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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
14/145

三英雄

「あんたさ、英雄に会ったことがある?」


 イリアンヌが唐突に、そう話しかけてきた。

 宿屋の儲けどきである夕食時が過ぎ、手が空いたようだ。

 客の姿はあるのだが、冒険者らしきグループが何組かいる程度なので問題はないらしい。彼らは酒を酌み交わし、楽しそうに騒いでいる。


「急にどうしたのですか」


「私さAランクでしょ。まあ、Aランクでも立派なものなんだけどさ。でもやっぱ、Sランクに憧れがあるわけよ。それで冒険者ギルドでSランクになるための条件を聞いたことがあるのよ。あんた知ってる? 知ってるわけ無いわよね~。教えて欲しい? ねえ、教えて欲しい?」


 勿体つけて次を話そうとしないイリアンヌだったが、ライトは続きを待たずに口を開いた。


「確か、Aランク上位の実力があり、何かしらの功績を残した人がなれるのですよね。英雄と呼ぶに相応しい何かを」


 ライトは、あっさりと答える。


「そこは知らないふりして、話を聞くのが礼儀でしょ!」


「それは申し訳ないです。では、改めて。わーしりませんでしたー。おしえてくださいー」


 見事なまでの棒読みだった。


「あんた、口調は穏やかでいい人の皮被っているけど、本当は性格悪いわよね!」


 ライトの態度がかんに障ったらしく、地団駄を踏んでいる。


「そんなことはありませんよ。こういう接し方をするのは、あなたに対してだけですから」


「いらないわよ、そんな特別待遇! はぁ、もうそれはいいとして。話し続けるわよ。でね、私は英雄に憧れがあるのよ。暗殺者なんてやっていたら、英雄になんてなれるわけがないとわかってはいるんだけど、なら、せめて一目見てみたいのよ」


「はぁ」


 熱弁をふるうイリアンヌに気のない相槌をうつ。


「で、あんたって変に名の売れた実力者でしょ。どこかで変な繋がりがあって会ったことないかなって」


「あーなるほど。ちなみに、一番会いたい英雄は誰なのですか」


 その一言にイリアンヌは目を輝かせ、話に飛びついてきた。


「それ聞いちゃう? それ聞いちゃうかー。一番会いたかったのはやっぱり、五年前に魔王と相討ちした三英雄かな」


「彼らですか」


 五年前、この世界は滅亡の危機を迎えていた。

 八年前、突如現れた大穴に大都市が丸々一つ飲み込まれたのだ。それだけでも大惨事なのだが、その穴から無数の魔物が溢れ出してきた。

 それも全てが闇属性と不死属性であり、その大穴の最深部には魔王と呼ぶに相応しい存在がいた。

 いがみ合っていた各国が互いに手を取り、三年かけて溢れ出た魔物たちを大穴まで押し返すことに成功する。

 そこで、各国の優秀な精鋭を大穴に送り込み、魔王の撃退に成功する。その戦いに参加した者は全てBランク以上の精鋭。総勢五百人弱。

 その戦いで生きて帰ってきたものは十名にも満たなかった。三英雄と呼ばれていたSランクの彼らですら、その生存者には含まれていない。


「あの戦いで大活躍した三名は、やっぱり別格よね。まずは、本来なら両手で持つような大剣を片手で軽々と操り、都市に突如現れた古代竜を一人で撃退した伝説の剣聖――エクス」


「伝説の剣聖ですか」


 ライトは何を思ったのか、チラッと少し離れた席で盛り上がっている冒険者グループを見た。


「あの三人組いっつも騒いで迷惑なのよね。まあ、あんなのはどうでもいいから。次に挙げるとしたら、やっぱり神聖魔法の使い手である、聖人ミミカかしら。その姿を目にするだけで、心の汚れが取り払われると言われる程、清楚で可憐だったらしいわ。魔力も凄まじくて、死霊王をたった一人で退けた話は有名すぎるよね。あんたも仮にも聖職者なんだから、よく知ってんじゃないの」


