける気などないライトにとって、一つ残らず闇の腕が襲いかかってくる状況は、むしろ好都合である。


「うおおおおおおおおっ!」


 一番先にライトへ到達する拳目掛け、ライトはメイスを叩きつける。

 触れた拳は一瞬で溶け、そのまま振り切ったメイスからは一条の光が伸び、それに触れた闇の腕が次々と消滅していく。その光は六本の腕を消し去ると同時に消えてしまう。

 限界を超えた左腕からは鮮血が滴り落ち、辛うじてメイスを握っていられる程度の力しか入らない。

 フォールだったモノは闇の腕は消滅したが、五体満足でそこに存在している。


「左腕もこれで終わりですが、まだ私には腕が一本残っています。さあ、ケリをつけましょう!」


 右手にメイスを持ち替えると、大きく空気を吸い込む。


「ロッディゲルス、頼みます!」


「どうなっても我は知らぬぞ!『獄鎖』」


 ライトの呼ぶ声に、半ばヤケになって叫び返すと魔法を発動した。ライトへ向けて突き出した両手から極太の鎖が飛び出し、空中に居るライトの全身に巻きついていく。


「あんた何やってんだ、正気か! あれじゃライトが!」


 ファイリがライトの状態に取り乱し、ロッディゲルスの服を掴み激しく揺さぶっている。


「いいから黙って見ていろ。本人が望んだことだっ!」


 両腕を横へ振ると、ライトに巻きついていた鎖がかなりの速度で手元に巻き戻ってくる。ライトの体は鎖が高速で引っ張られることにより、玩具のコマを回す要領で横回転を始める。

 そしてその回転力を利用して、脳天へメイスの一撃を放つ。

 闇の腕が失われ、遠距離攻撃の手段を失ったフォールだったモノは腕を交差し、その攻撃を受け止めるしかなかった。

 白銀の光の渦が異形の化け物と激突し、大地が揺れた。

 足元から伝わってくる振動と腹に響くような重低音が、攻撃の中心部から周囲へ広がる。聖属性を含んだ足元の床材は吹き飛び、フォールだったモノは激突の衝撃により周囲の足元がすり鉢状に陥没する。


「うがあああああっ!」


 獣のような咆哮を上げ、腕が千切れようが構わないとばかりに力を込める。骨が軋み肉と血が力の行使に耐え切れず弾け飛ぶが、ライトはその手を緩めない。

 メイスを受け止めている相手の腕に亀裂が入り、そこから白銀の光が溢れ出す。


「これでっ、終わりです!」


 最後の力を振り絞り、メイスを振り切る。

 鈍い音が周囲に響き、ライトの手から離れたメイスが宙を舞う。掴んでいたはずの腕は力に耐え切れず肩口から失われ、メイスとは違った方向に鮮血を撒き散らしながら、吹き飛んでいた。

 ライトは、フォールだったモノの状態を確かめようと、辛うじて動く首を横へ向ける。

 腕から全身へと白銀の亀裂が広がり、体内から大量の光が溢れ出し、その光に呑み込まれるように爆ぜる場面を確認すると、ライトは緊張と共に何かが抜け出ていくのを感じていた。

 肌、筋肉、骨、血管、全身の何処にも無事なところがないライトはそのまま、地面へと落下していく。体が叩きつけられる寸前に、横合いから飛び出してきたロッディゲルスがライトを優しく受け止める。


「……こういうのは立場が逆だと思うのですよ」


 両腕で身体を背中から抱えられる格好、通称お姫様抱っこ状態のライトは力なく笑う。


「馬鹿ではないかキミは。本当に馬鹿じゃ……ない……か」


 ロッディゲルスの表情は逆光と前髪でライトから顔がよく見えないが、落ちてくる大粒の水滴が何よりも雄弁に感情を語っている。


「ちょっと見せて! 全身ボロボロじゃないの、なんで生きていられるか不思議なくらいだな! 俺が治してやるから感謝しろよ!」


 地面へ転がっていた腕を大事そうに抱え、慌てて駆け寄ってきたファイリは自分の口調も整理できぬまま、ライトに手をかざし『再生』を唱えた。

 腕は繋がり、全身の破損箇所は全て治癒したのだが、ライトは指一つ動かすことができないでいる。


「ありがとう、ファイリ。どうやら命を繋ぎとめるのに間に合ったようです。ですが、すみません。神力を使うと最低丸一日、動けなくなりますので、そこら辺にでも転がしておいて貰えますか」


