過去編 醜い争い
激戦を終え、扉の前で座り込み体を休めている、ライトとロッディゲルスの二人がいる。
急造のコンビだったにも関わらず、これまでの戦いで二人はまるで長年連れ添ったパートナーのように、戦闘中の連携も見事なものだった。
そもそも、二人の能力の相性が良かったというのもあるだろう。
闇の鎖を操り、牽制と防御に優れた、ロッディゲルス。
聖属性の魔法と怪力の相乗効果で、他を圧倒する攻撃力を誇る、ライトアンロック。
お互いに欠けていたパーツが埋まったことにより、二人は自分の力を思う存分発揮することが可能になった。
今回の扉を守っていた魔物との戦いにおいて、極端な例えだがライトが二人いても勝てなかっただろう。ロッディゲルスが二人だったとしても倒すことは叶わなかったはずだ。
二人共それを理解した上で、二人は同じ想いを抱いていた。
それを口にしようと相手に顔を向けると、お互いが見つめ合う形になってしまった。
真剣な視線が絡み合い、もう少し顔を前に動かすだけで、触れ合えるそんな距離でライトは唇を動かす。
「とどめは自分の一撃でした」
「いいや、違う。この戦闘において一番重要な場面は、範囲魔法を防御した時だ。あれは我の防御魔法により相殺されたのだ」
「真実は時に厳しく時に残酷なのは理解しています。ですが、それを認められるかどうかで、その人の器が決まるのです」
「では、キミこそ認めたらどうだい。我の勝ちを。そして、賭けていたプリンを我に譲るべきだと」
「心情的には貴方にプリンを譲ってあげたい。心からそう思います。ですが、残念なことに私は神に仕える身。不正を許すわけにはいかないのです。そもそも、貴方は魔族なのですから、多めに食事取らなくてもここの闇の魔素だけでいけるのでは」
「それは間違った認識だ。確かに生きるだけなら、闇の魔素に溢れているこの地なら食事は必要ないだろう。だがそれは生命を繋ぎとめるだけなら、だ。戦闘で疲労した体や魔力を補うためには栄養を多く摂取しなければならない。よってプリンは我が元へ来るべきだ」
聖職者と魔族の醜い争いが勃発した。
事の発端は、六十二番目の扉を守る魔物を倒し、一息ついていた場面に遡る。
虚無の大穴に落ちてから、運の良いことに二人は食事に困ったことは殆どなかった。
そもそも、ロッディゲルスは千年もの間、戦いもなく過ごしていたので大気中の魔素を取り込むだけで生きていられた。それに闇属性魔法により、闇の中に大量の食物を保存していたので、たまに何かを口にしたくなった場合はそこから取り出していた。当初から千年の長きに渡り闇属性を放出する予定だったので、備蓄は完璧であった。
ライトは初めから大量の備蓄があったのと、途中、民家や商店跡から食料を大量に手に入れていたので、こちらも食べていくには何も問題はなかった。
だが、そんな二人にも希少で大切なものがあった。それがお菓子類である。
ライトは昔から甘いものに目がなく、ロッディゲルスも同様に甘いものが好きである。
収納袋の中には常に甘味が入れられていた。穴に落ちてから、普通の食料品は大量に手に入れられたのだが、甘味類が殆ど手に入ることはなかった。
常備していた甘味は節約していたというのに四ヶ月でなくなり、それから二ヶ月、甘いものを口にすることがなく日々を過ごしていたのだが、ある日、ライトは壊れた看板を見つける。
ライトはその看板に書かれた文字を見て、手の震えを抑えることができなかった。そこには大きな文字で『菓子、ケーキの店』と書かれている。
その瞬間、ライトは敵に発見される危険を無視し、光量を上げた聖光弾を頭上に打ち上げた。その明かりの下で彼は瓦礫の中から必死になってある物を探していた。
「ありましたよ! 収納箱」
ライト一人が入れそうな、頑丈な鉄の箱を見つけ満面の笑みを浮かべた。
この収納箱というのは、収納袋と同じような性能をもつ魔道具である。食品を扱う店にはあって当然、必須の道具である。
