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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
34/145

過去編 狂気

 ナイトシャークが動かなくなったのを確認すると、ライトたちはダークマグマと戦闘をしている仲間の元へ向かおうとしたのだが、丁度、向こうも終わったらしくライトたちに加勢しようと駆け寄ってきた一同と合流する。


「そっちも終わったみたいだな」


 エクスは少し疲れた様子で、いつものような覇気が感じられない。

 後ろに並んでいる面々は彼以上に疲れた表情を浮かべている。皆が一様に重い空気を漂わせていた。

 その理由は聞くまでもないだろう。彼らのボロボロになった服装や装備と――ここに来るまではいたはずの数名が、いなくなっていることを考えれば誰でもわかる。


「こちらと同様にそちらも激戦だったようですね」


「まあな……詳しい話は、休憩しながらするか。色々と想定外な出来事だったしな」


「そうですね」


 ライトは力なく言葉を返すと、その場に座り込む。

 その行動に釣られるように、次々と倒れこむように腰を下ろしていく。怪我は既に回復魔法で回復済みなのだが、体力や魔力の消耗はどうしようもなく、皆が思い思いの格好で休息をとっていった。

 誰も言葉を発することもなく、静かな空気が周囲を漂っている。時折聞こえるのは、食事をとる音や荒い呼吸音ぐらいだ。

 三十分程経ち、仰向けに転がっていたライトが上半身を起こすと、話の口火を切る。


「皆さんそのままでいいので聞いてください。お疲れのところ申し訳ありませんが、現在の状況を確認しておこうと思います。まず生存者の確認です。中列は十四名生存しています。そして後列十五名、全員死亡しました」


 感情を込めずに淡々とライトは話す。冷たい男だと思われるかもしれないが、彼らと過ごした時間は、ほんの数時間程度でしかない。そんな彼らの死に動揺するほど弱い心であったなら、ライトはこの虚無の大穴で生き延びることができなかっただろう。

 それに数ヶ月もの間、共に過ごしてきた彼らが悲しみをこらえているのだ、この状況で悲しみを増幅させるような真似をしたくないと、ライトは思う。


「そうか、後列の連中はみんな死んじまったか。こっちは十三名中、生き残ったのは八名。死亡者は五名」


 Aランクの実力者が五名も死亡した。その事実が、彼らの戦いがどれだけの激戦であったかを物語っている。


「生存者はたった二十二名。初めは五百人もいたというのに、それがここまで減ってしまったのですね。これが神の与えた試練なのでしょうか」


 ミミカは地面に両膝を付き両手を合わせ、この戦いで散った仲間たちへの祈りを捧げている。


「後悔や反省は後回しにして、先にやるべきことがあるだろ。何故、この階層には二体もの強力な魔物が存在したのかってことだよ。勘違いしないで欲しいのだけど、情報を提供したロッディゲルスさんを責めているわけじゃない。何か心当たりや思いついた点が一つでもあるなら、僕たちに教えて欲しい」


 ロジックは姿勢を正しロッディゲルスに向き直ると、真摯な態度で意見を求めてきた。

 暫く、黙って熟考していたロッディゲルスは、顔をライトへ向ける。その顔には何かを決意した真剣な表情が浮かんでいる。

 ライトは静かに一つ頷いた。


「まず、我々が戦っていたのはナイトシャークという魔物で、本来なら次の階層にいるべき魔物だった。それが理由は不明なのだが、何故かこの階層に現れていた。理由として考えられることは、誰かがこの施設の装置をいじり、敵の配置を変えた。もしくは、ここから下の階層にいる魔物は実は自由にどこにでも行ける。といったところだろう」


 周囲がざわつき始める。ここまで生き残ってきた彼らは、この大陸でも有数な冒険者だ。だからこそ、ロッディゲルスの説明で語られた内容が自分たちにとってどれほど、不利な状況を生むことになるのかを瞬時に理解してしまった。


「つまりあれか、どっちにしろ今すぐにでも残りの凶悪な魔物が一斉に襲ってきても、おかしくはないと言いたいのか」


「そうなる。今回の戦いで、七十二、七十三階層の魔物が討伐された。我々の行く手を遮る魔物は残り六体。その魔物を全て倒せば」


「残りは魔王ってか。わかりやすくなっていいじゃねえか。上手くいけば一回の戦闘で方が付くかもしれねえな」


 エクスの楽天的な意見に皆が苦笑いを浮かべているが、張り詰めた空気が少し緩むのをライトは感じた。エクスの発言というのは、豪快で無謀なぐらい自信満々に聞こえるが、実は芯が通っていて聞いているものを安心させる効果がある。

