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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
17/145

外の世界へ

 ライトアンロックは聖職者である。

 今更ではあるが、そこは理解しておいて欲しい。ライトはその怪力でメイスを振り回し、敵をなぎ倒す姿ばかりが目立っているので、時折、聖職者らしいことをすると、


「あ、そういや聖職者だった」


 驚かれることが多々ある。

 これでも教団の中でかなり上の地位にいるのだが、本人はそんなことどうでもいいので、現在自分がどの位にいるのか興味がない。

 司教以上の位を持つ者は年に一度、神聖イナドナミカイ国にある大神殿に顔を出さなければならないのだが、ここ数年ライトはサボっている。

 本人曰く。


「やですよ、面倒くさい」


 だそうだ。


 ご苦労なことに、年に何度か大神殿からの使者が死者の街へやってきて、ライト宛の書簡を手渡すのだが、内容は毎回ほぼ同じだった。

 要約すると、いい加減一度帰ってこい。といった内容が長々と書いてある。チラッと目を通して捨てるというのが決まりごとになっていた。

 だが、昨日渡された書簡は捨てることができず、今もライトの懐に収められたままだ。


「うーん、どうしましょうか。困りましたね。うむぅ」


「いい加減注文してよ!」


 いつもの席で、既に朝食を食べ終わり死の峡谷で戦い始めている時間だというのに、ライトは食事をとることもなく、宿屋の食堂で呻き声を上げていた。

 店内にはライトの他に朝食目当ての客が何名かいるのだが、彼らが来る時間にライトがいることが滅多にないので、物珍しそうにライトを見ている。

 イリアンヌが何度声かけても無視をするライトの態度にイラついてきたようで、耳元で大声を出す。


「あ、すみません。いつもの朝食一人前お願いします」


「一人前……あんたどうしたの。いつもは軽く二人前食べて、おかわりもしているじゃない。どっか調子悪いんじゃ」


 最近自分が暗殺者であることを忘れている節があるイリアンヌが、従業員らしく客であるライトの体調を気にかけている。


「書簡を読んでから食欲がなくて。はぁー」


 イリアンヌに言わせると、いつも薄い笑みを貼り付けている顔が、今日に限っては暗い表情になっている。


「あんたが笑顔じゃないなんて逆にキモイわね。一体何が書いてあったのよ」


 ライトは懐から出した一枚の紙をテーブルに置いた。


「読んでいいわけ?」


「ご自由に」


 君がここを去り、何度目の春を迎えただろうか。体の調子はどうだい。無理ばかりしていないかと、日々心を痛めているよ。

 とでも言うと思ったか! さっさと帰って来い! これを無視したら破門も考えているからな。最低でも二ヶ月以内にこちらに顔を出せ。これが最後通告だ、わかったな!


 イリアンヌはよく通る声で音読し終えると、呆れた表情になった。


「かなり怒ってないこれ。いったい誰からの手紙なのよ」


「これですか。教皇からですよ」


 ライトの何気なく放った一言で、聞き耳を立てていた店内の客とイリアンヌの時が止まった。


「「「ええええええええええええええっ!」」」


 ライトを除く食堂内にいた全員が、驚きのあまり絶叫した。


「教皇ってあの、聖イナドナミカイ教団のトップの教皇!?」

「はい、そうですよ。食堂では静かにイリアンヌ」


「ああそうか、ライトは聖職者だったな!」

「ですね。朝から食堂にいるとは珍しいですねエクスさん」


「ねえねえー、結構親しげな文章に見えるんですけどっ!」

「仲は良好ですよ。ミリオンさん驚きすぎじゃないですか」


「もしかして、ライトちゃんって偉い立場の人なのぉ? やだ、玉の輿狙っちゃおうかしら」

「どうなのでしょう。興味ありませんので。それにキャサリンさんは、もう十分過ぎるほどお金持っているでしょう」


 次々と投げかけられる質問にライトは淀みなく答えていく。

 気がつけば、イリアンヌ、キャサリン、ミリオン、三英雄(笑)がライトの周りを取り囲んでいる。


「あんたと教皇の関係も気になるけど、なんでこんなに怒っているのよ」


「皆目見当がつきません。五年ほど地上に戻らずに、ここにいただけで、特に罰せられることはやっていないのですが」


「それよ! それ! 大神殿に一度も顔出してないなんて、ありえないでしょ。不精な私だって生前は年に一回は報告に行っていたわよ。帰還魔法でちゃっちゃと帰って、報告して戻ってくればいいじゃないの」


 ライトのあまりに呑気な返答に、三英雄の一人、聖職者でもあるミミカは突っ込まずにはいられなかった。


「ですが、私は帰還魔法が使えませんので、簡単に戻れないのですよ。歩いて帰るとなりますと、死の峡谷を抜け、更に腐食の大地も通らねばなりません。どれほど危険な旅になるか。私も戻りたいのは山々なのですが」


