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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
22/145

教皇

 ライトが冒険者ギルドを出ると、空は暗闇に覆われていた。

 この時間帯から大神殿へ向かうことは可能ではあるが、非常識であるため近場の宿屋で一泊することにする。

 この町の平均的な宿屋で部屋をとり、指定された部屋へと向かい中に入る。そこでようやく人心地がついた。

 明日のことを思うと憂鬱でしかたないが、なるようにしかならないと開き直ることにし、夕飯後、さっさと部屋に引っ込み寝ることにした。

 




 翌日、宿を出て、大神殿へ向かう予定なのだが、どうにもライトは気分がのらない。


「はぁ……面倒ですね。書簡には帰って来いとなっていましたから、首都まで来たということで拡大解釈して、もうこれでいいということになりませんかね」


 ここまで来ておきながら、まだ渋っている。

 収納袋から書簡を取り出し、もう一度目を通す。


「重要なポイントは、「さっさと帰って来い。二ヶ月以内に顔を出せ」この二つですね。町へ入ったことにより、帰って来いという条件は満たされたと考えていいでしょう。となると残りは顔を出せですか……強化魔法を使って、教皇の前を目にも止まらぬ速さで、走り抜けるというのはどうでしょうか。これは、いけるかもしれません」


「いけませんよ」


 妙案が浮かんだと目を輝かせ、拳をグッと握り締めていたライトの背後に一人の青年が立っていた。

 その少年は縁の細い眼鏡をかけ、まだ幼さが残っているが利発そうな顔に、苦笑いを浮かべていた。


「もしかして、カムイル君ですか」


「はいそうです。お久しぶりです、ライトさん」


「最後に会ったのが五年前ですから、もう十五歳なのですね。立派になって」


 ライトが死者の街へと旅立つ前に会った時は、まだライトの胸元までしか背が届いていなかったのだが、今はライトより少し低い程度にまで身長が伸びている。


「ライトさんはお変りないようで安心しました」


 そう言ってカムイルは笑顔を向けた。


「ところで、どうしてこんなところに。偶然といったわけではないのでしょう」


「はい。教皇様から直々に「どうせ渋って帰ろうとするだろうから連れてこい」との沙汰がありまして」


「既に読まれていましたか。ここは諦めるとしましょう。カムイル君、大神殿までお願いしてよいですか」


「お任せ下さい。五年も経てば町並みも変化していますので、方向音痴のライトさんだと迷いそうですから」


 もう既に迷ったことは口に出せないライトだった。





 カムイルの道案内もあり、町の北西に位置する大神殿まで、問題なくたどり着いた。


「相変わらず、無駄に立派な造りをしていますね」


 広大な敷地の中心に、白く輝く荘厳で巨大な建物が、人々を圧倒するような存在感を放っている。建物を支える巨大な丸い円柱全てに神の姿が彫り込まれており、神の表情が全て微妙に異なっているという、こだわりようだ。

 その柱が支える天井は、地上から十メートル以上離れた高さにあり、室内は巨大な空洞になっている。

 門番に挨拶をし、扉をくぐり大神殿内部へ足を踏みいれる。入り口付近は巨大なホールとなっていて、信者用の長椅子がずらりと並べてある。奥には祭壇と大きな神の像が祀られている。どうやら、今は誰もいないようだ。


「冬場暖房効きにくそうです」


 ライトは天井を見上げ過ぎて首が凝ったようで、首筋あたりを揉んでいる。


「そんな感想を口にするのはライトさんぐらいですよ」


 ホールを抜け、中庭が見える廊下を進んでいく。中庭は手入れが行き届いており、季節の花が配色も考慮して、規則的に花壇へ植えられている。

 すれ違うように進路方向からやってきた何人もの聖職者が、こちらの姿を目にすると頭を下げ、脇に逸れて道を譲っている。


「カムイル君も偉くなったものです」


 その様子に感心してライトが頷いている。


「何を言っているのですか。皆さん、ライトさんを見て頭を下げているのですよ」


「私ですか。今は気配も抑えていますし、威圧感もないはずなのですが」


「……ライトさんは本当に変わりませんね」


 カムイルは何かを悟ったような、少し疲れた表情で呟いた。





 大神殿の更に奥へと進むと、徐々に人口密度が増えてきた。初めは、あまり人とも出会わなかったので会釈を返していたのだが、現在はあまりに行き交う人が多すぎるため、足早に通り過ぎている。