 それこそ英雄としての資質なのだが、当人は全く気がついていない。


「これがルール違反というのは重々承知の上で、ロッディゲルスさんに質問したいことがある」


 少し和んだ空気の中で、ロジックだけはその表情を変えず、真剣な眼差しをロッディゲルスへ注ぎ続けていた。彼の言おうとしている質問の内容にロッディゲルスは既に気づいている。


「口に出さなくて結構だ。ただの研究者にしては事情に詳しすぎる、お前は何者だと言いたいのだろう?」


 ロッディゲルスの言葉に、ロジックだけでなく他にも数名の冒険者が頷いていた。


「薄々勘付いている者もいるようだが、我はここの元研究者でもあり――魔族でもある」


 半数以上のメンバーは得心がいったようだが、残りの少数が心底驚いた顔をしている。その驚いた顔をしているメンバーには、


「あらあら、だから闇の波動でていたのですね。びっくりだわー」


「わ、私は気づいていたぞ! ふ、ふむふむ、やっぱりな」


 聖職者の姉妹が含まれていた。


「聖職者なのだから、そこは気づこうよ」


 不死、闇属性の専門家とまで呼ばれている聖職者が、二人揃って気づいていなかった事実に、ロジックは大きくため息をついた。

 納得している連中がロッディゲルスの暴露を聞いても反応を示さないのは理解できるが、残りの驚いている連中も、ただ驚いているだけで、魔族だから警戒するといった素振りを全く見せなかった。

 それがロッディゲルスも引っかかるようで、彼らに声を掛ける。


「我は魔族なのだぞ。排斥しようとは思わないのかね」


 問いかけた相手より問われた方が不思議そうな顔をして、ロッディゲルスを見返していた。


「いやまあ、戦い見ていたら敵とは思えないしな」

「うんうん、そうだよね。僕も鎖で助けてもらったし」

「あ、すまん。助けてもらった礼をしていなかったな。さっきは助かった、感謝する」

「戦っているあんた、格好良かったぜ」


 純粋な賞賛の言葉やお礼に、ロッディゲルスはどう対応していいのかわからず、あたふたと手を振り戸惑っている。

 冒険者というものは町や村で普通に暮らすものに比べて、多くの不思議な体験をしている。上級のランクであればあるほど、町の住人が物語でしか知らないような事を、その身で体験し、死ぬような思いをしながらも今日まで生き延びてきた者たちだ。

 ロッディゲルスが魔族だという事実など、今までの経験からいって、さほど重要な出来事ではない。

 思った以上にロッディゲルスが受け入れられている現状に、ライトはそっと安堵の息を吐く。ライトは、ここでもめて、彼を討つ流れになったら命懸けで守り、ここから離れるつもりでいた。


『うーん、なんだか、つまらない流れになってしまったな』


 何処からともなく聞こえてきた、能天気な男の声に一同は周囲を見回す。

 そこにはただ広いだけの、見慣れた殺風景な空間が広がっているだけだった。誰ひとりとして、声の主を探し出すことができない。


『くくくっ、探すだけ無駄だよ。ここにはいないからね』


 人を小馬鹿にした笑い方をし、蔑んだ物言いで話を続けている。

 全員が全身の神経を張り巡らせ、いつでも動けるように体勢を整えている。


『やれやれ、警戒しすぎではないかな。安心してくれたまえ、サプライズプレゼントの感想を聞きに来ただけだよ。どうだい、キミたちには一体では物足りないと思って、一体追加してみたのだが。もう数体増やしたほうが良かったかな』


