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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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過去編 確執

 虚無の穴に進行してきた一団は敵が全くいない状況に不信感を抱きながらも、一気に駆け下りていた。ここまでの行程で馬鹿な気を起こした三名ほどが処分され、現在四十名となっている。


「しっかし、ここまで敵がいないと全滅した可能性も考えていいんじゃないか」


 エクスは全身鎧を身にまとい等身大の両手剣を背負っているというのに、平然とした顔で先頭集団を走っている。


「そう思いたいところですが……闇の魔素が薄まるどころか、底へ近づくにつれ濃くなっていますので、可能性は低いかと」


 エクスの隣を走るミミカは法衣一枚という薄手の格好とはいえ、肉体派の走りに苦もなく追いついている。


「と、なると、この、状、況は、はぁはぁ、どう、説、明、すれば、よ、いの、で」


 数歩遅れて懸命についてきている、ロジックだったがその姿は息も絶え絶えで、そろそろ倒れてもおかしくない状態になっている。

 ちなみにファイリはBランクを集めた最後尾のグループにいる。


「ったく、お前ら気合が足りないぞ。これぐらい余裕だろ」


「あな、たの、ような、筋、肉バカ、と一緒に、しないで、ください」


 エクスが足を止め後続を待っている。隣に立つミミカはエクスと同様に息ひとつ切らしていない。


「ここで一旦休憩を取りましょうか。どうもこの先に何かがあるような感覚がするのです」


 ミミカの勘はおかしな程よく当たる為、エクスと隣で呼吸を整えているロジックの表情が真剣なものへと変わる。


「この一ヶ月、走ってばかりだったからな。腕がなまっていないか心配だぜ」


 ようやく追いついてきた後続が地面に座り込み体力を回復している中、エクスは少し離れた場所で両手剣を振り回している。その元気が有り余っている姿に、一同は苦笑いを浮かべるしかない。


「見慣れた光景とはいえ、あの体力どうなっているのでしょうか。僕には理解不能ですよ」


 自分の収納袋から取り出した布切れで、汗と眼鏡のくもりを拭っている。


「本当に、とても元気ですよね」


 そう言って疲れた様子を一切見せず微笑んでいるミミカにも、ロジックは同じような感想を抱いているのだが口には出さない。


「しかし、本当に何故敵が一体も存在しなかったのか。考えられる可能性を挙げるとすれば、本当に敵がいない……は、ミミカに言わせれば有り得ないっぽいし。最下層に敵を配置して待ち構えているというのは、どうだろうか」


「んで、そんな面倒なことすんだよ。罠とかなら、最下層にしなくてもいいだろ。そもそも油断を誘っているなら今襲えば結構効果的だろうが。一番底って言えば、親玉がいるか大事なものがあるってのが相場だ。大事なものを守るってのは理解できるが、権力を持つ者ってのは自分の場所は荒らされたくないんじゃねえか」


 いつの間にか近くで座り込んでいたエクスが、何かを頬張りながら意見を口にした。


「なるほどね、そういう考えもあるのか。でも、それ以外に考えられる原因って何さ」


「あのー誰かが倒したというのはどうでしょうか?」


 笑みを絶やさず頬に指を当てずっと考え込んでいたミミカが、ふと思いついたことを言う。


「誰か? 魔物同士の仲間割れというのは考えなかったな」


「いえ、魔物ではなく他の人が倒したというのはどうでしょうか」


 その説もありかと考え込むロジックにミミカは即座に否定する。


「ねえよ。そもそも四十個目の扉まで開いてなかったことに説明がつかねえだろ。あれか、穴から落ちた何人かが生き残り少数で扉を突破したとでも言うのか、ないない」


 自分の話した内容の荒唐無稽さに、エクスは思わず笑ってしまう。


「そうですね。ここでは移動魔法も使えませんし、穴に落ちた時点で助かる方法など、ほぼ無いと言っていいでしょう。重力を操る魔法なら可能性はありますが、あれは高等技術が必要な魔法の割に利用価値が少なく、使用者が少ない希少な魔法ですからね。それに万が一生き残れたとしても、準備もなしに生き延びられるとは思えません」


