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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
23/145

過去編 始まりの日

 大神殿を出て大通りまで進むと、ライトは大きく伸びをした。


「んー、肩が凝りました。前回はやたらと絡まれたのですが、今回は遠くから陰口を叩くぐらいでしたね。正面から文句を言う勇気のある人はいませんでしたか」


 ライトを忌々しげに睨む聖職者はいたのだが、彼らは必要以上に近づくことがなかった。ライトが控えていたとはいえ、体から溢れ出す強者のオーラのようなものを感じ取ったようだ。

 大神殿に勤めている聖職者の殆どが、魔物と戦った経験がない。彼らは教会で教義を広め、自分の運営する教会を更に立派な造りにする為に日夜、信者の確保と金勘定に励むものが多い。

 そんな温室育ちの彼らがライトに立ち向かう勇気など持ち合わせている訳もなく、せいぜい陰口を叩く程度が、精一杯の抵抗なのだ。


「しかし、再び穴に向かうことになるとは」


 虚無の大穴を思い出すたびに、ライトは足元を確認してしまう。

八年前のあの日、ライトは地獄へ落ちた。





「ここが商人と職人の町ですか。首都とはまた違った活気に包まれていますね」


 ライトは神聖イナドナミカイ国の第三都市へと来ていた。

 聖職者を育てる聖イナドナミカイ学園を卒業して二年。ライトは冒険者として順調に育っていた。能力も卒業当時に比べて格段に飛躍を遂げていたのだが、それよりも知名度が冒険者として二年目とは思えない程、知れ渡っていた。


「さて、ここでも……独りで頑張りますか」


 初心者冒険者でありながら、一人で依頼をこなす怪力の聖職者がいると、首都の冒険者ギルドで彼の存在を知らないものはいなかった。

 この世界において一人で旅に出るだけでも無謀だというのに、魔物の討伐に単独で挑むなど、死にたがりとしか思われない。ライトが活動を始めた頃、冒険者ギルド内ではライトがいつ死ぬかの賭けが行われていたぐらいだ。


「ここでは、あまり目立ちたくないですね」


 首都で注目を浴びすぎ、目立つことが苦手なライトは逃げるように首都を立ち去り、拠点をこの町に移すためにやってきた。


「早速ですが、噂の武器屋を探しましょうか」


 この町を選んだ条件の一つに、謎の鉱石を材料とした頑丈な武器防具が置いてある店があるとの情報を得たことがある。


「私の怪力でも壊れない武器。それもメイスがあると、ありがたいのですが」


 ライトは町の住人に聞いた武器防具屋が集まっている地区へと移動している。この町では製造と販売を分けて商売をしている。

 小さな町では、武器屋の奥に鍛冶屋の工房があるものなのだが、職人は職人街で製造のみに従事し、販売は職人が契約した商人が担当している。

 ライトは町の観光も兼ねつつ、商人街へと足を踏み入れた。


「ここから先は、人口密度も人々の活気も桁違いですね」


 馬車も通れるように作られた道は幅も大きく、足元には敷石が詰められ整備されている。

 道の両脇にはずらりと店が立ち並び、幾人もの従業員が呼び込みをしている。


「さあさあ、Aランク冒険者御用達の武器屋マルコムエックス! 初級冒険者歓迎セール中だよ! Dランク以下の冒険者なら表示価格から……な、なんと、二割引で提供中!」


「冒険において最も大切なのが生き残ること! 貴方の命を預ける防具の品質に不安はありませんか! 防具のことなら、防具屋オールディフェン! 貴方の命お守りいたします!」


「冒険に出る前に一度確認しませんか! 携帯食料、回復薬、冒険に必須な様々な道具取り揃えております!」


 声を張り上げ、目に付いた冒険者を半ば強引に店に引き込んでいる姿が、ちらほらと見受けられる。

 ライトは応対するのも面倒なので、道の脇には近寄らず雑踏に紛れ込み、できるだけ道の中央を歩いていた。

 初めは良かったのだが進むほどに人が増えていき、余りの人の多さに息苦しさを感じ、ライトは少しだけ道の中央から離れる。


「そこの黒い法衣を着た聖職者の貴方!」


 途端に声をかけられ、うんざりしつつも顔にいつもの笑みを浮かべ、声の方向へ向き直る。


「私のことでしょうか」


「そうそう、貴方です! 見たところ凄腕の聖職者ですよね! いや、言わなくてもわかりますよ。その隠していても溢れ出す力。間違いない。そんな貴方におすすめの商品があります!」


