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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
144/145

初めて

「ねえねえ、ライトって初めて会った時はどうだったの?」


「藪から棒になんだ?」


「我も興味がある。ライトの若い頃を知っているのは、この中ではファイリのみだからな」


 イリアンヌ、ファイリ、ロッディゲルスの三名は遅めの昼飯時に偶然なじみの店で鉢合わせ、一緒に食事を取っていた。

 ちなみに三人ともライトを昼食に誘おうと探していたのだが見つからなかったようだ。

 食後の紅茶を優雅に飲み干していたファイリに、突然イリアンヌが質問を始めたのが冒頭の経緯である。


「ほら、私たちって聖職者になってからのライトしか知らないけど、ファイリは学生時代のライト知っているでしょ。やっぱ、興味湧くじゃない」


 イリアンヌに同意するようにロッディゲルスが頷いている。


「ライトの若い頃か。もったいぶることでもないな。話してやるよ」


 その言葉を待ち構えていた二人はテーブルに身を乗り出し、一言一句聞き逃すまいと構えている。

 二人の姿に思わず苦笑してしまったファイリだったが、相手の立場なら自分も同じような反応をするだろうなと納得する。


「ライトと初めて会ったのは……そう、聖イナドナミカイ学園の入園試験の日だ」





 俺は本来なら十五歳から入学を認められる学園に十三歳から通うことを認められた、才女だったのだが。

 あ、なんだ。私の説明はいいだと? はっ、こういうのは前振りも大事だろ、ちゃんと聞きやがれ。


 でだ、合格するのはわかっていたが一応試験は受けないとダメらしくてな、入園希望者の列に並ばされたんだよ。

 まあ、この美貌におしとやかな性格に加えて頭脳明晰。嫌でも目立ってしまってな、列に並んでいるだけで男どもの欲望の視線と、女どもの嫉妬の視線がうざくてうざくて。

 ああっ、自慢話はやめろだと。自慢じゃねえよ、事実だ。


 面倒に思いながらも澄ました顔で並んでいたのだが、周りの人にとっては俺の存在が眩し過ぎるらしく、誰も声を掛けるどころか近寄ることすらしなかったんだ。

 相手にしなくていいのは楽だったからそれはいいんだが。そうしていると、不意に俺に影が差した。その日は結構厚くて日差しが眩しかったのだが、一瞬にして日陰になったことを不審に思い振り返ると、やたらと大きな青年がいたんだよ。


 そうだよ、それがライトアンロックだ。


 当時からかなり高身長で体がでかかったから、一瞬、この学園の警備兵かと勘違いしちまったぜ。黒のロングコートという出で立ちを見て、それはないなと思い直したが。

 んでよ、その男――ライトは俺の後ろに並んだ状態で、懐から取り出した紙をじっと見つめているんだ。目の前にこんなに可憐な乙女がいるというのに、全く目に入ってないらしく集中して何かを読んでいる姿に、少しイラッとしてな。

 誰が自信過剰だ。お前だって自分の容姿にそれなりに自信あるくせに、よく言えるな。


 話が逸れるだろうが、それで何を見ているのか気になって、そっと手にした紙を覗き込んだら、面接の心得と書かれたメモを見ていたんだよ。

 だろ、ちょっと可愛いよな。今のライトからは想像できない姿だったぜ。平静を取り繕っているんだけど、緊張がこっちにも伝わってくる顔でな。そんな表情を見ていたらつい、自分から話しかけちまったんだよ。


「あの、どうしたのですか? 何か心配事でも」


 何を驚いた顔しているんだよ。昔は普通にこんな口調だったんだって。


「あ、いえ。実は自分田舎から出てきたもので、こういった場が苦手でして。緊張が顔に出ていましたか」


 ん? ああ、ライトはあの頃から無駄に丁寧な口調だったぞ。今は何を考えているかわからないが、当時は話し方も慣れていないようで、初々しさがあったな。


「そうでしたか。私も少し緊張しています」


「あ、この列にいるということは貴方も試験を。お若く見えますが、私と同年代の十五歳なのですか?」


「いえ、私はまだ十三なのですが、特別に試験を受ける許可をいただきましたので」


 おいお前ら、いちいち俺の口調に突っ込みを入れるな! これが当時の俺だ!

