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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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過去編 魔族

 話の内容が聖イナドナミカイ学園に入学してからの二年目に差し掛かり、そこでライトは話を一度区切り、収納袋から水袋を取り出した。

 話し続けたことにより乾いた喉を潤しているライトに、キマイラは意を決して話しかける。


『そろそろ、お話の方はそれぐらいにして……』


「えっ、じゃあ勝負ですか」


 どす黒いオーラを漂わせ、ライトは笑顔で巨大メイスを肩に担ぐ。


『あ、いえ。続きの話を楽しみにしています……』


(どうしようもないじゃないかあああああっ! どう考えてもこの化物に勝てる気がしないよおおおっ!)


 魔物にまで化物扱いされているライトであった。


「さて、どこまで話をしましたか。そうそう、あれは」


「うちの子を虐めるのは、そこまでにしてもらえないか」


 突如背後から聞こえてきた涼やかな声に、ライトはぴくりと肩を動かす。


「いつの間に」


 話に夢中になっていたとはいえ、ライトは油断などしていなかった。

 元々、ライトは相手の気配や存在を肌で感じられる鋭敏な感覚を保有していた。この穴に落ちてから常に暗闇の中にいたため、その能力は更に磨きがかかり十メートル以内にいる魔物であれば、視界が閉じられていても感知することができると自負していたのだが。


「私が全く気づかないとは」


『うわああんっ! 主様あああっ! その人間おかしいの! 助けてぇぇっ』


 獅子と山羊の目から涙を溢れさせ、キマイラが泣き叫んでいる。


「仮にも上位の魔物なのだ、情けなく取り乱すのではない。全く情けないヤツだ」


 口では厳しいことを言っているのだが、その声には優しさが感じられる。

 主様と呼ばれた相手は、ライトの脇を無造作に通っていく。ライトは何も行動は起こさず、視線だけを相手へ向けた。

 まず目に入ってきたのは艶やかな長い銀髪。切れ長の目に高い鼻、不自然なほど整い過ぎている顔に一瞬だけ妖艶な笑みを浮かべる。

 服装はライトとは対照的で、真っ白な燕尾服を嫌味なく着こなしている。ぴたりと体に張り付くような服なので、体のラインが浮き出ているのだが。


(人と変わらぬ容姿、恐らく魔族ですね。お尻は膨らんでいるように見えますが、胸元は平らです。顔も彫刻のように整いすぎているので、性別の判断は不明ですね)


「キミは何か失礼なことを考えてはいないかね」


 遠ざかる足を止めることなく、顔だけライトに向けている。


「いえ、ただ単に美しい顔だなと思いまして。不快に感じたのなら申し訳ありません」


「ほう、この状況下において余裕のある発言だ。先程からの会話も聞かせてもらっていたが、なかなか興味深い男だ」


 キマイラの傍に寄ると、主様と呼ばれた者は優しく獅子の頭を撫でている。


「ほらもう泣くな。よくやってくれた、先に帰っていいぞ」


 魔族が前に手をかざすと、そこに円形の大きく黒い空間が現れた。それは中心に向かって渦を巻いているように見える。


『ありがとうー主様ぁ。あんな奴、コテンパンにしてやって! 話が長いんだよ、あほぉー!』


 キマイラは最後にライトへ罵倒を浴びせ、黒い渦へと吸い込まれていった。


「今のは闇属性魔法ですか。それに貴方は」


「まあ、そんなに急く必要もあるまい。一息つこうではないか。お茶の用意をしよう」


 再び手をかざすと、今度は黒い渦が地面と水平に出現し、その渦は腰の高さに浮んでいる。そこから白い円形のテーブルと二脚の椅子が出現した。


「さあ、遠慮なく座りたまえ」


 ライトは躊躇なく指定の椅子に座りながらも、警戒は緩めず素早く考えをまとめる。


(見たこともない闇属性魔法の使い手。尚且つAランク以上は確実の魔族。ここは事を構えるより、話に乗ったほうが良さそうです)