 手を揉みながら、小太りの中年が近寄ってくる。目の前にある武器防具屋の従業員なのだろう。


「ここだけの話なのですが、うちはあの幻の鉱石を使った武器を扱っております」


 適当にあしらうつもりで話を聞いていたライトだったのだが、幻の鉱石というキーワードに反応してしまう。


「その鉱石とは、最近噂のやたらと頑丈な」


「ええ、それです。ご存知でしたか! ささ、詳しくは店内で説明いたしますので」


 若干の胡散臭さも感じるが、促されるままライトは店内へと入る。

 店内は思ったよりも広く、冒険者が十人ほど武器防具の品定めをしているようだ。ライトも店内の壁に並べられた、武器へと目を向ける。

 細身の剣から斧や槍。変わり種としては大鎌や、どうやって使うのかライトには理解もできない、円状の刃がついた武器もあった。


「初心者用の武器から上級者用の一品まで取り揃えております。この町でもこれ程の武器を扱っている店はなかなかありません」


 小太りの従業員が両手を広げ、自慢げに胸を張っている。


「確かに、首都でもこれ程、品揃えの良い店はありませんよ」


「そうでしょう、そうでしょう」


 もっとも、ライトは手広くやっている店より、メイス系の鈍器を扱っている専門店の方を好んでいたのだが。


「それで、噂の鉱石を使った武器というのは」


「はい、それはこちらの武器になります」


 店を入って正面に当たる、客の一番目を引く場所に並べられた武器の数々が噂の品らしい。

 ライトは一番近くにあった両手剣に手を伸ばす。


「御目が高い! それはここに並べられた武器の中で最も切れ味の鋭い大剣でありまして。ただ、ご存知だとは思いますが、あの鉱石は質量の問題がありまして、かなりの重量が」


 何か言っているが、ライトはそれを無視して両手剣の柄を片手で掴み持ち上げる。


「確かに少々重いですが。問題はなさそうですね」


「そ、そうでございますか」


 軽々と片手で大剣を振り回すライトを、冷や汗を浮かべながらも営業スマイルは崩さないのは流石というべきだろう。


「それで、鈍器は取り扱っているのでしょうか。できればメイスが欲しいのですが」


「はい、もちろんご用意しております。ささ、こちらをご覧下さい」


 大小取り揃えた十種類ものメイスが並べられている。その中でも一番大きなメイスを手に取った。ずっしりとした重量感はあるのだが、今まで数多のメイスを使い潰してきたライトには、今までのメイスと変わらないように感じた。


「おお、それは噂の鉱石をふんだんに使い、名工により鍛え上げられた一品でございます。強度も一般的なメイスとは比べ物にもなりません」


 自信満々に言い切る従業員へ、ライトは問いかける。


「これ、本当に噂の鉱石使っています?」


「ええ、もちろんでございます。どれだけ乱暴に扱おうが壊れませんし、百年は品質が保証できる強度でございます」


「じゃあ、今この場で私が力を込めても曲がったりしませんよね」


「はっはっは、有り得ませんな。お客様はなかなかご冗談がお得意なようで」


 ライトは大きく息を吸い込むと、息を止め一気に力を込める。

 ミシッという微かな音がメイスの柄から漏れた。


「…………」


 黙って見つめるライトから目を逸らさずに、従業員はハンカチで額の汗を拭っている。


「お、おや、柄に貼り付けている滑り止め用の革が剥がれかけていますね。これは失礼しました。別のものと取り替えますので暫くお待ちください」


 慌てて店の奥へ引っ込んだ従業員を暫く待っていると、何かを引きずる音が徐々に大きく響いてくる。何かがライトの元へ近づいているようだ。


「大変お待たせしました。これこそが当店が誇る最強のメイスです」


 従業員十人がかりで、それは運ばれてきた。車輪のついた鉄製の台に寝かされた、あまりにも巨大すぎるメイスだった。


「どうですか、噂の鉱石のみで作られた最高にして最強の品! ただ、あまりに重すぎて誰も使えるものがいないという欠点はありますが! はっはっはっは!」


 そう言い放つ従業員が、ヤケになっているようにしか見えない。


「ちなみにこれは、幾らなのですか」


「お値段の方ですか。無料ですよ。ただし、これを扱えることが可能ならばですが」


 腕組みをしたまま鼻を鳴らして、やれるものならやってみろと言わんばかりにライトを見ている。その態度は、ライトを客として見ているのではなく、倒すべき相手と思っているかのようだ。