「ライトさんそろそろ着きますよ。そこの大きな扉の奥になります」


 カムイルが指し示す方向には、鉄製の巨大な両開きの扉があった。いかにも重厚そうな鉄門の前には、全身鎧装備の衛兵が十名並んでいる。


「カムイルです! 命により、ライトアンロック様を連れて参りました!」


 門の前で堂々と名乗りを上げ、ライトを連れてきた旨を伝えると、扉がゆっくりと開いていく。


「では、参りましょうか、ライトさん」


 胸を張り進んでいくカムイルの後に、ライトは続いていく。

 そこは大神殿入口を入ってすぐと同じような、巨大なホールとなっていた。先程の場所と違い、祭壇や信者用の長椅子がない。その代わりに正面の壁際に一際目を引く、煌びやかに飾り付けられた高そうな椅子がある。

 そこには黒髪の女性が包容力のある柔らかな笑みを湛え、腰掛けている。服は聖職者が日常に好んで着る質素な白い法衣なのだが、その女性から溢れ出す崇高な魅力が、その質素な服でさえ高貴な物へと昇華させていた。

 このホール内にはライトとカムイルとその女性しか存在していない。ライトは平然とその場に立っているのだが、カムイルはうっすらと額に汗を浮かべ膝をつき、頭を垂れている。


「ご苦労様でした、カムイルさん」


 澄み切った声がカムイルの耳を通し心まで染み込んでくる。そのあまりの心地よさに、カムイルは表情が緩みそうになるが、気を引き締め深く頭を下げる。


「私にはもったいないお言葉です」


「ライトアンロックさん、遠路はるばるご苦労様でした。わたくしの無理な申し出を快くお受けいただき、ありがとうございます」


「……はあ」


 ライトは胡散臭そうに女性を見つめ、気の抜けた返事をする。

 一瞬、女性の眉がぴくりと動いた。


「ライトさんっ。教皇の御前ですよ!」


 ライトの不遜な態度に、カムイルは小声で注意を促す。


「良いのです。カムイルさん。わたくしはライトアンロックさんと話がありますので、席を外してもらえますか」


「はいっ! わかりました。これにて失礼いたします!」


 カムイルは素早く立ち上がり、またも深々と頭を下げると、踵を返し扉から退出した。


「これで二人きりですね、ライト。お変わりはありませんでしたか」


「ぼちぼちですね」


 素っ気のない返事に、目は笑顔のまま教皇の口元が小さく揺れる。


「遠く離れてしまった貴方をいつも想い、不安と心配でこの身が張り裂けそうでした。こうして貴方の顔を見ることができ、心から嬉しく思います」


「……教皇一ついいでしょうか」


「はい、なんでしょうか」


「なんですか、そのキャラ。正直キモいです」


 その一言に、教皇の顔面に貼り付けられていた笑顔が崩れ去った。その笑顔の下からは、額に血管を浮き上がらせ、目を吊り上げた怒りの形相が現れる。


「ばーかばーか! うっさい、ボケ! 俺だってキモイの十分承知してんだよ! お前みたいに自由気ままにやれたらどんなに楽か!」


 先程までの気品さは微塵もない、男口調に変わった教皇はライトへ怒鳴り散らす。


「その方が貴方らしいですよ。ただいま、ファイリ」


「うっせえよ、ばーか」


 ファイリは顔を背けているが、その頬は少し赤らんでいる。


「さて、こうして顔見せも終えたことですし、帰りますか」


「まて、要件を言ってないぞ」


 帰る気で背を向けたライトをファイリが止めた。


「すみません、長時間、人と会話すると死んでしまう不治の病にかかってしまいまして」


「ねえよ、そんな病気。ったく、いいから話を聞け。お前にも関わりがある――穴についてだ」


 穴という単語にライトが反応し、勢いよく振り向く。


「その穴とは、あの穴ですか」


「ああ、その穴だ。お前がよく知る、三年間暮らした懐かしの――虚無の大穴だよ」


 虚無の大穴とは、八年前突如、町の真下に現れそこに住む人々を町ごと呑み込んだ、大穴のことである。

 その大穴から飛び出してきた無数の魔物たちに、近隣諸国が深刻な被害を受け、三年の月日を経て、大穴の底にいる魔王を討伐し世界に平和が訪れた。

 この国に住むものなら誰でも知っている災厄であり、その戦いは物語となり多くの人びとに伝わっている。


「鬱陶しいことに、あの穴から、最近魔物が頻繁に現れるようになってな」


「確かあの穴はあれから、一匹の魔物も出てこず観光スポットになっていたのですよね」


「ああ、国の貴重な収入資源だそうだぞ。一応、万が一のために見張りの兵士が常駐していて、今回の報告もその兵士かららしい。まあ、湧き出てくる魔物はEランクから強くてもBランク下位で、兵士たちでも何とかなっているようだな」


