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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
32/145

過去編 剣聖VS聖職者

「おいおい、いいのか。武器がないようだが。まさか無手というわけじゃないよな」


 エクスは両手剣を上段に構え、ジリジリと摺足で間合いを詰めている。

 それに対しライトは両手をだらりと下げたまま、構えはおろか武器さえ取り出してはいなかった。


「これは失礼しました。今、出しますね」


 背負っていた収納袋を地面へ下ろすと、口へ手を突っ込み、巨大メイスを取り出す。

 ライトが手にしたメイスのあまりの巨大さに、一同が呻き声を漏らす。


「おい、おい、何だそのメイス。俺の大剣が霞むじゃねえか」


 エクスが右手に握っている大剣は刀身が分厚く幅も広い。重量もかなりなもので普通ならば両手でも持ち上げることすら困難だろう。それを軽々と片手で扱っているエクスの力も尋常ではない。

 だが、ライトが持つメイスは、その大剣の重量を軽く上回る。エクスの力をもってしても、このメイスを片手で振り回すことは不可能だろう。


「最近手に入れたお気に入りの逸品ですから。まあ、最近と言っても、もう二年以上も前になるのですけどね」


 この穴に落ちてから随分と時間が流れたのだと、ライトは改めて実感する。


「戦闘中に遠くを見る目になるのはやめて欲しいのだがな。その余裕の態度、二度とできないようにしてやるよ」


 エクスはそう言うと表情を引き締め、腰を落とすと、そこから一気に跳んだ。

 姿が消えたように見えた神速の踏み込みを目で追えたのは、この場に三人しかいなかった。一人は神眼を持つミミカ。もう一人はロッディゲルスであり、最後の一人は彼を正面から迎え撃つ、ライト。

 目が自分を捉えているのを自覚しているエクスは、その視線に背筋を貫くような悪寒を感じ一瞬躊躇うが、口元を笑みの形に歪ませ、ライトの脳天めがけ渾身の一撃を振り下ろす。


 その一撃は完全に命を奪いに来た攻撃なのだが、エクスはこの攻撃をライトの実力なら防ぐと確信していた。しかし、上手くいけば軽く傷を負わせられる可能性も考慮している。もしくはメイスで受け止めさせ防御に回ったところを、怒涛の攻めで一気に押し切る作戦を瞬時に頭で組み立てる。

 だが、ここでライトはこの場にいる誰もが予想すらしない行動に出た。

 避けるには避けたのだが、それはほんの少しだけ右にずれただけだったのだ。エクスの剛剣はライトの鍛え抜かれた肩に突き刺さると、そのまま切断し地面へと突き刺さった。


「なっ!?」


 手傷を負わせる程度の予想はしていたが、まさか切り落とすまでの大怪我を負わすとは思いもせず、エクスは興奮していた気分が一気に冷める。

 見物していたロッディゲルスが眉をひそめ、ファイリは悲鳴を上げそうになった口を押さえている。ミミカは慌てて治療をしようと駆け寄ろうとしていた。

 だが、誰もがそのすぐ後に起こった光景を見て、動きが止まる。

 腕を切断されながらも、ライトは右手に握られた巨大なメイスを横薙ぎしたのだ。振り下ろした状態で体勢が整っていない状況に加え、相手の怪我により緊張が緩んだ一瞬を狙われ、エクスがその攻撃に対応できる訳がない。脇腹にメイスの一撃を受け、くの字に折れ曲がった形のまま宙を飛ぶ。


「ぐぅあぁぁぁ……ぁ……」


 そのまま、地面に叩きつけられると、受身も取れない状態でゴロゴロと地面を転がっている。そして、回転が止まったエクスは完全に白目を剥いた状態で、全身を小刻みに痙攣させていた。

 エクスが身につけていた白銀の鎧は魔力が込めてある特殊な鎧で、サイクロプスが全力で殴りつけても凹まないという売り文句だったのだが、見事なまでに陥没している。


「ちょっと、力加減を間違えましたか」


 ライトの一言で我に返ったミミカが慌てて、エクスへ駆け寄る。ライトはその後ろ姿を眺めながら足元に落ちている自分の腕を拾った。

 そして切断面に収納袋から取り出した水袋の水を掛け、左肩の切断面同士をくっつける。そのまま意識を集中し、最大の威力で『治癒』を発動させた。

 ライトの体が眩い光に包まれ、その光が消えると完全にくっついた左腕がある。切り落とされたにも関わらず、切断面に傷口すらなく、ライトは左腕の調子を確かめるように動かしているが違和感もないようだ。


「あー、また法衣縫わないといけませんね」


 収納袋から大きめのクッションと針道具を取り出すと、法衣を脱ぎ慣れた手つきで切断面を縫い合わせ始めている。


「お見事。結構楽勝だったじゃないか」


「そんなことはありませんよ。正々堂々模擬戦として戦うなら、私が勝てる見込みはほぼありません。相手の動揺を誘って隙をついたに過ぎませんから」


 ロッディゲルスの称賛にライトは素っ気無く答える。実際、ライトが正式な試合形式で戦っていれば負けていた確率が高い。痛みを感じない身体とただの『治癒』とは思えない程の回復力。そして相手を一撃で葬れる怪力。自分の能力の全てを利用し、相手が実力を出し切らないうちに倒したに過ぎない。


