争奪戦19 八つ当たり
「ふああああっ……さて、どうなりましたか」
『聖域』の中で目が覚めたライトは、寝ぼけ眼で辺りを見回した。
戦場の大地には無数の穴が穿たれ、平らに均されていた地面は原形を留めていない。幾つもの武器が地面に突き刺さっているが、あれは、おそらくキャサリンが出した物だろうと、見当をつける。
ライトを除き十二人もいたのだが、今、この戦場に立っているのはファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルスの三名のみのようだ。あと、『聖域』の直ぐ近くに土塊が座り込んで、未だに弦楽器を掻き鳴らしている。
生存者の三人とも体が土にまみれ、防具や衣類が何か所も破れ幾つもの穴が開き、苦戦の跡が見て取れる。疲労もかなりの様で、肩で息をしながら辛うじて立っている。疲労困憊でまともに歩けるかどうかも怪しいのだが、その瞳だけはギラギラと危険な光を宿し、熱い視線をライトに向けていた。
「さて、そろそろいいようですね。こちらも結構回復しましたし」
ライトは『聖域』を消すと立ち上がり、起きたばかりで体が硬いらしく、屈伸運動を始めている。
「らあああいいいいとおおおおおぉ」
「一発なぐってやるうううううぅ」
「刺し違えてでも一撃をっ」
最早、勝ってライトと付き合うということは頭に無いようで、体を引きずりながら不死属性の魔物ゾンビのような緩慢な動作で、ゆっくりとライトに近づいてくる。
「その執念お見事です。ですが、私もここまでやって負けるわけにはいきませんので、倒させてもらいますよ」
ライトの辞書には油断、容赦という文字は無いらしく『上半身強化』『下半身強化』と唱え、念の為に強化魔法も発動させる。
そして、立っているのがやっとという状態の三人の懐に滑り込むと、腹に拳の一撃を入れ全員が気を失った。
一人戦場に立つライトは勝利宣言とばかりに拳を突き上げるのだが、観客からは何の反応も返ってこない。
土塊は勝者を称える曲を奏でているのだが、観客が盛り上がる様子は微塵もない。誰も騒がない状態で、土塊の曲が会場に響き渡っていた。
暫く拳を突き上げていたのだが会場が無反応なので、ライトは拳を下ろそうとした瞬間、何かがライトに向かって飛んでくる。
それが何なのかライトが確かめると、紙を丸めたゴミだった。
投げつけられたゴミは一つで収まることは無く、二つ、四つ、と倍々に増え、数え切れない無数のゴミが罵倒と共に、ライト目掛け投げつけられている。
「はて、この戦場は異空間になっていて、お互いに影響は受けない筈なのですが」
ちなみに、ライトが勝利を収めた瞬間、死を司る神が異空間設定を解除し、今は会場の一部である普通の状態になっている。
会場の観客の大半が今胸に抱いている感情は怒りだ。ライトが眠ってからも接戦を続け、その戦いに魅了されていた観客から見れば、何もしなかったライトが美味しいところだけを取っていった悪役に見えるのだろう。
それに、優勝賞品であるライトアンロックが最終的に勝ち残る。これを茶番劇と言わずに何と言えばいいのか。観客の不満は限界を超えようとしている。
そんな会場を眺めながら、ライトはいつもの笑みを絶やすことは無い。むしろ、いつもより笑みが深く見える。
「概ね予定通りですね。これで、二度とこんな大会を開こうなんて思わないでしょう」
観客の荒れ具合もライトの計画の内だった。不遜な態度を続け悪役に徹する。そして、予め頼んでいた通り、土塊が場を盛り上げる演奏をしているように見せかけ、聞いている者の怒りを煽る曲を流す。
よくよく考えると、観客にしてみれば誰が勝とうが問題ない。彼らは戦いを見物しに来たわけで、ライトを得ることによって利権を得たいと考えている連中を除けば、今回のハイレベルな戦いに満足していた筈なのだ。
罵倒しゴミを投げつける行為も、冷静に物事を考えられるなら自分たちの愚かさに気づいていただろう。化け物じみた強さのライトへ喧嘩を売るような行い。普通ならば怖気づいて声を掛けるのも躊躇う相手にとんでもないことをしでかしている。
「司会者さん、そろそろ進めて欲しいのですが」
司会席を見上げる息子の姿を見つめ、死を司る神は悔しくて仕方ないらしく、歯をギリギリと噛みしめ、震える指で拡声器の音量を入れた。
「今回の勝者は――ライトアンロック!」
叫ぶようにして言い放った言葉を聞いた会場の観客から、更に大きな罵倒と叫びと大量のゴミが降り注ぐ。