「なら別に良いのでは。心配なら兵士にでも探索にいかせればいいじゃないですか」


「あいつらもバカじゃないらしく、既に偵察に向かわせたそうだ。だがな、誰も最深部まで到達することができなかったそうだ」


 ファイリの含みがある言い方に、ライトは知らぬうちに眉根を寄せていた。


「まさか、全員殺されたのですか」


「んや、ズタボロにされてはいたが、命に別状はなかったぞ。何でも、序盤は順調だったのだが、道中半ばあたりで白い仮面をつけた、やたらと強い魔族にやられたそうだ」


「魔族ですか……厄介ですね」


 この世界には魔族と呼ばれる存在がいる。

 人間と同じような容姿でありながら、膨大な魔力と、人間など足元にも及びもしない身体能力を兼ね備えた、闇属性の頂点に立つ魔物である。その生態は不明で別世界の住民説や、元々は人間だったという説もあり未だに解明されていない。

 魔族は最低でもAランク以上の強さを誇り、敵対行為は死を意味すると言われている。魔族について最も問題視されているのが、魔族の持って生まれた気質だ。

 人間同士が争う戦場にふらりと現れ両軍を壊滅させて立ち去った魔族や、魔物の群れに襲われている村を助けた魔族がいたという報告もある。

 ちなみに、魔族関連の噂話の幾つかは、ライトが魔族に誤解された話だったりする。


「ヤツらの行動だけは読めないからな。ただ、人間に害を与える魔族が多いのは確かだ」


「そうですね……」


 ライトは魔族と聞いて、全てが人間と敵対する存在だとは思ってはいない。人間にも善と悪がいるように、魔族もそれぞれ性格があるのだろうと考えている。


「それでだ、ライトお前に虚無の大穴を調べてきてほしい。誰よりも穴に詳しいお前にだからこそ頼みたい」


「やです」


「もちろん、一人じゃないぞ。国、冒険者ギルド、教団から代表者を出し、少数精鋭で向かう予定にしている」


「大変ですね、頑張ってください」


「無論、報酬は出す。どうせお前は神の名を出して命令したところで逆効果だろうからな」


「その日、親戚の友人の叔母が出産予定なのですよ」


「ちなみに拒否権はねえよ。もし、拒否ったら……五年前の戦いでお前の活躍を公表するぞ」


 ライトは断固拒否の構えだったのだが、ファイリはライトの戯言を一切取り合わず、最終手段を発動した。


「なん……ですと。教皇ともあろうお方が、敬虔な信者である私を脅すというのですか」


「何が敬虔だ。お前、本気で神に祈り捧げたことないだろ」


 半眼で睨むファイリから、ライトは目を逸らさずに口を開いた。


「ありますよ。下痢が酷くてトイレで唸っている時に、神様お願いします、この下痢を止めてくださいと」


「最悪だなこの聖職者。ともかくだ、何度も言うが拒否権はない。それに、まあ、あれだ……」


 ファイリは何かを言いあぐねているようで、ライトから顔を逸らし、ボリボリと頬を指で掻いている。


「ほら、俺が心から信用できるのは、お前しかいないんだよっ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るように言うと、椅子ごと回転させ、ライトに背を向けた。


「まったく、素直じゃありませんね。もう少しからかっていたかったのですが、仕方ありません。その話お受けしますよ」


「お、お前、初めっから受けるつもりでからかっていたのか!」


「そうですが、何か?」


 平然と返すライトに、ファイリは感情が高まりすぎて声も出ないようで、口をパクパクと何度も開閉させている。


「駄目ですよ、教皇ともあろうお方が、冷静さを失っては。涙目になっていますよ、頭、良い子良い子してあげましょうか」


「うっせえ! バカ! 馬糞にまみれて死ね! カス! 当たれっ!」


 罵倒と共に飛んでくる聖滅弾を華麗なステップで避けきり、扉の前まで退避する。


「詳しい話はカムイル君に伝えておいてくださいね。あ、そうそう、ファイリ」


「……何だ」


「そんなに肩肘張って自分を押し込めずに、今のように感情を出して、もう少し周りに本来の自分を見せてみたらどうですか」


「俺は、優秀だった姉に近づかなければならない。皆が敬い憧れるような存在にならなければならないのだ……」


 ファイリの怒りが急速にしぼみ、肩を落とす。


「お姉さんはそんなこと望んでいませんよ」


「何故、そんなことが言える……お前に姉さまの何がわかると言うんだ!」


「直接会いましたからね、死者の街で」


「えっ?」


 ライトは懐から取り出した小さな紙のようなものを、中指と人差し指の間に挟み、呆けた顔をしているファイリの胸元目がけ弾いた。

 その小さな紙はファイリの胸に当たる。それを両手で包むように掴んだ。


「お姉さんからの伝言です。死んでも元気でやっている。そうです」


 ライトは膝から崩れ落ちたファイリに伝えると、その場から立ち去った。


「お姉ちゃん……もう、お酒飲みすぎ……」


 両手に包まれた小さな紙には、満面の笑顔でエクスと肩を組み、バカ騒ぎをしているミミカの姿が写っていた。


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