「本当に肝が据わっているな。紅茶でいいかい?」


 テーブルの上に小さな黒い渦が現れ、今度はお茶のセットと茶菓子が降りてくる。


「では、遠慮なく頂きます」


 差し出されたカップを受け取り、注がれた紅茶に口を付ける。


「ほぅ、口の中に爽やかな香りが広がりますね」


「わかるかい。しかし、キミはこの紅茶を怪しむこともないのかね。毒物が混入している可能性は否定できまい」


「その時はその時ですよ。問題はありません」


 ライトとしては、このまま久しぶりに味わう紅茶を堪能していたいところだが、そういうわけにもいかず、本題を切り出す。


「それよりも、そろそろ貴方が何者なのか教えて欲しいのですが」


 優雅にティーカップを傾けていた魔族がはっとした表情をする。


「ああ、忘れかけていたよ。まず、名乗らせてもらおうか。我の名はロッディゲルス。ここの元研究員でもある魔族だ」


「研究員……ですか? ということは、この大穴は研究施設ということですか」


「まあ、慌てないでくれたまえ。順を追って話すことにしよう」


 ティーカップから口を離し、ロッディゲルスは正面からライトの顔を見据える。


「そもそも、キミは魔族をどういった存在だと認識しているのだい」


「人間と姿形は同じで、人外の力を持つ者といったところでしょうか。確か、闇属性の魔法が得意なのですよね」


 ライトは腹の探り合いはせずに、素直に思ったことを口にする。


「なるほど、大まかな部分は間違ってはいない。これは一般には知られていないようだが、魔族というのは元人間だ。無論、我も元人間なのだよ」


 ロッディゲルスがさらっと口にした言葉に反応して、ライトの眉が微かに動く。


「結構衝撃の事実のはずなのだが、キミは反応が薄いな。予想の範疇だったのかな。まあいい。我々魔族と呼ばれる存在は今より千年もの昔に栄華を極めた古代人なのだよ。詳しい話は省かせてもらうが、当時、平和ボケした一部の古代人が馬鹿なことを考えてね。魔法も文明も極めた我々なら神にも成れる! なんてことを言い出して、いい迷惑だ」


 あの頃のことを思い出したのか、ロッディゲルスは肩をすくめ頭を左右に振る。

 ライトは発言内容から重要な単語を拾っていく。全てが驚くべき内容なのだが、最も気になったのは古代人だ。

 古代人とは千年前に滅びた旧人類と言われている存在である。何故滅んだのか全てが謎とされており、時折、魔境の奥深くに古代人の遺跡が発見されることがある。その中で現代の技術では再現が不可能な、強力で価値のある魔道具が見つかっている。


「まさに神をも恐れぬ発言ですね」


「長年続いた平和と自分たちの文明に対する過信。理由を挙げるなら、何とでも言えるのだが、ズバリ言ってしまえば、調子に乗っていたのだろう。神をも超える力を手に入れるにはどうすればいいか。それを調べる為に国中から優れた頭脳を有する研究者が集められ、造られた研究所がここだよ」


 ライトはゆっくりと頭を巡らせ辺りを見回す。土と瓦礫と岩しかない殺風景な見慣れた景色。


「研究所?」


 ライトの目には、研究所と呼ぶに相応しい施設には映らなかった。


「ああ、そうは見えないかい。今いる六十階層やその他の階層は実験施設のようなものだ。大切な研究や開発をするのは最下層のみだよ。ああ、階層というのはこの扉から扉の間を指している。ここは地上から六十番目の扉だということだ」


「それで六十階層なのですか」


「そうだ。大穴が開いた原因は、施設の天井部分であり町の地面に掛けられた魔法が、千年の時を経て効果が薄まり崩壊してしまったようだ。ここは神の目から逃れる目的で、町の下に作られた巨大研究施設。そこで日夜、闇属性の魔法について研究を続けていた」


「度々話の腰を折って申し訳ないですが、何故、闇属性魔法なのです? 他の属性も強力ですし、闇属性魔法が他の属性に比べて優れているとは思えないのですが」


 ライトが知る限りでは、闇魔法の性能は微妙だ。そもそも人間で闇属性魔法を扱える者が殆どいない。おまけに魔族や魔物が使う魔法として知れ渡っているため、ライトは人間で闇魔法の使い手を見たことがない。


「その疑問はもっともなのだが、闇魔法にも優れた点がある。自由度の高い影を利用した魔法に、永続性の効果がある魔法。そして実験の結果、他の属性より闇属性が一番人間には馴染み易かったのだ。まず我々が人間を強くする方法として考えた方法は、無属性である人の体に何かしらの属性を移植することだった。動物と見た目は、ほぼ同じなのに、強さが桁違いの魔物がいるのは知っているかい」


