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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
135/145

争奪戦17 秘策

 開始の合図と同時に数の有利さを生かし、挑戦者が全員ライトに襲い掛かる光景を観客の誰もが想像したのだが――実際はそうではなかった。

 対戦者が誰一人として動いていなかったのだ。一応武器を構えてはいるものの、その場から踏み出した者は一人もいない。

 ちらちらっと、自分と同じ立場である挑戦者を横目で確認しながら、状況を見守っているようだ。

 ライトはそんな対戦相手の姿を見つめ、楽しそうに唇を歪めて「ほぅ」と息を吐いた。


「ちょっと前衛早く突っ込みなさいよ! ほら、エクス! いつものように先陣を切りなさい!」


「そうだよ。猪突猛進しか取り得ないんだから、さっさと行ってくれないと」


「ふっざけんなよ、ミミカ、ロジック! 真っ先に飛び込んだら粉砕されるだけだろうがっ」


 魔王に対しても果敢に戦った三英雄が、独りの元聖職者を前にしり込みをし、揉め始めている。三人はメイス内で嫌と言うほどライトの戦いを見てきたうえに、過去に対戦経験があるので必要以上に慎重になっている。


「ギルドマスター、出番ですよ?」


「メイド長、それはわかっている……が、昨日あっさりやられた事で体が、ちと委縮しているな」


 ライトが『神力開放』を使わないと頭では理解できているのだが、体が昨日の衝撃を覚えており、踏み出すべき足が前に進もうとしない。

 ギルドマスターは元々、頭で考えるよりも先に体が動くタイプなので、体に染み込んだ恐怖が動きを阻害しているようだ。


「……帰りたい」


「……久しぶりの感覚ね」


「……お家帰って、貯金箱眺めていたい」


 ショウルとマリアンヌとイリアンヌは戦意が完全に折れており、その瞳は絶望の色に染まっている。


「シェイコムさん。貴方ならば、その頑丈さで力を封じられているライトの相手ができる筈です!」


「そ、そうですね。はい」


 顔面が蒼白なシェイコムはファイリの声に反応し、震えながら前へ歩いていく。だが、その歩みは遅すぎて、ライトの元へたどり着くまでにどれだけの時間を必要とするのか。

 シェイコムが必要以上に怯えている原因は、昨晩の戦いである。『神力開放』状態のライトの一撃を受け吹っ飛んだあの時、ライトの一撃は『神体』を容易く打ち抜き、腹部に強烈な打撃を受け地平線の果てまで吹き飛ばされた。

 常に『神体』状態であるシェイコムは痛みを感じることが殆どない。だというのに、昨日は腹部に強烈な痛みを抱えたまま戦闘が終わるまで、地上すれすれを滑空していたのだ。

 ライトであれば一瞬にしてシェイコムの体を上下に分断し、葬ることも可能だったのだが、ライトはあえて力を抑えていた。自分の力を挑戦者たちに見せつける為の犠牲者として、不幸にもシェイコムは選ばれた。


「ぼ、僕の頑丈さなら……頑丈さなら……」


 まるで精神異常者のようにぶつぶつと同じ言葉を呟き、虚ろな目をしたシェイコムが歩み続けている。


「ま、まって。シェイコムさんは、ここで私たちを守ってください」


 その姿を見かねたファイリが方針を変更してシェイコムに声を掛けると、シェイコムの血色の悪かった顔が一気に輝く。嬉しそうに頷くと慌てて後衛の前に駆け寄り、その場で盾を構えた。


「ということで、キャサリン後は頼んだ」


「ちょ、ちょっとロッディちゃん! 無茶振りしないでよ! あ、そうだわ! わざわざ接近戦を得意としている相手に馬鹿正直に突っ込まなくていいわよね。まずは遠距離攻撃がセオリーじゃないかしら!」


 前衛を担当する面々がキャサリンの言葉に同意し、激しく頭を上下に揺らしている。

 後衛は一歩後退り、口角をひくひくと痙攣させ、両手を左右に振り拒絶を体全体で表現していた。


「ほら、ロジックちゃん。得意の大魔法よろしくぅ」


「嫌だよ! 先に攻撃を当てて目をつけられたらどうするんだ! ライト君のことだからずっとそれを覚えていて、何か陰湿な嫌がらせをしてくるに決まっている!」


 悲鳴にも似た声を上げて、嫌がっているロジックの言葉を聞き、ライトは小さく息を吐いた。


「貴方たちは私を何だと思っているのですか。そんなことするわけがありませんよ」


「ほ、本当に? 僕の一撃が思ったよりダメージ与えて、それが原因で倒されたりしても、恨んだりしないよね?」


 異常な怯え方をしているロジックにライトは優しく微笑みかけると、大きく一度頷いた。


「当たり前じゃないですか。勝負は勝負です。誰かを恨んだりしませんよ。それどころか、称賛に値すると考えています。そうですね……その実力に感動して何かお礼がしたくなるかもしれません。例えば、私は朝起きるのが早いので、起きるのが苦手な皆様の元に足を運び、起こすというのはどうでしょうか――『神光弾』の日光浴付きで」


