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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
136/145

争奪戦18 泥仕合

 ライトを中心とした地面が白銀の色に染まり、打ち付けたメイスが触れた個所から幾重にも波紋が広がっていく。

 白銀の大地が水面のように大きく揺れ、そこから七つの何かが浮かび上がってきた。

 それは白銀に光り輝く人の輪郭をしている。形大きさは様々で女性のように見えるモノや、大柄男性の形をしているモノも存在している。


「ちっ、邪魔よっ」


 湧き出てきた人影を一瞥し舌打ちしたイリアンヌは、進路方向にいる光る何かを避ける時間も惜しいと、そのまま直進する。

 いつもなら両手に一本ずつ持つ短剣なのだが、右手で柄を握り締め、その上から更に左手を添え、全力で光る物体へ体ごとぶつかっていく。

 イリアンヌの体重速度共に申し分のない一撃は、ソレに突き刺さったかのように見えたのだが、短剣の刃は甲高い音を立て半ばから折れ、虚しく宙に舞った。


「ならばっ」


 最速でライトまで近づいていたイリアンヌの攻撃が不発に終わったことを、目の端で確認したロッディゲルスは、左右の手から伸びる二本の鎖を輝く人影を避けるようにして操る。

 何もない空間を這うようにして進む二本の鎖はライトまでもう一歩の距離まで迫るが、そこでライトは笑みを湛えた唇を動かし「守ってください」と言葉にした。

 輝く人影の一体がライトの前に飛び出すと、その大剣で黒鎖を払い落とす。


「ならこれでどうよっ!」


 ファイリは既に放たれていた『聖光弾』を魔力操作により動かし、強引に軌道を変え上空へ飛ばすと、そこから一気に下降させた。

 誰もいない頭上から降り注ぐ光の雨に成す術がないように思われたが、『聖域』という女性の声が会場に響くと同時に光の壁が現れ『聖光弾』が全て防がれてしまう。

 状況が掴めない観客と三人の挑戦者だったが、攻撃を仕掛けたイリアンヌたちは現状を理解しており、憎々しげにライトと光る人影を睨みつけている。


 白銀の光に包まれていた人影の光量が徐々に減っていき、その光が完全に消え失せた後には七人の人物がいた。

 召喚された七人もこの場にいる人々と同様に訳がわからないらしく、慌ただしく周囲を見回し、自分の体を確かめるようにまさぐっている。


「どうなってんだっ!? えっ、俺たちやられたよなっ!?」


「そうだよね! あれ、何で無傷で……」


「メイスはいや、メイスはいや、メイスはいや」


「あるぅえぇ~? どうなっているのかしら、ここさっきの会場よね」


「上からぐしゃってされた筈なんですけど」


「倒された私たちがここにいる……もしかして、これはっ」


 六人が取り乱し、好き勝手に考察し騒ぐ中、弦楽器を抱えた一人の男だけは落ち着き払った様子で地面に座り込むと、気分が高揚するような曲を奏でだす。


「エクスさん、ロジックさん、ミミカさん、キャサリンさん、シェイコムくん、メイド長、そして土塊さん。『聖霊召喚』の呼びかけによくぞ応えてくれました」


 自分が呼び出した七人へライトは微笑みかけ、礼を口にする。

 その言葉の意味が徐々に浸透していった召喚された者たちの顔が、あまりの驚愕に原形を留めない顔面崩壊レベルの表情へと変化した。


「「「「ええええええええええええええっ!」」」」


 召喚された彼らと、それを呆然と眺めていたギルドマスター、マリアンヌ、ショウルと死を司る神の絶叫が重なる。


「積もる話は後にして、戦いを続けましょうか。では、皆さん試合を始めましょう」


 未だに話の流れについていけていない召喚された者たちだったが、体が勝手に武器を構え挑戦者である六名へ向き直ってしまう。

 何故か土塊だけは変わらず弦を弾いて、軽快な曲を演奏し続けている。


「おい、体が勝手にっ! さっきもライトへの攻撃を無意識の内に防ぎやがったし、いったいどうなってやがる!」


「エクスさん、それはですね『聖霊召喚』で呼ばれた者は基本的に召喚した者へ絶対服従なのですよ。以前、お呼びした時はこちらの目的と、皆様の目的が一致していたので違和感なく体が動かせたと思いますが」


