首都へ
紆余曲折ありながらも、宿場町が見えてきた。
遠くに見える宿場町は木製の外壁で囲まれているようだ。杭状にした巨大な丸太を並べて地面へと突き刺し、外敵の驚異から住民を守っている。
外から眺めた感じでは、規模としては大きめの村程度に見える。
木製の壁に取り付けられた、両開きの門の前に人々が並んでいる。ここで身分証明の提示を求められる。
ライトも大人しく列の最後尾へ並ぶ。
一つ前にいる二人の老夫婦が、仲睦まじく談笑をしながら順番を待っていた。旦那らしき人物がライトの存在に気づき、頭を下げる。
「おや、そのお姿は神官様ですか」
「はい、拙い者ですが、神に仕えさせていただいております」
ライトも微笑み会釈をする。
「神官様はお一人なのですか? 私たちは乗合馬車でここまでやってきとるのですが」
「ええ、神の導きもあり、何とか無事にここまで来ることができました」
ライトは思ってもないことを、笑みを絶やさず言い切る。
その後も聖職者らしい対応を続け、順番が回ってきた老夫婦は二人して頭を深々と下げ、門の中へと消えていった。
「ほぅ、黒色の法衣とは珍しい。最近は神官でも個性を出す時代なのか。すまんが、身分証の提示をお願いしたい」
ライトのつま先から頭のてっぺんまでジロジロ見ている髭面の男は、この街の門番をしている衛兵らしい。
「ギルドカードで構いませんか」
「むろん大丈夫だ」
冒険者ギルドで発行されるギルドカードは個人の詳細な情報は、冒険者ギルド内にある特殊な魔道具でしか読み取ることができないのだが、大まかな情報は常に表示されているため、身分証として使うことができる。
「よっし、問題はないな。ようこそ、神官殿」
確認済みのギルドカードを受け取り、門をくぐり抜けた先には、こぢんまりとはしているが活気のある街並みが広がっている。
門をくぐった途端、無数の視線をライトは感じた。
冒険者が多く集まる町なので聖職者がいるのは不思議ではない。黒の法衣という変わった格好ではあるが、冒険者というのは個性を出したがる連中が多いため、ライトが奇抜という程でもない。
視線の数は不自然な程多い。一瞬こちらを見て目を逸らすならわかるのだが、その視線の多くはライトを見つめ続けていた。
「注目の的ですね。心当たりがあり過ぎて困ったものです」
こちらを観察している者たちに、ライトは見当がついていた。視線の半分以上は冒険者で、彼らは黒の法衣を着た噂の人物ではないかと様子を窺っているのだろう。
残りの半分はこの街にいる住民を装ってはいるが、おそらく国の回し者だろうと。
「教皇も心配性ですね。最も、その情報を何処かから仕入れた、別勢力かもしれませんが」
小さくだがわざと声に出す。情報収集能力に長けたものなら、相手の口の動きで何を話しているか読み取る術を心得ているのを、ライトは承知の上だ。
ライトはイナドナミカイ教にとって非常に取り扱いの難しい存在となっている。教皇と親しい関係であり、尚且つ、ある出来事に深く関わり、それを解決へと導いた立役者である。ライトの希望により、それは公表されていないが。
「権力に興味ないのですが」
ライトの本心なのだが、それを信用するものは少ない。特に日夜、権力争いを繰り広げている教団トップ周辺にとって、ライトの無欲さは驚異に映るそうだ。
一向に離れることのない視線にうんざりしながら、ライトは町中を進んでいく。
当初はここで一泊する予定だったのだが、この状況にその気も失せた。
「では、転移陣の確認をしておきますか」
通りすがりの住民に質問をして場所を聞き出す。こういった会話も聖職者であるというだけで警戒もされず、話を聞き出しやすい。
教えられた場所へと向かうと、そこには白い石造りの小さな建物があった。
それは屋根とそれを支える四本の柱しかない、簡素な造りをしている。地面には青く輝く大きな魔法陣が描かれている。
ライトはその魔法陣脇の椅子に黙って腰掛けている、紺色のローブを着た女性へと歩み寄った。
「すみません、お話をうかがってもよろしいでしょうか」
「へっ? ……は、はい! なんでしょうかっ」
慌てて顔を上げた女性は、ずれていた眼鏡をかけ直し、法衣の袖で口元を拭った。どうやら居眠りをしていたようだ。
「いい陽気ですから、眠くなりますよね」
「そうなのですよ! ここって結構暇で。転移陣使わずに助祭さんに格安で送ってもらう人が多くて、商売上がったりですよ。ここ一週間で利用客たったの二人だなんて、もうこの仕事辞めたいです」
転移陣を運営しているのは魔法使いの組織なのだが、価格が割高なため利用客は少ない。それなら、目的地への帰還魔法が使える聖職者を探し、一緒に乗せてもらった方が格安ですむため、緊急時以外使う者は殆どいない有様だ。
ライトは相槌を打ちつつ愚痴が終わるのを待ち、全てを吐き出して満足そうな顔をしている女魔法使いに問いかける。
「この魔法陣は首都へと繋がっていますか」
「え、はい。主要都市へは繋がっていますが」
「なるほど、ちなみにお値段の方は?」
提示された料金は高額ではあったが、ライトにしてみれば問題のない金額だった。
自慢ではないが、ライトはかなり裕福だ。死の峡谷や永遠の迷宮で高額な魔石や素材を集め、それを売りさばいた金の殆どが手元に残っている。
それもその筈、ライトはお金を使うことがあまりない。
まず、ライトは常日頃から法衣しか着ていないので、衣類代が下着のみ。