 ロジックの意見は正しいのだが、その条件を全て満たした男がいる可能性を微塵も考えなかったのは間違いであった。もっとも、ライトでなければ生き残れていなかったであろうが。

 ただ、口や頭でどれだけ否定していても、ロジックは一つ頭の隅に引っかかっていることがあった。道中で見かけた、中身が空の収納箱。幸運にも壊れずに無事だった収納箱は全て、開け放たれていて中身がなくなっていた。

 魔物が中身を食べたのだろうと結論づけたのだが、未だに違和感が拭えない。


「それはそうなのですが、もし、生き延びて扉を開放している人がいるなら、とても心強い仲間になってくれそうですね」


 ミミカは胸の前で手を組み、架空の人物を想像し目を輝かせている。


「そんな奴がいるなら手合わせ願いたいな!」


 エクスのあの笑みはミミカとは別物なんだろうなとロジックは思った。

 もし、あの収納箱から食料をあさり生き延びている人がいるとしたら。あまりに馬鹿げた考えに、ロジックは我ながら呆れてしまう。


「今までの流れだともう少しで扉です。もう少し休憩したら、一気に行きましょうか」


「俺は今すぐでも構わないぞ」


「僕たちが構うのですよ……」


「そう……ですわ……女性もいるので……すよ」


 追いついてきたファイリが荒い息を吐きながら、文句を言っている。


「しゃーねえな。一時間後に出発だ」


 その言葉を聞いて、他の面々はその場に本格的に休憩をしようと、収納袋から軽い食事や飲み物を準備し始める。


「いや、お前らちょっと待て。何かが近づいてきている」


 和み始めた空気が、エクスの一言で一気に引き締まる。座り込んでいた人々も立ち上がり、エクスが睨みつけている方向に視線を向ける。

 さすがここまで生き延びてきた精鋭たち。全員が一瞬にして戦闘態勢へと移行した。

 自分たちが進むべき方向から、何者かが近づいてくる。その姿は徐々に大きくなり、何者であるか判別できる距離まで近づいてくる。それが何であるか目視できた一同がざわめき始めた。


「お、おい、あれ人間だよな」

「ああ、白い服と黒い服の二人組に見えるが」

「何で人間がこんな場所にいるんだ。まさか、ここで生き延びていたのか」


 ライトとロッディゲルスの耳にも届いていたのだが、気にもせずに歩みを進める。


「お前らそこで止まれ」


 エクスは背中から両手剣を抜き放ち、剣先をライトたちへ向ける。

 距離にして十メートル離れた場所で、ライトは立ち止まった。


「てめえら何者だ。ってまあ、こんな場所にいるんだ、魔物だろうがな。また、人間に化けて何のつもりだ」


 ドッペルゲンガーに襲われた過去を思い出し、エクスの両手剣を握る手に力が入る。


「いえ、私は見ての通り聖職者です。こちらの美形は、私の友人で古代文明の研究者をしています」


 ライトの考えた作戦は単純で、自分は素直に名乗る。ロッディゲルスはこれから内部の情報やアドバイスをもらうときに怪しまれないよう、古代文明に詳しい学者という設定でいこうと。


「はっ、聖職者だ。嘘をつけ。黒の法衣ってのがまず怪しいが、その下に隠れた身体、相当鍛えているだろ」


 エクスはライトのちょっとした動作や雰囲気に、隠しきれない強者の気配を感じ取っていた。


「嗜む程度ですよ。独りで生き抜くには力も時に必要ですから」


「僕からも質問していいかな。どうやって、生き延びてきたのかな。そもそも、この穴に落ちて何故生きているのだい」


 ロジックが話に割り込み、ライトへ話しかける。その目は完全に疑いの眼差しなのだが、ライトは臆することなく、今までの経緯を話し始める。

 ただ、穴にロッディゲルスと一緒に落ちその後一緒に生き延びていたと、ロッディゲルスが関わる部分は脚色を加えたが、その他は素直に全て伝える。

 全員が黙ってライトの語りを聞いている。そして、全てを話し終えたライトが相手の様子を窺うと――ほぼ全員が何とも表現しづらい顔をしていた。ただ、断言できるのは、誰も信じていないだろうということだ。