 それを聞いた、戦場にいる参加者の額に汗がにじみ出る。

 召喚された側は問答無用でライトを守る為に戦わないといけないという現実に、焦燥感が顔に出ている。

 挑戦者側は、あと一歩、もう少しで手の届くところにあった勝利が、遥か遠くにいってしまった現実に悲壮感を隠せないでいた。

 自分の意思を無視して召喚され側が少しずつ挑戦者へにじり寄っていく。

 迫られる側は、一歩一歩と間合いが縮まらないように後退る。


「ちょっと待ったー! ライト、これはいくらなんでもやり過ぎでしょ!」


「問題は無い筈ですが? それに戦いが始まる前に確認はしましたよ。何をしても問題ないと仰ったのは、司会者の貴方ではありませんか」


「そ、そうだけど……あ! ライトを倒すまで参加者同士の戦いはルールで禁止していたわよね! 破った者は退場させると!」


 焦りすぎて口調がいつもの調子に変わっている死を司る神が、ふと思い出したルールを持ち出して、ライトを責める。

 だが、それも予想の範疇だったらしく、ライトは大きく頷くと反論を口にした。


「その通りですね。確かに協力していただいている皆さんは、先程まで戦っていた相手です。ルールに引っかかるのではないかと言う疑問も尤もなことだと思います」


「そうでしょ! だったらルールに基づい――」


「ですが、良く思い出してください。貴方はこう口にしたはずです「挑戦権を持った者同士の争いを一切禁じ、それを破った者は即時に退場」と。負けて一度退場した彼らには、既に挑戦権は存在していないのでは?」


 言い負かせると意気込んでいた死を司る神の発言は即座に否定され、言い返す言葉を失ってしまう。


「それにです。もし、そのルールの対象に彼らが入るというのなら、先に仕掛けてきたのは向こうですよ。シェイコムくん、エクスさん、ミミカさんは攻撃を防いだだけですから、退場するのは、イリアンヌさん、ファイリさん、ロッディゲルスさんということになりませんか」


