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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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過去編 進軍

 ライトが順調に進んでいる四ヶ月の間に、地上にも動きがあった。地上に湧き出てきた魔物たちの討伐に目処がつき、虚無の大穴への進軍が開始されたのだ。

 そのメンバーは虚無の大穴の領地内である神聖イナドナミカイ国から、兵士、聖職者、神官戦士等、百五十名。

 周辺の各国から、兵士傭兵が百十五名。

 どの部隊も百名を超える大所帯である。更に賞金や名誉を目当てに集まったBランク以上の冒険者が二百四十二名。

 総勢五百七名、冒険者以外の各国の兵もBランクかそれ以上に匹敵する強さだという。


 虚無の大穴侵攻隊の男女率は男が九に対し女性は一にも満たない。

 荒事には男性が向いているというのもあるのだが、それ以外にも理由があった。そもそも冒険者の男女割合は四対一程度である。兵士や騎士の割合も男女比は同じようなものだ。この世界においても男女差別はあるのだが、魔物が当たり前のように存在する世界では、基本的には強く才能があれば性別など関係なく認められる。


 なのに、この遠征の部隊はこれ程までに男性率が高いのか。理由はある。まず、どれほどの長い期間になるか予想がつかないということだ。女性の多くが月に一度は体に不調をきたすため、それを抑える、もしくは和らげる薬を準備しなくてはならない。

 それ以外には娯楽もなく戦いが続く場面で、理性を失い性欲を満たそうとする輩が出てくる可能性が高い。そういった行為を見張るためにも、あまり多くの女性を連れて行くことができなかった。できるだけ不安要素を取り除いておきたかったのだろう。

 食料、医療品は十分すぎる量を備えている。地下へと進む道は、幅も一キロと十分過ぎるほど広いため、軍事用の馬が何台もの荷車を牽引していた。まさに万全を期した状態で一団は出発した。





 それから三ヶ月後。


「まさか、ここまで人数が減らされるとはな」


 三十九層目の扉を守る魔物を倒し、一団は休憩をとっていた。

 呟いた男が辺りを見回す。疲れ果て座り込んでいる者が二十名程。辺りを警戒している者が残り半数の二十名程いる。

 五百を超える一団は、たった三ヶ月でこれだけの人数に減っていた。


「底は見えず、敵は強くなっていく現状。望みはどれぐらいあるのか。ミミカ、神に尋ねてくれないか」


 大剣を背負った精悍な顔つきの青年は、負傷者を治し終えた聖女に向かって声を掛けた。


「エクスさん。神は気軽に答えてくれるような存在ではありませんよ。全身全霊を尽くし、何かを成し遂げようと努力したものに、そっと手を差し伸べてくれるのです」


 聖女と呼ばれるに相応しい、見ているものを男女問わず魅了する柔らかな笑みを浮かべ、ミミカはそう応えた。


「じゃあ、現状の俺たちに手を差し伸べてくれても良さそうなものだが」


 先の見えない状況にエクスはため息しか出ない。


「二十階層での戦闘が未だに悔やまれます。あそこで余りにも犠牲を払いすぎました」


 話に参加してきたのは、身長とほぼ同じ長さの杖を持った、縁の細い眼鏡を掛けた青年だった。


「なんだ、ロジックか。確かにあの戦いは酷かった」


 戦いを思い出しエクスはしかめ面になる。ミミカも同じく思い出したようで表情を曇らせている。


「あそこまでは、数で押し切る作戦が功を奏し、十名ほどの犠牲しか出ていなかっただけにな。まるで数で来るのを予想していたような、いやらしい罠だった」


 あの日、二十階層まで到達した一行は順調に行き過ぎていた。かなり余裕も出てきて、全体の緊張が緩んでいたタイミングで、百体ものドッペルゲンガーと呼ばれる魔物が現れたのだ。


 このドッペルゲンガーは、かなり特殊な魔物である。元々の体は黒い人影のような存在なのだが、敵対する相手の姿をまるで鏡に写したかのように、そっくりに化けることが可能なのだ。

 変身後の能力は対象の相手よりかなり下回るために、冷静に対処すれば問題ない相手なのだが、この状況下においてドッペルゲンガーの能力は最悪の事態を生み出す。

 一団の中間地点に現れたドッペルゲンガーたちは、その場にいた百名に化けると、その場から離れ、前列後列へと五十体ずつに別れて襲いかかったのだ。

 突如仲間に襲われ混乱状態に陥る一団。それはドッペルゲンガーが化けた姿なのだが、襲われた者たちが、それを知るすべがなく内部で裏切り者が出たと騒ぎが大きくなる。


 一度付いた不信の火種は大きく広がっていき、物資を確保しようと輸送部隊を襲うものまで現れ始める。元々、この戦いに参加した冒険者の大半が莫大な報奨金目当てであり、命の危険を感じたら撤退する予定の者が多かった。ここまでが順調に行き過ぎていた為、ここまでこられたのだが、戦いに明け暮れる毎日に彼らの限界はそこまできていた。

