対戦希望
禍々しく巨大な門扉の前に、五人組の冒険者たちがいる。
全身鎧に両刃の斧を持つ重戦士。
その男と対照的に片手剣と円形の盾、腕、脚、胸部だけを覆う部分鎧を着た軽戦士。
自分の身長より頭一つ分だけ短い、大きな弓を背負った気障そうな男。
司祭のローブを着こみ立派な口ひげを蓄えた、壮年の聖職者。
頭の尖った帽子を目深に被り、性別も不明な魔法使い。
死の峡谷を抜けてきただけあり、冒険者チームには強者特有の覇気を感じられる。
そんな彼らは死者の街入り口にある門の前で、首なし騎士二体を前に武器を構え、巨大な斧を握りしめている男が大声を張り上げた。
「ここが死者の街の入り口で間違いないか!」
『ああ、間違いはないぞ』
直接脳内に響いてくる声に多少は驚いているようだが、直ぐに目の前の首なし騎士の声だと判断したようだ。
「ならば、通してもらおうか」
『一応……目的を聞いておこうか』
冒険者たちは顔を見合わせると、不敵な笑みを浮かべる。
「知れたことよ。この街に住む世界最恐の男――ライトアンロックを倒すためにやってきた!」
己の腕に疑いを持ったことなど無いのだろう。その声は自分たちの勝利を確信している自信と、気迫が込められていた。
『あー、やっぱりそうか』
それに対する首なし騎士の声には起伏が無く、何処か少し呆れている様にも聞こえる。
『ならばお主たち――そこの書類に冒険者ランクとチームメンバーの名前を書き込み、対戦料を払ってもらえるかのぉ』
疲れたように話す首なし騎士の指差す方向に、冒険者たちは思わず顔を向ける。
よく見ると巨大な門の脇に料金箱と書かれた箱と、大きな机に対戦申込用紙が置いてあった。
ライトアンロックは以前から噂話が絶えず、余りに荒唐無稽な話ばかりなので、その存在すら疑われていた。
だが、ライトアンロック争奪戦で、権力者や高ランクの冒険者や騎士がその力を目の当たりにし、その強さが真実だという情報が世界に浸透した。
それ以来、ライトの強さを知り、純粋に腕試しを望む者や、ライトを倒したという名声を得る為に、多くの冒険者たちが押し掛けるようになってしまったのだ。
初めは首なし騎士を倒せた者たちだけを町に入れるようにしていたのだが、余りにも数が多く、倒されてしまうと門番が暫く不在になってしまうので、こういった形式へと変更した。
「まあ、ついでにお金も徴収しましょう」
という死を司る神の一声により、対戦料を取ることとなったのだが、これが結構いい臨時収入になっている。
「えーと、これでいいか」
重戦士から渡された用紙に目を通す、首なし騎士。
『ここに生年月日を、あと、この右上に今日が何日か書き込んでもらえるかのぉ。あと、対戦希望日時も願えるか』
「あ、わかった。対戦日時は出来れば今日がいいよな?」
重戦士が仲間と相談を始めている。
全員が書き込み、記載漏れが無いのを確認すると、首なし騎士は門扉を開いた。
『うむうむ、では改めて。ようこそ死者の街へ。挑戦者よ歓迎するぞ』
思いもしない展開に気を削がれた冒険者たちだったが、この先は死者が住む街。
気合を入れ直し、引き締まった表情で警戒を解かず、街の中へと足を踏み入れた。
「お、兄ちゃん兄ちゃん! 死者の街名物、メイス焼き買わねえか!」
「死者すらも酔わせる、銘酒、死人殺しはどうだい!」
「元教皇ファイリさんの写真あるよ! 女性に大人気ロッディゲルス様も取り揃えているよ!」
門を潜った先は大きな広場で、点在する露店から活気のある声が飛び交い、予想もしなかった光景に冒険者たちは驚きを隠せないでいる。
「あんたら、ライトさんへの挑戦者かい?」
「あ、ああ、無論そうだ」
「ほうほう、へええぇ」
彼らの元へやってきたひょろ長い男は、値踏みするように冒険者たちを隅から隅まで観察し、何度も頷いている。
「うんうん、良い身体つきをしているね。腕も確かなようだ」
「当たり前だ! 我らは首都でも名の知れたAランク冒険者チーム『雷光の覇者』だぞ!」
胸を張り言い放つ重戦士の男を、ひょろ長い男は大袈裟に感心したような振りをしているが、その目は笑っている。
「おーい、みんな! 今度の挑戦者は彼ら、Aランク冒険者『雷光の覇者』だそうだ!」
ひょろ長い男の大声を聞き、冒険者たちの周辺に人が集まってくる。
全員が好奇の視線を隠そうともせずに彼らを見つめ、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。
「へえ、確かに強そうだね! おっちゃんおっちゃん、今まで倒した獲物で一番強かったのって、何々?」
小さな子供が足元から軽戦士を見上げ、はしゃぎながら質問をしてくる。
「お、なんだ。ああ、一番の強敵はあれだな、小山の様な大きさのギガンテスを倒した時だな!」
