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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
21/145

ギルドマスター

 優しい三人組が道案内をしてくれたおかげで、ライトは無事に冒険者ギルドへとたどり着けた。


「ありがとうございました。あなた方のおかげですよ。よかったらギルド内の酒場で一杯おごりますが」


 ライトの屈託のない笑顔を見て、三人組は震え上がっている。


「お、お気持ちは嬉しいですが、け、結構です! これで失礼しやす!」


 三人組は頭を下げると、脱兎の如く走り去っていった。


「謙虚な方々でした」


 皮肉交じりにそう呟くと、ライトは冒険者ギルド本部の扉を押し開いた。

 流石に本部だけあり、百人は軽々入れる巨大なホールが有り、受付の職員だけでも二十人はいる。冒険者もかなりの数が店内にいる。

 一階ホールの片隅でギルド職員により酒場を経営しているのだが、夕方前という中途半端な時間なので、こちらの客はまばらだ。

 ライトが入った瞬間、多くの視線がこちらに向いたが、その殆どが直ぐに別の方向へ向いた。幾つかの視線は継続してライトに注がれているのだが、気にすることなくカウンターへと歩み寄った。

 受付にはショートカットの活発そうな女性職員がいた。


「すみません、ギルドマスターはいらっしゃいますでしょうか。できればお会いしたいのですが」


「申し訳ありませんが、面会の予約の方は」


「いえ、今日、この町へ来たばかりなので」


「そうなると、直ぐにというわけにはいきませんが」


 申し訳なさそうな表情の受付担当職員を前に、ライトは少し考える。


「一応、ライトアンロックが来たとだけお伝え願えませんか?」


 ライトの名乗りに冒険者ギルドカウンター内がざわついた。担当の受付職員は目を見開き、ライトを凝視している。聞き耳を立てていた周囲の冒険者ギルド職員の視線が体中に突き刺さっている。


「あの失礼ですが、あ、あのライトアンロックさんでしょうか」


「あれが、どれなのかわかりませんが、おそらく」


 そう言ってギルドカードを、何故かカウンターの向こうで身を縮こませている受付嬢の前に置いた。

 職員は目にも止まらぬ速度でカードを取ると、名前を確認し、詳細を調べるため専用の魔道具へカードを通した。


「確認できました。大変申し訳ありません! 悪気があったわけではないのです! お許し下さい! 私には家族がいるのですぅぅぅっ!」


 カウンターへ頭を擦りつけ、取り乱した声で受付が謝罪している。

 突然の状況に反応が遅れたライトだったが、泣いている受付職員を落ち着かせようと手を伸ばす。


「どうかご慈悲を! この者はまだ職員になって間がないので、どうか寛容な心でっ!」


「この子には可愛い弟がいるのです! 彼女がいなくなると身寄りのない弟がどうなるのか……死者の街へ連れて行かないでやってください!」


 泣き叫び崩れ落ちた受付を、周囲の職員が肩を抱き覆いかぶさるようにして庇っている。


「私の噂はどういう風に広まっているのですか……」


 ライトは大きなため息をついてしまう。


「おい、ギルド職員を脅すとはいい度胸だな! ここら辺では見かけない顔だが何者だっ!」


 体格のいい戦士風の男がライトの肩を掴み、自分の方へと向き直させる。戦士の背後に仲間の冒険者たちが数名付き添っている。困っている職員を見かねて助けに入った、正義感あふれる行動のようだ。