多くのものを詰められ、そこに入れたものは時の流れが止まるため、食料品の鮮度が落ちることはない。ここまでは収納袋と同じなのだが、収納袋と異なる点が二つある。
まず言えるのが、異様に重いこと。収納箱は基本的には収納袋より容量が大きく、大量に収納できる反面、重さが尋常ではない。
店で使う分には固定式で重くても問題がないため、収納箱は重宝されている。
もう一つの点が、その耐久性だ。一般的な収納袋は普通の袋と比べて頑丈に作ってはいるが、刃物で切られれば傷もつくし、破れもする。だが、この収納箱はかなり頑丈に作られている。収納の容量を増やすために、箱自体が魔力を帯びた金属で作られているから、というのが魔道具技師の言い分らしい。
重いというのは不便だが、頑丈だというのは商人にとってありがたいことだった。荷馬車で大切な荷物を運んでいて、何かしらの原因で衝撃を受けても壊れないというのは、収納箱としても売り文句になる。今は、収納力に限界がきたため、もっぱら頑丈さに力を注ぐ魔道具技師が増えてきている。
そのおかげで、ライトの前に無事な姿で収納箱があるわけなのだが。
そうして幸運にも大量のお菓子、ケーキ類を手に入れ、穴に落ちてから大事な日や疲れた時に、残りを気にして計画的に菓子を楽しんでいたライトだったのだが、ロッディゲルスと出会い、六十二番目の扉を開放した日、菓子の存在に気づかれてしまった。
「ライトアンロック君。キミが手にしているのは、我の間違いでなければケーキではないか」
「ええ、そうですよ。運良く手に入れることができましてね。更に運の良かったことに、名店だったようで、かなり美味しいのですよ」
食後にケーキを頬張りながら、返答をする。
「ふむ、我々は大切な仲間だ。共に苦しみ共に喜びを分かち合うべきだと思うのだよ」
「ええ、そうですね。その通りだと思います。あー、このクリームが絶品ですね」
ロッディゲルスの視線はライトの手にあるケーキに集中している。それを知ってか知らずか、ライトは大きな口を開けかぶりつく。
「あああっ、ごほん! そこでだ、甘いものというのは疲労回復によくきくという。我々は運命共同体。回復を怠っては戦いで本領発揮できないことも考えられる」
「無いとは言えませんね。うんうん、フルーツの酸味が良いアクセントになっています」
ライトの手に掴まれたケーキは、残り四分の一もない。ロッディゲルスは無意識のうちに、そのケーキへ顔を寄せながら話している。
「我も少し疲労を感じていてな……そこで、相談なのだが。そのケーキを我に譲るというのはどうだろうか。もちろん、それ相応の対価を用意しようではないか」
「食べかけのこれですか? 私が口をつけたものになりますが、よろしいので」
それを聞いた途端、少しだけ頬が赤くなる。
「構わん。背に腹は変えられぬからな。いや、悪い意味ではないぞ。別に嫌ではないというか、いや、それだと違う意味にとられて……いやそのなんだ、気にせぬということだ!」
ロッディゲルスは胸の前で腕を組み、大きく頷いている。
「私が恥ずかしいので却下です。あむ」
残りを口に放り込むと、ライトは満足げに咀嚼して飲み込んだ。
「な、な、なんということをっ! 私の苦しむ姿を見て楽しんでいるだろ! わざとか!」
「何をおっしゃるのですか。私がそんなに、意地悪に見えますか」
指に残ったクリームを舐めながら、ライトはそう言う。
「見える! 最近わかってきたのだが、基本はとても優しく口調も丁寧だが性格が悪い! いけずだ!」
涙目で詰め寄るロッディゲルスに少々やりすぎたなと、ライトは額に汗を浮かべている。
「すみません、すみません。ちゃんと貴方の分もありますから。チョコケーキにします? プリンもありますよ」
「……プリン」
(拗ねて怒ったような顔も魅力的なのは、美形の特権ですかね)
ライトが収納袋からプリンを取り出すと、ロッディゲルスは目にも止まらぬ速さで奪い取り、ライトに背を向けて一心不乱に食べている。