「「「「成仏させる気だ!」」」」


 死者である面々の叫ぶ声が揃った。


「冗談ですよ。皆さんそろそろ動かないと観客が退屈してしまいますよ。何を怯えているのか理解しかねますが、よく考えてください。皆様の戦力と私の力。どう考えても貴方たちの方が上回っているではありませんか」


 確かにその通りだと、挑戦者たちは理解している。ライトの力がいかに強大だとはいえ『神力開放』が無ければ、全員で相手をしなくても勝てる実力差だと判断はできている。

 だからこそ、ライトがそこを指摘してきたというのがどうにも理解できない。このまま怯えさせ、日頃の実力が出せない相手を怪力で一人ずつねじ伏せれば、少しは勝ち目が出ていた筈だ。そのチャンスを自ら不意にした意味がわからないでいた。


「やれやれ、ここまで言っても動きませんか。なら、そうですね……三英雄の御三方、キャサリンさん、シェイコム君、貴方たちは私の実力をご存知ですし、何かと因縁もありますので、皆さんの緊張をほぐすためにも軽く運動に付き合ってもらえませんか?」


 ライトに指名された五人は驚きの表情を浮かべ、ライトの意図がわからず、目を細め疑いの眼差しを向けている。


「おや、五人だけでは心細いのですか。でしたら、そうですね誰でもいいのですが、メイド長さん、貴方が一番しっかりしていますし頼りになりそうです。力を貸してあげてくれませんか?」


 ライト直々に指定された事と、一番頼りになるという言葉が少し嬉しかったメイド長は小さく頷くと前に歩み出た。


「まて、メイド長。これはどう考えてもライトの罠だ! 戦力は集中させてこそだ、わざわざ分ける必要などない!」


「ファイリ様、私もそう思います。ですが、他の皆様は体がまだ固いようですし、我々が対等に戦える姿を見せれば、緊張も解ける筈です。それに、十二対一というのは、いくらなんでも卑怯な気がして、少々心苦しいのですよ。ここはあえて誘いに乗ろうかと思います。勿論、皆様方も直ぐに飛び出せるように準備していてください」


 それだけ伝えると、メイド長は指名された仲間と目配せをする。


「メイド長の言う通りだな。いくらライトが相手とはいえこの人数差はやり過ぎだ。これなら本気も出せるぜ」


「強がっちゃって。でも、そうね。味方が多すぎるから逆に頼り切って、びびっているってのもあるわ」


「命懸けの戦いなんて、僕たちにはただの日常……すっかり忘れていたよ」


 何度も修羅場を潜ってきた三英雄は気持ちを切り替えると、苦笑いを浮かべ後に続いていく。


「ん、もう、しょうがないわね。貧乏くじを引くのは大人の役目よね」


 キャサリンも吹っ切れたようで、収納袋からお手製の斧を二振り取り出すと、その大きな手で握りしめた。


「はい! 私が攻撃を引きつけますので、防御は任せてください!」


 シェイコムは自分の頬を全力で挟むように叩くと、目をきっと見開いた。そして、一瞬だけ会場の特別席に目をやり、マースの姿を確認すると自分へ気合を入れなおす。


「皆さんとてもいい表情をしていますよ。では、全力でやりあいましょうか『上半身強化』『下半身強化』」


 ライトの体が金色に発光し、薄い光の膜がライトを包み込む。腰を落し踏み出すと同時に、足場の大地が砕け散り粉塵が舞い上がる。

 巨大な光の砲弾と化したライトを正面から向かい受ける為に、シェイコムが仲間を押しのけ前へと進み出る。背中に備え付けていた自分の背丈と同等の大きさがある盾を構え、ライトの突撃に身構えた。