 ライトにしてみれば、話がややこしくなるだけの厄介者なのだが。


「何者と問われましても、見ての通り聖職者ですが」


「はっ、黒の法衣なんてものを着て聖職者を語るか。その格好はあれか、噂の闇のひきこもりとかいうヤツの真似か何かか」


 ライトの格好を見て鼻で笑う戦士に、少しだけ……ほんの少しだけライトはいらついた。


「その闇のひきこもりというのは、どういった方なのですか」


 しらばっくれて、戦士に質問をする。


「てめえ、そんなことも知らねえのか。聖職者でありながら、闇を好み、不死者や闇属性の魔物と戯れるのが好きらしいぞ。極めて特殊な変態だなっ!」


 大声を上げ笑い続ける戦士をライトは笑みを絶やさず見つめている。

 ライトの背後では冒険者ギルド職員が顔を真っ青にして、戦士の暴言を止めようとしているのだが、恐怖のあまり声が出ないようだ。


「そんな人がいらっしゃるのですね。見た目の特徴とかはあるのですか」


「てめえの着ているような黒い法衣を着て」


「ふむふむ」


「馬鹿でかいメイスを持っているらしいな。所詮噂だ……が……」


 ライトは収納袋へ手を突っ込み、お目当てのメイスの柄を掴むと、少し離れたギルドの床へ放り投げた。重装備を着た体格のいい戦士が歩いても、ビクともしないギルドの石床が陥没し、周囲に無数のヒビが広がる。

 床石を砕いた音の大きさに、ロビー内の人々の視線が集まる。


「そのメイスとはこれでしょうか」


 今にも顎が外れそうなほど、大きく口を開けた戦士がメイスに向いていた顔をゆっくりとライトへ戻す。

 ライトが満面の笑みを浮かべていた。


「さあ、続きをどうぞ。他に特徴は」


「え、あ、いや、まさか……あんた、本物の」


「私ですか、ライトアンロックと申します」


 ロビー内に響くように名乗りを上げる。

 カウンターで会話をしていた冒険者や、酒場で酒を酌み交わしながらも、こちらを窺っていた冒険者たちが立ち上がる。


「おい、あいつ確かにライトアンロックと名乗ったよな」


「ああ、見た目も噂通りだ」


「マジであんな巨大なメイス使っているのか」


 ギルド内を充満する冒険者の響めきも、ライトにとっては慣れたものだ。


「それで続きはどうしたのですか」


「は、はっ! てめえが本人だったとしてもそれがどうした。受付のリリームを泣かしたことに変わりはない!」


 完全に腰は引けているのだが、チラッと泣いている受付職員を見て、ライトの前に立ちはだかる。どうやら、この戦士はリリームという職員に惚れているようだ。


「それは、誤解なのですよ。勘弁してもらえませんか」


「そんなこと信用ならんな! 冒険者が自分の誤解を解きたければ、これで語れや!」


 下手に出るライトを見て、噂ほどではないと判断したようで少し勢いを取り戻したようだ。丸太のように太い腕を曲げ、自慢げに筋肉を膨張させる。


「筋肉で語るのですか、悪くないですね」


 男は腕っ節で証明しろと言いたかったのだが、何を勘違いしたのかライトは法衣を脱ぎ始める。この法衣は足首まで覆うタイプで、脱ぎ捨てられた法衣の下は同色の黒いズボンと、肩までしかないシャツだけを着ていた。

 ライトのその姿を見た冒険者たちは、思わず感嘆のため息を漏らす。

 日頃、ゆったりとしたサイズの法衣を着ているため、体の輪郭が見えることがないのだが、あらわになった肉体に冒険者たちは言葉を失う。

 引き締まっていながらも、はち切れんばかりに全身の筋肉が浮き出ている。脂肪など一切ない鍛え上げられた肉体。体に自信がある冒険者だからこそ、その異様さと圧倒的な肉体美を理解できた。


「どうします。力試しに腕相撲でもしますか?」


「勘弁してください……」


 突っかかってきた戦士はその場に膝をついた。


「おい、それぐらいにしてやってくれ。男のストリップショーなんぞ、見るに耐えん」


 白い髪を後ろで縛った妙齢の女性が、うんざりとした表情で止めに入った。


「おや、ギルドマスター。健在のようで何よりです」


「やっぱり、お前か。久しぶりに顔を出したかと思えば騒ぎを起こしやがって。まあいい、お前ら解散だ、散れ散れ。ライトは私について来い」


 ライトは法衣を手に取り、ギルドマスターの後を追った。





「で、何の用だ」


 ギルドマスターの部屋に入り、開口一番それを口にした。


「師匠のご尊顔を拝謁し」


「嘘を付け。お前のような出不精が訳もなく首都に来るわけがないだろう。それに師匠などと思ってもいないことを口にするな。お前に修行をつけたのはたった二ヶ月の間だ。まあ、それはいい。最近はずっと死者の街にいるそうだな」