 誰が腹黒そうだ。お前ら続き話してやらんぞ。

 ああもう、しがみ付くな鬱陶しい。話す話す、話してやるよ。


「それは凄い。私より年下なのに堂々としていますし、緊張もしているようには見えませんよ」


「必死に取り繕っているだけです。試験お互いに頑張りましょうね」


「はい、頑張りましょう」


 っとまあ、そんな感じだったな。他には会話しなかったのか? んー、特には。互いの名前を教え合って、それで終わりだな。

 もったいないか……今思えばそうだが、当時は田舎者の純朴そうな青年だ。ぐらいのイメージしかなかったからな。


 再会したのは、結構直ぐでな。同じ試験会場なんだから当たり前なんだけどよ。簡単な筆記試験を終えて、実技のテストということになったんだが、まずは魔力の測定がある。

 魔力が微塵もなければ聖職者になる以前の問題だ。そういった人は滅多にいないが、稀にそういう人もいるからな。

 でまあ、俺は魔力測定で過去最高の魔力値を見せつけて、尊敬と嫉妬をまた集めるわけになる。

 あー、うっさいぞ。事実だからしょうがないだろうがよ! 学園に通う前から姉様に魔力操作や神聖魔法を教えられていたので、正直楽勝だったし当たり前の結果だと思っていたんだが……高くなりすぎた鼻っ柱は速攻で叩き折られた。


 もう、わかるだろ。ライトだよ、ライト。


 あいつ、あの頃は新入生ではダントツの魔力容量だったからな。その値を見た試験官が驚愕のあまり、測定用の魔道具を地面に落としたぐらいだ。

 もっとも、入学してからは魔力容量が殆ど伸びずに、みんなに抜かれていったわけだが。

 ライトは容量の大きさより魔力回復力の早さが異常なんだよな。


 でだ、神聖魔法の適性も調べられ俺は余裕の……もうそれはいいって? はいはい、ライトだろ。あいつは幼少からお母様に回復魔法叩き込まれていたから、何の問題もなかった。

 でまあ、最後の試験が試験を受けに来た者同士で組んで、戦うというものなんだが。三対三でやるんだがよ。

 え、オチがわかった? うるさいな、黙って聞いていろよ。


 一年目だけは神官戦士志望の者も助祭を目指す者も、一緒のクラスに入れられることになっている。本人が望む進路に進めはするが、その一年は自分の適性を見極める期間だそうだ。

 大体割合も神官戦士が七割、助祭が三割程度だな。神官戦士は魔力が少なくても神聖魔法があまり使えなくても、一応大丈夫となっている。

 どう考えてもライトは神官戦士向きだって? それは俺も同意する。ライトは在学中に教師からも同級生からも散々言われていたぞ。


「お前は、神官戦士になるべきだ」


 ってな。まあ、それはどうでもいい。で、対戦方式の試験なんだが、基本的には神官戦士志望が二人、助祭志望が一人というチーム編成でやらされて、俺のチームもそうだった。

 で、対戦相手チームは何故か助祭二人に神官戦士一人という構成だった。その理由は――いちいち溜めなくてもわかるだと。馬鹿だな、こういうのは定番でも盛り上げなきゃいけない場面だろ。


 お前らが想像している通りだよ。対戦相手にライトがいて、試験官がライトを神官戦士志望だと勘違いした結果だ。

 そして、勘違いしたまま試合が開始された。ちなみに俺のチームにいた二人は将来を有望視されていた、実力者二人だったな。

 後で知ったのだが、偶然ではなく裏で仕組まれていたらしい。俺のような華麗で優秀な人材がまかり間違って大怪我や、試験に落ちることがないように手を回していたそうだぜ。


 卑怯だよな。俺も同意するぜ。

 それでも、当時の俺はそんなこと知らなかったから、頼もしい仲間と組めてついているぐらいの気持ちだったな。で、試合が始まれば、向こうの前衛である神官戦士志望を瞬時に倒し、次にライトへ二人が向かって行った。


 ――あの時の光景は今も目に焼き付いている。メイスと剣を構え、重厚な鎧に包まれた青年二人が素手のライトに殴られ宙に舞ったんだ。

 今でこそ見慣れたいつもの光景だが、当時は戦慄したぞ。鎧を着ている本人ですら、動くだけでやっとの重量なのに、それを着込んだ二人を同時に吹き飛ばした。

 誰もが我が目を疑い、試験場の空気が凍ったのを覚えているぜ……何だよ、別に嬉しそうな顔してねえよ! 

