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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
33/145

過去編 挟撃

 全員揃って先へ進むことを決めた一行は、辺りを警戒しながら七十二階層を進んでいる。隊列は先頭にエクス、ミミカ、ロジックというSランク冒険者を配置し、そのすぐ後ろにAランク冒険者十名。

 中列にライトとロッディゲルスに加えAランク冒険者十名。それにファイリと回復担当のBランク聖職者二名。

 最後尾には、残り四名のBランク聖職者とAランク相当の実力がある神官戦士と騎士、兵士が殿を務めている。

 彼らが扉をくぐってから既に一時間が過ぎようとしているが、敵が襲って来る気配もなく、一行は前へ前へと進んでいく。


「ったく、何で俺がてめえと同じ中列に配置されてんだよっ」


「自ら言い出したことを既に忘れたとでも言うのか、この性悪女は」


「ああんっ。てめえはさっきから絡んできやがるが、言いたいことがあるならハッキリ言いやがれ」


「言っているではないか。邪魔だ失せろと」


 そう言って、ファイリとロッディゲルスは、もう何度目になるかわからない睨み合いを始めている。この二人かなり相性が悪いらしく、互いに口を開けば、悪口か文句しか出てこないという有様だ。ただ、状況は理解しているので、全て小声でやっているのは、評価しても良いのだろう。

 そして何故か毎回、ライトを挟んでやり合うので、二人の鋭い視線の大半がライトに突き刺さっている。いい迷惑なのだが、女性同士の揉め事に男が口を挟むと、ろくなことにならないことを実体験で嫌というほど味わってきたので、黙って歩き続けている。


 両脇から途切れることのない罵詈雑言の嵐を全て聞き流しながら、ライトは警戒を続ける。この状況下に置かれながらも、ロッディゲルスから説明された、この階層を守る魔物についての説明を頭の中で、もう一度おさらいしていた。


(ここから先の魔物はここで研究をしていた各部署が、最も自信のある魔物を配置しているとのこと。この階層は確か闇がマグマのように吹き出している、円錐状の魔物でしたか。名前はダークマグマ。気をつけるべき点は魔物の頭? らしき部位から飛び出してくる闇の溶岩弾。地面を振動させる攻撃。手足がなく移動速度は人間が歩く程度らしい……とのことでした)


 二人の言い合いは、何故かライトの悪口へと矛先が変わってきているのだが、聞こえないふりを継続している。

 ライトとしては次の戦いも、自分が先頭をきって相手の出方を見たいのだが、このメンツでは自分の立場は新参者であるのを承知しているので、出しゃばり過ぎるのはどうかとも思っている。

 こういう人間関係で悩んだりするのが面倒なので、ライトは独りで戦うのが嫌いではないのだが、今回ばかりはそんなことを言ってられない。

 先頭を進む一団は軽く会話を交わしながら、適度に力を抜いた状態で警戒は怠っていない。ライトのいる中列はライトを含めた三名を皆が生暖かい目で眺めているという状況だ。もっとも、当事者である三名は周囲の気配を探り、警戒は緩めていない。


 ライトは戦力的に一番劣っている、後列へ視線を向ける。

 彼らは殆ど会話もせず、黙々と歩み続けていた。その表情からはありありと緊張が読み取れる。戦力的に後方にも誰か腕に自信がある者を配置しようという話にもなったのだが、やはり、正面から強襲に備えるため、戦力は先頭にまとめるべきだという話にまとまり、隊列が決まった。


「少々過剰に気を張りすぎですね。肩に力が入りすぎで、あれでは逆効果になりかねません。お話中のところ申し訳ありませんが、ファイリさん。後列の方々に少し声をかけてくれませんか」


 ライトに対する不平不満で盛り上がっていたファイリが露骨に嫌そうな顔をする。だが、後列に顔を向けて察したようで、表情をがらっと変化させ、穏やかな笑みを浮かべて後方へと歩み寄っていく。


「あれはもう、匠の芸術作品と呼んでも差支えがないような表情筋の動かし方ですね」


「それは褒めているのか、貶しているのか非常にわかりにくい。まあ、我ら二人にあの顔が向けられることはなさそうだがな」


 ファイリの背を見つめるロッディゲルスの表情は意外にも穏やかで、さっきまで口喧嘩をしていた者同士とは思えない。


「お二人が仲良くなられたようで良かったですよ」


「キミの目は節穴なのか。我がファイリと仲良くなることなど生涯有り得んことだ」


 顔を背けるロッディゲルスの顔が表面上は嫌がっているように見えるのだが、ライトは実は満更でもないことを読み取っていた。それを口にするほど空気が読めない男ではないので、黙っているが。

