むかしあるところに
とある食堂でいつものメンバーが店で一番大きなテーブルを囲み、周囲の迷惑にならない程度に騒ぎながら夕食を楽しんでいた。
店内には会話の邪魔にならない音量で楽器を奏で、いつものように美声を響かせている土塊がいる。
エクスは酒がなみなみ注がれた木製のカップを口元に付けた状態で、視線をカウンター脇の土塊へ向けていた。じっと見つめカップを机に置くと、ある事を口にした。
「前から気になっていたんだが。土塊って正体不明だよな」
「急に何言っているのよ、あんたは」
「いやさ、ふと思ったんだが。あいつの事、何も知らないよなって」
「そういや……そうね」
エクスの話に相槌を打っていたミミカが腕を組み、一緒になって頭を捻っている。
「自分の事を話すこともないし、そもそも歌以外で滅多に声ださないから」
手元の写真を眺めながら優しく微笑んでいたロジックが、視線を逸らすことなく二人へ声を掛ける。
「土塊って意外と能力高いよな。『神声』の影響力も恐ろしいが、確か鋼糸の使い手でもあるし、腕もなかなかなものだろ。なあ、ロッディ」
「ああ、そうだな。一度手合せしたが、鋼糸という珍しい武器でありながら、あの腕前。傭兵や暗殺者の可能性もあるのではないか」
ファイリに話を振られ、ロッディゲルスは眉をひそめる。
ミリオンに操られ土塊が一度ライトの敵に回った際に、ロッディゲルスは一対一で対戦している。結果はライトの問答無用の不意打ちで終わった為、二人の戦いは決着が付いていない。
「暗殺者か。確かに鋼糸というか糸を使う暗殺術もあるけど、土塊さんの日頃の身のこなしを見る限り、暗殺者って感じじゃないのよね」
ワイングラスを傾けながらイリアンヌは、数多くの暗殺者を生み出してきた紅蓮流跡継ぎ候補としての意見を口にした。
「どちらかと言えば、私と同様に我流で腕を磨いたような手捌きのような感じがしましたわ。ライト様はどう思います?」
メイド長は誰に教えを乞うこともなく磨き上げた鞭での戦い方と、似通った点に気づいたのだろう。イリアンヌの意見に賛成の様だ。
「そうですね、土塊さんは――吟遊詩人なのでは」
「「「「当たり前だろ」」」」
わかりきった事を言うライトの発言に、一同は肩を落とす。
「こういう事は直接本人に聞くのが一番なのですが、土塊さんが話してくれるとは思えませんしね」
土塊との意思の疎通は楽器の弦を弾いたときの音色か、微妙に振られる頭の動きで判断するしかない。自ら身の上話や雑談をしてくることは皆無だ。
「となると、この中で一番付き合いが長い方に聞くのがよろしいかと」
会話に加わっていた全員の目がキャサリンへと向けられた。好物のから揚げを口にしたところで、みんなに見つめられ慌てて口内の塊を呑み込んだ。
「ふえっ、な、何よ……そんな熱い眼差しを向けられたら、火照るじゃないの」
何を勘違いしたのか、頬に両手を添え上半身を蛇の様にくねらせている。
「そういうのは結構です。キャサリンさんは土塊さんが旧死者の街に来る前から、ここにいましたよね」
「ぶっぶー、残念賞ね。実は、土塊ちゃんの方が先輩なのよ」
キャサリンの答えが意外だったようで、ライトですら少し目を見開き、驚いた表情を見せる。
「ということは、土塊さんは最低でも五百年以上前の方なのですね」
「まあ、そうなるわね。ずっとこの街で弾き語りやっているそうよ」
自然と全員の視線が土塊へと向かう。
そこにはいつものように弦を掻き鳴らし、聴衆の心に沁みわたる歌声を曲に乗せ、気持ちよさそうに歌っている土塊がいた。
「キャサリンさんも土塊さんについては何も知らないのですか?」
「そうね。詳しくは知らないけど、土塊ちゃんがどういった人物で何をした人か、ぐらいは知っているわよ」
「え、マジでか! おい、キャサリン教えろよ!」
「んもう、せっかちさんねエクスは。早い子は女の子に嫌われるわよ。慌てなくても教えてあげるわ。ええと、あ、そうだ。ロジックちゃん、その紙袋取って」
「これかな」
