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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
28/145

過去編 白と黒

 黒の法衣を身にまとった聖職者と、白の燕尾服を着こなしている魔族。本来なら肩を並べることのない二人が力を合わせた今、白と黒の二つの暴力が虚無の大穴に吹き荒れていた。


「流石だなライトアンロック君。その破壊力は驚愕を飛び越え、尊敬に値するよ」


 ライトの一撃により空を舞う無数の魔物たちを眺めながら、ロッディゲルスは腕を振るう。手のひらから放たれた黒い刃が扇状に何本も飛び出し、触れたモノを両断していく。


「いえいえ、ロッディゲルス程ではありませんよ」


 ライトがメイスを一振りするだけで、灰色の人型をした無数の魔物が防御の無意味さを実感する間もなく、粉砕されてく。

 開け放たれた六十階層の扉を抜け、二人は次の扉を目指し快進撃を続けていた。

 扉をくぐってから更に敵が強化されているのだが、ライトと同様かそれ以上の実力の持ち主と組んだことにより、これまでの階層より随分と楽に進むことができていた。


「しかし、なんで無駄に長いこんな通路を作ったのですかっ。扉も多くて研究員は移動どうしていたのでっ」


 ロッディゲルスに話しかけながら、右から来た魔物に右正拳を叩き込み、左後方から時間差で襲いかかってきた魔物には顔面に廻し蹴りを入れる。


「職員の移動は職員のみが使える特殊な転送装置があるのだよっ。ここは、各階層に能力の異なる魔物を配置し、その能力を調べるためにと、何者かが侵入してきた場合の時間稼ぎというのが、一応、国への説明だったっ」


 背後から振り下ろされた錆びた剣をロッディゲルスは、後方宙返りにより魔物ごと飛び越える。空中で無駄に横回転を入れているあたり、まだまだ余裕があるようだ。


「その含みがある言い方はっ、別の理由もあるのでは『聖光弾』」


 手が八本ある大きな個体に、直径二メートルはある聖光弾を投げつける。魔物は八本の腕で受け止めようとするが、触れた途端にその体を蒸発させる。


「ご名答。この扉は外敵からの驚異を防ぐものではなくっ、内部からヤツを逃げ出させない為の扉だっ『黒鎖』」


 ロッディゲルスの右手五指から、黒く細い鎖が伸びてくる。その鎖の先端には、鋭く尖った菱形の小さな刃状の物が付けられていた。

 周囲を囲まれ四方八方から襲いかかる攻撃を苦もなく躱すと、右手を胸元へ上げた。その瞬間、黒い鎖が意思を持った生き物のように蠢き、魔物へと襲いかかる。

 五本の鎖が別々に魔物の頭を貫き、薙ぎ払い、無数の死体を作り上げている。


「この扉には特殊な魔法が施してあり、外部からは開けることが可能だが、内部からはそう簡単には開けられない仕組みになっている。そして扉一つ一つが――最深部にいるヤツの魔力を押さえる装置の役割を果たしている」


 闇属性魔法『黒鎖』を発動して、かなり余裕が出来たようで、その場に立ち止まり一定距離内に入った敵だけを倒している。


「ということは、扉を解放するのは危険なのでは」


 魔物の数が残り少なくなり、激しく動いていたライトは足を止め、向かってくる敵だけをメイスで捌いている。


「本来はそうなのだが町が崩落し大量の死者が発生したことにより、闇属性の魔物にとって良質な養分でもある、負の感情が大量に流れてきてしまった。その影響でヤツが目覚めそうなのだよ。目覚めるまで長くても一年。早くて半年ではないかと予想している。扉を使った装置により、長い年月をかけてヤツの闇属性と魔力を少しずつ放出していたのだが、それも水の泡だ」


「放出……上の町に住む人たちの心に、闇属性の魔力が影響したりしていませんよね?」


 ライトが経験した強引な客引きと店での応対は、たまたま店選びが悪かっただけかと思ったのだが、実は少なからず影響を受けている可能性があったのではないかと、話を聞いて少し考える。