 人間側にとっては最悪で、魔物側にとっては最高のタイミングだった。

そこで混乱状態の一同へ、更に別の魔物が襲いかかり、事態は混乱を極める。

戦いが終わった後に残っていたのは、八十五名の人間だけだった。


「ある意味、弱者はふるい落とされ強者のみ残ったとも言えるのですが」


 ロジックの言ったことは間違いではない。参加基準としてBランク以上を求められてはいたが、その報奨金目当てにランクを偽った者も多く、C、Dランクも多く含まれていた。

 あの戦いにより生き残ったのは、間違いなくBランク以上の強者ばかりだった。


「現在四十三名。何名が生き残れるか。俺とミミカやロジックは問題ないだろうが」


 自信満々の強気な発言に、二人は動じることなく当たり前のように頷いた。彼らの自信には確固たる裏付けがある。

 彼ら三名はこの世界において誰もが憧れる、数少ないSランク冒険者なのだ。


「ただ、この戦いに参加したSランクが俺たちだけとは思わなかったが」


「確かにそうですね。我々イナドナミカイ教からも、あと二名は参加する予定だったのですが、各地の混乱がまだ完全には収まっていないため、救助に向かっていまして」


 ミミカが申し訳なさそうに、身を縮める。


「ミミカが悪いのではないよ。どこも偉そうな事は言えないさ。ここでの戦いは未確定なことが多すぎる。正直、この第一弾は捨て駒と考えているはずさ。兵士の質も悪すぎたしね。何とか生き残り、原因を排除できればラッキーぐらいの感覚じゃないのかな」


 ロジックの眼鏡が明かりの反射で鋭く光る。


「っかー、マジか。道理で他のやつらに止められたわけだ。副ギルドマスターのババアにも、絶対に行くなと釘を刺されていたんだよ。ミスったー」


 エクスは額に手を当て、天を仰いでいる。


「やはりそうですか。私も教皇の命によりやってきましたが、親しい方々は止めてくださいましたから。きっと私は人身御供なのでしょうね」


 自分の置かれた立場を理解したうえで絶望することもなく、この戦いにより命を落とした者たちへ祈りを捧げるミミカ。

 聖女と名高いミミカが虚無の大穴に挑み命を落とす。それにより多くのものが悲しみ、魔物に対する憎しみが増すことだろう。それにより、神聖イナドナミカイ国の結束が強まるのは間違いない。


「そういや、そこまでわかっていて何でロジックは参加したんだ? それだけ頭が回るなら、この戦いは避けるのが当たり前だろ」


「僕の参加理由はただの八つ当たりさ。僕は孤児院の出でね。一応出世頭になるのだけど、今もお世話になった孤児院には頭が上がらなくて、毎年それなりのお金を寄付しているんだよ」


「それは立派な心がけです。我々教団が力になれることがあるなら、いつでも力になりますので気軽に相談してくださいね」


 ミミカは目を輝かせ、本気で感動しているようだ。


「ありがとう。宗教とかあんまりあてにしてなかったのだけど、ミミカは信用できそうだ」


「冷血漢かと思っていたんだが、結構いいやつなんだな。今度その孤児院の場所教えてくれよ。なんか食いもんでも持って行くぞ。俺もガキは嫌いじゃないからな」


 笑いながらロジックの背中を叩く。勢いが強よすぎて、痛そうにエクスから離れはするが、その表情は迷惑そうでありながら口元には笑みを浮かべている。


「まあ、それでね。今回の騒動でその街にも魔物が流れてきて、孤児院も被害にあったのさ。やっと言葉を話せるようになった子や、まだ小さいのにお姉さんぶって面倒見ていた優しいあの子も……多くの子供が死んだんだよ」