 皆が顔を見合わせ、どう返事をするべきか、それとも沈黙を続けるべきか小声で意見を交わす。


「どうしましょうか。やっぱり返事しないと失礼よね」


「姉さま礼儀の問題ではありませんわ」


「そろそろ……神経がブチギレそうなんだが」


「落ち着いてエクス。僕も気持ちは同じだけど、怒らせてもメリットはないよ」


「ロッディゲルスはどう思いますか?」


 ライトの問いかけに応えない、ロッディゲルスに顔を向けると、一人虚空を睨みつけ大きく息を吸い込んだ瞬間だった。


「いつ目覚めた、フォール!」


『おいおい、兄に対してそういう口の利き方はないだろ。でも、お兄様は寛容だから許してあげるよ。そうだね起きたのは二年半ぐらい前かな。天井が崩れて新鮮な空気と良質な養分が流れ込んできた最高の目覚めだったよ。そこで直ぐに外へ飛び出したい気分だったのだけど、ほら厄介な扉の装置があったろ。それを、どうにかしないとなーと考えていたら、そこの黒い法衣を着たライトアンロック君だったかな。彼が次々と開放してくれるじゃないか。こっちもまだ本調子じゃなかったから、彼に任せようと暫く放置しておくことに決めたのだよ。そして、ロッディ。キミも懸命に何かやっているみたいだったからさ、ここはお兄ちゃんとして、そっと見守っておこうかと思ってね』


「やれやれ、よく喋る御仁ですね。そんなに人恋しかったですか」


 ライトは皮肉交じりにそう言ったのだが、自分が二年半振りに会話できる相手だったキマイラに対してやったことは棚に上げている。


『身内の会話に口を挟むとは野暮なことをする聖職者だね。でも、キミは一番の功労者だから許すよ。あ、そうそう。キミたちに声をかけたのには理由があるのだよ。ここから先の魔物は全て処分しておいたから。全然物足りなかったけど、養分として頂いておいたよ。じゃあ、話すことも話したし、この穴の底でキミたちを待っているからね。あんまり気が長いほうじゃないから、二日以内にくるように』


 一方的に話すだけ話しておいて、会話を打ち切ろうとしているフォールにロッディゲルスが待ったをかけた。


「フォール! 何故、意識があるの……あれだけの闇を受け入れ自我が崩壊したはずなのに……正気を保っていられるなんて」


 語尾に近づくにつれ声に勢いが無くなっていく。ロッディゲルスの口調はいつもとは異なり、か細い女性のように聞こえる。


『正気? 正気かぁ。うん、今、とても肉が食べたいんだ。よく暴れる新鮮な生肉を、引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて引き裂いて、溢れる鮮血で喉を潤して、至福の時を過ごしたいんだよ。でもまだダメ。空腹は最上のスパイスって言うだろ。だから待つのさ――キミたちを。あははははは、待ち遠しいなー。ほんっと、楽しみにしているから逃げないでね。じゃあ、またさよなら』


 まさに狂気と呼ぶに相応しい、狂った叫びと笑い声を響かせ、言いたいことを言い切ったのだろう、別れの言葉を最後に静かになる。いくら待っても、再び声が響いてくることはなかった。


「あーもう、今日は何があっても俺は動かんぞ!」


 エクスが剣を地面に置くと、大の字になって寝転がる。

 その行動をきっかけに、魔王の迫力と狂気に触れ、体が硬直していた一同が地面に腰を下ろす。


「なんなんですかあれは。声だけだというのに異様な魔力を感じましたよ」


 ロジックは大きく息を吐くと、いつの間にか曇っていた眼鏡を慌てて外し、マントの裏地で丁寧に拭く。


「もう怖くないわよ。いつまでたっても甘えん坊さんなのだから、ファイリは」


「姉さまー怖かったー」


 若干、棒読みで胸に顔をこすりつけている妹の頭を、姉がゆっくりと撫でている。

 Sランクの彼らだけではなく、ここにいる全員が既に落ち着きを取り戻し、思い思いの格好で休息をとっている。ここまで幾度となく苦難を乗り越え、生き延びてきたのは伊達じゃない。

 ただ、一人だけ、虚空を見つめたまま、その場に突っ立っている者がいるが。


「兄さん……」


 今にも消え入りそうな呟きを聞き、ライトはお節介だとはわかっていながら、声を掛けずにはいられなかった。


「まず、座ったらどうですか。あ、そうそう、気分が滅入ったときは甘いものでもどうです。取って置きのケーキがありますよ」


 ケーキという単語にロッディゲルスの体が一瞬だけ、ぴくりと反応したのをライトは見逃さなかった。ちなみに、この場にいる女性全てがもっと大きなリアクションを取っていたのだが、ライトからは死角になっていたので気づいていない。


「もちろん、無理にとは言いません。この状況でそんな気分にならないのは、当たり前の事ですから。いや、非常に残念ですが、貴方の邪魔にならないように、あっちの隅で一人寂しく食べることにしますね」