「無いとは言えない。他の街に比べて犯罪率も高くなっていた可能性はある。だが、心根がまともであれば、これぐらいの闇であれば、影響は受けぬはずなのだがな」


 いつの間にか周囲が静かになり、ロッディゲルスは服の汚れを払っている。


「欲望のない人間なんて存在しませんよ。しかし、穴の底には、どれほど強大な存在がいるというのですか」


 ライトは血のついたメイスをボロ切れで拭い収納袋へ戻すと、穴の縁まで近寄り、底を覗き込む。かなり下まで降りてきたというのに、暗闇しか見えず底の様子は未だ不明だ。


「どれほどか……闇の魔素を取り込むだけ取り込んだ、素体だからな。我々のように実験の結果、成功し魔族となった個体とは桁が違う。身体の内部だけではなく、当時の技術の粋を集めた魔力の許容量を増やす魔道具も複数身に付け、その全てに闇の魔素を限界まで詰め込んでいる。元は同じ研究者だったのだが、今はもう……人とも魔族とも呼べない。強いて言うなら、魔族の王、魔王と呼ぶべきだ。ヤツの強さは冒険者ギルドランキングに当てはめるなら、少なく見積もってもSS。完全に力を取り戻しているならSSSクラスだろう」


 この大穴に落ちて、驚くという感情が薄れてしまっているライトですら、その発言に絶句してしまう。


「……ロッディゲルス。SSSって千年前に一度世界を滅ぼしたと言われている、唯一にして最悪の魔王クラスですよね。大陸が滅んでもおかしくないクラスじゃないですか」


「ああ、普通にやれば我ら二人ではAランク上位、相性が良ければSランク下位相手がいいところだろう。どう足掻いてもヤツには勝てぬだろうな。だが我はここを造った研究者の一員だ。ここの施設を使い、ヤツの力を押さえ込む術も熟知している」


 そう言ってニヤリと笑うロッディゲルスが、とても頼もしく見えた。


「キミが落ちてきたのが穴の途中、四十層からというのもついていた。そのおかげで、封印装置の効果もある扉が半分は残っている。この状況なら、我ら二人でも手が届くはずだ。だが、決して楽な道ではない。それでも命を失う可能性の方が高いだろう。それでも、」


「その先は言う必要がありませんよ。死ぬ気は全くもってありませんが、万が一死んでしまっても後悔はしません。己の選んだ道を他人のせいにするなど、ゴミだ、クズだ、台所にこびり付いた油汚れだ。というのが母の口癖でした」


 常に優しく時に厳しい、年がら年中天然の母を思い出し、ライトは苦笑する。


「なかなかに豪快な母上だ」


「ええ、素敵な母ですよ。さてと、そろそろ気を引き締め直しましょうか。そろそろ扉ですね。今度はどのような敵がいるのやら」


 ライトの発言を聞き、ロッディゲルスは小首をかしげ、少し考えるような素振りを見せる。そして、何かを思い出し手を合わせた。


「ああ、キミは知らなかったな。次は百の人間の頭が合成された魔物だ。研究者内ではヘッズと呼んでいた。まあ、一応ここの研究員だ。内部の構造や配置された魔物ぐらいは把握している」


 ライトは疲れたように大きく息を吐く。


「それを、早く言ってくださいよ。情報を得て対策を練れるのと、そうでないのとでは勝率が変わってきますから。そのヘッズの特徴や、注意点、弱点があれば教えてもらえますか」


「ふむ、特徴か……見た目は表面に人の顔が無数に浮かんだ巨大な塊だ。攻撃方法は、その無数の口から長い舌が飛び出し、相手を襲う物理攻撃。顔の幾つかは魔法使いが元になっているので、魔法も使ってくる。弱点は、魔法に耐性は……ある。強いて言うなら物理的な耐久力が低いことか」


 相手の特徴から考察するとライトに向いている相手に思える。


「ではなんとか一撃入れてみますので、牽制役お願いしていいですか」


「そうだな。それが一番効率的だろう。任せてくれたまえ」


 ライトが軽く右手を上げる。ロッディゲルスは意味がわからず、黙ってその右手を眺めている。


「冒険者の仲間内では、了解したという意味を込めて、お互いの手を合わせて打ち鳴らすのですよ。あと、ご苦労様や軽い挨拶の場合もありますが」


「そうなのか、なかなか奥深い仕草だな。了解し、いや、違うな」


 ロッディゲルスはライトの右手のひらに、自分の右手を打ち合わせた。





 ライトたちが進んだ先には定番の扉があり、その前には扉を守るように巨大な魔物がいた。


「あれがヘッズだ。気をつけたまえ。ここから先へ踏み込むと、活動範囲に入ってしまい攻撃してくる」


 ロッディゲルスが右腕をライトの進路方向に突き出し、動きを制す。ライトはそれに従い足を止め魔物を観察する。


「直径五メートルはある塊ですね。表面にはびっしりと人間の顔が……ロッディゲルスの言った通りです」


 無数の顔は様々な表情を浮かべている。虚ろな目で何処かを眺めている顔。ニヤついた笑みを浮かべ続けている顔。絶望の表情で泣き続けている顔。何の感情も見当たらない無表情な顔。