 まあ、格好は良かったけど……ってそれはもういいだろ! でだ、呆気にとられている審判と参加者を尻目に、ライトは私の懐に飛び込み、眼前に正拳を突きつけた。


 はいはい、そうだよ、俺の負けだ完敗だ。

 まあ、その後はライトの強さが規格外ということで俺も二人の前衛も合格にはなったんだが、当時は悔しくてな。

 エリート街道を突き進んでいた俺が初めて味わう敗北の味だった。

 それ以来、何かとライトに突っかかって、学生時代はかなりライトを困らせていた……まあ、ガキだったんだな。

 学生時代の実習でパーティーを組んでダンジョンに潜ったりもしたな、懐かしいぜ。

 それから、何だかんだで今の関係だ。




「ふーーーん。何かイラッとした」


「ああ、我もだ」


 イリアンヌとロッディゲルスは不満を隠そうともせず、しかめっ面でファイリを睨んでいる。


「お前らな、自分から聞きたいと言っておいて、それはないだろ……」


「ライトの話が聞けたのは嬉しいんだけどさ、何か話している時のファイリがすっごく幸せそうなのが、イライラした」


「まったくだ。自分だけしか知らないライトがいるアピールが不快感を与えてくれる」


「ああもう、お前らには二度と話してやらんぞ!」


「えーーーっ! ライトの話は聞きたい!」


「そうだそうだ。登場人物を一人削って、客観的にライトの話だけ聞かせてもらえるか」


 あれだけ不満を口にしておきながら、ファイリがへそを曲げると二人は同時に文句を口にする。


「何で偉そうなんだ! 断固拒否する!」


 ファイリは二人から顔を背け、徹底抗戦の構えだ。

 これは今更何を言っても無駄だと悟った二人は大人しく飲み物を口にしながら、何かを考え込んでいる。

 イリアンヌはどうやってファイリをなだめようか、それを考えていたのだが、ロッディゲルスは全く別の方向へ思考が飛んでいた。


「あっ、お義理母かあさまに、幼少の頃の話を聞かせてもらおう……」


 ぽつりと呟いたロッディゲルスの言葉を二人は聞き逃すことは無かった。

 三人がほぼ同時に立ち上がり、三人分の食事代をテーブルに置いた。


「あ、用事を思い出したから」


 三人の声が重なり、驚いた表情で見つめ合う。


「お前らなぁ……」


「あんた達ね……」


「抜け駆けをする気か……」


 飲食店の片隅で熱い火花を散らす三人の恋する女性。

 剣呑な空気に本来は店員が注意をすべき場面なのだが、この世界におけるトップクラスの実力者から吹き出るオーラに、一般市民が立ち向かえるわけがない。

 一瞬即発の状況に、店内の客が一人、また一人と足早に立ち去っていく。

 三人一緒に仲良く尋ねるという気は微塵もないらしく、互いに相手をどうやってこの場に留めるか、そのための最良の手を素早く計算する。

 そして、各自が自分の行動を決定し、行動に移ろうとした瞬間――


「何をしているのですか。店員さんが怯えていますよ」


 三人から少し離れた席に座ってケーキを口にしていたライトが呆れて声を掛けてきた。


「えっ、いつからいたの!?」


 暗殺者としてライトの気配に全く気付かなかった迂闊さに、イリアンヌは心底悔しそうだ。


「ファイリが昔話を始めた頃からですよ。邪魔をするのもなんなので、黙って聞かせてもらっていました」


 最後の一口を放り込むとライトは席を立つ。


「さて、皆さんいきますよ」


「え、何処にだ?」


「ロッディ、ここでこれ以上居座るわけにもいかないでしょう。今日は特に予定もありませんし、何処か公園か落ち着ける場所で、昔話でも聞かせますよ。それがお望みなのですよね?」


 ライトはそう言うと三人に背を向け、店の出口へと向かう。

 突っ立ったままの店員に少し多めの四人分の料金を手渡し、扉を開ける。


「行かないのですか?」


「いくいくっ!」


 ライトの後を追い三人の女性も飛び出していった。お互いを牽制し、誰よりも早くライトの隣へ並んで歩くために。


 この日を境に、イリアンヌ、ロッディゲルス、ファイリはこの店への出入りを禁止されることとなる。


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