 そう言われてしまっては、反則負けを押し通すこともできなくなり、死を司る神は渋々ながら彼らの参戦を認めた。


「どうやら納得いただけたようですので、再開と参りましょう。では、よろしくお願いしますね」


 口調もその態度も変わらないように見えたライトだったが疲労が限界に近いらしく、その場に座り込み、戦いに加わる気はないように見える。


「ちょっとお姉さま! そんな束縛、自力で何とかしてくださいよ!」


「ファイリ、簡単に言ってくれるけど、これかなり強力な魔法よ。自分の力じゃどうしようもないわ」


 妹の為に何とか魔法の影響下から逃れようと抵抗はしているようだが、ミミカの力を以てしても契約を解除することは不可能らしい。


「ファイリ諦めろ。こうなったらやるしかないだろう。それにだ……勿体ないだろ。こいつらと本気で戦えるチャンスを逃すなんてよ」


 ファイリの肩に手をやり、押しのけるようにして前に踏み出したのは、口角を吊り上げ獰猛な笑みを浮かべるギルドマスターだった。


「そうだぜ。ごちゃごちゃ考えずに、楽しもうぜ」


 ギルドマスターのやる気に応える様に、エクスも前に進み出る。


「ああ、もう、くそっ! こうなったらやるしかないのか」


「ごめんねファイリ。私としては戦いたくないのだけど」


 エクスに続き、吹っ切れたロジックが横に並ぶ。対照的にまだ踏ん切りがつかないミミカを眺めていたライトは、何かを思いついたらしく、ぼそっと小声で呟いた。


『これでファイリが優勝したら、姉より先に嫁ぐ可能性が出るのですね……』


「ファイリ……先に、先にゴールへいかせはしないわっ!」


 目の奥に熱い何かを秘め、俄然やる気を出したミミカの鼻息が荒い。


「んもう、乗せられちゃって。でも、ここで倒しちゃったら、ライトちゃんが付き合わなくても良くなるわけよね。頑張っちゃおうかしら」


「そうでしたね。ならば、私も迷う必要がありませんわ」


 キャサリン、メイド長も戦いに乗り気になってきている。そんな五人を見つめていたシェイコムの心中は複雑だった。

 ここで負けてライトが誰かとくっつけば、マースは失恋することになり自分にもチャンスが生まれるかもしれない。だが、しかし、好きな人の悲しむ姿は見たくない。

 心の中で善と悪が本気の争いを続けている中、シェイコムの悩みを吹き飛ばす一言が観客席から投げかけられた。


「シェイコムくーん! 頑張って勝ってええええっ!」


 はっと振り向いた視線の先にいたのは、口元に両手を当て拡声器の様に形を作り、大声を張り上げ自分を応援してくれるマースの姿だった。


「マースさん! はいっ! 命を懸けて勝利をもぎ取って見せます!」


 一瞬にして吹っ切れたシェイコムは戦意を漲らせ、盾を構える。

 召喚された七人の内、土塊を除いた全員がやる気を見せている。挑戦者側も呆けている場合ではないと考えを改め、油断なく構える。


「もう、こうなったら戦うしかない。総戦力としては――」


 ファイリが仲間の顔を見回す。

 イリアンヌ、ロッディゲルス、ギルドマスターは戦力として期待できる。問題はマリアンヌとショウル。この二人は現状では格下に当たると、ファイリは分析する。

 戦力を遊ばせる余裕などこちらには全くない。あの二人を有効に活用できる相手となると、一人しかいない。


「ショウルさんは、メイド長の相手をお願いできますか?」


「了解した。情けない話だが、他の人の相手には力不足のようだ」


 自分と相手の実力さを素直に認め、ショウルは指示に従う。


「マリアンヌさんはシェイコム君の相手をお願いします。敵の注意を引いて、倒さなくていいですから動きを封じてください」


「私のできることはそれぐらいよね」


 快く承諾してくれたことにより、相手二人の足止めは何とかなりそうだ。

 残りの、三英雄、キャサリン、土塊なのだが、土塊は今のところ何もしてくる気配が無い。実際、場を盛り上げる為だけに呼ばれた可能性もある。ライトの性格を考えると何かしら裏がありそうだが、正直な話、土塊に充てる戦力が無い。ここは無謀だとしても、土塊は放置するしかない。

 キャサリンには……ギルドマスターを差し向けたいところだが、三英雄相手に使いたい手駒だ。となると――ファイリの視線がイリアンヌと絡み合う。それだけで理解したようで、黒髪を撫でると微かに頷き、ファイリの隣を通り抜けて少しだけ前に出る。


「私と、ギルドマスター、ロッディゲルスは三英雄の相手となります。問題ありませんか?」


「ああ、あの童貞剣聖がどれだけ強くなったか、楽しみだ」


「ど、ど、童貞ちゃうわっ!」


 ギルドマスターの発言を大声で否定し、エクスは大剣の切っ先を向けてくる。


「まあ、無難なところだな。我ら以外では三英雄の相手はできまい」


 ロッディゲルスも納得しているようで、これでようやく方針が決まった。収納袋から取り出したクッションにもたれかかり、相談する彼女たちを眺めていたライトは、面倒臭そうにゆっくりと腕を上げた。


「もう、いいみたいですね。では、皆さん良い――泥仕合を」


 ライトが腕を振り下ろすと、それを合図に召喚された六人が一斉に動き出す。

 土塊とライトを除いた全員が戦闘へと移行している。各自の能力差に大きな開きが無いためか、どの戦いも観客が盛り上がる展開を見せているようだ。

 メイド長対ショウルは、メイド長が鞭による牽制により中間距離を維持しているが、時折、ショウルが攻撃を潜り抜け鋭い突きを放っている。

 マリアンヌはイリアンヌ程ではないが、鍛え上げられた脚力を生かしシェイコムを翻弄している。遠距離からの飛び道具や、鋭い斬撃が鎧に覆われていない剥き出しの肌を狙って放たれるのだが、その全てをシェイコムは受け止め弾いていた。