 後列へたどり着いたファイリは知り合いに明るく声をかけ、場の空気を和ませるのに成功したようだ。適度な緊張感は保ったまま、無駄に入りすぎていた力が抜けたのをライトの目で確認できる。

 暫く話し続け、もう大丈夫だと判断したファイリは後列から離れていく。顔は後列の仲間へ向け大きく手を振っている。相手の数少ない女性陣も手を振り返しているようだ。


「私は中列に戻りますが、皆さん注意はちゃんとしてくださいねー」


 ライトにしてみれば誰だお前は、と言いたくなるような優しい声色でファイリは仲間へ注意を促す。聖職者たちが大きく頷き、返事をしようと口を開いた、その時。ライトは全身に電流が走ったような感覚に小さく身を震わすと、咄嗟に口を開き叫ぶ。


「ファイリ! そこから退いて!」


 ファイリは突然のことに意味もわからないが、ライトの珍しく焦った声に思考するより早く体が反応し、ライトのいる方向へと全力で跳んだ。

 ファイリや後列のメンバーを挟み込むように両脇から突如、巨大な黒い物体が二つ地面から盛り上がっていた。それが、目にも止まらぬ速さで、二つの黒い物体が合わさるように閉じられる。

 後方にいた全員がその黒い山に呑み込まれた。

 ファイリが後方へ跳び足が地面に着く、そんな短い時間に目の前には高さが五メートルはあるであろう黒い山ができあがっていた。その地面から湧き出た黒い山は、内部からグチュリグチュリと何か粘着力のある物体をすり潰したような音が漏れてきている。


「あっ、あ……」


 ファイリは瞬く間の出来事に感情が追いつかず、足から力が抜け地面へと尻もちをついてしまう。


「何だ! おい、後方のあれは魔物か! くそ、先に後ろからやりやがったか。やっぱ、後ろにも誰かやっておくべきだった!」


 異変に気づき振り向いたエクスが悔しさを隠そうともせず、地面に大剣を叩きつける。


「エクス、後悔は後にして! 行くよ!」


 ロジックの叱咤にエクスは顔を上げる。


「ああ、そうだな。お前ら早急に後列へ向かうぞ!」


 前列のメンバーが武器を取り出し後方へと駆け出そうとしたのだが、ミミカが大きく両手を横に広げ、行動を制した。


「皆さん、前方からも来ます!」


 本来進むべき方向の地面に大きな円形の黒い沼のようなものが湧き出してきている。ボコボコと黒い水面を泡が浮かんでは弾け、その泡が沸騰しているかのように水面全てを覆うと一斉に弾け、黒い水面が盛り上がっていく。

 そこには、マグマが湧き出ている火山を小型化したような形をした魔物が姿を現していた。


「おいおい、ダークマグマが二体もいるなんて聞いてねえぞ!」


「エクス、確実ではないがって言っていただろ。完全にここの大穴を把握しているのは、ここの研究員ぐらいだって。それにそんなことは後回し。やるべきことをやろう!」


「そうですね……皆さん、前方の敵に集中してください!」


 猛るエクスをロジックは冷静にさせ、ミミカは全員の意識を目の前にいる敵へと集中させた。ミミカはそう言いながらも、もう一度後方を見つめると唇を噛み締め、前方へと向き直る。

 妹の絶体絶命の危機に何もできない自分が歯痒く、ただ、どうにか切り抜けてくれるのを祈るしかない。本来なら、この場を投げ出して妹の元へ向かいたい。それを踏み止まらせたのは、とある人物の存在だった。