「それはワイルドシリーズのことですか。ワイルドベアやらワイルドボアとかの頭にワイルドの名称が付く動物に似た魔物たちですよね」


 この世界において、ワイルドシリーズの魔物たちは上質な肉として食卓に上がることも多い。


「そう。彼らは体型こそ一回り程大きい個体だが、骨格、筋肉、内臓等、身体のつくりは動物と変わりがない。唯一、普通の動物と異なる点は、属性を帯びていること。そこで我々が考えたのは、本来無属性である生物が何らかの属性を得ることにより、身体が強化されるのではないかと。それは人間にも適用されるだろうということ」


「なるほど、筋が通っているような。ですが、それはこの世界の摂理に逆らう、とても危険な行為なのでは」


 ライトは返答内容を予想し、顔が無意識に歪む。


「ああ、その通りだ。この人体実験により、何百、何千、何万人もの命が奪われた。この施設の上に広がる町は実験体を確保するのにも都合が良かったからね。実験の結果、運良く命を取り留めた者も……いや、これは運良くではないな。身体を変質させ人間の原型を留めてはいなかった。その際に精神も破壊され、まともな知性が残っている者は、ほんのひと握りだった。キミも見たはずだよ、被験者の成れの果てを」


 そう語るロッディゲルスの口調は被験者を哀れみ、瞳には後悔の色が浮かんでいるように見えた。


「私がですか? ……まさか」


 それが何を指しているのか思い当たったライトは、愕然とする。


「この穴の底から湧き出てきた魔物たちだよ。彼らは元実験動物や人間だ」


「そう、です、か」


 ライトはうつむくと、机の上に置いた自分の両手を開き、全身の力を込めギュッと閉じた。自分がこの穴で何をしてきたのかを確かめるかのように。


「すまない。我々が行ったことは、謝って済まされることではないのは重々承知している。キミにも聖職者でありながら、人殺しという枷を負わせてしまった」


 ロッディゲルスの顔に浮かぶ苦悩の表情が、心の底から行いを悔やんでいるように見える。


「彼らは、魔物となって苦しんでいたのでしょうか」


「わからない。自我が失われていると信じたいが、もし残っていたのなら、それは地獄にも等しいだろう。人間でなくなり、千年もの間、地の底に封じられていたのだから」


 その言葉を聞き、顔を上げたライトの瞳には強い意志が宿った光があった。


「ならば、苦しむ者に平穏を与えるのは聖職者としての務め。何も問題はありませんよ。私のここで成すべきことも変わりません」


 後悔、懺悔、動揺、その思いを心の底に押し込める。そして代わりに、心の奥底から強い意志を浮かび上がらせる。

 綺麗事、偽善、自己満足、大いに結構。何の罪もなく目の前で苦しむ人がいて、咄嗟に手を伸ばして助けられないような人間になどなりたくもない。自分より弱い存在に対して優しくなれないのなら、強くなった意味などない。

 ライトは心に誓う。人として、彼らに安らかなる眠りを与えようと。


「そうか、すまない……ありがとう。キミ、いや、ライトアンロック君。折り入って頼みがある。このまま先へと進むのであれば、我も同行させてもらえないだろうか。そして穴の底にいる被験者第一号でもある元凶を、この手で葬ってやりたい。あの実験に関わった一人として、私は後始末をしなければならないのだ」


 ライトに深々と頭を下げ、机に額を擦りつけ頼み込むロッディゲルスの肩に、そっと手を添えた。

 ロッディゲルスが嘘をついている可能性がゼロではない。全てが真実だという保証は何処にもない。信じられる証拠もない。ライトは人を見る目があるとは思っていない。相手の巧みな嘘を見破れるほど、観察眼に優れているわけでもない。

 ないないづくしの状況下において、ライトはそれでもロッディゲルスを信じる。理屈ではなく、自分自身が相手のことを信じたいと思ったからだ。これで騙されたのなら、全て己が悪い。


「わかりました。これからよろしくお願いしますね、ロッディゲルス」


「こちらこそ、よろしく頼む、ライトアンロック君」


 顔を上げたロッディゲルスはライトから差し出された手を、力強く握り締める。

 虚無の大穴に落ちて二年半。ライトは心強い、初めての同行者を得た。



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