「その荒唐無稽な話を信じろと? たった二人で、ここの魔物を倒し、そればかりか扉を守っていた強力な魔物も倒して進んできたと」


 エクスの体感では扉を守っていた魔物たちは弱くてもBランク上位、強い相手ならAランク上位に達していた。自分たちならSランク三名にAランクも十名以上いるので、楽勝とまではいかないが、倒すことはそれ程、苦ではない。

 実際、今までの行程での死者は、功を焦り先走った馬鹿か、物量で攻めてきた魔物に殺られた者ばかりだ。扉前の戦いでの死者は驚く程少ない。

 だが、あの魔物を一人で倒せるかと聞かれれば、自分の腕に自信があるエクスであっても頷くことができない。SランクであってもAランク上位の魔物を、一人で倒すのは至難の業だ。ただ、ミミカと組んでいいなら勝てる自信はある。

 となると、目の前の二人はSランクかそれに匹敵する強さということになる。そこまで考えをまとめると、エクスはロジックとミミカに声を掛けた。


「お前たちどう思う。あいつの言うことが本当なら、かなりの強者なのだが、俺は見たことも聞いたこともない」


「そうだね。Sランクに近い実力がなければ納得できない話だよ。もちろんSランクは全て把握しているが、あんな目立つ容姿の二人組は聞いたこともない。Aランクの有望株もある程度把握しているけど……当てはまる冒険者に心当たりはないね」


 ロジックは警戒を解くこともなく、いつでも魔法を発動できるように杖を構えている。


「私も高ランクの人たちは一通り覚えていますが、教団にもそんな人はいないと思うのですが……何かが引っかかっているのです。黒い法衣の聖職者というのに」


 ミミカはその実力を生かすために、各地を回り問題を解決しているので、ライトの事をよく知らなかった。これが首都に勤めている聖職者なら、ライトの噂を聞いていた可能性が高いのだが。


「すみません、姉さま。残念ながら私、あれ知っています」


 ミミカの横に歩み出たファイリがライトを指差している。何故か苦虫を噛み潰したかのような顔をしているが。


「どういうこと」


「少し話をさせてもらいます」


 そう言うと、三人が制止する間もなくファイリがライトに向かって進み、口を開いた。


「何であんたがここにいるのよ。ライトアンロック!」


「おや、こんなところで会うとは奇遇ですね。お久しぶりです。暫く見ないうちに大きく……はなっていませんが、立派になって」


 思いもよらぬ相手との再会にライトは結構驚いているのだが、表情にも態度にも全く出ていない。


「うっさい、どこ見て言ってんだ、バカ! 姉さま。あのニヤついた顔と物言い、学園で同級生だったライトアンロックに間違いありません」


 その言葉にミミカは何かを思い出し、大きく手を叩いた。


「あー、ファイリがよく話してくれていた、怪力の男の子ね。なるほどー。うんうん、この子がそうなのね」


「お前たちだけで納得されても困るんだが」


 両手剣をライトに向けたままで警戒している自分が少し、場違いな気がしてきたエクスだった。


「失礼しました。彼はライトアンロック。私と同期です。神からの贈り物(ギフト)を与えられし、聖職者ですわ」


 特別な人間に神から授けられる贈り物。この力を得たものは、聖職者の間では特別な存在とみなされ、格上の扱いをされることが多い。それを認識した上で、この場にいる人々を納得させる為に、あえて贈り物(ギフト)所有者であることをファイリは暴露した。