 ライトが神力を発動したのは二回目なのだが、前回は一分も耐えられず瀕死の状態で気を失っていた。今も、少しでも気を緩めれば意識を失ってしまいそうなのだが、生き残った仲間が駆け寄ってくる姿を見て、もう少しだけ耐えようと我慢している。


「おいおい、やりやがったな! 何ださっきのは! あんなもの隠し持っていやがるとは。大した野郎だぜ!」


 エクスは自分も限界に近いはずなのに満面の笑みを浮かべ、疲れなど微塵も見せず、ライトを褒めたたえている。


「ほんとほんと! あの稲光みたいな動きどうなっているのだい! 目で追えるレベルじゃなかったよ!」


 興奮冷めやらぬといった様子のロジックが、荒い息を整えようともせず、ライトへ顔を近づけている。


「ロジックさん、ちょっと落ち着いてください。ライト君が困っているじゃないですか。ライト君、いえ、ライト様。同じ聖イナドナミカイ教の一員……そんなもので貴方を一括りにしては失礼ですね。心から感謝しています。ありがとうございました。貴方の偉業は後の世代にまで語り継がれることでしょう」


 ミミカは力なく垂れ下がっているライトの手を両手で包み込むと、聖女と呼ばれるに相応しい、心が癒されるような笑みを向ける。

 数少ない生き残りである、他の面々もライトへの賛辞、感謝の言葉を掛けていく。

 降り注ぐ言葉の波に埋もれ、ライトは今にも途切れてしまう意識が残っているうちに、安心して眠れるよう、最後の確認を口にする。


「ヤツは……フォールはどうなりましたか」


 人々に取り囲まれたライトから少し離れた場所で上空を仰いでいたエクスが、ニヤリと笑う。


「おう、安心しな。ヤツは死んで黒いシミのようなものに、なってやがるぜ。ほら、汚ねえ水溜りみたいだ……ろ」


 得意げに勢いよく話すエクスの言葉が途切れた。急に黙り込んだエクスを不信に思い、視線を彼へ向ける。

 そこには、腹の中心を黒い何かに貫かれ、口から大量の血を吐くエクスの姿があった。目から光が消えかかり、力を失い崩れ落ちる寸前だったエクスは、背中に収めていた大剣を抜くと黒いそれの上から突き刺し地面へと固定させる。