ライトの目には全ての顔が既に正気を保っていないように見え、とても哀れに思えた。


「酷いですね……」


「そう、だな。キミは我を責めないのか。我もここの研究に関わっていたのだよ。この魔物を創り出した元凶だとは思わないのかい」


 ロッディゲルスがライトに向けた表情は真剣ではあるが、その目には怯えの色も見える。


「貴方を疑い罵倒するのは簡単なことです。ですが、後悔をして罪を償おうとしている者に、手を差し伸べるのは聖職者としての務めですから――とでも言えば、聖職者として合格なのでしょうが、そうではないのですよ。私は、ライトアンロックはロッディゲルスを信じると決めたのです。貴方は確かに関わってはいたのでしょう。ですが、悪行を理解した上で積極的に参加し続けていた悪人には、どうしても思えないのですよ」


 そう言ってライトは優しく微笑んだ。


「すまない……本当にすまない」


 俯いたロッディゲルスの肩が震えている。ライトはその姿がとてもか細く見え、少し躊躇したが、震えるロッディゲルスを抱き寄せた。

 突然の行為にロッディゲルスの身体がびくりと揺れたが、何を言うこともなくそのまま大人しく抱かれている。


「貴方は千年もの間ここでヤツを見張り続けていたのでしょう。それはとても辛く寂しい日々だったはずです。私なんて二年半でおかしくなりかけましたからね。貴方がここでどんな役割を担っていたのか、私は知りません。それが思い出すのも辛いことなら話す必要はありません。ですが、誰かに話すことにより、その呪縛が少しでも緩み心が軽くなるというのなら、告白をいつでも歓迎しますよ。職業柄、懺悔は聴き慣れていますからね――私から言えることは、ロッディゲルス、貴方は本当に良くやりました。今まで独りで辛かったでしょう。これからは私もいます。馬鹿力しか取り柄のない聖職者ですが、そんな私を頼ってくれると嬉しいな」


「……」


 ライトの胸に顔を埋め、声を殺してロッディゲルスは泣いていた。千年もの間、自責の念に駆られ、自分を責め続けていた自分を受け入れてくれたライトの言葉に、感情が堰を切って溢れ出す。その目からこぼれ落ちた涙がライトの法衣を濡らす。

 ライトは黙って、ロッディゲルスの頭を撫でている。

 暫くそうしていると、ライトの背に回されていたロッディゲルスの腕の力が緩んだ。鳴き声も止み、動かなくなったのでライトはそっと顔を覗き込んだ。

 いつもは感情に乏しい表情のロッディゲルスが、力の抜けた安心した顔で、抱きついた格好のまま泣きつかれて眠り込んでいる。


「おや。千年も生きているのに子供みたいですね。申し訳ありませんが、ヘッズさん。また後ほど仕切り直しということで、ここは一旦引かせてもらいますね」


 扉の前からじっとこちらを見ている無数の顔の幾つかが、とても冷めた目つきになっている気がしたが、ライトは見なかったことにした。



 一時間後、目を覚ましたロッディゲルスが顔面を真っ赤に染め、


「あ、あれは、年をとると涙もろくなるのだっ」


 と必死になって言い訳をしている。その慌てふためいた姿をライトは微笑みながら見つめていた。





 取り乱していたロッディゲルスをなだめすかし、落ち着かせると改めて準備を整え、再びヘッズの前へと戻る。


「ライトアンロック君。気のせいかも知れないのだが」


「ええ」


「あの顔に浮かんでいる表情にニヤケ顔が増えている気がする」


「私もそう思いますよ」


 ライトから見える範囲で、ヘッズの表面に浮かぶ顔の半分程が、何かを言いたそうにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


