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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
16/145

夢の街

 ライトは深夜に死者の街を徘徊していた。

 いつもは立ち寄らない街の南側を一人歩いている。

 この街を創った存在は凝り性だったらしく、太陽の影響を全く受けない場所であるにも関わらず、朝昼晩の区別がつく。朝昼は薄暗くだが光が射し、明かりがなくても不自由はない。そして夜は本来の姿である漆黒の闇に街が覆われる。


「明かりの調整ができるなら、夜も明るくしておけば街灯などいらないと思うのですが」


 暗闇を煌々と照らす街灯を見て、ライトは思わず呟いてしまう。

 街灯の明かりを頼りに街中を歩み続ける。ライトにとって暗闇は慣れ親しんだ存在のはずなのだが、光があることに安心してしまうのは人としての本能なのだろう。


「そろそろ、南の外壁ですかね。今日は誰もいませんか。次は東にでも……ん?」


 微かにだがライトの耳に声が届いた。それはか細く、とても小さな子供の泣き声のようだった。

 ライトは声の聞こえる方へと迷わず進む。路地裏の小さな道を抜け、たどり着いた場所は小さな公園だった。


「こんな時間にどうしました」


 公園の遊具であるブランコを揺らし、俯いて嗚咽を漏らしていた子供が顔を上げた。


「あ、あなたは、だれですか?」


 その子は長い髪を両端でくくった小さな女の子で、ライトは五歳ぐらいだろうと見当をつけた。

 ライトは子供の前にしゃがむと、涙と鼻水まみれの顔をハンカチで拭った。


「ライトアンロックと言います。あなたの名前を教えてもらえますか」


「えと……リオリです。あのあのあの」


 うまく言葉が出ないリオリの頭に手を当て、ゆっくりと撫でる。


「慌てなくていいのですよ。何でもいいから話してくれるかな」


「あの、めがさめたらここにいました。おかあさんもおとうさんもいなくて、こわくて、そしたらなみだがでて」


 こぼれそうな涙を懸命にこらえて、鼻をすすっている。


「うんうん、そうだったんだ。じゃあ、お兄ちゃんと一緒にお父さんとお母さん探しましょう」


「ほんとに! ありがとう、ライトおにいちゃん」


 さっきまでの泣き顔が嘘のように満面の笑みを浮かべ、ライトの腕に抱きついてきた。





 ライトと手を繋ぎ、リオリは嬉しそうにスキップをしている。


「おにいちゃん、おにいちゃん。それでね、あのねあのね!」


 ライトにも慣れてきたようで、会った時の大人びた口調は消え去り、子供らしさが前面に出てきている。


「あ、おにいちゃん。ここってどこなの? おうちがあったまちとは、ぜんぜんちがうよ」


 ほんの少しライトの表情に陰りが刺したが、直ぐに表情を戻した。


「ここはね、夢の街。寝ている時だけやってこれる不思議な街なのです。ほら、夢の中だから、リオリちゃんの体も透明ですよ」


「あ、すごーい。ほんとうだ! からだすけすけー。あはははは」


 自分の体を見下ろし、何が面白いのか、笑いながらその場でぐるぐると回っている。


「リオリちゃんは寝る前に何かあったか覚えてませんか」


「んーー、えっとね」


 小首をかしげ、こめかみに指を当て唸っている。暫く待っていると、何かを思い出したらしく、目を大きく見開きパンッと手を合わせた。


「あのね、ばしゃにのってた!」


「馬車ですか。他には」


「んとね、おかあさんが、きれいなふくきせてくれて……ごめんねって、なんかいもいってた……」


 声のトーンが急に下がり、ライトを真っ直ぐに見つめていた大きな瞳を地面へ向けた。


「いつもわたしをたたいていた、おかあさんが、きょうはすごくやさしくて、おいしいものもいっぱいたべさせてくれて、おっきなおうまさんのばしゃにのって……それでそれで、ばしゃがゆれて、あれ? それから、それから、それから、それから」


 ライトは同じ言葉を繰り返すリオリの手を、優しく両手で握り締める。


「リオリちゃんは、お母さんとお父さんに会いたいですか」


「あいたいけど、おかあさんがおとうさんには、もうあえないっていってた。だからしかたないのって、いつもなきながら、リオリをたたいてた」


「リオリちゃん。ここは夢の国。だからリオリちゃんが会いたいと思うなら、きっと会えますよ」


「ほんとに! おとうさんにあいたい! そしたらおかあさんもよろこぶから!」


 顔を上げたリオリは目を輝かせ、喜びを全身で表すように飛び跳ねている。


「じゃあ、おまじないをしますから、少し目をつぶってくれるかな。ぎゅっと目を閉じれますか」


「うん、やれるよ! はやくおとうさんにあいたいなー。おかあさんもわらってくれるかな」


 リオリは胸の前で手を組み、ギュッと瞼を閉じた。


「ええ、きっと一緒に笑ってくれますよ――『治癒』」


 光の柱に包まれた少女は目をつぶったまま、幸せそうな顔で消えていった。

 ライトは少女がいた場所をまじろぎもせず見つめていた。


「こればかりは、慣れませんね……あなたの進む道に光が差しますように」


 膝をつき、消えた場所に手を当て、少女のために祈りを捧げる。

 



 

 死者の街で幼い子供を見かけることがない。多くの子供は強い未練や心残りといったものが理解できないからだ。ただ、急に訪れた死に心が追いつかず、極まれにこの街へ迷い込んでくる子供がいる。

 それも決まって陽の日の夜にだけ、やってくるのだ。

 ライトはそういった子供たちを週に一度、街中を探索し見つけ出し、逝くべき場所へと送っている。子供で抵抗力の少ない体であればこそ、ライトの威力が上がった治癒で浄化が可能になる。


「さて、次の場所も見ておきましょうか」


 ライトの長い夜は始まったばかりだ。


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