「おー、Aランク上位に近い強さを誇るギガンテスを倒したのか! そりゃスゲエな! やっぱ、贈り物持ちとかいるのかい?」
首に写真機を下げた男がメモを片手に、聖職者の男へ問いかけた。
「ふっ、聞いて驚かないでくださいよ。私たち全員、贈り物を所有しているのです!」
「やだぁーすっごおおぃ! ねえねえ、貴方すっごく堅そうだし『頑強』とか似合いそうね」
体のラインが浮かび上がったワンピース姿の色気溢れる女性が、しなを作り重戦士の胸元に指を這わしている。
「お、おう、良くわかっているじゃねえか! 俺は『頑強』あの優男は『瞬足』だし、あとあいつは『魔力増幅』で隣のが『鷹の目』んで、最後は『怪力』だな」
女の色気に惑わされ、気を良くした重戦士がチームの情報を口にしていく。
その瞬間、集まっていた住民の目が鋭く輝き、一斉にその場から離れていった。
瞬き一つする間に周囲には誰も居なくなり、冒険者たちだけがその場に取り残される。
「え、な、何だ。どういうことだ?」
急な展開についていけず、その場で立ち尽くす彼らをよそに、住人たちは広場にある露店の中で一番立派な店へと突撃していた。
その露店の上には大きな看板が掲げてあり、そこには太文字でこう書かれていた。
対戦賭博
「イリアンヌの姉ちゃん、第一関門敗退に三千おくれ!」
「俺は第二に五千だ!」
「私は第一に一万お願ぃ」
さっきまで冒険者に群がり質問を投げかけていた面々が、露店の店員を臨時でしているイリアンヌから賭博用くじを買い漁っている。
稀にイリアンヌが店員をする理由は、お金が大量に動くのを見るのが好きだからだそうだ。
「あいよー。第一関門は三千と一万ね。今回の第一関門はマース、シェイコムペアーだけど、大丈夫?」
「うん、それでいいよ!」
「報われないペアーなら、安心ねぇ」
少年と色気のある女性がくじを手に微笑みあっている。
「おいおい、お前さんたち甘いな。俺の予想では第一関門は辛うじて突破できる筈だ。今月の第二関門は誰が担当だった?」
「ああ、今月の第二関門はメイド長、ファイリコンビよ。ちなみに第三関門は私とロッディゲルスね」
「今月はかなり本気のラインナップだな! やっぱ、第二関門までだろ!」
写真機を携帯している男は自分の予想に絶対の自信があるらしく、これは貰ったと勝利後の金の使い道に思いを馳せているようだ。
ここでライトアンロックとの対戦への道のりを説明しよう。
まず、首なし騎士から用紙を貰い、チーム名、メンバーの個人情報、対戦希望日時を書き込む。その後、争奪戦で使用した会場へ挑戦者を招き入れる。
そこで、直ぐにライトと戦える訳ではない。
頻繁にやってくる冒険者と律儀に戦っていては、ライトは日常生活を送れなくなってしまう。そこで、ライトと戦うには四つの難関を乗り越えることが前提となっている。
第一関門、第二関門、第三関門、第四関門を誰が担当するのか。
基本はライトの知り合いで固めているのだが、死者の街の住民が腕試しに参加したいとの申し出があるので、月ごとにメンバーが入れ替わることになっている。
「そういや、最高到達者は幾つまでだったぁ?」
「んと、第三関門ね。尤も、その時は第一、第二関門担当していたのが、死者の街選抜メンバーだったけど」
「あー、あの時か。僕も見ていたよ! そろそろ、もうちっと歯ごたえのある挑戦者が来て欲しいよね」
この博打場の常連である少年と色気満載の女性が、イリアンヌとの雑談で盛り上がっている。他の住民も次々と露店に集まっていき、和気あいあいと会話をしながら次々と賭博くじを購入していく。
呆気にとられている冒険者たちを置き去りに、住民たちは予想を好き勝手に口にしている。
この後、今回の挑戦者はどうなったかというと、大方の予想通り第一関門突破すら成らず、死者の街の戦力をその身を以て実感することになる。
「俺たち出番ないよな……」
「エクスが最後の関門は三英雄の俺たちが担当するべきだぜっ! なんて格好つけるからだろ」
「このままだと、一生出番がない気がするわ」
不動の第四関門担当である三英雄たちが、酒場でだらけている。
関門を決定する際に、そのポジションを話術と力で奪い取ったのだが、一度も自分たちの第四関門まで到達する猛者が現れていない。
三英雄と戦うまでに、イリアンヌ、ファイリ、ロッディゲルス、キャサリン、ギルドマスターといった、大きな壁があり、最近はマース、ナイトシェイドやシェイコムといった急成長を見せる、メンバーも増えてきている。
生半可――いや、かなり高位の冒険者チームでも歯が立たない現状。
彼らに匹敵する者がこの世界に存在していない訳ではない。
そういった超一流の冒険者はライト争奪戦に参加、もしくは見学しており、ライトの強さを知ってしまった今、挑む気すらないようだ。