 二人に関しては概ね、ファイリの予想通りに事が運んでいるようだ。


「上手くいっているようね。じゃあ、こっちも頑張るとするか」


 ファイリは周囲の様子を『神眼』で観察しながら、三英雄との戦いに挑んでいる。

 エクスとギルドマスターの戦いに関しては、常人に目で追えるレベルを超えているので、観客としては姿が消え、再び現れては見えない斬撃と拳の連打を放っているのだろうな、という認識で声援を送っている。

 後衛の攻撃担当である、ロジック、ロッディゲルスは前衛の二人が攻撃の手を緩める瞬間を見切り、何度か魔法での援護射撃を行っているのだが、その全てをエクス、ギルドマスターの両名は捌き躱している。

 魔法は、二人にだけではなく両陣営の後衛にも射出されているのだが、ミミカ、ファイリという防御魔法に秀でた二人の聖女がいる為、その攻撃がダメージを与えることは無い。


「やっぱり、こうなるか。となると期待できるのは――」


 ファイリがもう一つの戦場へと眼差しを向けた。


「やだもう、イリアンヌちゃんはーやーすーぎぃー」


「その割には余裕よねっ!」


 全身に貼り付くピンクのラバースーツに幾度となく、イリアンヌの持つ短剣の刃が切りつけられているのだが、そのスーツには傷一つ付いていない。


「試作品の強化骨格は修理中で使えないけど、これも中々の逸品なのよ」


「そうみたいね。刃が全く通らないわ」


「まあ、こっちも当たらないからどうしようもないのだけどねぇ」


 どっしりと構え、両手に細く長い刃を持つ片手剣を振り回してはみているが、キャサリンの周囲を高速で走り続けるイリアンヌを一度も捉えることに成功していない。

 威力の足りない攻撃と、当てることのできない攻撃。二人の戦いは永遠に平行線をたどると思われたのだが、イリアンヌの行動により戦況が一気に動く。


「本命はこっちじゃないのよっ!」


 キャサリンの周りを走り続けていたイリアンヌは方向転換すると、その場から離れ戦闘に参加していないライトの元へと駆けこんでいく。


「あっ、ちょっと、待ちなさいよっ!」


 『神速』発動中のイリアンヌに追いつけるわけもなく、キャサリンからあっという間に遠ざかっていく。


「疲労し、回復中の今ならっ」


 イリアンヌが三英雄の相手をしなかった最大の理由がこれである。キャサリンと戦うと見せかけて、その隙をついてライトを襲う。予めファイリと計画していた通りの展開である。

 前傾姿勢で加速するイリアンヌの目に飛び込んできたのは、クッションに半身を埋め、バスケットに入ったクッキーをかじりながら呑気に観戦しているライトの姿だった。

 欠伸交じりの眠そうなライトはどう見ても隙だらけで、見た限り『神体』も解いている今の状態なら、私でも倒せるとイリアンヌは確信する。

 が、ライトから二メートルの距離でイリアンヌの足が止まった。


「イリアンヌさん、戦闘中ですよ。私の事は気にしないで良いので」


 ライトは両腕を上げ大きく伸びをすると、疲労による眠気に勝てないようで、収納袋から毛布を出すとそれに包まって、眠ろうとする。

 イリアンヌは全身を細かく揺らしながら、両手の短剣を振り上げ叩きつけた――ライトを覆う光の壁に。


「ちょっとおおおっ! 何で『聖域』張っているのよ!」


「いえ、飛び火したら危ないじゃないですか。ああ、残りの魔力を全て注いだので結構持続すると思いますよこれ。頑丈さは、それなりですが打ち破るには、威力がかなり高めの攻撃をぶち込んでもらうしかないですね」


 今、手が空いているのはイリアンヌのみ。それも、今後方から駆けつけているキャサリンがいる為、もう時間は無い。

 彼女の攻撃には破壊力が足りないので、『聖域』を打ち砕くには威力が足りない。

 他のメンバー――ギルドマスター渾身の一撃や、聖属性に強いロッディゲルスの闇魔法で威力が高いものならば、破壊に成功する可能性もあるが、二人とも目の前の敵で手一杯である。

 つまり、各自の戦いが終わらなければ手の出しようがないということだ。

 ライト争奪戦の最終戦は、戦力の拮抗した状態で長期戦の様相を呈することになる。


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