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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
145/145

初めての死者の街

「さて、もう少しで着きそうですね」

 

 黒く染められた法衣を着こんだ聖職者が先を見つめ、小さく息を吐く。

 首都から離れ数か月が過ぎ、ようやく目的地が見えてきたことに喜び、安堵の表情を浮かべている。


「ここまでくれば、面倒な追手もこないでしょう。ファイリは頑張っているでしょうか。まあ、基盤は作りましたので大丈夫ですよね。私が生きているとなると、妙な事を考えたところで、お偉いさんも自重することでしょう」


 薄暗い空を眺めながら、男は頭を掻く。

 この数か月の騒ぎや、手の平を返した連中との付き合いを思い出し、男は少しだけ眉根を寄せる。

 虚無の大穴から無事帰還し、魔王を倒した英雄として生還者は祭り上げられた。

 そのうちの一人が、この男――ライトアンロックである。


 イナドナミカイ教団としては生き残りのライト、そして聖女ミミカの妹ファイリを教団のシンボルとして人々に浸透させ、新たなる信者を得ようと考えていた。

 それに反発したライトは自分が虚無の大穴から帰還したことを伏せてもらうことを条件に、ファイリが教皇となるように説得する役を買ってでた。

 教団としてはまだ小娘だと思っているファイリを傀儡として、教皇の座につかせようという考えがあり、それをライトは承知していた。


 だが、これは教団のトップに立ちたいというファイリの望みでもあったので、ライトは教団に従う振りをして、ファイリを教皇の座へと導いた。

 敵対勢力はその話術で説き伏せ――時にその腕力で物理的に黙らせた。

 その結果、ファイリが教皇となったのを見届け、教皇の補佐として任命されたのだが「面倒はお断りです」と公の場で断言し、ファイリが引き留めるのを振り切りライトは脱走した。


 しかし、ライトは考えなしに首都を飛び出したわけではない。

 自分がいなくなることにより、ファイリが反対派の手にかからぬよう小細工も行っている。

 まず、自分が死者の街に向かったという情報を流すように、ギルドマスターに依頼していた。

 そして、ライトがファイリを崇高しており、彼女を傷つける者がいれば、何者であろうと即座に粉砕するという噂も同時に流してもらった。

 今まで、ファイリを襲った暗殺者をことごとく撃退した実績があるので、彼の実力を疑う者はいない。そして、あの怪力による破壊力は聖職者内だけには留まらず、冒険者ギルド内にも広まっている。今や、ライトの名を知らぬ者は初心者ぐらいだろう。


 様々な噂と実力により、教皇であるファイリが危害を加えられた場合、ライトアンロックが健在であれば自分たちへの報復があるのではないかという疑念を、敵対勢力の頭に刷り込ませた。