「台無しな姿ですが。別に奪いませんから、落ち着いてください」
「やらんぞ、これは我の物だ。ちなみにあと幾つあるのだ、お菓子は」
プリンを隠すような体勢のまま、顔だけこちらに向けている。
「ケーキやプリンは合わせて四十ぐらいでしょうか。あとはクッキー等の焼き菓子が、同じぐらいの量ですね」
「となると、残りも貴重だ。ふむ、では、ヤツにたどり着くまで扉があと十八ある。一つ扉を解放する事に、焼き菓子以外を一個ずつ食べるというのはどうだ」
「あ、もう、貴方が食べることは決定事項なのですね」
「なんだ、くれんのか……」
久々の甘いものに、ほころんでいた顔が、一気に暗い表情になる。
「いえいえ、美味しいものは一緒に食べたほうが美味しいですからね。二人で頂きましょう。ですが」
この娯楽のない空間で少しでも楽しみを増やせればいいと思ったライトが、気軽に口にした言葉で、これ程の騒ぎになるとはこの時、思ってもいない。
「普通に食べるのも面白くありません。どうです、戦闘でもっとも貢献した方が、相手のお菓子も食べられるというのは」
それを聞いた、ロッディゲルスの口元が邪悪に歪む。
「ほほう。我と勝負したいと申すか。よかろう。キミはその怪力で自信があるようだが、甘いものへの執着心見せてくれよう」
「では、そういうことで。もちろん、戦闘中の妨害は禁止ですよ」
「むろんだ。勝ち進むことが優先である。それを履き違えはせん」
「交渉成立です」
これが原因となり、冒頭の騒ぎである。
「結局今回もどっちが活躍したのか、ハッキリしないですね」
「そうだな、第三者からの客観的な意見が必要だ」
「といっても、誰もいないですから」
周囲を見回してみるまでもなく、二人以外誰もいない。
「その事に関連するのだが、良い知らせと悪い知らせが一緒になってやってきた。聞きたいかい?」
扉に片手を付いた状態で、ロッディゲルスは渋い顔をしている。
「そういうのは、どっちから聞きたいと尋ねるのでは?」
「最近はそういう習わしがあるのか。すまんな、最近の時勢には疎くて。それでどうする。結構重要な話なのだが」
軽く流せばいいものを、生真面目な性格が災いして、確認をとるところがロッディゲルスらしい。
「話の腰を折って申し訳ありません。お願いできますか」
「ああ、実は人間たちが大量にやってきている。それもすぐそこまで」
感情のこもってない声で、淡々と話している。
「え、ええ? すぐそこまで? それも大量にですか。どれぐらいの距離で、何人ぐらいなのですか」
余りにも平然と話すので、驚くタイミングを逃し、ライトも普通に質問を返してしまう。
「ここで待つなら、あと半日もすれば追いつくだろう。人数は四十名のようだ」
「そんなに近くに来ているのですか。それも四十名の大所帯。よく無事でしたね」
自身があれほど苦労した道中を四十人も抜けてきたのかと、ライトは心底感心している。
「いや、当初は五百七名いた。それが今や四十。それに、彼らはかなり楽だったはずだ。キミが倒してきた四十階層からは、敵が全くいないはずだから」
「五百人以上ですか、かなりの犠牲者が出たのですね。しかし、ロッディゲルス。何故そんなに詳しいのですか。まるで見ていたかのように」
五百七名とまで正確に言えるということは、情報を確実に得る方法があったということだ。
「それは、ここの研究員はこうやって扉に触れると、全ての扉にアクセスができ、何時、何人通ったのか瞬時に知ることができる。ただし一がつく扉でしか情報を得ることができない。キミと会ったあの時はまだ侵攻してきていなかったので油断していた。かなりの進行速度できている。それを参考に前の扉を潜った時間から計算して、あと半日だと判断した。七十一階層に到達した今日まで情報を得る機会がなく、伝えることができずに、すまない」
ロッディゲルスはライトを正面から見据えると頭を下げた。
「貴方が謝る必要はありませんよ。問題はこれからどうするかですね。相手に合流するか、このまま先行するか。まあ、後者は無理っぽいですが」