「ファイリを、お願いします」


 その人物とは言わずと知れたこの男、ライトアンロックである。

 姉からの思いを託されるまでもなく、ライトは叫ぶと同時にファイリの元へ全力で駆け出していた。

 黒い山の前で身動きの取れないファイリを脇に抱え間合いを取ると、遅れて駆け寄ってきた中列の部隊と合流する。


「ロッディゲルス。あれもダークマグマですか」


 確かに山のようには見えるのだが、どうにも説明とは異なる点が多すぎるので、ライトは確認の為にロッディゲルスへ尋ねた。


「いや、あれはナイトシャークだ。次の階層でいるはずの魔物なのだが……一体何故」


 ロッディゲルスにも予想外の出来事らしく、驚愕に顔を歪めている。


「悩むのは後回しで! あの敵の特徴と弱点があればそれも説明願います」


「鮫と命名しているが、図体は十メートル近くある。土の中を自由に移動し、攻撃する際には地中から、体の半分はある巨大な口を出し一気に呑み込んでくる。あと体のウロコを飛ばすことも可能だ。切れ味が鋭いらしいので硬度に自信がある防具を持っていないのなら、避けることをオススメするぞ」


「弱点は?」


「知らぬな……すまない」


 ライトたちが今こうやって会話できているのは、目の前の敵が全く動かないでいるおかげなのだが、そんな時間が長く続くわけがなく、相手も動き始める。


 山のように見える口らしき部位が大きく震えると、魔物の皮膚が逆立ち黒い円盤状の何かが空気を切り裂き、襲いかかってきた。

 円盤は数える気など起こらないぐらい圧倒的な物量で、壁のように空間を埋め尽くし、ライトたちへ降り注いでくる。

 咄嗟にライトは避けることを視野に入れたのだが、ここにいる他のメンバーがどう考えても避けきれないと判断する。


「皆さん私の背後へ集まってください!」


 後方に全員が駆け寄ってきたのを音で確認すると、隣に歩み寄ってきたロッディゲルスへ顔を向けずに声を掛ける。


「頼みます」


「承諾した」


 二人の交わした言葉はこれだけなのだが、相手が何を求めているか完全に理解をしていた。ロッディゲルスは両手を迫り来る無数の円盤に向ける。


『黒鎖』


 両手の指全てから黒い鎖が伸び、円盤を次々と叩き落としていく。だが、余りにも数が多いため破壊できたのは、約半分といったところだ。

 そこでロッディゲルスは黒鎖を解除し、一歩後ろへ下がる。


「次は私の番ですね『聖域』」


 強度を最大限にまで高めた聖域を発動させる。

 黒い円盤は光の壁に阻まれ、次々と弾かれていくのだが、その攻撃は途切れることなく聖域へ衝突し続けている。

 今のところ防いではいるが、聖域内にいる者にしてみれば、黒い円盤が雨あられと叩きつけてくる光景は、生きた心地がしない状況だった。


「ライト……降ろして。もう大丈夫」


 未だに小脇に抱えられていたファイリの存在をすっかり忘れていたライトは、聖域を持続させたまま、そっと地面へ下ろした。

 顔色は少し悪いが、大地にしっかりと足を付け、動揺は治まっているようだ。


「ありがとう。正直に答えて、この調子だと後どれぐらいもちそう」


 それが何を指しているのかを察したライトは瞬時に考えを巡らす。


「そうですね。あと三十秒といったところでしょうか」


「じゃあ、私の合図で聖域を切って」


 まだ本調子でないファイリの普通の女性のような口調とその内容に、ライトは眉間にシワを寄せるが、ファイリの右目が金色に輝いているのを見て理解をする。


「貴方もそうでしたか。了解しました」


「一瞬の勝負だから……お前はやることわかっているだろうな」


 ライトに対してのいつもの口調に戻りつつあるファイリに、安心と残念さを同時に覚え苦笑いを浮かべてしまう。


「ええ、私とロッディゲルスは離れますね」


 ライトの隣でロッディゲルスが頷いている。


「じゃあ、タイミングを計るぞ。まだだ、まだ、もう少し……今!」


 相手の攻撃が一瞬だけ緩まる瞬間を的確に判断し、ファイリは合図を出す。ライトは聖域を解除すると、後方へ素早く跳んだ。隣にいたロッディゲルスも同様に動いたのだが、同時に『黒鎖』を発動し至近距離まで迫っていた円盤を防ぐ。