 口ではそう言いながらも、軽い足取りで立ち去ろうとしたライトの肩に手が置かれた。その手は、かなり力強く肩を握っているので、五指が肩にめり込んでいる。


「甘いものというのは、心を癒してくれるそうだ。不本意ではあるが、一つ頂こう」


 しかめっ面で、ライトを軽く睨んでいるロッディゲルスに、取って置きのケーキを出そうと袋に手を入れると、周囲を女性に取り囲まれる。

 その動きが素早すぎて、ライトは肌が触れるほどの至近距離まで迫られていたというのに、全く気がつかなかった。


「ライト君……いや、ライトアンロック様。今、ケーキという言葉が聞こえた気がしたのですが。もしよかったら、私にも頂けないでしょうか」


 ミミカはライトの右側面から歩み寄ってくると、豊満な胸の谷間に腕が挟まるように密着し、上目遣いでライトにそう尋ねてきた。

 この行動には女性が苦手なライトでも、断れない魅力を持っていた。


「ええ、まだありますので構いませんが」


 その言葉にミミカは、ライトから見えない位置で小さく拳を握り締める。


「ねえーんっ、わ、た、し、にも、くださらないぃ」


 姉を真似したつもりなのだろう。粘っこい声を出し、腰をクネクネ動かしているファイリをライトは冷めた目で眺めている。


「ほら、そこにチョコの水たまりがありますよ」


「泥水だろ! くそ、ごちゃごちゃぬかさずに、ケーキよこしやがれ!」


 実力行使とばかりに収納袋を奪おうとするファイリの腕を、軽々とかわしている。それでも諦めずに何度も突進してくるのだが、全て余裕で避けていると、いつの間にか複数の人に取り囲まれていた。


「ファイリちゃん私たちも協力するわ!」


 ファイリ陣営に女性三名が新たに加わる。同僚の聖職者一名に、Aランク上位の盗賊一名。更に弓使いの女性が弓を構えている。


「さあ、怪我をしたくなかったら大人しくその収納袋を地面に置きなさい」


「何で私が犯罪者のような扱いをされているのでしょうか」


 ジリジリと間合いを詰めてくる彼女たちから、ライトは少しでも距離を取ろうと後退る。


「何やってんだあいつら」


「いいじゃないか、みんな笑っているしね。女性陣の目が真剣そのものなのが、ちょっと怖いけど」


 呆れた声を出すエクスに対して、ロジックはライトたちの行動を好意的に解釈しているようだ。

 ライト目掛け容赦なく飛んできた矢を素手で叩き落とす。その隙に素早く後方に回り込んだ女性盗賊だったが、更に素早くライトが回り込み女性盗賊の後ろに立っている。

 それを眺めている冒険者たちは、食料や飲み物を片手にはやし立てる。そこには、魔王に萎縮していた雰囲気など微塵もなかった。



 数分後、女性陣に捕まったライトは、渋々ながらも取って置きのホールケーキを出し、振舞うことになる。ただ、エクスの目には、ライトが無理に道化を演じているようにしか見えなかった。

 この日、それ以上は何もせず、各々が自由気ままに、ゆったりとした一日を過ごすことになる。魔王フォールの気が変わって、襲われでもしたらそこで終わるのだが、どっちにしろ体力や魔力が回復していない現状では一緒だろうと、全員が開き直っていた。


 夜を迎え、各自取って置きの食材を取り出すと、料理の腕に自信がある冒険者が豪快にさばき、料理が完成すると皆で食し語り合う。

 誰も口にはしなかったが、これが最後の晩餐になる可能性が高いことを理解していた。子供の頃の思い出話や、武勇伝に花が咲き、永遠に続くかとも思わせた宴会は深夜を迎えると同時に、終わりを迎える。

 各自が明日に備え、思い思いの格好で床についた。ライトは一人、皆が寝静まっている場所から離れると、瓦礫に腰掛け天を仰いだ。

 虚無の大穴から見える夜空には、無数の星が瞬いている。その美しい光景が、自分が危険な場所にいることを忘れさせてくれる。


「どれだけの人が生き残ることができるのか――いや、生き残らせることができるのか。独りの時はこんなこと考えなくて済んだのですが。この戦いは出し惜しみする余裕など何処にもないですからね。私はこの命を賭けられるのか――」


 己への問いかけに答えは出そうになかった。


 そして、運命の朝が訪れる。


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