 ライトの顔を正面から見据え、にやりと口元を歪める。

 ギルドマスターは目元口元に小じわがあるとはいえ、十分魅力的な外見をしている。むしろ、年上の色香があるため、その魅力は若いものに負けていない。ギルド内外を問わず、憧れている者が多い。

 来客用のソファーに深く腰掛け、無造作にスラリと伸びた長い足を組む。スカートを履いていたら危ないアングルなのだが、ライトはギルドマスターがそんなものを履いているのを見たことがない。いつも、ラフな格好をしている。今日も、紺と茶色の上下で飾り気が全くない男物の格好だ。


「ご存知でしたか。それなら話が早い。これを配るのにギルド職員の皆さんに手を貸してもらえませんか?」


 収納袋から千通以上の手紙を出し、テーブルに置く。


「なんだ、手紙か。いつから配達屋に転職したのだ。それもこんなに――おい、何の真似だ。お前はこういう質の悪い冗談をするヤツではないと思っていたのだがな」


 差出人の名前を確認したギルドマスターの鋭い眼光が、ライトを射る。


「冗談ではありませんよ」


 その視線を意にも介さず、ライトはテーブルの上に置かれた菓子に手を伸ばす。


「この名は、死んだ冒険者だろ。これもこれもこれも!」


 手にした手紙を握り締め、その拳をテーブルへ叩きつけた。巨大な樫の木から切り出した一枚板の分厚い天板が、真っ二つに割れる。


「武闘家としての腕は未だに健在ですか」


 ギルドマスターは若かりし頃、天をも素手で割ると言われた伝説のSSランク格闘家だった。


「おい、納得いく説明が無ければ、どうなるかわかっているだろうな」


 立ち上がり身を乗り出し、ライトの胸ぐらを掴む。


「落ち着いてください。貴方も知っていたではないですか、私が死者の街にいたことを。この手紙は全て本人からですよ」


「本人……だと」


 肩をいからせ荒い呼吸だったギルドマスターは大きく息を吐き、ソファーに座りなおす。


「この手紙は死者の街にいる、冒険者や住民たちに託された手紙です。あの街の死者たちは何かしらの未練がある人たちなのはご存じですよね。それは残してきた家族への想いや果たせなかった想いが込められています」


 そこで一度話を区切り、ギルドマスターの顔色をうかがう。

 黙って手紙を見つめているギルドマスターの横顔を確認すると、話を続けた。


「とはいえ、身内や知り合いも死んだ人からの手紙など信じられないでしょうから、写真機でとった写真も添えておきました」


「写真にも写るのか」


「ええ。意外とくっきりと写っていますよ。それでも混乱は起きるでしょうから、その対応はお任せしたいのです。流石にこの数を一人で運ぶのは無理ですので。最低でも二ヶ月は死者の街へ戻りませんので、その間に返信をいただけませんか。私が責任をもって死者の街へと届けますので」


 ギルドマスターはソファーの背もたれに全身を預け、天井を仰いでいる。


「全くお前は、人を驚かせないと死ぬ病気か何かなのか」


「そんなつもりはないのですけどね」


「これは責任をもって引き受けよう。アフターケアも冒険者ギルドの役目だからな。任せておけ」


 この件に関しての確言を得ると、ライトは席を立った。


「おい、ライト。わかっているとは思うが、色々と気をつけろよ。最近何かと上のほうが、きな臭いからな」


「はい、ご忠告痛み入ります」


 ライトは深々と頭を下げ、ギルドマスターへ手紙を託した。


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