「はぁ、今日も永遠の迷宮にでも行くか」
「そうだね。力を蓄え、もう二度と悔しい思いをしない為にも。そして、いつの日かライト君に勝ちたいよな」
「……でもさ、ライトさんに私たちが勝つ可能性に比べれば、第四関門まで到達する人が現れる方が高いわよね」
「それを言うなよ」
三人が同時に胸に溜まった重い何かを、ため息と同時に吐き出し、席から立とうとしたところで、酒場の扉が大きな音を立て開け放たれた。
「あ、いたいたいた!」
「どうしたの、マース。そんなに慌てて。お水飲む?」
「ありがとう、いただきます!」
ミミカから手渡された水を一気に飲みほし、グラスを机に叩きつけるようにして置くと、マースは汗で額に貼り付いた前髪を手で払い、三英雄を見据えた。
「皆さん出番ですよ! 第三関門を突破した挑戦者が現れました!」
「マジか!」
「おおマジです! 詳しくは教えてもらっていないのですが、三人組だそうですよ」
「へえ、僕たち相手には丁度いいよ。三人組のチームか。三英雄と戦うことになったのが運の尽きだね」
「二人とも、始めから飛ばし過ぎないでよ。私も支援魔法や回復魔法をたまには思う存分使ってみたいから」
初めての出番に嬉しさを隠そうともせずに、意気揚々と酒場を出ていった三英雄の後姿を見送り、マースは無意識の内に手を合わせていた。
会場への門が開け放たれ、三英雄が入場してくる。
会場の観客席は全て埋まっており、初めての第四関門への到達者に観客席のボルテージも天井知らずに上がっていく。
「いいねえ。俺たちが活躍するに相応しい場だ。よっし、格好いいところを見せつけて、女のファンを大量ゲットだぜっ!」
「ふむ、家族で見に来ている客はいないかな」
「さーて、イイ男は何処かしらー」
三人とも観客席に好みの相手がいないか物色している。性格はあれだが実力は折り紙付きの三英雄。負ける気など微塵もなく、余裕の態度を隠そうともしていない。
そんな彼らの対戦相手である挑戦者たちは、まだ現れていなかったのだが、三英雄の対面方向にある扉がタイミングを見計らっていたかのように、ゆっくりと開いていく。
「俺たちの引き立て役はどんな奴ら――」
「幼女相手ならやる気もで――」
「イケメンだったら、優しく対応――」
軽口を叩いていた三英雄は扉から歩み出てきた三人を見て、目を見開いたまま硬直する。
「ふむ、久方ぶりだな、三英雄。最近は光の神の束縛が薄れてきて、前回よりも力を発揮することが可能になった。今度はもう少し、楽しませてやれるぞ。ぐはははははははっ!」
獅子のたてがみを彷彿とさせる髪形の、野性味あふれる顔をした男が、獰猛な笑みを浮かべ豪快に笑っている。
「てめえ、武神……」
前回、辛くも勝利を収めた相手を前に、エクスの顔から浮かれた表情が消え去る。
「ライトに頼み事ある。戦って話す」
肉食獣を彷彿とさせる男の隣に並ぶのは、白のワンピースを着こんだ小さな女の子だった。白い髪に無表情。清楚な感じでありながら、何処か人を寄せ付けない神々しさを兼ね備えた不思議な少女がいる。
「こんな再会は止めて欲しかったよ、ホワイティーちゃん……」
理想の少女像であり、もう一度会いたいと願っていたホワイティーの登場に、ロジックは嬉しくもありながら、この後の戦いを想像し苦虫を噛み潰したような表情になっている。
「よーし、お母さん最近運動不足だったから、頑張っちゃうぞ」
ホワイティーと同じ長く白い髪を首に巻きつけ、公式の場で現れる時の胸元が空いたドレスでもなく、復興作業中の作業服でもなく、動きやすそうなTシャツと短パンといった格好のこの街の最高責任者がそこに居る。
「何しているのですか、死を司る神様……」
聖職者であるミミカの前にいるのは、神と呼ばれる存在。それも、死を司る神だけではなく、武の神。そして、神に匹敵する力を所有すると言われる、伝説のホワイトドラゴンまで揃っている。
三英雄は予め打ち合わせていたかのように声を揃え、同時に呟いた。
「「「ああ、終わった」」」
臨時で司会席に座っている司会者の「開始!」という声が死刑宣告に聞こえる、三英雄だった。
その後、自信を粉々に砕かれた三英雄がどうなったかというと、暫くの間は妙に大人しく謙虚と言うよりは――
「俺たち、いえ、僕たち三底辺は調子に乗っていた大馬鹿、ゴミ虫野郎です。肥溜めの中で息を潜めて生きていきますので、勘弁してください」
「ああ、すみません。僕の魔法なんてマッチの火より劣り、蟻のため息よりも小さな風しか起こすことができません。ああもう、そんな僕が魔法使いなんて名乗ってすみません、すみません」
「露出度の高い服はどうしたかですか。私の様なクズが肌を露出する何ておこがましくて、とてもとても。私なんて、ずた袋を被っているのがお似合いですよ」
卑屈になりすぎて鬱陶しくなっていた。