 ライトは、無念さを周囲にアピールするように大きく息を吐いた。


「ないない、お前だったら余裕だろ」


 エクスの意見に皆が同意したようで、大きく頷いている。


「で、ですが、仮に腐食の大地を抜けられたとしても、大神殿のある街まではかなり遠いので、二ヶ月で間に合うかどうか」


「腐食の大地の近くに宿場町あるわよ。徒歩で半日ぐらいの距離に。あそこなら、街を繋ぐ転移陣もあるし、帰還魔法が使える聖職者も何人か滞在しているんじゃないの」


 笑顔は絶やさず「余計なことを」と言わんばかりの鋭い目つきで、ライトはイリアンヌを睨んでいる。


「でもー、どうしてライトさんはそんなに行くの嫌がっているの?」


 この場にいる皆の思いを代表するかのような、ミリオンの質問にライトは口をつぐむ。


「あれよ、きっと向こうでやばいことやって帰るに帰れないのよ」


「あらやだ、ライトちゃんってば何したの」


「女に手を出しまくったんじゃないのか」


「ライトさんは、あんたとは違うわよ。私の誘惑にもなびかないのに……はっ、実は若い頃に女遊びをし過ぎたせいで、今はこんな枯れ木のような男になったのかも!」


「もしかしてー、あっちに隠し子が一ダースほどいたり!」


「何! 隠し子だと! ライト君、何人か紹介してもらえないだろうかっ」


 本人を目の前にして好き勝手な憶測が飛び交っている。

 ライトを無視して盛り上がっている場から静かに離れ、食堂の壁に背を預けると、何度目かの溜息を吐いた。


「これは戻ったほうがいいですかね。今まで見逃してくれていた教皇が冗談交じりとは言え、帰還に期限までつけているということは何かあるのでしょう。それに、この街の人々のこともありますし、いい機会なのかもしれませんね」


 書簡に書かれていない教皇の意思を汲み取り、渋々ながら旅立つ決意を胸に収めた。





 あれから二日後、旅立ちの準備も終え、ライトは死者の街唯一の出入口である門の前に立っていた。

 ライトを取り囲むように、大勢の見送りが来ていた。


「ライトちゃん、ハンカチは持った? お腹出して寝ちゃダメよ。あと、あっちで面白そうな武器防具見つけたらお土産によろしくね。力があるからって過信は、ダメよ」


「はい、わかっています。キャサリンさん、お元気で」


 キャサリンはハンカチを口元に当て、涙目でライトを抱きしめる姿は、彼の人となりを知らなければ奇妙に映っただろう。


「あ、私もーお土産よろしくー。あと珍しい風景とかこれに収めてきてほしいな。あ、隠し子の写真でもいいよ!」


 ミリオンはウインクをして、お手製の魔道具である写真機を渡してきた。


「了解しました。隠し子はいませんが」


 ライトは苦笑いを浮かべ、収納袋に写真機を入れる。


「あのあの、こっちに戻ってきますよね!」


「はい、挨拶と用事が終われば帰ってきますよ。冒険者ギルドの業務頑張ってくださいね」


「もちろんです! ライトさんのお帰りを、死者の街支店冒険者ギルド職員一同、首をながーくしてお待ちしています!」


 冒険者ギルド職員用制服を着たリースが敬礼をする。


「おい、ライト。心配は無用だと思うが、気をつけろよ。厄介事の臭いがするぜ」


「エクスさんにそう言われると不安になりますね。肝に銘じておきますよ」


「まあ、お前ならどんな障害だろうと破壊して突き進みそうだがな!」


 エクスがライトの背中を笑いながら叩いている。力加減も考えず、かなりの勢いで叩いているようで、振動と風圧で砂煙が舞い上がっている。

 常人なら一発で吹き飛ばされる威力なのだが、ライトはそれぐらいではビクともしないようだ。


「ライトさん。あっちは汚い連中も多いから、警戒するに越したことはないわよ。それとまあ、これは、どっちでもいいんだけどさ……あの子によろしく伝えておいてくれるかな。死んだけど元気だってね」


「わかりました。大神殿で会えると思いますので、伝えておきますね。きっと喜びますよ」


「だと、いいんだけど」


 ミミカの照れて頬を掻く様が、いつもの背伸びした様子とは違い可愛く見えた。


「ライトアンロック殿、折り入って頼みが」

「断ります」


「隠し子の紹介を」

「いません」


「せめて、その写真機で幼女の写真を」

「いやです」


「頼む、このとおりだ! この街には幼女が全くいないから、俺の心のオアシスが枯渇寸前なのだよ!」


 ライトは土下座までして頼むロジックに、呆れを通り越して尊敬の念を抱きそうになる。が、冷静になってそれはないと思いとどまった。


「仕方がありません。何枚か写真を撮ってきますよ。ですが、不純な目的で使用しないと誓えますか」


「当たり前だ! 幼女は愛でるものであり、手を出していいものではない!」


 ライトが今まで見てきた中で、一番凛々しい顔をしていた。

 殆どの人が挨拶を済ませると、最後に一人ライトの前にゆっくりと歩み出てきた。


「まあ、元気でね。私はまだこっちに残るけど」


「そうですか。向こうで会うこともあるかもしれませんね。そのときは、よろしくお願いします」


「はいはい、またね」


 それだけ言うとイリアンヌは見送りの列に戻っていった。

 皆に背を向け、ライトは門の真下まで進む。ここが死者の街と死の峡谷との境界線になる。町の住民が決して超えることができない領域。

 最後にライトは振り返ると、大きな声で


「いってきます」


 と別れの挨拶をした。


「「「「「「いってらっしゃい!」」」」」」


 人々の声に押されるように、ライトは外の世界へと一歩踏み出した。


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