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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
143/145

本気

 ある朝。珍しく母と二人きり家族水入らずで食事をしていた時、ライトは深く考えずに、あの言葉を口にしてしまった。


「母さん、最近太りましたか?」


「……え?」


 ポットから紅茶を注いでいた母の手が止まる。

 その顔には驚愕と言うに相応しい表情があった。


「何言っているのよ、ライト。私は神なのよ。体形が変化する何てあり得ないわ」


「ですが、母さん前に、この体は人間と同じように作ってあるから、食事もとらないといけないし、出すものも出さないと駄目なの。って、言っていませんでしたか」


 ライトが以前交わした会話を思い出しながら、説明を付け加える。

 顎に手を当て母は「うーんうーん」と唸っていたが、何かを思い出したらしくポンと手を合わせた。


「あっ……言ってたわ」


「目測ですが、腕腹太もも辺りが、かなり太さを増しているようですよ」


「やめて! 『神眼』使って測るのは、やめてっ!」


 ライトの金色輝く瞳から逃れるように扉付近へ移動すると、身に着けていたエプロンを投げ捨て、外へと飛び出していった。


「前は少し痩せすぎでしたから、今ぐらいが丁度いいのですが」


 先に言うべき事を呟くライトの声は、走り去った母の耳には届いていない。





「はあーはあーはあー。勢い余って、街の奥まで走ってきちゃったわ。そういや、最近、胸元がきつくなってきたから、遅めにやってきた成長期かと期待していたのに、太っただけだったのね」


 街中に走らせている水路の上に架けられた橋の上から、死を司る神は水面に映る自分の姿を眺めている。


「言われてみれば、頬が少し膨らんでいるような……そういや、一昨日、作業服着ようとしたら、太ももが入りにくくなっていたわね」


 その時はズボンを洗った際に縮んだのだと思って――いや、現実から目を背け、そう思い込もうとしていたのだが、どうやら現実は非情の様だ。


「最近街の整備が行き届いてきたから、デスクワークが主な仕事になっちゃったのよね。よっし、体動かしましょう! 体重を減らすには運動に限るわ!」


 その日から、毎朝早朝に街を爆走する、死を司る神の姿が見られるようになる。





 それから、一週間後。


「死を司る神様、市民から苦情が来ています」


 町の政治を取り仕切る役所の一角にある最高責任者用の部屋で、いつものように書類整理をしていた死を司る神へ、秘書の一人がそう切り出してきた。

 黒縁の眼鏡にスーツの上下がやけに似合っている、気の強そうな女性秘書が、しかめ面で手元の書類に目を通している。


「苦情? また三英雄が酒飲んでナンパやワイセツな言動を繰り返していたとか?」


「いえ、そちらは既に対処済みです。ミミカ様にはファイリ様。ロジック様にはファイニー様。エクス様にはキャサリン様を付けて説教中です」


「じゃあ、ライトが美女を引き連れているのが目に余るとか?」


「当初は独身男性からかなりの苦情があったのですが、今では皆、女性陣の本性を知り、生暖かい目で見守っているようです」


「あの娘たちって、見た目はいいんだけど性格が個性的だものね」


 ライトの周辺にはいつも誰かしら美女がいる。当人は独りで静かに過ごしたいのだが、周りの女性陣がそれを許さないのだ。

 それこそ、街が復興し始めたばかりの頃は何度も、腕に覚えがある住民に成り立ての冒険者が、ライトへ挑んできた。

 その結果、片手間にあしらわれライトの強さをその身に覚え込まされ、いつの間にか直接絡む勇気のある住民はいなくなった。その後、本人が駄目なら母親に何とかしてもらおうという、情けない発想により役所へ苦情が殺到することになる。


「じゃあ、他に何か私に通ってくるような苦情の案件があるの? 小さな問題なら貴方たちで処理できるでしょ」


「はい。ですが、今回の苦情は聞いてもらわねばなりません」


「何かしら。ライトはそれ以外では人にバレる迷惑行為はしないと思うのだけど」


 想像もつかないらしく首を傾げている死を司る神に、秘書は一度「ごほんっ」と咳払いしてから、手元の書類を読み始めた。


「毎朝、早朝に大きな声で意味不明な言葉を叫びながら、街を爆走する人がいます。まだ寝ている時間なので止めて欲しいです。早朝に聞こえる、鶏を絞殺したような奇声と地響きに迷惑しています。朝の揺れと騒音何とかなりませんか――他、多数の苦情が寄せられています。心当たりはありませんか?」