「それでも勝ちは勝ちですしね。負けても次がある戦いはあまり経験がないので、私はこういう戦いしかできませんが」


 戦場に身を置き続けていたライトだからこそ、勝つために手段を選ぶ気は全くなかった。

 この場にいる冒険者たちはライトの戦い方に感心し非難するものは誰もいない。騎士や神官戦士は何か思うところがあるようだが、勝敗にケチをつけるほど愚かでもないようだ。


「お前、やっぱ頭おかしいんじゃねえか。たかが勝負で腕切り落とさせるなんて、頭悪すぎだろ。どうなってんだ、その頭」


 縫い物をしているライトの隣にしゃがみ込み、ファイリはライトの顔を覗き込んでいる。


「おや、姉狂いの不良二面娘じゃないですか」


「やめろ、その呼び方! あんまし舐めてっと、ひどい目に遭わすぞごらぁ」


 ライトより二歳若く十八のはずなのだが、年齢よりも幼く見えるファイリが凄んだところで可愛らしいだけなのだが、本人はかなり迫力があると勘違いしている。


「舐めるとはこういうことですか」


 額がぶつかるぐらい顔を寄せて、睨みつけていたファイリに、ライトは更に顔を寄せて唇が相手に触れるぐらいの距離になると、ゆっくりと口を開いていく。


「ひやぃっ」


 可愛い声を出し、慌てて距離を空け、顔を真っ赤に染めライトを睨んでいる。


「相変わらず、からかうと面白い反応をしますね」


「じゃれているところ悪いが、紹介してくれないか」


 ライトが座っている一人用のクッションに無理やり座り、半分を占拠してロッディゲルスがライトを見つめている。

 無表情にも見えるのだが、少し怒っているとライトは思った。ここでの付き合いでライトは何となくだが、ロッディゲルスの感情を読み取れるようになっている。


「彼女は聖イナドナミカイ学園の同級生ですよ」


「ほう、あの性格がひね曲がった女はライトの同級生か」


「誰がひね曲がった女だ、ああぁっ!」


 ファイリは駆け寄ってきて何故かライトの隣へ腰を下ろし、ライトを挟む形で二人が威嚇し合っている。


「だいたい、てめえはライトの何なんだ!」


「我はライトアンロックのパートナーだ。お互いの命を預けられる間柄だが、なにか」


 ロッディゲルスは勝ち誇った笑みを浮かべ、流し目でファイリを見て鼻で笑う。その仕草が余程頭にきたらしく、ライトの頭を押さえつけ身を乗り出す。


「あの、縫い物が……」


「ああんっ! 俺なんて裸体を見られたこともあるぞっ!」


「な、なんだと。どういうことだ、ライトアンロック!」


「あれは私が被害者でしょうに……」


 いがみ合う二人に挟まれた状態で、耳元で大声出され、ライトはうんざりとしながらも、法衣を縫う手は止めない。

 性格は度外視して考えると、美人二人に挟まれ羨ましい光景なので、嫉妬の視線が周囲から突き刺さっているのだが、ライトは気にしないことにした。

 ちなみに視界の端では懸命な救命措置が行われているのだが、ライトはそれも無視することにする。いざとなれば『治癒』を掛けるつもりなのだが、自分よりも優秀なミミカがついているので安心していた。


「エクス! 目を覚ましてエクス!」


「自分から勝負吹っかけて死にかけるなんて、カッコ悪すぎるよ! 早く起きなよ!」


 二人が意識を取り戻させようとしている懸命な声を聴き、さすがにやりすぎたかなと反省するライトであった。





「いやー負けた負けた。完敗だ! しっかし、俺が一撃でのされるとは。ライトてめえ、凄すぎるだろ」


 気絶から復活したエクスはあっさりと負けを認め、ライトの力を褒めたたえた。この戦いにより確執が生まれないかと、ヒヤヒヤしていた周囲の人々が安堵する。


「いえいえ。たまたま運が良かっただけですよ」


「謙遜するなって。万が一、運だったとしても、それも実力だ。冒険者は生き延びなければ意味がないからな!」


 負けたことで相手を恨むこともなく、こうやって相手の実力を素直に認められる心の強さに、ライトは少し感心した。腕に自信のある者程、自分が相手より劣る事実を認められない者が多い中で、エクスの気質に好感を持つのは当然とも言える。