「おっ、贈り物(ギフト)持ちか。なら、生き延びてこられたのも、少しは納得いくが……ちなみに、贈り物(ギフト)の内容は何なんだ」


 能力をばらされるのはメリットよりもデメリットの方が大きい。非常手段として、ファイリは口にしたがこれ以上は自分からは言えないと、ライトの方を見た。


「私の得た力は怪力ですよ」


 ライトは気にする様子もなく、さらっと口にした。


「お、それじゃ俺と同じだな! 俺も怪力の贈り物(ギフト)持ちだぜ。何だ仲間じゃねえか、ガハハハハ」


 豪快に笑うエクスは警戒を解き、剣を鞘へ収めた。


「ファイリの知り合いみたいだし、信じてもよさそうだね」


 ロジックも構えていた杖を下ろす。


「ライト君は納得いきましたが……貴方、何者ですか」


 ミミカだけが警戒を解かず、鋭い目つきでライトの後方に控えているロッディゲルスを睨みつけている。


「我はライトが説明したはずだが、古代文明の研究者をしているロッディゲルスだ」


「その研究者が何故、微量ですが闇の波動を体から放出しているのですか」


 その一言に、安心していた一同は慌てて構え直す。


「これは異なことをおっしゃる。闇の波動が見えるなどという戯言は聞いたことがないのだが」


 ロッディゲルスは気にした様子もなく微笑する。


「そうでしょうね。これは私の贈り物(ギフト)だからわかることですから。この神眼はあらゆる幻をかき消し、属性を見抜くことが可能なのです」


 ミミカの青い瞳が金色に輝く。ライトはその瞳を見つめるだけで吸い込まれるような錯覚に陥っていた。


贈り物(ギフト)ですか。それも神の名がつくということは特別な贈り物(スペシャルギフト)


 ライトの呟きにミミカは意外そうな表情を浮かべる。


「よく知っていますね特別な贈り物(スペシャルギフト)のことを。このことは当人か国の上層部しか知らないはずなのですが」


 贈り物を与えられた者ですら希少だというのに、特別な贈り物となると希少どころか、その存在を知る者すら殆どいない。


「一応、知り合いにいますから」


「まあ、そうなのですか! 私は自分以外の特別な贈り物(スペシャルギフト)の所有者にあったことがないのです。よかったら今度ご紹介願えませんか」


「じゃあ、今度、首都の喫茶店で打ち合わせでもしましょうか」


「うふふ。楽しみにしていますね。そうそうそれなら、美味しいお菓子を出すお店が」


 険悪な空気は消え去り、二人は井戸端会議でもしているかのような雑談が始まろうとしていた。


「いや、和むなよ。闇属性のくだりはどうなった」


「姉さま、もう少しシリアス頑張って!」


 エクスの呆れ声と、油断をすると話が直ぐに本線からずれる姉への声援が飛ぶ。


「はっ、危うく巧みな話術に誤魔化されるところでした」


 ミミカの後方にいる全員が否定の意味を込めて、ないないと手を左右に振っている。


「神眼の前で嘘をついても無意味ですので、正直に話しますね。ロッディゲルスは、かなり珍しい闇属性魔法の使い手なのです。あまり知られていないことなのですが、古代文明と闇属性は切っても切れない間柄でして、施設の起動に関わる魔法が闇属性魔法であったり、遺跡から発掘される魔法書の割合が、闇属性魔法率が高かったりするのですよ。元々魔法の素質が高かったロッディゲルスは、研究を進めるため闇属性魔法を習得し今にいたるわけです」


 ライトは前もって考えておいた作り話に、状況を考慮して付け加え、それっぽい話を即座に作り上げる。


「確かに、古代遺跡の装置は闇属性に反応するものが多い。僕もそれだけのために、闇属性魔法を初歩中の初歩だけど覚えたからね」


 ロジックは記憶を探り古代文明への知識を披露する。意外なところからの助け舟にライトは飛び乗ることにした。


「そうでしょう。ロッディゲルスは古代文明の謎を紐解くために、関連するあらゆる文章を読みあさり、公には知られていない数々の闇属性魔法を復活させたりもしているのですよ。なので闇魔法を巧みに操ることも可能なのです。その闇の波動とやらが見えたのも、頻繁に闇魔法を使っている余波のようなものが残っていたからではありませんか」


 ライトはいつもより早口でまくし立てている。昔母に習った、嘘をつくときのコツというのを思い出し実行している。

 ライトの母は「嘘をつくときは嘘の中に真実を混ぜること。それにより信憑性しんぴょうせいが増すから。あと相手に考える隙を与えず、早口で攻めるのも有効よ!」と子供に教えてはいけないと思う内容を、平然と教えるような人だった。