「な、何の事かしらね」


 死を司る神は慌てて顔を窓の外に向け、唇を尖らせひゅーひゅーと口笛を鳴らそうとしているのだが、音が出ていない。


「健康の為の運動はご立派ですが、もう少し人の迷惑にならない時間と場所でお願いします」


「だって、全力出さないと体重って落ちないしぃ、早朝って人目が無いからつい、歌いたくならない?」


「なりません。貴方が本気を出したら、整備した石畳が破壊されてしまいます。実際、最近何か所か割られた跡があるとの報告があったのですが――」


「すみません、自重します」


 分が悪いことを悟った死を司る神は、躊躇いもなく頭を下げた。





 更に一週間後。


「また、苦情が来ています。死を司る神様宛に」


「えええーっ! あれから、街中で運動していないわよ」


 役所のいつもの部屋で、秘書からの連絡に死を司る神は拗ねた子供のように、頬を膨らませている。


「ええ、以前は街の住民からの苦情でしたが、今回は冒険者たちからの苦情です」


「あ……」


 心当たりがあるらしく、気まずそうに秘書から視線を逸らし、瞳が天井を向いている。


「苦情内容を読みます――最近、永遠の迷宮の敵が少ない。誰かが各フロアーの敵を片っ端から倒しているので、敵が見当たらないどうなっているのか。白く長い髪の女が素手で、Aランクの魔物を吹き飛ばしていた、アレは何だ――等々、まだありますが、読みましょうか」


「あ、いえ、結構です」


「運動の為に永遠の迷宮に行くのは良い考えだと思いますが、何で敵を全て倒すのですか。走り回るだけでいいじゃないですか」


「だって、走るだけだったら下半身のみが痩せるかなと思って。ほら、殴ったり投げたりしたら、上半身の運動にもなるでしょ」


 死を司る神の言い分に、秘書は大きくため息を吐く。


「理由はわかりましたが、もうやめてください」


「わかったわよ。これからは迷宮で敵を極力倒さずに、走るだけにして――」


「あ、それもダメです」


「何でよ!」


 話を遮って否定してきた秘書へ、間髪入れずに問いかける。


「もう一件苦情が来ていまして。読みますね――迷宮の魔物は闇の魔力を変換して作られているのは知っているだろう。倒せば倒すほど魔力が減り、我の負担が増えることになるのだが、わかっているのか。普通ならば倒されれば、魔力に戻り迷宮で循環されまた生み出されるが、神気をまとった攻撃では闇の魔力が消滅してしまい。魔力の循環が不可能になる。当分、出入り禁止とする――追伸、ライトに顔を見せるように言っておいてくれ。とのことです」


「それって……」


「闇の神様からです」


 死を司る神は永遠の迷宮への立ち入り禁止となった。





「あーもう、むしゃくしゃする! 私は乙女として痩せたいだけなのに!」


「乙女と言う歳ではないだろう」


 酒場のカウンターでやけ酒を煽る、死を司る神の隣には、獅子を連想させる顔つきの武神がいた。


「あんたも、ライトも、デリカシーってものが無いのよ! 女に体重と年齢は訊ねてはいけない。国際常識でしょ!」


「神をやって数百万年になるが、初耳だぞ」


「だーっ、だから武力バカは嫌なのよ。そもそも、何であんた、まだここにいるのよ。神の国へ帰りなさいよ!」


 完全に出来上がっている死を司る神は、八つ当たり気味に武神へ絡み出している。


「この街が気に入ってな。この枷のある体であれば本気で戦えるというのが楽しくてな。身体能力のみに頼るのではなく、技を磨き勝つという楽しさに目覚めてしまったのだよ」


 争奪戦で使われた会場は、特別なイベントで使用されない時は闘技場として活用されている。そこでは腕に覚えがある者が登録し、日夜戦いを続け、闘技場ランキング上位になることを生き甲斐にしている者まで現れている。

 武神もどっぷりとはまっているようだ。ちなみに、現状一位はライトである。

武神は名と顔を変え、技を鍛える為に身体能力を落した身体で戦っているので、今は三十位圏内といったところらしい。


「闘技場ね。最近流行っているらしいけどぉ……って、私も闘技場に参加したら、思う存分、運動できるんじゃ!」


「やめておけ。お前はその仮初の体しか使えないのだろ? 手加減をすれば、軽い運動にしかならず、本気を出せば相手になる者はライトぐらいだ。どちらにせよ、減量にはならんさ」


