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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
18/145

死の峡谷を走るもの

「今度こそ、もう少しで死者の街へとたどり着ける。気合いを入れ直していくぞ!」


 野太い声を上げたのは、全身に白銀の鎧をまとった大柄で精悍な顔つきの男だった。その背には身長とほぼ同じ長さの両刃の大剣が備え付けられていた。


「毎回言ってますが、うるさいですよ。ここが危険な領域なのは、前回学んだはずですよね。もう少し声を抑えて慎重にお願いします」


 細身で生真面目そうな面構えの青年が、敵の魔力を感知することができる機能が付いた眼鏡を、指でなぞり起動させる。


「そうですよぉ~。死者の街へ着いたら、Bランク冒険者になれるんですからぁ。これで少しあの方に近づけますぅ、うへぇへぇへぇ。お金稼いでぇ~結婚資金貯めないとぉ~えへへへ」


 司祭プリーストのみが着ることを許される白の法衣を着た小柄な女性が、口元をだらしなく緩ませ、視線が定まらない瞳を虚空へと向けている。その視線の先には憧れの人と腕を組んでウエディングロードを歩く自分の姿が映っているのだろう。


「何かもう、欲望剥き出しやな。ドン引き通り越して、感心するわ」


 額に手を当て大きく息を吐いた青年は、よく見ると他の三名と違い耳の先端が尖っている。どうやら、森の種族と呼ばれているエルフのようだ。

 エルフが得意とする弓を右手に持ち、左手には矢を三本掴んでいる。


「あれから数ヶ月、ようやくこの場所へ戻ってこられた。俺たちはあれから鍛錬を続け、あの頃とは比べ物にならない力を手に入れることができた。今度こそ、冒険者ランク最大の壁と呼ばれている、Bランク昇格を成し遂げられそうだな!」


 鎧男は精悍な顔に喜びの表情を浮かべ、天を仰ぐ。そこには相変わらず、紫色の薄い靄がかかった暗い闇が広がっている。


「今更なのですが、死者の街への到達ではなく、他の昇格条件を満たした方が楽だった気がするのですが」


 眼鏡青年が周囲の魔力を探りながら、前々から思っていたことを口にした。


「え~やだよぉ。ここじゃないと、あの方に会えないもん。それにぃ、不死や闇属性じゃないと私の出番へるしぃ~。私の成長を見せて、好きになってもらうのぉ~うひぃ」


 彼女の脳内ではかなり美形化された、とある聖職者が笑顔で微笑んでいるようだ。


「ま、まあ、あの方はともかく、実際お嬢ちゃんが、強うなってくれたおかげで、道中がかなり楽になったわ。ええこ、ええこ」


 耳の長い青年が小柄な女性の頭を撫でようと手を伸ばす。


「触らないでくださぃ~。私の頭を触っていいのは、あの方だけですぅ。それにここからが本番なんだからぁ。死の峡谷で油断したらダメだからねっ。あ、でも、ピンチになったら、あの方が颯爽と現れて助けてくれるかも……」


「「「ないない」」」


 夢見る乙女の発言に、男性陣は疲れたように肩を落とす。数ヶ月前のあの日から、彼女は頻繁に恋する乙女スイッチが入り、目を輝かせるようになった。

 だからといって油断するわけでもなく、判断力や注意力が以前より格段に上がっているので、文句も言えない。


「この変な喋り方と、腹黒さが無ければいい女なんだがな」


「そうですね。体型が幼すぎてあれですが、顔は悪くないですよ」


「憧れのあの人が、そういう性癖であればええんやけどな」


 男性陣三名が小声で話し合っている。

 ちなみにこの三名、彼女や妻子持ちなので、仲間の女性に全く興味がない。


「さてと、そろそろみんな危機感持っていこか。前回苦戦した橋についたようやで。下調べによるとこの橋を渡りきれば、あと少しらしいわ。みんな、準備はええな。ほな、警戒を緩めず頑張っていこか」