「これで、悪評も広まるでしょうから、私と結婚したいなんて馬鹿なことを言い出す人もいなくなるでしょう――私には勿体ないことですからね」
ライトの呟きは周囲の声に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。
いつまでも終わらない喧騒の中、自分の役目は終わったと土塊は演奏を止める。
他の出場者はどうしているかと言うと、ライトに倒された面々は武器防具衣類、そして体力魔力も完全に回復した状態で特別席に転移させられていた。
そこで、一回戦を敗退した者たちと共に、騒がしい会場を眺めながら疲れ果てた表情を浮かべている。肉体的な疲労は完全に取れているのだが、心へのダメージは全く抜けていないようだ。
「卑怯者―! 屑聖職者―!」
「熟女趣味ー!」
「むっつりすけべー!」
やけ酒を飲みまくり、泥酔している三英雄が観客と一緒になって野次を飛ばしている。
「バーカバーカ! 昔はもっと可愛げがあったのにいいぃぃ!」
余程悔しいのだろう、死を司る神は拡声器を使って叫んでいる。
「これで誰もライトと付き合う権利を得ることができなかったわけだ」
「そうなるわね。まあ、それで良かったとも言えるんだけどさ」
「そうだな。権利を得たところで素直に従うライトでもあるまい」
最後まで生き残っていた、ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルスは苦笑いを顔に張りつけ、小さく息を吐く。
「結局皆様も無理やり付き合う権利が欲しかったのではなく、ライト様がいいように利用されるのを避けたかっただけですからね」
メイド長の言葉に三人は顔を見合わせ、肩を竦める。
これをきっかけにライトと急接近する。その考えも少しはあったのだが、どちらかと言えばメイド長の指摘が正しい。
死を司る神と同じく、その場の勢いと盛り上がりでこんな大会を作り上げてしまったが、後日冷静になりその行いを後悔していたのだ。
無理やり付き合うことになっても、そんなものは本当の愛ではなく、長続きしないと誰もがわかっていた。だから、彼女たちはもし優勝したとしても、結婚を前提としたお付き合いを求めるつもりはなかった。まあ、デートやその類いの望みを口にする気はあったが。
彼女たちはこの戦いで自分以外の誰かが勝利し、ライトに迫るというのが許せなかった。万が一にもあり得ないが、それをライトが受け入れたりすることを避ける為に、参戦した。
故に、ライトが勝利し誰も勝者がいないという結果はある意味、彼女たちにとっては満足のいく結果――なのだが。
「でも、ライトにしてやられたのはムカつく」
「そう……よね。何か最後まで手のひらの上で踊らされたみたいだし」
「我の胸に巣食う、このモヤモヤした気持ちをぶつける先がない」
「ライト様を翻弄することは一生できないのかもしれませんね」
ライトの一番側にいると言われている四人が愚痴をこぼし、大きく息を吐いた。
いつまで経っても喧騒が止むことが無く、収拾のつかない会場を眺めながら死を司る神は、疲れ切った体をソファーに投げ出している。
「そこで暫く反省していなさい。はぁ……結局あの子の予定通りに事が運んだのね」
ひね曲がった成長を見せるライトに、情けないやら頼もしいやら、複雑な心中の育ての母だった。このまま、もう少し放置してから場を鎮めようと考えていた死を司る神だったのだが、その考えは一瞬にして書き換えられた。
ドンドンドンと、司会席の扉を激しく叩く音がし、返事をする暇もなく扉が開け放たれる。
「死を司る神様! 緊急の連絡が!」
町の警備を担当している兵士が室内に飛び込んでくると、荒い息を繰り返しながら緊急の用件を口にする。
「どうしたのですか。少し落ち着きなさい」
「す、すみません! こ、この街の近くまで魔物の大群が迫っています!」
力の抜けた状態で連絡を聞いていた死を司る神だったが、姿勢を正し兵士と向き合うと表情を引き締める。
「どれぐらいの時間で街に到達しそうですか? 敵の戦力は?」
「あと三十分程度で入り口の門に辿り着くかと。戦力は、Cランク以上の魔物が少なくとも一万体はいるようです」
「何故そこまで接近を許したのです。死の峡谷を見回りしている部隊も気が付かなかったのですか?」
「あの……ええとですね」
兵士は視線を逸らし、とても言い辛そうに言葉を濁す。