「あの顔を見ていると無性にムカつくのだが」


「ええ、同意しますが、人の精神に作用する攻撃をするのは、闇属性では珍しくないですからね。心を落ち着けていきましょう」


 ライトの言う通り、確かに恐怖を与える精神攻撃をしてくる魔物はいる。だが、こういったイラつかせる攻撃をしてくる魔物にライトは会ったことがなかった。

 気を引き締め、相手の言動に注意をする。

 笑みを浮かべていた顔たちが、ニヤついていた口元を一旦閉じたが、直ぐに開き次々と言葉を発し始めた。


『あれって事後だよね』

『妙にスッキリした顔してやがるぜ』

『やだ奥さん、若いって凄いわねぇ』

『お楽しみになられましたか』

『一時間で足りたの?』

『移動時間もあるし、やれたのは実質三十分ぐらいじゃね』

『やっだーはやーい。ぷぷぷっ』

『弱ったところにダイレクトアタックとは、なかなかの策士ですなぁ』

『ぼ、僕のメイスがキミの下半身の闇を貫いているよーってか、やかましいわ』


 口々に騒ぎ始める。その内容の全てが下ネタで、見事なまでにライトの神経を逆なでしてくる。

 ライトはふつふつと沸き立つ怒りをどうにか押さえ込み、隣のロッディゲルスに視線を向ける。ライトは経験上、こういった陰口には慣れていたが、ロッディゲルスはこのような陰湿な手段には弱いのではないかと思ったからだ。

 意外なことにロッディゲルスは無表情でヘッズを見ている。言葉を口にすることもなく、目を逸らさずに黙って、ヘッズに歩み寄っていく。

 そして、ライトが止める間もなくヘッズの活動範囲に踏み入ると、両手をヘッズへ向けた。


「ぶち殺す! 肉片の一つ残さず消滅させてくれる! 『獄鎖封絶』」


 悪党のセリフを吐き、全力で強力な闇属性魔法を放つロッディゲルスは、完全に切れていた。


「これでは、事前の作戦もあったものじゃないですよ」


 遅れてライトも突っ込んでいく。こうして情けない流れではあるが、戦いの火蓋が切って落とされた。





 ロッディゲルスの両手から伸びる極太の鎖の先端には、刺が無数に生えた禍々しい球がある。それが唸りを上げ、ヘッズ目がけ飛び込んでいく。

 ヘッズの顔が『ウィグゥオウァ』解読不能な奇声を上げると、薄く黒の混じった透明の障壁が現れ正面から受け止めようとする。が、いとも簡単にその障壁は砕かれ、勢いをほんの少しだけ落としたに過ぎなかった。

 だが、それは予想通りと言わんばかりに、他の顔が数体同じように奇声を上げた。更に透明の障壁が何枚も並んで現れる。十枚程、障壁を貫いたのだがそこで刺の生えた球は勢いを無くし、消滅した。障壁はまだ十枚は残っている。


「やはり、同じ闇属性では効き目が薄いか。キミの攻撃が要となる、頼む」


 攻撃を放ったことにより気が少し晴れたらしく、ロッディゲルスは冷静になったようだ。


「攻撃はお任せ下さい」


 同じ属性同士だとその攻撃力は落ちる。ということは、闇属性を操るロッディゲルスが防御に回れば、この場において、これ程心強い者はいないということだ。

 ライトはロッディゲルスの横を走り抜け、相手の側面へと向かう。ヘッズに浮かぶ顔の大半の視線がロッディゲルスに注目していたとはいえ、顔の数は尋常ではない。そのうちの幾つかはライトの存在に気づく。口を大きく開け、そこから黒く湿り気のある舌が、鞭のようにしなり伸びてくる。

 ライトは迫り来る無数の舌を手にしたメイスで弾いていく。弾くといっても、振るわれた一撃で触れた舌は全て粉砕されているのだが。

 とはいえ、近づけば近づく程に増えてくる数の暴力には勝てず、このままでは捌ききれなくなると判断し一度退き、間合いを広げる。


「これは厄介ですよ。側面に回ってみたのですがあの体の前だけではなく、側面や背後にも顔がびっしりとあるのですね」


「ああ、やつに死角はない。一点集中の方が良いはずだ」


 無数の顔が個々に状況を判断することにより、死角はなくなり尚且つ攻撃も多種に及ぶ。闇属性魔法による防御と攻撃。更に物理攻撃として伸びる舌もある。こちら側に向いている顔は全体の半分だとしても、五十ある顔に対応しなければならない。