 耳の長い青年の確認に全員が大きく頷いた。

 彼らは慎重に橋の上を進む。前衛は鎧男、その次に小柄な女性。眼鏡青年はその後ろで最後尾が耳の長い青年となる。


「そういや、前はここで挟み撃ちになったんやったっけ」


「おいおい、そういうことを言うな。不吉なことを口にすると現実になりやすいそうだ」


「そうですよ。ですが、今回は同じ状況になっても乗り切れる自信はありますが」


「そうよそうよ、悪魔でも魔物でも何でもどーんときなさーい」


 その声に応えるかのように、橋の前方から六体の魔物が現れた。ハードスケルトン四体にヘッドハンド二体という死の峡谷お馴染みのメンバーである。


「……おい」

「な、なによぉ。私が言ったからでてきたわけじゃないんだから。あ、あれぐらいなら何とかなるでしょ。これでブラッドマウス出てきたら大ピンチだけどねっ」


 彼らの背にゾクリ悪寒が走り、背後から押し寄せてくる何かを感じ取った。

 正直振り向きたくなかったが、確認をしなければ命に関わると判断し、渋々ながら全員が振り返った。

 そこには、この谷で一番見たくない魔物がいた。


「ここでブラッドマウスか……だが、一体だけだ。俺たちの今の実力ならやれるはずだ」


「問題は、もう片方の魔物たちですよ。足止めぐらいならなんとかなりますが、私が抜けてブラッドマウスが倒せるとは思いませんし」


「前回より絶望的じゃないんやけど、危機的状況なのは確かやな」


「みんな安心して! あの方が来てくれるわ!」


 またも乙女スイッチが入ったのかと、呆れた表情になる。


「あんな、そうそう都合よく世の中いけへんねんで。ちゃんと現実を見なあかん。あと語尾が普通になっとるで」


 小柄な女性を諭しながら、魔物たちの足止めに矢を射ている。


「そうですよっ! 現実は時に厳しいのです『電撃光』」


 眼鏡青年の杖から放たれた雷の光が、ブラッドマウスに命中するが、微かな焦げ目をつくった程度だった。


「効いてはいるが、これじゃ、らちがあかないなっ」


 ブラッドマウスの振り下ろした斧を大剣で受け流し、斧が地面に突き刺さる。ここぞとばかりに反撃を試みるが、もう片方の手に握られた片刃の剣にあっさりと受け止められる。


「大丈夫……あの方が近づいているのが私にはわかる」


 小柄な女性は怪しい言葉を呟きながらも、回復や支援魔法は卒なくこなしている。


「でも、マジで助けが欲しいところやな。ギリギリで何とかなってるけど、これやばいで。更に増援でも来たら一巻の終わりや」


 その言葉を待ってましたとばかりに、ブラッドマウス一体にハードスケルトン五体がブラッドマウスがいる地点に追加で現れた。


「……ここ、口にしたら実現する魔法でもかかっとんか……」


「だったら、私の願いも実現されるはず。助けて、ライトさまああああああああああああっ!」


 絶望の淵に立たされた状況で、望みを捨てない彼女の絶叫が死の峡谷に響き渡った。


「だから、そんなに都合よく」


 足元から小さな振動が伝わってきている。


「そやで、小説やないんやから」


 何かを踏みしめる音が遠くの方から聞こえてくる。


「そうですよ、世の中」


 その音と振動は徐々に大きく、激しく彼らへと伝わってくる。


「き、きたああああああっ! きゃあああっ、黒衣の王子様がきたあああっ! ライトさまあああっ!」


 砂埃を巻き上げ、何かが彼らのもとへ迫っている。

遠すぎて小さな点にしか見えなかった何かが、瞬きを一回するだけで、姿が目視できるほど近づいていた。

 それは、黒の法衣に同じく黒の手甲脚甲を装着した、死の峡谷に居るもの。彼女の願い通り、ライトアンロックその人だった。

 黒の法衣の裾をなびかせ、全力疾走しているライトは妙な叫び声の発生地点を見た。


「敵数体に冒険者四名。彼らは以前見た人たちでしょうか。Bランク試験中なら手を出しすぎるのもなんですから、適度にやりますか」


 走る速度を落とすことなく、魔物の群れへとライトは突っ込む。

 ライトの方が驚異だと感じ取ったらしく、魔物が一斉にライトへと襲いかかった。

 左右から振り下ろされた剣の刃を無造作に両手で掴む。そのまま力任せに引き寄せ、ハードスケルトン同士の頭蓋骨をぶつけ破壊する。

 剣からスケルトンの手が離れたのを確認すると、その剣をヘッドハンドの頭めがけ投げつけた。狙いを違わず、二本の剣はヘッドハンドの頭へ吸い込まれる。

 頭蓋骨を破壊されたハードスケルトンの手首を掴むとその場で一回転する。周囲にいたハードスケルトンが巻き込まれ、手にしたハードスケルトンとぶつかり骨が粉砕された。

 死者の街側に居た敵が、瞬く間に一掃される。


「残り、ハードが五、マウスが二。マウス一体だけ残して、一気にいきますか」


 ここまでライトは一度も足を止めていない。そのまま橋の上を一気に走り抜けていく。通りすがりに『治癒』を発動し、四人組の傷を治す。


「ラ、ライト様! ありがとうございますぅ」


 通りすがりに何か声をかけられたが、よく聞こえなかったので片手だけ挙げておいた。

 橋の向こう側で待ち構えているブラッドマウスとハードスケルトンを視界に収めると、手を頭上に掲げた。


『聖光弾』


 ライトは巨大な光の弾を魔物が密集している地点へ投げ込んだ。

 光の弾に呑み込まれたハードスケルトンは跡形も残さずに蒸発する。ブラッドマウスは二体とも耐え切り、焦げた体から黒煙が立ち上ってはいるが健在のようだ。


「飛び道具は魔法だけではないのですよ」


 だがそれはライトも予想済みだったので、背負っている収納袋へ手を突っ込み、愛用のメイスを取り出すと、衝撃で未だに動けないブラッドマウスへ投げつける。

 ブラッドマウスは両手を挙げ防御するが、腕ごと粉砕され後方の絶壁へとメイスが突き刺さった。


「残り一体はお任せしますよ! あと少しです、頑張ってくださいー」


 足は前へと動かしたまま、振り返り冒険者たちを大声で激励した。崖に突き刺さったメイスを引っこ抜き、収納袋に入れ走り去る。

 その場に取り残された冒険者とブラッドマウスはお互いにじっと立ち尽くしていた。


「え、あ、なんだあれだ」


「ど、どうにか、助かったようですね」


「あ、うん、そやな。何か、嵐のようやったな」


「ライト様ぁ~。素敵すぎるぅぅ! もう、むちゃくちゃにしてええっ!」


 後に正気を取り戻した冒険者組は、残されたブラッドマウスを問題なく討伐し、念願の死者の街へ到達する。今日この日、彼らは夢のBランクへ昇格する権利を得たのだ。





 死者の街を出発してから、ライトは一度も足を止めずに走り続けている。


「嫌なことはさっさと終わらせて、早く帰りましょう」


 ライトが全力疾走している理由は、それだけだった。

 


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