急に話を振られたロジックが椅子の脇に置いていた紙袋を持ち上げる。
「そうそれ。それって今日一緒に買い物行った時の?」
「ああ、そうだけど」
ロジックが肯定した瞬間、両隣のエクス、ミミカが同時に椅子ごとロジックから距離を置く。二人の頬は引きつり、怯えたような表情をしている。
「お、おまえたち、そんな関係……」
「あんた、幼女だけじゃなく、そっちもいける口なんだ……」
「いやいやいや! 違う、違う、違う! これは孤児院の子供たちへのプレゼントだよ! 小さい子は大丈夫だけど、十代半ばぐらいの女の子の気持ちが理解できなくて、女性向きのアクセサリーを選んでもらったんだ!」
その言葉を聞くまで生温い視線をロジックに向けていた一同だったが、説明に得心がいったようだ。
「んもう、ロジックちゃんてば照れ屋さんなんだからっ!」
「やめろっ!」
「あ、うん、お前がどんな性癖でも、俺たちいつまでも友達だからな。これからは、少し距離を置いて狩りをしようぜ」
「そ、そうね。うんうん、いつまでも友達よ」
「妙に優しくするな!」
キャサリンと三英雄がじゃれ合っているのを誰も止めずに眺めていたのだが、いつまでたっても話が終わりそうにない。
「あーもう、じゃれ合うのは後にしてくれ! 今は土塊についての話だろ」
誰も場を収めようとしないのでファイリが渋々ながら止めに入る。一応、聖職者のトップに立ち、人を取りまとめる立場だったので、こういった場で取り仕切るのはファイリの役目になることが多い。
「あら、そうだったわね。ごめんなさい。それでね、その紙袋に小さい子用の絵本入ってなかった?」
「よく覚えているな。何冊か買っておいたよ」
取り出した絵本を両手で持ち、何冊もの絵本をトランプのカードで遊ぶ時の様に広げる。
「ええとぉ……あ、これこれ。ちょっと借りるわね。後で新しいの買うから」
その中から一冊の本を抜き出すと、それを机の上に置く。
絵本の表紙には大きな文字で、おうさま と ぎんゆうしじん と書いてあった。
むかし むかし あるところに ぎんゆうしじんがいました
ぎんゆうしじんは とても うつくしいこえで いつもうたっています
あいのうたをうたえば みんな れんあいにあこがれ みんな こいをします
たのしいうたをうたえば みんな わらってしあわせです
かなしいうたをうたえば みんな なみだをながして ないています
ぎんゆうしじんが いつものように ひろばでうたっていると
「おい、そこのおまえ!」
と どなられました
ぎんゆうしじんがふりむくと そこには おおきなやりをもった くにのへいしがいっぱいいます
「おまえを おうさまが およびだ さっさとこい!」
ぎんゆうしじんの へんじもきかずに へいしは ひっぱっていきました
えっけんのまに つれてこられた ぎんゆうしじんに おおさまが えらそうに こういいました
「おまえは ひとのこころを あやつれるそうだな」
ぎんゆうしじんは しずかに くびをよこにふりました
「うそをつくな おまえが ひとびとにうたをきかせ あやつっているのをみたのだぞ」
それでも ぎんゆうしじんは くびをよこにふりました
「まあよい ならば ここでいっきょく うたってみろ そのうたに かんどうできたら おまえをかえしてやろう」
ぎんゆうしじんは がっきをもって えんそうしようとしました
すると そこで
「なら わたし あいのうたがききたい」
かわいらしいおひめさまが うたのおねがいをしました
ぎんゆうしじんは だまってうなずくと こころをこめて あいのうたを うたったのです
「ああ すてき」
「わたしも だれかと こいがしたい」
えっけんのまにいた すべてのひとが めをハートにして こいをしたくなりました
えんそうがおわると みんながはくしゅをし ぎんゆうしじんをほめます
やくそくはまもったので ぎんゆしじんは かえろうとしました
「まて へいしよ にがすな おまえが ひとのこころを あやつれるのはよくわかった」
