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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
15/145

祭り

 ライトが死の峡谷での日課を済ませ、いつものように夕食を取っていると、宿屋の扉が派手な音を立て開いた。

 満員の宿屋にいた客が一斉に振り向く。

 視線の集まる場所には、肩を激しく揺らし、ここまで全力疾走してきたのが見て取れる若者がいた。


「え、なになに!? って、ああっ」


 イリアンヌが驚き、お盆のコップを落としたようだ。

 ライトはその若者に見覚えがあった。この街の住人で、ここにきて二年の新人だったはずだ。


「はぁ、はぁ、い、今、街の入口が突破されたっ!」


 悲壮な表情で床に膝をついた青年に、客の一人が歩み寄る。周りの客は物音一つ立てず、真剣な眼差しを注いでいる。


「落ち着くんだ。それで相手の規模や詳細はわかるか」


 短く刈り上げた頭をした戦士風の男は、青年の肩に手を置き優しく語りかける。


「は、はい。総勢五十名ほどで、門番の首なし騎士さんたちが倒されて、なだれ込んできたようです。今は門を入ったところで、住民と睨み合いになっています」


 首なし騎士が倒されたという話に、店の客が感嘆の声を漏らす。


「ほぅ、門番を実力で突破したか。それで、相手は自分たちのことを何か言ってなかったか。組織名とか」


「え、ええと、確か『吹き溜まり』というチーム名を名乗っていました」


 その名に、店内の客の一部が騒めく。どうやら街に来て日の浅い人のみが反応したようだ。


「『吹き溜まり』ってかなり上位のチームよ」


 ライトの隣に立つイリアンヌが珍しく真剣な面持ちで語っている。手に持ったお盆の上に割れたコップの破片が載っていなければ、様になっていたのだろう。


「そうなのですか、私は聞き覚えがありませんが」


「まあ、一般的にはあまり有名じゃないかもね。非合法なことも金払いさえよければ何でもやる輩だし。冒険者ギルドを追放になったやつらも、かなり在籍しているそうよ」


 イリアンヌは何か思うところがあるらしく、渋い顔をしている。


「なるほど、実力のほどは?」


「かなりのもんよ。Aランクが十名は在籍していて、他のメンバーもB、Cランクが多いらしいわ。あんた、こんな所でくつろいでいるけど、行かなくていいの?」


「どうしましょうかね。見に行ってもいいのですが、邪魔すると怒られそうですし」


 ライトは頬を掻くと、慌てて駆け込んできた青年に視線を戻した。

 相手の詳細を店内の客も聞いたようで、ライトを除く客全員が立ち上がった。


「祭り開催か」


「祭りだな」


「久しぶりに楽しめそうだ」


「我が右手が悦んでおるわ」


「生肉で愛刀の切れ味試せそうだな」


 店内の客全員の顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。


「女将さん勘定ここ置いておくぜっ」


「よっしゃー、いい場所とらないと!」


 店の客が一斉に外へと飛び出していった。


「これは商売の予感!」


 頭に見慣れた大きなリボンをつけた小柄な女性も、人混みと一緒に流れていった。どうやら店内にミリオンもいたようだ。

 瞬く間に店内には誰もいなくなった。


「えっえっえっえっ?」


 一人、現状を認識できていないイリアンヌは、頭の上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいそうだ。