「そう言われると、闇の波動は、ほんの少しだし勘違いなのかしら。でも何で、燕尾服を着ているのかしら」


 自信なく呟いたミミカを見て、ライトは、もうひと押しだと判断した。そして、とどめの追い込みに、頭の中で整理したもっともらしい言い訳を言おうとした、その時。


「あーもういい! お前ら無駄に考えすぎだ。今重要なのはそんなことじゃないだろ。こいつらが何者であれ、ここに来るまでの敵を倒して扉を解放してきたのは事実だ。それは間違いないよな、ロジック」


 それを遮ったのは、エクスの怒鳴り声だった。髪の毛を掻きむしり、両者に鋭い視線を飛ばす。


「ああ、それが彼らの仕業なのか断言はできないが、可能性は一番高いだろうね」


「だったら、それでいいじゃねえか。扉を開放して奥に進んでいるってことは、俺たちと目的は一緒だろ。こいつらが何者でも関係ねえよ。もし、こいつらが人間じゃなかったとしても俺は一向に構わないぜ」


 エクスは獰猛な笑みを浮かべ、ロッディゲルスをちらっと横目で見る。


「それにだ、ライトとやらの方は、ファイリに確認が取れているんだ。だったら、もう片方が誰であろうと友人ならいけるだろ」


「安易過ぎますが、そうですね。エクスは馬鹿だけど、ものの本質は見えているのだよな」


 ロジックは呆れながらも、エクスの時折見せる鋭さに関心はしているようだ。


「でだ、そこで、唯一ここで証明できることは、こいつらの強さが本物かどうかだよな。どうだ、お前。ライトでいいよな。ライト俺と一つ手合わせしてみないか」


 満面の笑みを浮かべライトを見ているエクスが、今から遊びにいくのを楽しみにしている子供のように見える。

 ライトは暫く考えるが、これといった解決策も考えつかなかったようで、申し出を受けることに決めた。


「構いませんよ。その代わり条件が一つ。この戦いで私が負けたらどんな質問にも包み隠さず答えましょう。ですが、私が勝った場合、私やロッディゲルスに対しての追求は出来るだけ避けていただきたい」


「ほう、Sランクの俺に勝つつもりなのか。いいねえ。面白いぞライト。その条件呑んだ!」


 Sランクである自分と戦うというのに、物怖じすることもなく、ましてや勝利後の条件を突きつけてくるライトに、エクスは惹きつけられていた。


「また勝手に決める……ここを生き延びた自信があるのだろうけど、それはこちらも同じ。大穴を潜ってから僕たちもかなり強くなっているからね。Sランクとの差はそう簡単に縮まるものじゃないよ。ロッディゲルスさんだったかな、止めないのかい。エクスが手を抜いてくれたとしても、骨の一本は覚悟してもらわないといけないよ」


 ロジックはこの後の展開を予想し、ロッディゲルスに忠告する。

 その言葉に振り向いたロッディゲルスは、不思議な生き物を見たかのような表情をしてロジックを見ている。


「ふむ、我が心配しているのは、むしろ彼の方なのだが」


 表情も変えず二人を見ているロッディゲルスの落ち着きぶりに、ロジックは感心してしまう。それ程までに、相棒に対して信頼を置いているということに。

 それは素晴らしいことなのだが、冷静に戦力差を見極められないのは仲間としての感情とは別の感情も入っているからではないのかと、勘ぐってしまう。


「ファイリは止めなくていいの? お友達なのでしょ」


「友達じゃないです! でもまあ、友達だったとしても止める気はないです」


「あら、どうして」


 妹の口から出た意外な言葉に、ミミカは素で驚く。


「一度見たかったのですよ。あのバカが本気で人と戦う姿を。こてんぱんにやられたらいいのよ」


 口ではそう言っているが、ミミカの目には妹の顔が、心配と期待の入り混じった表情に見えた。


「あらあら、ふふふ。エクスも油断できない相手みたいね」


 向かい合う二人から自然と人が離れていく。十分な距離まで周囲の人が離れたのを確認すると、エクスは背負っていた両手剣を鞘から抜いた。


「それじゃあ、楽しもうか!」


「いえ、別に楽しみではないです」


 後に伝説の剣聖と呼ばれるエクスと、暗黒のひきこもりと呼ばれるライトの一対一の戦いが始まろうとしていた。



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