「すみません! 見回りも殆ど、争奪戦を観戦していまして……」
「部隊長と本日の担当、全員半年間、給料五割カットです」
「はいっ! 後で伝えておきます!」
兵士は自分が注意されているわけでもないのに、背筋を伸ばし深々と頭を下げている。
「しかし……ついていませんね」
「はっ! このような大会の時に敵襲とは本当にタイミングが悪いです」
死を司る神の呟きに、兵士は同意を示す。だが、その反応を聞いて死を司る神は首を横に振り否定する。
「いえ、違うのですよ。まあ、それはいいでしょう」
その言葉の意味が解らない兵士は首を傾げる。
「ご苦労様でした。連絡はこちらがしますので、貴方は体を休めてください」
「はっ、失礼します!」
敬礼をして退室した兵士を見送ると、死を司る神は再び拡声器を手に取る。
『皆さんお静かに願います、緊急連絡です』
ライトや土塊の『神声』よりは劣るが、死を司る神も声に魔力を乗せることは可能で、その一言で会場の観客が黙り込み、死を司る神の言葉に耳を傾けた。
「この街に魔物の群れが接近しています。門を開放し、その先の広場で魔物たちを迎え撃つ予定にしています。腕に自信のある方に参戦を願います。これは強要ではありませんので、勿論断っていただいても結構です。もし、参戦される方は今すぐ広場前へ集合してください。報酬も幾らか用意させていただきます」
頭に登っていた血がすっと冷め、観客たちの脳内にその言葉の意味が浸透していく。
今度は別の意味で会場がざわつき始める。その様子を見守っていたライトがすっと手を挙げ「私も戦いますよ」と参戦を口にすると、不安そうにしていた観客の顔に赤みがさし、安心感が広がっていくのが見て取れる。
この戦いの本選に参加していたメンバーも軒並み参戦を希望する姿を見て、惜しくも本選を逃した出場者たちの中でも腕に覚えがある者が、次々と参加を表明する。
「よっし、じゃあ、大盤振る舞いよ! 魔物との戦いで功績を上げた上位数名に、無償でオリジナルの武器を作って上げちゃうわ!」
キャサリンの発言により参加者のボルテージが急上昇した。
伝説の職人であるキャサリンの武器防具の力は、この大会で思う存分見せつけられている。その武器防具をただで、それも自分専用の物を作ってもらえる。冒険者や騎士がやる気を出さない訳がない。
「戦闘に参加しない方はこのまま、会場で待機していてください。この会場はいざという時の避難所としても使えるように、頑丈に作られています。それに、広場での戦いは争奪戦と同じように、ここに映し出されますのでご安心を」
説明を聞いた観客はもう誰も不安を口にせず、慌てることなく座席に腰かけている。
尋常ではない力を見せつけたライトアンロック。それに本選出場者。誰もが超一流と呼んでいい実力者だ。そんな彼らが戦闘に参加する。心配する要素など何処にも存在しなかった。
「ふははははは! 光の神が消え失せ、闇の神もその戦いで深い傷を負い、体を休めている。今が好機だとは思わないかね、ワイルグロウス」
「そうでございますね。エリオット様」
死の峡谷を埋め尽くすほどの魔物の群れが、死者の街へと進軍を続ける中、大群の最後尾で一人の男が大声を上げている。
男の外見は穏やかな優男と言った感じで、形はいいがたれ目気味の目に、鼻筋が通った顔だちをしている。
男が乗っている馬車は金や銀で飾り付けられた悪趣味が剥き出しで、それを白骨の馬が三匹、文句も言わずに引いている。
先程から偉そうな態度の男は、屋根もない馬車で金ぴかの目に優しくない燕尾服を着こみ、クッション性のある座席に仰け反って座っていた。
御者席には黒い燕尾服を嫌みなく着こなした、壮年の男がいる。白い髪を後ろに撫でつけ、整髪料で固定させている。鼻下には立派なひげを蓄え、落ち着いた態度で手綱を操っている。
「ここで闇の神も葬りされば、我がこの世界を手中に収めたようなもの! 愚かな悪魔どもは、闇の神を蘇らすのに必死だったようだが、それも水泡に帰した。馬鹿者共が……我の様に力を蓄え、神に喰らいつき、頂点を目指そうという野心家はいなかったのか。なあ、ワイルグロウス」
「仰る通りでございます、エリオット様。反旗を翻す為に溜めていた戦力がばれたのかと思い、びびって召集にも応じず引きこもっている間に、美味しい展開になった――かのように見せた戦略、お見事でございます」