「それは、言葉もありません……」


「今回の騒動は酷かったからな。俺も幾つもの滅んだ村を見てきた」


 三人は暫く誰も口を開くこともなく、神妙な顔でその場にいた。

 その沈黙を打ち破ったのは、やはり、エクスだった。


「やめやめ。落ち込んでもいいことなんてなんもないからな! この穴に降りて悪いことばかりじゃないだろ。少なくともお前らに会えたからな」


 そう言って、エクスは屈託ない笑みを浮かべる。


「うふふ。そうですね。それは神に感謝しても感謝しきれません」


 ミミカは心底嬉しそうに笑う。


「ああ、そうだな。それだけは、本当に良かったと思えるよ」


 ロジックは少し照れながらも、滅多に見せない笑顔になる。


「おっ、いいこと思いついたぞ。ここでの戦いが終わったら、俺たち三人で組まないか? 確か、お前らもメインで誰かと組んだりしていなかったよな」


「それはいいですね。私も大賛成です!」


「ああ、僕も構わないよ。僕たち三人が集まれば大抵の事は成し遂げられるさ」


 同じSランクとして互いの名前は知っていたが、この虚無の穴において初めて知り合い、意気投合した三人は約束を交わした。

 ここから必ず生きて出て、三人で冒険をしようと。

 その願いがどういう結果を生むのか、彼らには知る由もない。


「ね、姉さまー。ようやく追いつきましたわ」


 三人の空間に割り込んできたのは、ミミカの妹ファイリだった。息を切らせ駆け寄ってくると、ミミカの豊満な胸に顔を埋める。


「あらあら。ファイリはまだまだ甘えん坊さんね。怪我はない?」


「はい、姉さま。敵も一切現れず、皆さん無事です。姉さまこそ、お怪我はありませんか」


 胸に頭を挟まれたまま見上げた顔は、目がキラキラと輝き尊敬している姉を心底心配しているようであった。


「ん、大丈夫よ。後方の皆さんもこられたのなら、少し体調を見てきますね。ここから先はかなり……危険な予感がしますので。体調は万全にしておかないといけませんから」


「なら私も!」


「ファイリはそこで休んでおきなさい。すぐ戻ってくるから」


 ファイリは渋々ながらも頷くと、立ち去る姉の背中に大きく手を振っている。


「ここだけ見るなら、姉思いのできた妹なんだけどな……」


「ですよね。この先がなければですが」


 エクスとロジックは小柄で可憐に見える聖女の妹を見つめ、ため息をつく。

 姉の姿が小さくなると、ファイリは二人へ向き直った。さっきまでの優しげな笑みは完全に消え去り、そこには汚物を見るかのような蔑んだ目で二人を見下ろす姿があった。


「あぁーん! 何見てんだよっ! てめえら、姉さまが優しいからって調子こいてんじゃねえぞぉ。本来なら、てめえらのようなゴミカスが口をきいていい存在じゃねえんだよっ!」


 あまりの豹変ぶりに普通なら驚く場面なのだろうが、二人は見慣れているので何も言わず肩をすくめる。


「姉さまは、誰もが手を触れることも許されない高嶺の花! どんな男であろうと、俺の目が黒いうちは近づけさせねえぜっ! わかったか!」


 ファイリは二人の前まで歩み寄ると、お尻だけを落とした状態でしゃがみ込み、下から二人を睨みつけている。その姿はまるで町のチンピラが相手を脅しているかのようだ。


「はいはい、わーったよ。そもそも、そんな気はねえよ」


「そうですよ。手を出そうなんて気すらおきません」


「なんだとぅっ! 姉さまに魅力がねえって言うのかっ!」


 否定したら、それはそれで絡んでくる厄介な妹に、二人は再び大きなため息をつく。


「あらまあ、どうしたの。何か大声が聞こえたのだけど」


 長い黒髪をなびかせ走り寄ってくるミミカを、冒険者の数名が緩んだ表情で見とれている。その冒険者たちに殺気混じりの鋭い視線を飛ばしている者が一名いるのだが。


「いえ、姉さま。何でもありませんわ」


「ならいいのだけど。ファイリごめんなさいね。貴方がこの戦いへ参加を表明したあの時、もっと本気で止めておくべきだったわ。これ程、危険な旅になるなんて」


「何をおっしゃるのですか。私が無理についてきたのです。姉さまが気に病むことなどありません。むしろ、罰せられるのは私の方です!」


 心底、妹の身を案じている姉に、妹は瞳に涙を溜め姉に抱きついた。


「心温まる、良い光景のはずなんだがな」


「そうですね、あれさえなければ」


 妹の方がその状態で顔だけ二人に向け、どうだ羨ましいかと言わんばかりの憎たらしい笑みを浮かべている。





 その後、一団はその階層でひと晩過ごした後に先へと進み、予想外の光景に驚愕する。

 それを目撃した一行は我が目を疑い、罠ではないかと警戒を強めた。扉をくぐった先からは敵が全く襲ってこず、続く扉から全て開け放たれていたのだ。

 警戒はしながらも、彼らは一気にペースを上げ階層を下っていく。それから一ヶ月後、ようやく先行していたライトたちに追いついた。

 三人の英雄と未来の教皇はこの日、一人の聖職者と運命の出会いを果たすことになる。



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