『聖域』


 ファイリの魔法を発動する声が聞こえ、再び同じ場所に聖域が張られる。


「どうやら、上手くいったようですね。行きましょうか」


「ああ、我らの力を見せつけてやろう」


 聖域の背後から二手に分かれ、ライトは向かって右側へ大きく円を描くように回り込み、ロッディゲルスは左手からナイトシャークへと挟撃する。


『上半身強化』『下半身強化』


 ファイリの聖域がどれぐらい持つのか不明なので、早めに勝負を決めるべきだと判断し、ライトの定番強化魔法を一気にかけておく。

 ナイトシャークは二人の存在を感じ取ったらしく、聖域への攻撃を中断させると対象を二人へと変更した。

 望んだ展開に応えるべく、ライトは殺傷力の高すぎる黒い豪雨へ突っ込んでいく。

 聖域を発動すれば防げるのは確実なのだが、それでは足が止まってしまう。ライトは現状で一番いい策を思いつき収納袋へ手を入れ、目当ての物を掴むと投げつける。


「使用済み弾、まだまだありますよ」


 次から次へと収納袋から取り出した、収納箱を分解した蓋や箱板を投げつけていく。収納箱はそのままの状態だと魔法が相殺しあい、収納袋へ入れることは叶わないのだが、こうして分解して部品にしてしまえば収納袋へ入れることが可能になる。

 無駄に頑丈な部品を使っている収納箱はライトの怪力で投擲されれば立派な武器と化す。現に黒い円盤を相殺どころか二枚以上打ち砕いて、破壊されている。

 巨大な聖光弾を放てば、こんな面倒な戦い方をしなくても済むのだが現状のライトには、上半身下半身強化を持続させたまま聖光弾の同時発動は、難易度が高すぎる。


 一方、ロッディゲルスは危なげなく黒鎖で敵の攻撃を防ぎ、撃ち漏らした攻撃も全て軽いステップで躱している。

 ライトは横目でファイリたちの様子を窺うと、一行はこちらに攻撃が集中している隙に、かなり間合いを取って離れている。時折、幾つか向こうに円盤が飛んでいくが、少数であれば彼らでも無理なく防げているようだ。


「これじゃ、らちがあきません。究極の弾丸を発射します」


 収納袋から相棒の巨大メイスを掴み出すと、大きく振りかぶって渾身の力で投げつける。メイスは触れた円盤を全て粉砕し、ナイトシャークまで一直線に進み、巨大な山へと激突する。

 その一撃でナイトシャークの巨体が地中から弾き出され、その全貌が姿を現す。一見、確かに黒い鮫のようだ。実際、背ビレや尾ビレは形も鮫に酷似している。だが、体と同等の大きさがある頭と、胸ビレの代わりに鉤爪の生えた象のように太い足が魔物であることを証明していた。

 陸に打ち上げられた魚状態になるのかとライトは期待していたのだが、地面へ叩きつけられる前に、器用に空中で体勢を整えると、歪な足で地面に着地した。


「ここからどう動くかわかりません。警戒を怠らないように」


 少し離れた場所で待機しているファイリ一団も油断せずに、状況を見守っている。遠距離攻撃が可能なメンバーはいつでも放てるように、構えている。

 ライトはもう一度、地面に潜られると厄介だと判断し、危険を承知でナイトシャークとの間合いを詰める。反対側にいるロッディゲルスも同じように判断したようだ。

 徐々に距離を詰めてくる両名をナイトシャークの瞳は捉えている。ライトはナイトシャークの左足近くに転がっているメイスを回収したいのだが、まだ少し距離が遠い。ここからなら全速で駆け込めばいけるか、と判断して動こうとしたのだが、敵の初動が一歩早かった。

 近づいてきた二人を威嚇するかのように、全身の鱗を垂直に立たせたのだ。それは、先程の黒い鱗を円盤のように回転させた攻撃の予備動作と全く同じだったため、二人は警戒し足がピタリと止まる。

 鮫はその場で巨体に似合わず大きく跳ねると、そのまま地面へ着地するのではなく地面へ潜っていった。


「……フェイントですか」


「これはしてやられたな」


 完全に姿を消した敵に二人は周囲を警戒するが、何処にいるのか皆目見当もつかない。あれ程の巨体であれば、地中を動いただけで振動が伝わってきそうなものなのだが、そういったものも一切感じられない。


「闇属性魔法の収納系の応用だと思われる。地中を掘って移動しているのではなく、体に触れた土を一旦闇の中にいれ、移動後にまた同じ場所へと戻しているのではないだろうか」