「そうだろう、そうだろう! さーて、そろそろ先頭が戦闘に入る頃か」
くだらないダジャレを混ぜてきたエリオットは、どうだ面白いだろうという自信ありげな顔で執事であるワイルグロウスを見ている。
「もう数分もしないうちに着く予定になっております。やはり、降伏勧告は必要でしょうか」
ダジャレは慣れているようで、そこには一切触れず必要な情報だけを主へと伝えている。
「うむ。それはやっておかねばな。我らは蛮族ではないのだ。それに、死者の街の住人が大人しく従うというのなら貴重な戦力となる。無駄な争いなどしないに越したことは無い」
「流石でございます。先代がコレクションしていた不死属性召喚本『死者の書』とたまたま相性が良く、無数の不死属性魔物を従えるようになり、調子に乗っていた方とは思えぬ、思慮深いお言葉です」
「おいおい、褒め過ぎだぞ? まあ、生まれつきの有能さを生かし、魔力容量の多さを発揮しすぎて、予想外過ぎる量の魔物を召喚した時は、どうしようかと焦ったものだ。こやつらは口も利かず、理性や知能もなく、命令に従うだけでつまらんからな。その点、死者の街の住民は生前と変わらぬ知能を有していると言うではないか。ようやく、話の通じる配下ができるというものだ」
不死属性の魔物は基本的にはまともな知識もなく、自意識も存在しない。生前の恨みや、魔物としての本能、欲求を満たす為に動いている魔物が多い。
高レベルの不死属性魔物となると、生前の知識を有し、尋常ではない力を所有しているケースもあるのだが、エリオットが召喚した魔物は大半がBCランクであり、命令が無ければ本能の赴くままに相手を呪い殺すか、生者の血肉を喰らうことしか頭に無い輩である。
平静を装い配下の魔物を操っているエリオットではあるが、実は彼、不死属性の魔物全般が苦手だった。腐った体や、剥き出しの骨、透き通った体、恨みがましい顔つき。配下の姿を見る度に背筋に冷たいものが走り、足が小刻みに震えてしまう。
「早くこやつらを処分……もとい、活躍させたいものだ」
「そうでございますね」
恭しく頭を下げているワイルグロウスだったが、心中ではこの状況を楽しんでいる。主に対する忠誠心に偽りはないのだが、困った事にこの執事、主が悩み怯える姿を見ると満たされるのだ。
今回の一件も、主が苦手とする不死属性の魔物に囲まれ強がっている姿を見る度に、興奮を覚えている。勿論、そんな表情はおくびにも出さないのだが。
「おや、先頭が死者の街の門へ到達したようです。一応配下の者に降伏勧告をさせたのですが、相手からは降伏に応じるつもりはないとの返答です。如何いたしましょうか?」
「ほほう。恐怖を知らぬ不死の軍勢と戦おうというのか。やれやれ、こちらの慈悲も理解せぬとは。仕方がない、閉じられた門をこじ開け街へと突入するぞ」
「お待ちくださいませ。どうやら、門扉は開け放たれているようです。どうやら、街中で戦うつもりの様です」
「ふぅー。あの街を支配しているのは死を司る神だったか。所詮、闇の神の配下でありながら光に寝返った愚か者か。大群相手に籠城戦すらしてこぬとはな。仕方がない――歯向かう者は容赦なく蹂躙せよ! ただし、抵抗せぬ者への殺傷は禁じる!」
「承知いたしました」
主の発言を配下の悪魔に伝え命令を徹底させる。不死属性の魔物たちは命令に従い、その歩みを止めることなく次々と死者の街へと侵入していく。
進軍を遮る物は何もないかのように、淀みなく魔物の群れが街へと流れ込む。
その軍勢を頼もしげに眺めていたエリオットなのだが、時が十分、三十分と過ぎ、自信に満ち溢れていた表情に陰りが射す。
街中に入り込んだ悪魔たちから一切連絡がないのだ。かといって、待ち構えていた敵兵相手に劣勢となり味方が門から押し出される、ということもない。
「どういうことだ。順調に蹂躙しているようにも見えるが、ならば何故連絡が無い」
「そうでございますね。手の者には常時連絡を入れるように、厳しく申し付けておいたのですが」
ワイルグロウスの言葉を聞き、一瞬不安げな表情を浮かべるが、どうにか不遜な笑みを作り上げるとエリオットは息を吐いた。
「ふむ、思ったよりも順調に行き過ぎているのだろう。全軍の行進速度を上げ、我らも中へとなだれ込むぞ」
「それは少々危険では」
「我の実力を良く知っておろう。それにお主がいるのだ。心配は無用だ」
「差し出がましいことを口にしました。お許しを」