「さてと、私も回復役として参加しますか。祭りに怪我はつきものですからね。クレリアさん。従業員連れて行っていいですか」


「こうなったら商売上がったりだからね、いいよいいよ、連れて行ってあげな」


 厨房の奥から呆れたような声が届く。


「では、イリアンヌさん見に行きましょうか。論より証拠といいますし」


 場の流れについていけないイリアンヌの手を取り、死者の街入り口付近へ向かった。





「らっしゃいらっしゃい、見物には麦酒に限るよー」


「ワイルドボアの串焼きも観戦のお供にどうだい」


「さあ、相手がどれだけ持つか、はったはった! 本命は五分。あと、大穴は十分ってとこだっ」


 殺風景なはずの門から入ったばかりの場所には、無数の露店が立ち並び活気づいている。

 乱入者は門を背に立っているのだが、それを見学しに来た見物人が扇状に取り囲んでいる。

 『吹き溜まり』のメンツも、この状況に度肝を抜かれたらしく、武器を構えアタフタと周りを見回している。


「な、なんだコイツら!」


「リーダー、変ですぜ。俺たちを見てビビってないですし、それどころか喜んでいるように見えるんですが」


「お、おい。何か指差して笑っている奴と、同情したような目をしている奴がいるぞ」


 異様な光景に冷静な判断力など、何処かへ行ってしまったようだ。

 早足でやってきたライトは人混みを掻き分け、イリアンヌと最前列へと抜き出る。


「ねえ……どういうこと?」


 イリアンヌはライトの袖を引っ張り、首が折れそうなほど横に傾けて唸っている。


「いえ、たまにいるのですよ。死者の街を荒らしにくる無謀な人たちが。ほら、キャサリンさんの武器防具は外の世界へ輸出しているじゃないですか、それで、あの見たこともない鉱石を狙って呼ばれてもいない客が来るのですよ」


 ここでしか取れない鉱石は商売人の間では噂になっている。買い出しに来る行商人には口止めをしているが、情報はどこからか漏れるもので、有力な商人たちの間では公然の秘密となっている。


「奴らの目的はわかったけど、この盛り上がりようは何」


「ここの住民は街から出ることができません。ですから、娯楽が少なくて、こうやってたまに来る乱入者は住民の貴重な楽しみの一つなのですよ」


 説明を理解はできたが、納得ができないようでイリアンヌは複雑な表情をしている。


「でも、相手は曲がりなりにも、かなりの実力者よ。こんな呑気に対応して大丈夫なの」


「その心配は無用ですよ。ここは死者の街。無数の冒険者たちが存在する街です。歴戦の戦士や、偉大な魔法使いなんてゴロゴロしていますから。騒ぎを聞きつけて結構集まってきていますよ」


 その言葉にイリアンヌが注意して周囲を見回す。

 完全装備の戦士や魔法使いや冒険者たちが、観客の中に何名も紛れ込んでいる。

 驚いて集中力が乱れていたとしても、これ程の数に全く気が付いていなかった。誰も彼も熟練者の立ち居振る舞いをしている。

 気配を読み取ることに特化しているイリアンヌでも注視しなければ、その存在を感じ取ることができない。


「え、いつの間に」


「元からBランク以上が多かったですし、永遠の迷宮で鍛錬しているおかげで、Aランク上位クラスの実力者も結構育っていますよ。それに、彼らもいますし」


 ライトが指さす方向には、最前列で地面に敷物を引き、宴会を始めている者たちがいた。


「くはああっ、やっぱ麦酒はキンキンに冷えた生だよな。おい、お前ら盛り上げろよ。誰かそこでストリップショーでもしろやー」


「あんたは、おっさんか。何か見栄えの悪い連中ばっかね。あっ、よく見たら乱入者側にちょっといい男いるじゃないの。あれ、残しておいてくれないかしら。お姉さんが優しくいただいてあげるのにぃ。他のはどうでもいいけど」