 周囲の冒険者にも聴かせるため、ロッディゲルスはあえて大声で口にする。


「方法はどうであれ、場所が掴めないのは厄介すぎますね。適当に地面を殴ってみるのは無謀すぎますし」


 策を考える前に相棒の巨大メイスを拾おうと、メイスの元へ駆け寄ると、ライトの左右から挟み込むように巨大な鮫の口が現れた。


「メイスで人を釣るとはっ!」


 ナイトシャークの口内が見え、顎には無数の鉤爪状の歯がびっしりと並べられている。その凶悪な歯がライトをすり潰すために迫り、顎は閉じられようとしていた。


「ふんっ!」


 ライトはその巨大な口が閉じられるのを、両腕を左右に伸ばし力尽くで防ぐ。その両手には歯が突き刺さり、血が溢れ出ているが、それぐらいでライトの力が緩むことはない。


「私はそう簡単に食べられませんよ。肉質は悪くないと思いますけどね」


 この状態で軽口を叩ける程度の余裕はまだあるようだ。


『獄鎖』


 巨大な鎖がロッディゲルスの両手から飛び出すと、上顎と下顎に巻き付き、口を開けさせようと左右に引っ張っている。

 余りに非常識な場面が連続した為、食い入るように戦いを見つめていた冒険者一同だったが我に返り、遠距離攻撃が可能なメンバーが一斉に攻撃を仕掛ける。


『聖滅弾』『退魔陣』『残空斬』


 魔法や様々なスキル、無数の矢がナイトシャークの表皮に命中するが、矢は弾かれ魔法も微かなダメージを与えたに過ぎない。

 しかし、敵の意識がライトから逸れたその一瞬、力が緩んだのをライトは見逃さなかった。賭けではあったが、このまま口内で足掻き続けるよりも可能性があると判断し、上半身、下半身強化を解く。

 そして、そのまま両手に魔力を集中して、魔法を発動させた。


「これでどうですかっ! 『聖光弾』」


 両手から溢れ出した光が両顎にぶつかると、外皮に庇われていない口内は、攻撃力は優れていても防御力は劣るという生物の掟にナイトシャークも従っていたようで、両顎が聖光弾の一撃で弾けとんだ。

 両手で支えていた物がなくなり、ライトは魔物の口よりも更に奥へと落ちていくところだったが、足元に伸びてきた大きな鎖が足場になる。


「ありがとうございます、ロッディゲルス。助かりました」


「どういたしまして」


 胸に手を当て大げさに頭を下げる姿が嫌味なく様になっているのが、ロッディゲルスらしいなと微笑する。

 鎖に乗ったまま周囲に目を走らすと、ナイトシャークの元上顎のすぐ側にメイスが落ちているのを発見した。このまま飛び降りてもいいのだが、あることを思いつくとロッディゲルスに頼みごとをする。


「このまま、そこのメイスまで私を運ぶことは可能ですか」


「ほう、面白い発想だ。承諾した。むろん可能だ」


 ロッディゲルスが鎖のつながっている右腕を振るうと、ライトが乗っかっている鎖が大きく波打ち動き始め、のたうち回っているナイトシャークをギリギリで交わしながら、ライトをメイスまで運んでいく。

 かなりの速度でメイスのすぐ隣を鎖は通過するが、タイミングを合わせライトはメイスの柄を掴むことに成功した。


「では、サービスといこう。鎖をこのままナイトシャークへぶつける。途中下車するなり、共に突っ込むなり好きにしたまえ」


 鎖はライトを乗せたまま、一旦大きくナイトシャークから離れ、上空へ舞い上がるとそのまま勢いを止めることなく、大きく円を描きナイトシャークの胴体中心部へ舞い戻ってきた。

 後にファイリが語っていたのだが、その姿は黒い龍に乗る、死神のように見えたそうだ。


「便乗するに決まっていますよ。『聖属性付与』『上半身強化』『下半身強化』さあ、これで終わりです!」


 鎖と共に風を切り裂き、魔物の腹へ吸い込まれるように高速で突っ込むと、両手で掴んだメイスを頭上へ振り上げ、ぶつかる直前に渾身の力を込め叩き込んだ。


「そっかー。余りにも馬鹿げた力で殴ると、巨体だと、ああなるんだー」


 棒読みで感情が全くこもってない発言をしたのは、ファイリなのだが、その顔に浮かぶ表情は目に光がなく、頬がピクピクと引くついている。

 ライトが攻撃を当てた部分に綺麗な大穴が空き、その穴を鎖と一緒にくぐって出てきたライトを見てファイリは感情をシャットアウトしたようだ。


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