「もおおおおぅ! じゃあ、私はどうやって運動したらいいのよ」


「食事制限」


「それは、嫌! ってホワイティーちゃん?」


 酔っ払い同士の会話に割り込んできたのは、質素な純白のワンピースを着たホワイトドラゴンの少女だった。


「あら、ホワイティーちゃんどうしたの?」


「ライトに会いに来た」


「んもう、あの子ったから、こんな幼子にまで手を出すなんて……流石、私の息子ね!」


「今の発言、危ない感じがしたのだが」


 死を司る神の言葉の内容に、不穏な響きを感じ取った武神であった。


「そうなんだ。後でライトのところに連れていってあげるから、ここ座って。店員さーん、この子に食事と、甘い飲み物何か持ってきてー!」


 自分の隣の席を引いて手招きする死を司る神の誘いに乗り、ホワイティーは椅子の上に飛び乗ると、椅子の上で大人しく正座している。


「可愛いわねぇ。女の子も欲しかったなぁ。あ、ライトも負けじと可愛かったのよ! 最近はちょっと生意気で、甘えたりしてこないのが玉に瑕だけどぉ……って、だいたい、あの子が太ってるって失礼な事を言うから、私がこんなに苦しむことになったのよ!」


 話の風向きがおかしな方向へと傾き出しているが、口を挟むと碌なことにならないのを理解した武神は、無言で酒を煽っている。


「あの子って最近ちょーーーーし、のってるとおもうのよぉぉ! ちょっと、光の神倒して最強になったからってぇぇ」


「でも、ライトつまらなさそう」


 迷惑極まりない酔い方をしている死を司る神の愚痴を聞き、ホワイティーは呟いた。


「……つまらない?」


「うん、戦っている時、つまらなそう」


「退屈か。今やライトはこの世界で最強を名乗っていい実力がある。『神力』を封印すれば、対戦相手もいるが、何の縛りもなく全力を出して戦うことは出来ぬだろうな」


「そう……そうね。あの子は自分が望んだわけでもない、最強の力を得てしまった。あの力は大きすぎて、全力なんか出したらこの街が滅ぶレベルだもの」


 ホワイティーの言葉で酔いが冷めた死を司る神は、ジョッキについた水滴を指でいじりながら、小さく息を吐く。


「なら、私がライトの本気を――出させてあげようじゃないの! おまけに、私も本気で戦えば、凄くいい運動になりそうよね!」


 勢いよく立ち上がった死を司る神は、両サイドに座る二人の腕を力強く掴んだ。


「よっし、じゃあ二人とも行くわよ! まずは、闇の神に本気出してもいける、異空間作ってもらいに行きましょうか!」


 二人は返事をするタイミングすら与えられずに、酒場から連れ去られていった。





「さあ、ライト勝負しなさい!」


「私まで辿り着いた人がいると聞いて来てみたら、まさか母さんたちだとは」


 闘技場、特設異空間において、半袖のシャツに短パンという格好の死を司る神が、ライトに指を突き付けている。


「ふっふっふ、最近調子に乗っているみたいだけど、誰が本当に最強なのかを思い知らせてあげるわ! 本気出さないと、もう口きいてあげないからね! 母は強いのよ!」


「まったく、何を考えているのやら」


 俯いた状態で頭を左右に振るライトを、ぼーっと見つめていたホワイティーが、


「ライト笑ってる」


 と呟いた。

 その声を聞いた武神は「そうかそうか」と満足げに頷いている。


「さあ、今日から最強の座でふんぞり返るのは、この私よ!」


「私も頑張る」


「ワシも、本気を出すとするか」


 以前、ライト争奪戦の際に感じた強さとは比べ物にならない、覇気を両者から感じ、ライトの表情が変化する。


「ライトの屈託のない笑顔久しぶりに見たわ」


「凄く楽しそう」


「ご期待に応えないといかんな」


 ライトは『神力開放』状態で体中から神気を吹き出し、久しぶりに全力を出そうとしている。

 産まれた時から戦うことを宿命づけられ、戦うことが日常の一部だったライトは、本気で暴れられることへの喜びに、心が躍るのを抑えられないでいた。


「では、御三方……楽しみましょうか!」


 この日の戦いを見学していた死者の街の住民たちは、ライトだけではなく、死を司る神、ホワイティー、武神に対しても尊敬の念を抱くことになる。

 勝敗はあえて語らないでおくが、戦いが終わった後、満足そうな表情で地面に寝そべるライトの姿があったことだけは記載しておこう。


本日18時に新しい作品を公開します。


『自分が異世界に転移するなら』


とストレートな題名です。よくある、スキルを割り振れる異世界転移の定番となっています。このサイトで何度も目にしてきた題材を、あえて取り上げてみました。

ひねくれ者の自分がどういった感じに料理するのか、興味を持たれた方は是非。

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