「となると、目が複数ある相手の定番攻撃となりますが」


 ライトはロッディゲルスに近づき、耳元に顔を寄せる。その間もヘッズからの攻撃は続いているのだが、ロッディゲルスの指より伸びた黒の鎖がその攻撃を防いでいる。


「……とまあ、そんな感じでお願いします」


「了解した」


 作戦を呟くと、今度は正面からヘッズ目がけ突っ込んでいく。

 ヘッズから放たれた闇の球や黒い舌を鎖が払い落としていく。数が数だけに全てを防ぐことが不可能なのは理解していたので、ライトは自分へと向かってくる攻撃を最小限の動きでかわしていく。

 至近距離まで近づきたいのだが、あと五メートル程の距離まで近づくのが限界のようで、そこでライトの足が止まってしまった。

 その隙を見逃すまいと、一斉攻撃を放つために、ヘッズの顔が全てライトに向けられる。


『聖光弾』


 それを待っていたライトは、持続時間を無くし、光量を最大まで上げた聖光弾を発動させた。突如、発生した異様なまでの明るさに、薄暗さに目が慣れていたヘッズの目が眩む。


「定番、侮りがたしですね」


 こちらを向いていた顔の全てが、その明るさに目をやられたようで、苦しそうな表情で瞳を閉じている。


『上半身強化』『下半身強化』


 全身を強化した状態で間合いを一気に詰め、あと一歩でメイスが届く範囲に迫る。

 それを見てロッディゲルスは勝利を確信した。

 耐久力の弱いヘッズは遠距離で相手を翻弄し、防御は魔法で対応しているためライトの打撃を直接受ければ一撃で滅ぶのは確実だからだ。

 だがそこで、ヘッズは――くるりとその場で半回転をした。そこには背を向けていたので、光を直接見ないですんだ残り五十の顔が、相手を見下した笑みを浮かべ待ち構えていた。

 そして、一斉に口が開き、圧倒的な数の魔法と黒く先端が尖った舌が、側面、上部、正面からライトへ襲いかかる。それは絶望的な光景であった。

 ライトの姿が降り注ぐ闇に包まれ消える。魔法が爆発する音と舌が何かを打ち付ける音だけが、ロッディゲルスの元に届いている。


「ライト! くそっ、許さんぞ! 『黒鎖』」


 長い髪を振り乱し、ロッディゲルスは叫ぶ。その両指から放たれた、鎖の攻撃をヘッズは全て余裕を持って防ぎきる。最も驚異であったライトを排除したヘッズは、もはや負けはないと確信している。

 そして、ヘッズの特性である相手の精神をいたぶる口擊を再び開始しようとしていた。


 だがヘッズの思考はそこで途切れる。何が起こったのかも理解せぬまま、下から撃ち上げてきた圧倒的な力にその身を粉砕された為だ。

 ヘッズが消えた場所の目の前には、光り輝くメイスを下から振り上げた体勢のライトがいる。


「わかっていたとはいえ、肝が冷えたぞ」


 ライトの姿を確認し、ロッディゲルスはほっと安堵のため息をつく。


「ご心配をおかけしました。どうにか、作戦が成功して何よりです」


 この一連の流れは、全てライトの計画通りだった。

 聖光弾の光で相手の目を眩まし、視力を奪う。そこで相手は恐らく、振り向き無事な反面を向けてくる。そこで一斉攻撃を仕掛けてくると予測して攻撃がぶつかるギリギリのタイミングで『聖域』を発動させる。

 聖域は六面全てを守る防御壁なので、周囲から押し寄せる一斉攻撃には向いていると判断した。耐久力の問題はあったが、数は多いが一撃の威力はさほどでもないので耐えられるという考えは間違っていなかった。 

 その後、ロッディゲルスは敵の意識を自分に向けさせるように、大声で叫び攻撃を放つ。そこでライトが『聖属性付与』をメイスにかけ、一撃を与えれば終了となる。


「これで六十一階層突破です」


 ライトはロッディゲルスに向き直り右手を上げる。


「ヤツは八十階層にいる。まだ先は長いがよろしく頼む」


 そう言って、二人は手を打ち鳴らした。

 ここから彼ら二人の快進撃が始まる。二年半で二十階層しか進めなかったライトが、ここからたった四ヶ月で更に十階層を突破する。

残り二ヶ月で三年目を迎えるライトは、七十一階層へと足を踏み入れた。



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