 圧倒的な破壊力と回復力。そして、痛みを感じることのない体であり、毒にも耐性がある。襲う側として、これ程、厄介な存在はいないだろう。

 もし、教皇を亡き者にしたいのであれば、まずはライトアンロックをどうにかしなければならない。そういった認識を権力者に植え付けることに成功した。

 そこまで根回しをして、現在この場所にいる。


「もう一踏ん張りといきましょうか」


 休憩を終えると、少し疲労感が残る体を無視して腰を上げた。

 その場で大きく伸びをして柔軟した後に、頬を軽く叩き気合を入れなおすと、年中薄暗い事で有名な死の峡谷を進んでいく。

 彼がさっきまで腰を下ろしていたモノは、魔物の体と顔に、無数の人間の腕が束ねられてできた八本の腕を持つ魔物だった。





『お主、何用でここへ来た。返答次第によっては、我らの槍がお主の体を貫くこととなるぞ』


 黒衣の聖職者の前には首から上が存在しない騎士が二体、巨大な門の前で槍を構えている。


「私は一応、神に仕える身であり、神官の位をいただいている、ライトアンロックと申します。この度は死者の街に用事がありまして」


 首なし騎士の問いかけに丁寧な口調で応えると、怯えた様子もなく平然と薄い笑みを顔に張りつけている。


『ふむ、その用向きとは?』


「あ、その前に、これをよろしかったらどうぞ」


 ライトは収納袋から綺麗な包装用紙に包まれたモノを取り出すと、手にしたまま無造作に首なし騎士へと歩み寄る。


『お主、それ以上近づくと敵対行為として判断するぞ!』


 槍の穂先を胸元につきつけられ、ライトは歩みを止める。

 そして、その場に片膝を突くと手にした小包を地面に置き、立ち上がると元の位置へと戻った。


「手土産もなしに町へ訪問するのも失礼かと思ったので、つまらないものですが、よろしければどうぞ」


 槍で小包を突いている首なし騎士にライトは笑顔を浮かべたまま、そう口にした。

 首なし騎士は予想外過ぎる行動に一瞬だが言葉を失い、首があれば顔を見合わせているであろう動作をする。


『手土産だと……罠だとは思うが、ちなみに中身は?』


「初対面の人を和ませる、とっておきのジョーク集、という本です」


 首なし騎士は何も言わず、その小包を拾うと中身を確認して、首元の穴から鎧の体内へ放り込んだ。


『まあ……一応貰っておくとしよう。しかし、贈り物を渡されても手心を加えるわけにはいかん。死者の街に行きたくば、我らを倒すのだな。それがこの街の掟だ』


 頭がないのに咳払いをするような動きをして、首なし騎士たちが槍を突き出し、穂先を交差させ立ち塞がる。


「それは、噂で聞き及んでいます。ちなみに、殺してしまっても宜しいのでしょうか?」


『構わぬ。あり得ないとは思うが、我らが死んでも死者の街がある限り復活が可能だ』


「それを聞いて安心しました。これで遠慮なく戦えます」


 ライトが安堵して息を吐く。その余裕の態度が首なし騎士の神経を逆なでした。


『ほう、言うてくれる。ならば、もったいぶらずに仲間を早く呼ぶのだな』


 何を言われたのか理解できなかったライトは小首を傾げ、辺りを見回している。そして、何か思い当ったらしく、手を打ち合わせ大きく頷いた。