「二言はありませんね」


 ライトは巨大なメイスの柄を右手で掴んだ。


「ほぅ」


 思わず息を呑む。驚く程、ライトの手に馴染んだのだ。力を込めて柄を握り締めても、凹むことも軋むような音が聞こえることもない。


「片手で上がるわけが」


「ふんっ」


 ライトにとって生まれて初めての経験だった。たった一つの武器を持ち上げるのに、全身の力を込めたことは。

 両手で持ちあげれば容易くいけたのかもしれない。だが、ライトは片手で持ち上げようとしている。体中の筋肉が膨張し、右手には血管が浮き出ている。


「ですから、いくらお客様とはいえ、このメイスを……」


 ゆっくりとだが、メイスの先端が台から離れていく。メイスの先端が弧を描き、ライトの肩の上まで移動するのを、その場にいた従業員全てが目で追っていた。


「では、頂いてもよろしいでしょうか」


 ライトの一言に、目を限界まで見開いていた従業員が我に返った。


「も、持ち上げられただけで、扱えるかどうかは別問題では」


 ライトは柄を両手で握り、右足を後ろに下げ構えると、メイスが収められていた鉄製の台へ振り下ろした。

 ライトの怪力とメイスの重量が振り下ろされた力と混ざり合い、今までにない破壊力を生んだ一撃。

 ライトアンロックの相棒となる武器との初めての共同作業は、武器屋の床に大穴を開け、鉄製の台は掘り出しが不可能な程、地中深く潜り込むこととなった。


「頂いてもよろしいでしょうか」


 笑顔で再度確認を取る。

 店内にいた従業員全てが激しく頭を何度も上下に振っていた。





「良い買い物をしました。おまけも付けていただきましたし」


 ほくほく顔で街を歩くライトだが、実は何も買っていない。言うまでもないが無料で貰ったものだ。


「この一度だけ重力を軽くする指輪も頂けるとは、なんて良い方なのでしょうか」


 ライトがおまけに貰った指輪は重力を操れる魔道具で、触れたものを重くすることも軽くすることも可能である。たった一回の使いきりとはいえ、なかなかの高性能で発動してから五分はその状態が続くそうだ。

 何故そんなものが武器防具の店にあったのかというと、あのメイスを万が一床に落としてしまうと持ち上げることが不可能になってしまうため、非常用として置かれていた魔道具だった。

 収納袋へしまったメイスをもう一度じっくりと眺めるため、どこか人のいない場所を探して彷徨うろついていている間に、街を囲む外壁に到達してしまっていた。


「おかしいですね、こちらに公園があると聞いたのですが」


 どうやら迷ったらしく、壁に背を向けもう一度通ってきた道を戻ろうとした、その時。


 足元が大きく揺れた。

 その揺れは止まることなく、更に激しく縦に横に揺れ続ける。

 ライトを持ってしても立っていることが困難になり、地面へ膝をつく。


「何が起こっているのですかっ……」


 ライトが手を付いた壁にヒビが走り、街中の地面を覆う敷石は砕かれ、土の地面が剥き出しになっている。二階建て以上の建物が次々と倒壊し、無数の悲鳴が町中のあちらこちらから響いてくる。


「地震なのかっ!?」


 ライトは揺れが収まるどころか激しくなっていく中、どうにか踏ん張り立ち上がる。地面へ足をめり込ますように、強く踏みしめ一歩前へと進む。


「ここを離れないとっ」


 更に一歩前と踏み出した先には――地面が無かった。


「えっ?」


 足元にあるはずの地面は消え失せ、そこには大きな暗闇があった。ライトは周囲の瓦礫と化した建造物と共に、突如開いた大穴へと落ちていく。


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