「ふむ、やれやれ、女性も何名かいるようですが、全員ドライフラワーですか。見る価値もないババアばかりだ」


 完全に出来上がった、見覚えのある酔っ払い三人組が、『吹き溜まり』へ罵声を浴びせている。


「……何しているの三英雄」


「宴会でしょうね」


 即答に、イリアンヌが頭を抱えうずくまっている。


「強者が大勢いるのはわかったけど、それでも住人は危ないんじゃないの、巻き込まれそうだし」


 なんとか復活したイリアンヌが疑問を口にした。


「皆さん既にお亡くなりになっていますからね。万が一攻撃を食らって消滅しても、復活しますよ?」


「そ、そうだったわね。私もここに毒されているのかな。たまに忘れるわよ、その設定」


「あとはどれだけ盛り上げてくれるかでしょうね。期待はずれでなければ良いのですが」


 以前、ここまでたどり着いた冒険者のチームは八十名もいる大所帯だったが、門番との戦いで満身創痍だったため、ろくに抵抗もできず惨敗した。


「今回は門番さんを倒した後でも余力があるようですね」


「ああっ、門番! あの首なし騎士たちは死んだの?」


 イリアンヌは戦うことなく、いつも隙を見て門をすり抜けていたため、その実力を知らない。

 イリアンヌが噂で聞いた住民の話によると、かなりの猛者で彼ら二人とまともに戦って勝つためには、最低でもAランク上位の実力が必要だそうだ。

 ちなみに最近になってイリアンヌは知ったのだが、門番はイリアンヌの存在に気づいていながら、素通りさせていたそうだ。止めなかった理由は、通したほうが面白いことになりそうだと勘が働いたらしい。


『いやー面目ない。この失態、打ち首になっても文句は言えませんな。はははははっ』


 ライトの鼓膜を通さず直接脳に響いてくる声がしたので、イリアンヌとは逆方向へ視線をやる。


「おつかれさまです、お二方」


 首なし騎士二体が、ライトの横に並んでいた。


『実力もあったのですが、あやつら用意周到でしてな。闇の魔物の動きを封じる魔道具を持参しておりまして、思うように体が動かせず敗北を喫してしまいもうした』


「ちょっと、あんたら色素が薄いけど、大丈夫!?」


 首なし騎士の体が半透明になっており、体を通して後ろの景色が見える。


『ご心配には及びませんぞ。ライト殿にやられたときは、再生しても殆ど消えかけていましたからな! はっはっはっは!』


 心配無用とばかりに、首なし騎士は豪快に笑う。


「お二方は、この街が無くならない限り再生しますので大丈夫ですよ。さて、話はこれぐらいにして見物しましょうか。そろそろ動きがありそうです」


 見世物状態に『吹き溜まり』の連中が限界を迎えたようで、抜き身の剣を振り上げ、奇声をあげ数名が観客へ向けて押し寄せてきた。

 非戦闘員である住民は後方に数歩下がり、死者の街の冒険者たちは対照的に一歩前に出る。白銀の鎧を身にまとった、短髪の男が両手剣を頭上に掲げた。


「死者の街冒険者一同はこれより敵を殲滅する! さあ、祭りの開催だあああっ!」


「「「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」


 死者とは思えぬ活力あふれる雄叫びに『吹き溜まり』の連中がその身を縮こませる。

 そこから先は見るに堪えない状況だった。

 背丈以上の杖を抱え、呪文をつぶやいていた男が杖を振り上げた。


「よっしゃー、新開発した広範囲殲滅魔法をくらいやがれぇぇ!」


 広範囲の地面が赤く輝き、吹き上げる熱風に数名が吹き飛ばされる。割合は敵二割、死者の街冒険者八割だろうか。


「バカ野郎! 俺たちを殺す気かっ!」


「死んでるけどな!」


 吹き飛ばされた、『吹き溜まり』の連中はそのまま地面に叩きつけられ瀕死の重傷だが、死者の街の冒険者は皆、空中で姿勢を制御し普通に着地していた。


『百万桜乱れ咲』


 東方の民族衣装である着流しを身にまとった男が敵中で小さく呟く。両手に露店で買ったオモチャの剣を携え、その剣が少しだけ動いたように見えた。


「うごああっ!」


 取り囲んでいた連中がその場に崩れ落ちる。


「俺もいくぜえええっ! ゴールデンフィンガーデコピーン!」


 敵の兜ごと指先一つで破壊している青年がいた。彼は白銀の体毛に包まれ、獅子の顔をしている。短パンを履いただけの格好で雄叫びをあげ、次々と襲いかかっている。

 死者の街側の冒険者は誰ひとり苦戦することなく、相手を叩きのめしていた。


「あ、うん。祭りだわこれは」


 イリアンヌもどうにか納得できたらしく、疲れた笑みを浮かべている。


「納得していただけたようで、なによりです。さて、私も手伝いますか」


 ライトの祭りでの役割は、叩きのめされた乱入者を魔道具の拘束縄で縛り、まとめて治癒する役目である。

 ちなみに今回の討伐時間は七分だったそうだ。


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