「私は単独できていますよ。仲間はいません」


『はあああっ!? お主は聖職者のようだが、一人で死の峡谷を抜けてきたというつもりか!』


「ええまあ」


 驚愕する首なし騎士に、あっさりと言葉を返すライト。

 首なし騎士は周囲の気配を探るが、確かにライト以外の存在を感じない。

 門の前は開けた土地になっていて、視界を遮る物が無く、身を隠すような場所はない。


『嘘ではないようだが。ならば、その実力がどれ程のものか、我らに示してみよ!』


「はい、それでは、よろしくお願いします」


 そう言うと、背中に腕を回して小さな袋に手を突っ込み、何かを掴みとった。

 徐々に姿を現すそれは武器だと思われた――だが、それを武器と呼んでいいものか。

 ライトの手にフィットした使い古された柄。そこから伸びた先にあるのは巨大な鉄の塊だった。子供一人が膝を抱えたぐらいの大きさはある、巨大な先端。

 その武器はおそらく聖職者が愛用するメイスなのだろうが、その大きさと重量は常識を逸脱していた。


『なん……だ、それは……』


 多くの冒険者や騎士を相手取ってきた首なし騎士にとっても、初めてお目にかかる武器のようで、突き出した穂先が少し震えている。


「見ての通り、メイスですが?」


『それは見ればわかる! お主、それを扱えると申すのかっ!』


 巨大な塊をそっと地面に置いただけで、その重みで地面へ沈んでいる。そんな物体を目の前の聖職者が使いこなせるのか。

 黒の法衣で相手の体格を見て取ることは不可能だが、一流の戦士並の体格をしているのではないかと首なし騎士は判断する。

 だが、一流の戦士に匹敵する者であったとしても、このメイスは手に余る筈。人が扱える武器としては規格外すぎる。そう考えるのも無理はなかった。


「私の相棒ですよ。では、論より証拠と申しますし、お手合わせ願います」


 大の大人が数人集まっても持ち上げることすら困難に思えるメイスを、ライトは片手で軽々と持ち上げると肩に担ぐ。


『ハッタリでは、ないようだの』


 首なし騎士たちも目の前の聖職者らしき男が強敵であると認めたようで、腰をかがめ穂先をライトへ向ける。

 じりじりとすり足でライトが間合いを詰めていく。

 巨大なメイスとはいえ、間合いでは槍に分がある。それに持ち上げられたとはいえ、重量のあるメイスを自分たちが突き出すより早く、振り下ろすことは不可能と首なし騎士たちは考えていた。

 ライトに応じるように、首なし騎士たちも少しずつ前へ前へと進んでいく。


 あと一歩で槍の間合いに入ると思われた、そのとき、先に動いたのはライトだった。

 どう考えてもメイスの届かない距離で大きく振りかぶると、それを振り下ろす様に見せかけライトは相棒であるメイスを手放す。

 巨大な鉄の塊が轟音を上げ、ライトから向かって左側の首なし騎士へと迫っていく。


『避けるのだっ!』


 どうやら会話を担当していたのは向かって右側の首なし騎士だったようで、体ごと左側の首なし騎士に向き直ると、指示を飛ばしている。

 強烈な印象を与えた武器を、いきなり手放すとは考えていなかったようで、不意を突かれた首なし騎士だったが、鎧の体とは思えぬ身のこなしで直撃を避け、左肩にかすめる程度で済んだ。