「ええまあ、よく知ってますよ」


 視線を騒いでいる三人組から逸らさずに、言葉を返す。


「最後は大賢者ロジック。海底深くに潜む邪神を倒すため魔法で海を割り、兵士たちの道を作ったらしいわ。どんな光景だったのかな。私もその現場にいたかったなー」


 イリアンヌが胸の前で手を組み、目を輝かせる姿は、夢見る乙女のようだ。


「そういう話は過剰に伝わるものですから、実は大したことがないのかもしれま」


「なんてこと言うの! 偉大な英雄に決まっているでしょ。魔王との戦いでもその命を賭して、人々の未来を守ってくれたのよ!」


 ライトの言葉を遮り、身を乗り出して抗議してくる。


「その三名、会えるものなら会ってみたいですか?」


「あったりまえじゃないの。五年前の戦いで亡くなっていなければ、どんな手を使っても会いに行っていたわよ」


 ライトは軽く頭を振ると立ち上がり、イリアンヌの手を掴んだ。


「え、あ、な、なに」


 突然の予期せぬ行動に、イリアンヌはしどろもどろになる。

 ライトは返事をせずに、手を掴んだまま店内を横切る。そして、目当てのテーブルに着くと、イリアンヌの手を離した。そこはライトがじっと見ていた三人組がいる席だった。

 一番手前にいた男は、ボサボサの髪に精悍な顔つきをしている。武器も防具も身につけていないが、その体つきから見て、只者ではないのは一目瞭然だ。


「お久しぶりです、お三方」


「おう、ライトじゃねえか。隣の女はお前のこれかっ」


 ライトにボサボサ髪の男が小指を立てて、いやらしい笑みを浮かべた。


「ちょっとライトさんは、そんな人じゃないわよ。だってぇー、ライトさんの性処理相手はワタシだもんねぇ。聖職者だけにっ! きゃははははははは」


 腰まで伸びた黒髪の女性が自分の言動にうけて、机を激しく叩いている。


「なにこの酔っ払い」


 イリアンヌは眉根を寄せ、蔑んだ目で相手を見ている。

 その女性は白の聖職者が着る法衣らしきものを身にまとっているのだが、それを法衣と呼んでいいものか。聖職者が着る女性用法衣は肌の露出を無くし、少し大きめのゆったりとした服になっている。

 だが、彼女の法衣は体に密着し、凹凸のある体のラインがはっきり見て取れた。そして、腰辺りから深いスリットが入っており、白い脚が大胆に露出している。


「二人共、あまり下品な事は言わないように。引いているじゃないですか」


 メガネをかけた大人しそうな青年が、二人を嗜める。

 まともな人がいることに、イリアンヌは、ほっと安堵のため息をついた。


「それで、お嬢さん。おいくつですか?」


「え、ええと。二十二です」


 イリアンヌは青年の不躾な質問に思わず答えてしまう。


「なんだババアじゃねえかっ。その胸だから十代かと思ったのに、けっ」


 メガネの青年は年齢を聞いたとたん、態度を豹変させ悪態をつき始める。


「おいおい、年齢で女を差別すんなよ。俺は幼女から熟女まで問題ないぜっ!」


「何が問題ないよ。生涯童貞のくせして偉そうに。剣の腕を磨く前に、下のなまくらどうにかしたらー、ぷっ」


「うっせえ。お前なんてデートすらしたことないくせに。本で得た知識だけで、ビッチぶってんじゃねえよ」


「な、な、なに言ってんのよ! ヤリまくりにきまってんじゃない!」


「はいはい、童貞と処女なんだから二人でやればいいのに」


「「黙れロリコン!」」


 騒ぎ始めた三人を、ライトは笑みを絶やさず黙って見守っている。

 イリアンヌは完全に呆れた顔をライトに向けた。


「で、何こいつら。あんた何がしたいの」


「三英雄」


「は?」


「ですから、会いたがっていた三英雄ですよ」


 その言葉を脳内で理解するまでに、かなりの時間を必要としたようで、イリアンヌは黙ったまま立ち尽くしていた。


「三、英、雄?」


 無表情で指差すイリアンヌに、肯定の意味を示すために、大きく頭を下に振る。


「どえええええええええええええええええええええええええええっ!?」


 死者の街名物となりつつある、イリアンヌの絶叫が宿屋内を満たした。

 口をパクパクと開閉させているイリアンヌに三名を紹介する。


「伝説の剣聖エクスさんです。生きている間に童貞を捨てられなかったのが未練で死者の街にいらっしゃいました」


「おいこら! それをばらすなよ!」


 エクスが立ち上がった勢いで、椅子が壁際まで飛ばされ転がっている。


「性女ミミカさんです。下ネタが三度の飯より好きです」


「何か、聖女の言い方に違和感があったのだけど……」


 ミミカはライトの発音に何かを感じ取ったようだ。


「最後のメガネはロジックさんです。ペドです」


「せめて、ロリコンと言いたまえ!」


 紹介が終わりイリアンヌの様子を窺うと、微動だにしていなかった。

 表情からは何の感情も見当たらない。ただの無。

 この日、イリアンヌは夢見る乙女心を完全に打ち砕かれ、一つ大人になった。


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