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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
3/145

死者の街

「思ったより楽でしたね。さて、ロッディゲルスの様子は」


 振り返ると、無数の屍が転がる中心で高笑いを続けているロッディゲルスの姿があった。

 打倒された魔物たちが消滅するときに放つ、光の輝きに足元から照らされる姿は何処か幻想的にすら見える。


「楽しんでいるところ申し訳ないですが。私は死者の街に戻ります。貴方はどうしますかー」


 橋の反対側にいるため大声で呼びかける。

 距離が結構離れているので聞こえるか疑問だったのだが、どうやら聞こえたらしく、ライトに振り向き走り寄り、そこから跳んだ。

 放物線を描きライトの目の前に着地すると、足元の汚れを払うような素振りを見せている。


「十メートルはある距離を軽く跳びますね、相変わらずの身体能力ですか」


「いや、キミに身体能力を感心されたくはないのだが」


 人間離れをした力を持つ人間に感心されて、微妙な表情を浮かべている。


「で、どうしますか?」


「ふむ、久しぶりに我もお邪魔するとしよう」


「それでは帰還しますか。死者の街へ」





 あれから徒歩十分ほどで死者の街入口へと到達した。

 何度か魔物が襲っては来たのだが、大勢に囲まれない限りは問題がない。ましてや今は魔族のロッディゲルスもいるため、苦もなく返り討ちにしていった。

 街は高い塀で囲まれており、鈍い輝きを放つ大きな門がこの街唯一の出入り口になる。

 その門の前には二人の門番がいる、黒い全身鎧を身にまとい手に槍を常備している。


「いつもご苦労様です。通っても宜しいでしょうか」


 ライトは軽く頭を下げ、いつものように声をかける。


『おーライト殿。今日はお早いお帰りですな』


「ええ、道に迷った冒険者の方々を手助けしましたし、ある程度の魔物も成仏させてきましたので、今日はこれくらいにしておきますよ。それに友人もいますからね」


 門番たちは体ごとライトの後方に控えていた、ロッディゲルスに向き直る。


『これはこれは! ロッディゲルス様ではありませぬか。お久しゅうございます』


「そんな大げさに反応しなくてもいいよ」


『そういうわけにはいきませぬ。本来なら頭を地につけるべきなのですが、我ら二人頭がありませぬので、それは勘弁いただきたい。はっはっはっは!』


 申し訳なさそうに頭をかく素振りをするのだが、鎧の首から上には何も存在していなかった。

 彼ら門番は闇属性の魔物――首なし騎士である。

 門番が合図をすると門がゆっくりと開いていく。門の内側から押し寄せる、生ぬるいような空気を肌で感じライトは人心地をついた。





「取りあえず、お世話になっている宿へ向かいましょうか」


「ふむ、久方ぶりなものでよくわからぬ。キミに任せるよ」


 門から少し離れた距離にあるので、慌てる必要もないのでのんびり歩いていくことにした。

 街中は多くの人々が行き交っている。

 鎧を身にまとい剣を背負った冒険者らしき者。荷物を背負い足早に走り去る者。主婦らしき女性たちが集まり井戸端会議を開いている光景。

 どんな街でも普通に見かける、そんな日常の一コマなのだが普通の街とは呼べぬ違いがここにはある。どうやっても覆すことができない大きな相違点が。


「おー、ライトさんじゃないか、何か買っていかないかい?」


 道の脇に建てられている露店から、元気な声で呼び止められた。

 頭に大きな赤いリボンをつけた、十代後半の若い女性。体が半透明でなければ、ただの人間に見える。


「何か掘り出し物でもある?」


「栄養がたっぷり詰まった健康補助食品があるよ!」


「……ここ、私しか生者いないのですが、需要あるので?」


「そうなのよ! だから全然売れなくて困っているのよ! みんな健康には無頓着だから!」


「そりゃそうだろう屍人なのだから」


 冷静にツッコミを入れたロッディゲルスの存在に今気づいたようで、女性は身を乗り出しライトを手で押しのけ、ジロジロと観察している。


「誰この美男子! あれ、美女? どっちかわからないけど、美形であればどっちでもいいか!」


「なんだこのかしましい娘は」


 ロッディゲルスは半身を逸らし、しかめっ面をライトへ向けている。


「そんな、あからさまに嫌そうな顔をしない。彼女は二年前にこちらへやって来た、ミリオンさんです」


「どうもー。商人見習いのミリオンでーす。大事な荷物を運んでいる途中で死んじゃって、気づいたらここにいましたー。雑貨屋やってまーす。よろしく!」


 元気に挨拶をしているミリオンの顔には、死者であることの悲壮な雰囲気は何処にもない。


「ふむ、変わった娘だな。ここの住民であるということは、何かしらの心残りがあるはずなのだが、それを微塵も感じん」


「心残りかー。あるにはあるんだけど、どうしようもないし悩んでも無駄かなって思うの!」


 一瞬だけ彼女の顔に陰りが見えたのをライトは見逃さなかった。

 ここの住民は心残りがあり成仏できない死者たちである。この世界における人の死には二種類がある。一つは死を迎え死者の国へと送られる者。もう一つは、この世に未練があり魂が世界に残り続ける者。

 非業の死を遂げ恨み辛みを残し死んでいったものは、悪霊や魔物へと生まれ変わる。死の峡谷で現れた魔物たちがそうなる。

 この死者の街に居る者は、恨み等ではない何かしらの心残りがある。


 ある者は友との果たせなかった約束。


 ある者は残してきた家族への想い。


 ある者は自分の進んできた人生への後悔。


 多種多様、人の未練が集まる街。仮初の体を与えられ、いつ果たせるかわからぬ想いを抱き続ける死者の街。

 ライトは自分がここにいる理由を改めて思い返し、深く息を吐いた。


「さて、健康補助食品は次の機会ということで、また今度冷やかしにきますよ」


「あいよー。今度は何か買っていってよ!」


 歩き去る背中にかけられた声に、軽く手を挙げて応えておく。


「久々にこの街に来たが、住民がかなり入れ替わっていないか?」


「そうですね。想いが叶ったのではないですか」


 ライトはこの街の住民が好きだ。

 ライトの周囲にいた多くの人々と違って、金や権力に縛られることのない死者は素直だ。

 産まれてから村の人には化物扱いされる日々。この力が利益になると知ると、掌を返し群がってきた媚びた笑みを浮かべる人々。

 人間の汚い部分を見せつけられて生きてきたライトは、軽い人間不信になっていた。聖職者となった後も未熟な神聖魔法により、冒険者パーティーに誘われることもなく、人と群れることが苦手だったライトは独りで活動をしていた。

 だからと言って人が嫌いなわけではない。育ての親に無償の愛を注がれ、数少ない友人にも恵まれていた。

 ライトは自分が大切に想う相手には情が深い。

 だから、彼はここに居座り続けている。

 きっかけは何にせよ、今は自分の意志でここに滞在し続けている。

 

 奇妙な聖職者と呼ばれようが。


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