「確実に追いつかれる。そして、もう一つ問題がある。そっちの方がかなり重要案件なのだが。彼らが第一階層から潜ってきたということは、第一から四十階層までが解放されてしまったということだ」
そこでようやく事の重大さに気づいたライトは、思わず顔が引きつる。
「扉はヤツを弱体化させる装置でもあったのですよね。ということは、つまり……どれだけの影響があるのでしょうか」
「何もしなければ、ヤツは本来の力の七割は出せる。解放されていなければ四割程度で済んだのだが」
予想以上の強化率にライトは大きくため息をついた。ここでもう一つロッディゲルスに聞いておきたいことがあるのだが、その解答によって未来が大きく変わるため、ライトは問いかけるのを躊躇ってしまう。
だが、事態を見極めるためには、ライトにとって迷う時間も惜しかった。意を決し、その疑問を口にする。
「貴方が話していた施設の力を使って押さえ込める力はどれぐらいなのですか」
瞼を閉じ、暫く黙っていたロッディゲルスは大きく息を吐き、話し出す。
「二割程度だ。本来なら扉を利用した封印装置で相手の力は四割しか発揮できず、そして更に施設の特殊装置で二割減。ヤツの本来の力を二割しか出させずにすむはずだったのだが、とんだ誤算だ」
扉を全て解放させてしまえば、ヤツは特殊装置を使っても五割、半分の力を発揮させてしまう。それは、どれ程の力になるのか――ロッディゲルスが顔面蒼白で小刻みに足踏みをして爪を噛んでいる姿を見る限り、その力に対抗するのは絶望的なようだ。
「なるほど、数値的に絶望的なのは理解できました。ま、それは置いておいて」
「置いておくのか!? キミは事の重要性を理解し」
「していますよ」
ロッディゲルスの言葉に被せて、最後まで言わせなかった。
「その焦りようです。きっとSSランクに近い強さ、いや、下手したらSSランク以上なのでしょう。ですが、所詮それは人が決めた強さの基準でしかありません。いいですか、どんな時代もそんな力を乗り越える力というのは簡単に得られるのですよ」
「なんだと。そんな力が存在しているというのか。それも簡単に得られるだと、一体どのような力なのだ」
「それは……愛と友情と信仰心です!」
拳を振り上げたポーズのまま微動だにしないライト。それを冷たい目で眺めているロッディゲルス。場に冷たい空気が流れた。
「さて、場も温まってきたことですし、次の議題へ」
「温まってないぞ、むしろ氷点下だ。それに何の解決策も見出してないではないか」
「そうでしたね。では、建設的な意見を交わしましょうか。後続と協力してヤツに挑んだと仮定して、勝率はどれぐらいだと予想されますか」
ロッディゲルスは腕を組み、頭をゆっくりと回し始めた。
「それは何とも。彼らの実力が不明だからな。ただ、三十階層以降は扉を守る魔物は最低でもAランク。そして、この進行速度の速さから考察するに、Aランク以上が数名。Sランクがいる可能性もある。最も希望的な未来を予想するなら、勝率は二割といったところだ」
「上等じゃないですか。五回殴れば一回は当たる確率。一撃でも当てられるなら、勝ったも同然ですよ」
ライトはメイスを握り締め、豪快に振り回す。素振りをする度に、轟々と風を巻き込み破壊する音が響く。
「全く、キミという男は……聖職者とは思えぬ発言だな。だが、うじうじ悩むよりいい。そうだな、後続と合流して共に戦おう。そうなると次の問題は、我の身元をどうするかだが」
バカ正直に魔族であることを話せば混乱が起き、高確率でロッディゲルスを倒そうとする者が現れるだろう。ここは正体を偽るべきだと二人は判断する。
「そこは、上手く合わせてください。私がなんとか誤魔化します。聖職者ですから、ありもしないことを認めさせるのは得意ですよ」
そう言って悪びれもせず微笑むライトの姿を見て、イナドナミカイ教のお偉いさんから煙たがられている理由が、少しわかったロッディゲルスだった。