おうさまは みみせんをはずすと へいしに ぎんゆうしじんを つかまえろとめいれいします
「ろうやに いれられたくなかったら せんそうで うたをうたえ へいしたちが つよくなるうたを」
ぎんゆうしじんは だまって くびをよこにふりました
「いうことをきかないヤツは ろうやにいれろ!」
おうさまが おこり ぎんゆうしじんは ろうやにいれられてしまいました
いちにち ふつか みっか いっかげつ いちねん
ずっと ろうやに ぎんゆうしじんはいました
あるひ いつものように ろうやでおきた ぎんゆうしじんに へいしがはなしかけてきました
「おい おまえ きょうは おまえの しょけいのひだ」
おうさまの めいれいをきかなかった ぎんゆうしじんは おおきなひろばで ころされるそうです
ぎんゆうしじんは へいしにつれられて ひろばのにおかれた だいのうえに のりました
いっぱいのひとが ぎんゆうしじんを みています
「おうに さからったばつだ さいごになにか いいたいことはあるか」
おうさまが えらそうに そういいました
「さいごに うたがうたいたい」
ぎんゆうしじんは はじめて はなしました
ずっと うたうときしか こえをださなかった ぎんゆうしじんが はじめて しゃべったのです
「まあ いいだろう 5ふんだけ じかんをやる」
おうさまが いいといったので ぎんゆうしじんは うまれてはじめて ほんきでうたいました
「ひとびとよきけ そのこころに せいぎがあるなら
ひとびとよたて いとしいひとを まもるために
ひとびとよまなべ このいまわしきひびを おわらせるために
ひとびとよにぎれ あしきおうを たおすつるぎを」
わるいことばかりしてきた おうさまに ひとびとは ふまんがありました
ぎんゆうしじんの うたをきいて ゆうきをもらったひとびとは そのてにぶきをもち わるいおうを たおしました
そして このくには へいわになりました
あのあと ぎんゆうしじんを みたひとはいません
でも きょうもどこかで きっと たのしそうに うたっているのでしょう
絵本を読み終えたキャサリンはそっと本を閉じた。
「おい、もしかして、この本に出てくる吟遊詩人って……」
「そうよ、土塊さんのことらしいわ」
エクスの押し殺したような声に、キャサリンは平然と返した。
「「「「えええええーーーっ!」」」」
ライトとキャサリンを除いた全員が大声で叫ぶ。
「え、これ子供の頃何度も繰り返し読んでいたぞ」
「ファイリ様もですか。私も愛読していました」
「眠れない時に、暗殺帰りの母さんがよく読んでくれていたな」
「まさか、絵本の題材になった人物に会えるとは。長生きしてみるものだな」
女性陣が感心して幼い頃に読んだ感想を語っている。
「ということは、この話、実話を元にして書かれたのですか」
「そうよ。それを書いた絵本作家の先生が前の死者の街にいて、本人から直接聞いたから間違いないわ」
「この本に、土塊さんのサイン貰って売ったら、凄い値で売れそうね」
絵本を手に取り『神速』を発動してサインを貰いに行こうとしたイリアンヌの首根っこを、ライトはしっかりと握っていた。
「ちょっと、放してよっ」
「サインは構いませんが、もう少し待ってください」
歌は佳境に差し掛かり、土塊の日頃は何の感情も表に出ない顔が嬉しそうに微笑む姿を見て、ライトは引き留める。
「歌は最後まで聞く。最低限のマナーですよ」
イリアンヌは恥ずかしそうに頭を掻くと、自分の席に大人しくついた。
歌っている曲が終わると、間髪入れずに土塊は次の曲を歌いだす。イリアンヌはサインを貰うタイミングを失い、今度こそはと歌が終わるのを待っている。
そんなイリアンヌを眺めながら、ライトは誰にも聞こえない声量で小さく呟く。
「この歌……確か百二十番まである世界最長の曲だったような」
演奏を続けながら、土塊は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。