毎日消費するものといえば、食費に宿代ぐらいだろう。
死の峡谷で戦い傷を負っても、自前の魔法で回復するため冒険者必須の回復薬は必要としない。状態異常や毒に対しても耐性があるので、対応する薬も消費されない。念の為にそういった回復薬は収納袋に詰め込んでいるのだが、自分で使った試しがない。
以前は武器を早い周期で壊していたので、浪費も激しかったのだが、愛用のメイスに出会ってからは、それもなくなった。
ライトの貯金額をイリアンヌが知れば、驚きのあまり気を失いかねない。
「では、首都まで送ってもらえますか」
見張りの目も面倒になってきたので、行動を早めることにした。
「おおおっ、ありがとうございます! お一人様、入りまーす」
久々の現金収入に心から喜んでいる満面の笑みに送られ、ライトは魔法陣から溢れ出した光に包まれた。
「うわっ、人が来た!」
転送先の魔法陣から出ると、首都担当の魔法使いが本気で驚いている。
「どれだけ客がいないのですか」
人ごとながら少し心配になるライトだった。
宿場町と違い立派な造りをしている室内から屋外へと出る。
扉を開けた瞬間、無数の音が押し寄せてきた。
住民の話し声だけではなく、歩く足音やドアの開閉。馬車の走る音。死者の街とは比べ物にならない活気と、人々が生み出す生活音に圧倒されそうになる。
「相変わらず賑やかな町ですね」
そう呟き、五年ぶりに首都への帰還を果たした。
「まずは冒険者ギルドに顔を出しますか」
首都には冒険者ギルドの本部がある。ライトは本部にいる冒険者ギルドのトップである、ギルドマスターに用事があった。
五年前の朧げな記憶を頼りに、首都の見物がてらライトは街中を進む。
「ええと、確か右だったような……」
目の前には外壁があった。人気もなく日も差し込まない薄暗い路地裏で、ライトは完全に迷っていた。
そもそも方向音痴であるにも関わらず、微かに覚えている記憶をあてにして着くわけがないのだ。
「おうおう、兄ちゃんこんなとこで何してんだ」
「ここは俺様たちの縄張りだぜぇ」
いかにも、ごろつきといった感じの三人組が、壁と見つめ合っていたライトを取り囲む。
「それは申し訳ありません。道に迷いまして」
振り返り、笑顔は崩さず、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「おいおい、その変な法衣を着てるってことは、お前、聖職者か。聖職者ってのは、道に迷う人を導くのが役目だろ。てめえが、迷ってどうすんだ」
「うまいこと言いますね」
馬鹿にされているというのに、ライトは相手の言い回しに感心している。
「よーし、迷い人のあんたを俺たちが導いてやろうじゃねえか。その代わりといっちゃなんだが、お布施の一つも貰わねえとな」
取り囲んでいる連中は、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。
「お布施ですか、いかほど支払えば?」
「俺たちは優しさが売りだからな。今持っている現金全部で構わないぜ。ひゃはははははははっ」
何が面白いのか、三人組が全員笑っている。
「今持っている現金ですか……よっこらしょっと」
ライトは背負っていた収納袋を地面に下ろし、その中に両手を突っ込むと巨大な何かを取り出し地面に置いた。
ドスンと、あまりの重さに地面が揺れる。
「な、な、な、な」
ライトの脇に置かれた、それを指差しチンピラが震えている。
「なんじゃそりゃああああっ!」
「これですか、貯金箱ですよ」
透明な水晶で作られた、縦横奥行三メートルほどある巨大な箱だった。内部には膨大な量の金貨が詰め込まれている。
「い、いったい、いくらあるんだ」
「俺こんなに金貨見たの生まれて初めてだ……」
「これだけあれば、一生どころか来世まで遊んで暮らせるぞ」
現実味のない光景に理解が追いつかず、虚ろな瞳で巨大な貯金箱を眺めている。
「今これだけしか持ち合わせがなくて。道を教えてくださるのなら、ここにいる貴方たち全員で、これ持って行っていいですよ」
ライトの軽い口調で放った言葉に、一同は度肝を抜かれた。
「ま、ま、マジかっ!」
「私は仮にも聖職者ですよ。嘘は申しません。持っていけるのなら」
「よ、よし、その言葉聞いたぞ! あとでキャンセルは効かないからな!」
三人組は貯金箱にへばりつき、これは俺のものだと言わんばかりにライトを睨む。
「その代わり制限時間を設けさせていただきますよ。三十分で」
「制限時間? お前の目的地に着くまでか?」
「いえ、その貯金箱を全員で運ぶ時間ですよ」
さっきまでと変わらない笑顔のはずなのだが、三人組はその顔を見て冷や汗が止まらなかった。
三十分後、一ミリたりとも動いていない貯金箱の周りで、ピクリとも動かない三人組がいた。
ライトは収納袋から取り出した椅子に腰掛け本を読んでいたのだが、周囲が静かになったのを確認すると本を閉じた。
「残念ながら運べなかったようですね。この貯金箱は没収となります」
三人がどれだけ力を込めても、持ち上げるどころか動きすらしなかった箱を、ライトは両手で掴むと持ち上げ、収納袋へと戻した。
辛うじて動く首をどうにかライトへ向けていた三人組は、もう言葉もないようだ。
「では、道を教えてもらえますか。お金の受取を拒否し、無償で手伝ってくださるなんて、なんてできた方々でしょう」
こいつは、聖職者の皮を被った悪魔か何かだ。三人組は心の底からそう思った。