深々と頭を下げるワイルグロウスへ「気にするな」と声を掛け、配下の魔物を突入させると自らも門の中へと滑り込んでいく。
門を潜ったエリオットがまず目にしたのは巨大な広場だった。
石畳のみで建造物が一切ない殺風景な広場には、無数の死体が転がっていた。いや、元々死体だったものが動かなくなったと言った方がいいかもしれない。石畳の上に転がっているのは、部位を完膚なきまでに破壊された不死属性魔物だったからだ。
おびただしい数の不死属性の死骸が石畳を埋め尽くすのだが、広場の広範囲が白い光に包まれ一瞬にして消滅する。何十、何百、何千もの魔物が広場の奥へ進もうとしているのだが、この街に滞在している冒険者や騎士たちにあっという間に殲滅されていく。
「どういうことだ……BCランクの魔物がこんなにもあっさりと……」
エリオットは目の前で繰り広げられている凄惨な現場を目にし、現実を突きつけられても納得がいかなかった。
「何故、我が精鋭共が人間相手に、ゴミ屑のように蹴散らされているのだ……」
呆然自失のエリオットが精神を病んだ者のように虚ろな瞳で呟く声は、閃光と共に魔物が消滅させられた音に掻き消された。
二人の聖女が放つ白銀の光に触れた魔物が、エリオットの目の前で何の抵抗もできずに次々と光の粒子と化していく。
「ふはははは、いい憂さ晴らしだ!」
「独身の何が悪いのよ! 寂しくなんてないわ! 充実しているわよ!」
着ている法衣のデザインが全く違う姉妹の放つ聖属性の光が、問答無用で魔物を蹂躙していく。
不死が苦手としている聖属性の使い手である聖職者の一撃で葬られるのは、まだエリオットも理解できた、だが、こっちの光景はどうだ。
「おらおら、吹き飛びやがれ!」
今から昼寝でもしそうな軽装の男が、満面の笑みで敵の真っただ中に突っ込み、大剣を片手で振るい紙を切るかのように魔物の胴体を容易く切り裂いている。
「ちっ、不死系は手ごたえがあんまりないのが、つまらんな」
戦いには向かない普段着で戦場に立つ妙齢の女性が、目にも留まらぬ速さの突きや蹴りを繰り出し、触れた魔物が軽々と宙を舞っている。
「そう、私は強い! 他が異常なだけだ!」
叫びながら戦っている目鼻立ちが整った美しい女性は、胸元と手足に防具を身に着け身のこなしを重要視している騎士のようだ。細剣から繰り出される無数の突きが、魔物の体に風穴を開けていく。
「今度はこの斧試しちゃおうかしらぁ」
目に優しくないピンクのレザースーツを着込んだ大男が、収納袋から様々な武器を取り出し、魔物たちで試し切りをしている。
他にも、空気を切り裂きしなる鞭が不死属性魔物の手足をもぎ取っていき、黒い風が戦場に吹き荒れたかと思うと、魔物の首が地面へと落ちた。
ワンピースの少女が手を軽く横に振ると扇状に敵が消滅し、巨大な黒馬に跨った少女が騎乗から光の矢を降らす。百体以上の魔物の突進をその身一つで受け止めている聖騎士までいる。
目立っているメンバー以外も魔物相手に一歩も引かず、むしろ余裕のある戦いを見せつけている。少し怪我を負っても、即座に後方から治癒魔法が飛んでくるので、前線で戦う者も大胆に動けるようだ。
「ど、ど、ど、どういうことだ! これ程の猛者が何故、辺境の街にこんなにも存在しているのだ! こいつら、どう見積もってもAランク以上は確実だろ!」
「あ、申し訳ございません。本日は死者の街で武闘大会の様な催しがされているとの情報を得ていました」
ワイルグロウスは自慢の髭を指でしごきながら額を軽く叩き、忘れていたことを体で軽く表現している。
「お、お前、何でそんな大事なことを! 昔っからそういうところあるよな! わざと言わなかっただろう!」
「いえいえ、うっかりですよ、うっかり」
エリオットはワイルグロウスの襟首を掴み激しく前後に揺さぶっているが、表情を変えず平然と揺らされている。
「お取り込み中、申し訳ありませんが。貴方がこの軍の指揮官でしょうか?」
聞き慣れない声に振り返ったエリオットの目に飛び込んできたのは、返事を待たずに放たれた拳だった。
この日、不死属性の魔物約一万体相手に、たった百名前後の精鋭で一人の死者も出さずに勝利を収める。この一件が人々へと広まり、死者の街は難攻不落の都市として有名になり、誰もが余計な手出しをしなくなったそうだ。
争奪戦、やっと終わりました。
思った以上に長引いてしまいましたが、如何でしたでしょうか。
今後しばらくは、一話完結の短編がメインとなる予定です。