「エクスさんも復活されましたし、そろそろこれからの事を話し合いませんか。ロッディゲルスがここの情報に詳しいので、まずは説明をお願いします」


 ライトに指名されたロッディゲルスが扇状に並んで座っている、一行の前に立ち説明を始めた。内容は以前ライトに話したことと、ほぼ同じだった。


 ここが古代の研究施設だということ。

 扉の役割。

 地の底にいるヤツの存在。

 あと数ヶ月で目覚める可能性が高いこと。


 これらの説明を終わると、ライトを除く全員が沈痛な面持ちで話を聞き終えていた。今いる状況がどれだけ絶望的なのかを理解してしまったようだ。


「ヤツを倒す方法は今のところ考えても無駄なのでそれは後回しにしましょう。問題はこれから先の階層です。この扉を抜ければ七十二階層なのですが、ロッディゲルスの説明によると、ここから先は階層の長さが極端に短くなるそうです。徒歩で二時間も歩けば次の扉へ到達する程度だそうですよ」


 長々と話し続けていたロッディゲルスの後を引き継ぎ、前もって説明されていたことをライトは皆に話している。


「となると、敵の密集具合に注意ということになるのか」


「いえ、ロジックさん。ここからの階層は、雑魚が一切出てきません。扉を守る強力な魔物のみが現れるそうです。そして、その魔物は階層内であれば自由に動けるので、ここから先は危なくなったら、安全圏に逃げるという手が使えません」


 ライトが今まで独りで生き延びられてきた最大の理由が、危険を感じたらその場から撤退し、相手の弱点や攻撃パターンを学び、何度も挑めた事にあるのだが今回からはそれが使えなくなる。


「なので、この先からは何時、どんな方法で敵が襲って来るか予想も付きません。そこで、皆さんに決断してほしいことがあります。ここで待つか先に進むか。今までなら、戦うメンバー以外は安全圏内で待つこともできましたが、そういうわけにもいかなくなります。厳しいことを言うようですが、ここから先、能力の劣る人は死にますよ」


 ライトの断言に数名が息を呑んだ。

 ここまで生き延びてきた彼らは確かに実力がある。このメンバーの最低ランクでも、これまでの戦いで鍛え上げられBランク上位程度の力はついているだろう。

 しかし、扉を守る魔物との戦いで彼らの活躍の場は殆どなかった。Sランク三名とAランク上位の十名がメインで戦い、彼らは周囲から湧き出てきた雑魚の処理を担当していた。ここからは、その強力な魔物のみとなる。自分がそこでまともに戦えるのか。微妙な境界線上にいる彼らは苦悩していた。


「ただ、ここで待っていても敵が現れる可能性がゼロだとは言えません。何が起こるかなんてわかりませんので。ですが、先に進めば恐るべき魔物が待ち構えていることは確かです。ここに残るというのなら、十分な食料を残していきますので、その点は安心してください」


 ライトは話し終えると、皆の反応を待った。

 Sランク三名とAランク上位の主力メンバーは迷いもなく進む道を選んだようだ。ライトを見つめる顔に悲壮感はなく、自信と意欲に満ち溢れている。

 更に二十名、Aランク下位から中位程度の実力者がいるのだが、彼らも同行する道を選ぶだろう。迷いが全くないとは言えないようだが、ここまできて立ち止まりたくないのだろう。この先にある栄光を掴みたいという願望も持ち合わせているようだ。数少ない生き残りの兵士や騎士は引くに引けない事情もある。


 問題はBランク上位レベルの面々だ。ファイリも含めた七名。彼らは全て聖職者であり、後衛の回復担当だ。彼ら回復役がいてくれたから、ここまでやってこられたといっても過言ではない。だが、ここから先、彼らを庇って進んでいける程、楽な道のりではないだろう。

 先を進むことを決めた人々は、正直彼らはここで待つだろうと考えていた。だが、彼らの予想は覆されることになる。

 Bランクグループのリーダー役とも言える立場にいつの間にか収まっていたファイリが立ち上がり、メンバーを代表して皆の総意を口にする。


「我々回復担当は皆さんについて行きます。ここから先の危険も承知の上で決断しました。いざとなったら切り捨ててくれて構いません。ですが、この命ある限り皆さんをサポートし続けるつもりです。あとまあ、正直に話しますと……私たちを置いていって、貴方たちが全滅したら結果は同じですからね。だったら少しでも可能性が高い方に賭けたいのです」


 そう言って、照れたように微笑むファイリの姿に何名かの冒険者が見とれてしまっていた。ミミカの影に隠れていて、あまり目立っていなかったのだが、ファイリもかなり整った顔立ちをしている。美人と呼ばれるに相応しい容姿に加え、逆境でも挫けぬ意志の強さを持つ笑みに、ノックアウトされた面々がいるようだ。


「わかりました、それでは一人も欠けずに進軍すると受け取ってよいのですね」


 全員が大きく頷いた。

 彼らの強い意志を感じ、ライトはこの穴に落ちてから初めて安心感を得た。独りでいたときの孤独感とは全く違う、大人数が一つの目的に向かって生まれた一体感。そのメンバーに自分が参加している幸せを感じている。


「では、皆さん準備をして、扉をくぐりますよ」


 各自の隊列を決め、体調を万全に整えると彼らは扉を開け放ち一歩踏み出した。

 そこから先は、更なる闇が口を開け待ち構えていたのだが、彼らはそれを知らない。


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