 が、メイスの先端と触れた左肩当ては触れた場所が大きく陥没し、掠った程度だというのに、その体が大きく吹き飛ばされ、大地を転がり続ける。

 耳を覆いたくなるような轟音が鳴り響き、その音源を無傷の方の首なし騎士が確認すると、死者の街の門扉を大きく陥没させ、めり込んでいるメイスがそこにあった。

 続いて鈍い音が聞こえてきたのだが、それは少し遅れて勢いよく門扉にぶつかった首なし騎士の激突音だった。


『な、な、なんじゃとっ!』


 長年傷一つ付かなかった死者の街の門扉が陥没。その衝撃に首なし騎士は全身に震えが走る。

 死者の街を襲おうとするのは何も人間だけではない。巨大な魔物の体当たりや、魔法にも揺るがなかった特製の門扉が人間の一撃で凹む。

 動揺する心を抑え込み、冷静さを取り戻すと、首なし騎士は気持ちを改める。

 目の前の敵は紛れもない強敵だと。

 左の首なし騎士が倒された今、本来なら苦戦は必至だが、相手は武器を手放している。今なら勝機はある。


『中々やるではないか、人間! わしも久しぶりに滾ってきお――』


 向き直り、相手を認め本気でぶつかることを決意した首なし騎士の眼前は、光で埋め尽くされていた。

 じゅっ、という熱い石に水を掛け蒸発したような音に続き、大地を震わす炸裂音が辺りに響く。爆風が砂塵を巻き上げ閃光が一帯に満ちる。

 光が消え、荒れ狂う風も止むと、そこには勝者であるライトアンロックのみが立っていた。


 呆気にとられ隙だらけの敵を見逃すほど、ライトは優しくない。メイスを投げつけたのとほぼ同時に、もう片方の手に魔力を集め巨大な聖光弾を投げつける。

 単純な手だが、初見の相手には結構通用する、お得意の攻撃パターンだった。


『ぐおおおっ! 何のっ! 門番としてこの程度で――』


 産まれたての動物のように手足を小刻みに震えさせ、何とか立ち上がった二人の首なし騎士に、追い打ちの聖光弾が投げつけられる。


『ぬおおおおっ! わしらの話をーーっ!』


 何かを叫んでいるようだが、爆発音に掻き消され何もライトの耳には届いていない。

 戦いに関しては容赦も油断も存在しないライトは、取り敢えず追加で聖光弾を数発飛ばして満足したらしく、全身から煙を立ち昇らせている二体の首なし騎士を眺めている。


『み、見事だ……この門を潜ることを許そう……』


 全身から色が抜け、薄れていく首なし騎士が門扉に手を触れると、ゆっくりと扉が開いていく。

 ライトは門扉が開く拍子に抜け落ちたメイスを拾い、収納袋に放り込む。


「許可が出ましたか。ありがとうございます」


 頭を下げ、顔を上げた時には二人の首なし騎士はその姿を消していた。

 黙祷をしてから歩き出し、門を潜って待望だった死者の街へと入っていく。


「ここが死者の街ですか」


 ライトは視線の先に広がる光景に感嘆のため息を吐く。

 広場のような空間があり地面は平らに均されている。その先は石床で整備された街路に木造と石造りの建造物。

 魔法の力により輝いているであろう街灯。

 普通の――いや、かなり都会の整えられた街並みに匹敵する光景がそこにあった。


「立派なものですね」


 感心して頷くライトを遠巻きに眺めている住人が何人もいる。

 門の外から聞こえる爆音を聞きつけ、野次馬根性が旺盛な街の住人が集まってきているのだが、門から現れたたった一人の聖職者風の男に戸惑っているようだ。


「門が開いたってことは、首なし騎士がやられたってことだろ。あいつ……まさか、一人か?」


「いや、流石にそれはないだろ。あの二人相手だとAランク冒険者チームでも苦戦する筈だ」


「でもよう、あいつ一人みたいだぜ」


 住人の囁く声が微かにライトの耳に届くが、特に気にした素振りも見せず、人が密集している場所へと歩を進める。


「すみません。ここは初めてなもので、勝手がわからないのですが。質問してもよろ――」


 薄い笑みを貼り付けた――ファイリに言わせると胡散臭い笑顔で、ライトが住民へ声を掛けようとしたのだが、それを遮るように弦楽器の奏でる音楽が流れてきた。

 思わず視線を向けると、そこには六本の弦が張られている楽器を演奏している、男の姿がある。

 長い前髪を鼻先まで伸ばしているので目元はわからないが、口を噤みながらも楽しそうに演奏している雰囲気が伝わってきた。


「キミは何者だい?」


 演奏を止め、その男は前髪越しに、じっとライトを見つめてくる。


「ただの、一般的な聖職者ですよ」


 まるで自分の心を見透かそうとしているようだと思いながらも、ライトは笑みを崩さずに応えて見せた。


「この街を取り仕切っている人物は、あの道をずっと進んだ先にある真黒な家に住んでいる」


 ライトが今まさに質問しようとしていた内容を予め知っていたかのように、男はその言葉を口にする。


「それはご親切に。貴方のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」


「土塊と呼ばれている」


 そこまで話すとライトに興味がなくなったようで、再び演奏を始めた。

 ライトは土塊と名乗った男を興味深そうに見つめると、これ以上の問答をしても会話は弾みそうにないと判断し、軽く頭を下げ教えられた場所を目指す。


「おい! 土塊さんが普通に話をしているぞ……」


「歌声以外聞いたことなかったけど、あんな声しているんだな」


「やだ、地声も素敵ぃ」


 周囲の住民たちの漏らした声を聞き、ライトは小首を傾げながらもその場を後にした。

 ただの会話だというのに、住民たちにとってそれは驚愕に値するらしく、いつまでも騒めく声が止むことがない。

 そんな好奇の視線にされされながら、土塊は遠ざかるライトの背を一瞥して小さく一言、


「彼なら――」


 と呟いたが、その声は誰の耳にも届かなかった。


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