 そのまま――彼は二度と動くことはなかった。


「エ、エクス? 嘘だよな、おい、嘘だろおおおおっ!」


 ロジックは髪を振り乱し、エクスへと駆け寄ろうとするが、それをミミカは進路を遮るように立つ。


「しっかりしてください! 彼の行動を無にするつもりですか!」


 ミミカの叱咤に、ロジックは言い返そうと涙目で睨みつける。

 だが、両目から大量の涙を流し、取り乱してしまいそうな心を懸命に抑えて、健気に立ち続けるミミカの姿に言葉を呑み込んだ。


「エクス、貴方の死は無駄にしません! 『魂の牢獄』」


 神聖魔法において習得の難しいとされている結界系魔法の一つである、魂の牢獄を発動させる。

 エクスの剣に身体を固定され逃れようと懸命に暴れている、大人一人分の容量はありそうな黒いスライムのようなモノを、エクスごと金色の箱内部に閉じ込める。

 この魔法は聖域と同じような効力を持ち、術者の任意の場所に発生させることができ、これに捉えられた魔物は術者の数倍の魔力を用いて破壊するしか、脱出の手立てはない。

 術者側のデメリットは、この魔法を発動中は一切身動きがとれないこと。放出系の魔法なので当人の魔力が尽きればその効果は消えてしまうことが挙げられる。


「ミミカ、そのまま抑えられる?」


「この命尽きても、逃がしはしません!」


 目を金色に輝かせ、ミミカはそう断言する。


「皆、巻き込まれないよう、ここから全力で離れて。今から詠唱を開始して、僕の持ちうる最大級の呪文を発動させるから。ミミカごめん、もう少し耐えて」


 ロジックはそれだけ告げると、杖を掲げ長い詠唱を開始する。

 この世界では呪文の詠唱なしでも発動する魔法が大半なのだが、複雑な調整を必要とする帰還魔法や、自分の能力では手に余る威力の大魔法を発動させるには、呪文が必要になる。


「そ、そんな姉さまはどうなるのです!? 姉さまも一緒に!」


 姉にすがりつき、ここから離れようと服を引っ張るファイリに、ミミカは優しく穏やかな声で語りかける。


「貴方も聖職者ならわかるでしょ。この魔法は術者が動いてしまえば解けてしまうの。私はここで、結末を見届けるわ。貴方は生きて……きっと貴方は私なんか足元にも及ばない素敵な女性に成長するわ。後のことはよろしくね。愛しているわよ、ファイリ」


「私も、愛してる! お姉ちゃん!」


 ファイリは涙をこらえ姉に背を向けると、ライトを抱いたままのロッディゲルスの腕を取り、引っ張る。

 本当は見苦しく泣き喚いてでも、姉を引っ張って行きたかった。だが、姉が大好きだからこそ、姉の気高く強い意志を尊重し、自分の感情を押し殺すしかなかった。


「いいのですね」


「うっさい……行くわよ」


 ライトの確認に、俯いたままそう応える。

 ライトは今の自分が足でまといにしかならないことを理解しているので、何も意見は言わずに、ただ、流れに身を任せている。皆で死力を尽くして戦うのなら、ここに放置されても口を出す気はなかった。


「では、彼を託して良いか? 我もここに残ろう。ここに関わった研究員として、最後まで見届ける義務がある」


 ロッディゲルスはそう言ってライトを手渡そうとするが、その行動にミミカが口を挟む。


「生きることから逃げないで。貴方は生き延びて、事の顛末をちゃんと見届けてください。それに、万が一撃ち漏らした場合、貴方でなければ対応できないでしょ」


「我に生き延びろと言うのか……厳しいことを言う聖女だ」


「人は罪を重ねて生きていくのです。足掻いて足掻いて、全てを出し切った者には安らかな死が訪れるそうですよ。ライト様と妹をよろしくお願いします」


 何も言わずロッディゲルスは駆け出していく。ライトの体には小刻みな振動が伝わってきている。

 横にはファイリが並び、後方から生き残りの六名がミミカとロジック、そして、エクスやこの戦場で散っていった全ての仲間へ大きく頭を下げると、後を追ってきた。

 ライトは遠ざかる戦場へ顔を向け、三人の勇姿を目に焼き付ける。


「ごめんねミミカ。巻き込んでしまって」


 詠唱が終わり、あとは魔法名を口にするだけで発動できる状態になったロジックが、ミミカに顔を向ける。


「水臭いことを言わないでください。私たち三人はチームなのでしょ。最後の戦いが魔王との決戦だなんて、素敵じゃないですか」


 それは強がったわけでもなく本心からの言葉だった。


『ああ、最高だな』


 死んだはずのエクスの声が聞こえた気がした二人は、驚いた表情でエクスへと視線を向ける。そこには満足気な笑顔を浮かべ動かないエクスがいた。


「そうですね、エクス」


「僕たちは最高のチームだよ! 『天震流星落』」


 ライトが気を失う前に見た最後の光景は、天から灼熱色の巨大な隕石が現れ、地上へ墜落するシーンだった。

 


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