 シェイコムの体から溢れ出している白い光が盾の表面にも広がり包み込んでいく。


「この状態での威力が『神体』を超えるか試させてもらいますよっ!」


 走り込んだ勢いを生かし、地面を滑るようにして攻撃の構えを取ると、巨大なメイスを両手で握りしめ横薙ぎの一撃を盾へぶつける。

 衝突時の衝撃波により周辺の大地が抉れ、土砂が大量に舞い上がり戦場が砂埃まみれになるが、その中心部には盾を構えたまま、ライトの一撃を耐えきったシェイコムがいた。


「防ぎましたよ、ライトさん!」


「お見事です、シェイコムくん」


 目を輝かせ素直に喜ぶシェイコムへ、称賛の言葉を投げかける。


「大したもんだぜシェイコム。次は俺の番だな!」


 シェイコムの陰から姿を現したエクスが、ライトの側面に回り込み大剣の突きを繰り出してくる。

 メイスから咄嗟に右手を放すと、手甲で攻撃を弾いていく。

 肩口、脇腹、足首と上下左右に的を絞ることのない鋭い閃光が、ライトを貫こうと何度も突き出される。それを捌きながら少しずつ後方へと下がっていくライトの耳が、頭上から流れてくる風の切る音を拾う。

 ライトは視線を向けることなくキャサリンが投げつけた投合武器だと判断し、大きく後方へ飛び退るが、着地した地面の足元が赤銅色に染まっているのが目に入った。


『業火終滅』


 ロジックが叫び杖を掲げると、ライトの足元から灼熱の炎が吹き上げ、その体が包まれる。巨大な火柱が天に向かって伸び、その中心部にいるライトの姿を完全に覆い隠した。


「みんな油断しないで『全身強化』」


 ミミカの支援魔法が全員に行き渡り、魔法により身体能力が上昇する。

 観客は今の魔法によりライトが倒されたと思っているようだが、ライトの関係者は誰も倒されたとは思っていなかった。

 荒れ狂う炎が消えた跡には、光り輝く四角い箱の様な物の中心部にいるライトが、いつもの笑みを浮かべ立っている。


「皆さん強くなりましたね。正直驚いています」


 『聖域』を消滅させ、メイスを肩に担いだまま歩み寄るライトに、六名は気を引き締め直す。


「もう一度……いや、何度でもいくぞ!」


 エクスが先程の動きをなぞる様に、ライトの側面へと回り込み突きの連打を放つ。


「以前とは比べ物にならない鋭さですね」


 片腕でその突きに対応していたのだが、鋼の刃の陰に見えたナニかが、刃の動きに従わずに自分へと迫ってくるのを見て、メイスを握っていた手を放しもう片方の腕も防御に回った。


「この剣は一回戦で出した」


「そうさ『神裂』」


 攻撃と防御の手を緩めることなく二人は会話を交わしている。いつの間にか取り出していた闇に染まる刃を持つ『神裂』との二刀流でエクスは突きの嵐を繰り出す。

 もう片方の剣はライトの手甲で容易く防ぐことができるのだが『神裂』は違う。聖属性に対し有効な力を持つその斬撃は『神体』を得たライトの表皮を切り、小さいながらも傷をつけていく。

 止むことのない横殴りの豪雨を思わせる切っ先の雨に、ライトは防御で手一杯になっていた。

 

 この状況で最も気を付けなければいけない攻撃は、エクスの『神裂』による斬撃。そして闇属性の攻撃、もしくは圧倒的な破壊力である。

 闇属性の使い手であるロッディゲルスは今のところ参戦していない。打撃による純粋な破壊力ならギルドマスター。警戒すべき二人が戦闘に加わっていないのであれば、エクスの攻撃に集中しても他のダメージはたかが知れている。

 そう判断したライトは意識の大半をエクスへ向けた。その事によりエクスの攻撃への対応が楽になる。時折、エクスを避けるようにして放たれた投擲やメイド長の鞭、魔法は『神体』の防御力を信じて防ぐことすらしないでいた。


 まさに目にも留まらぬ攻撃と最上級の魔法が飛び交う戦場を、観客は固唾を呑んで見守っている。誰もが言葉を発することすら惜しいと、この戦いを見逃してなるものかと、身を乗り出して目を離すことができない。

 戦闘に参加していないファイリたちは様子を窺い、攻撃に加わる予定にしていたのだが、この戦いに割って入るのは無粋だと判断し、手を出すことなく見入っていた。

 五分、十分、二十分と戦いは続き、一方的な防戦であったライトの動きが微かに鈍り始めているのを、挑戦者たちは感じ始めている。


「あのライトに疲れが見え始めたというのか」


「『神眼』にもオーラ弱まっている様に見えるな」


「でもさ、ライトって死の峡谷で丸一日、魔物と戦い続けたことあった筈よ。それが、一時間も経たずに疲れるなんてあり得るのかしら」


 ロッディゲルス、ファイリ、イリアンヌは冷静な目線でライトの姿を追っているのだが、ライトが苦戦する姿を見る度に、何処か少し悔しそうな表情を浮かべている様に見える。


「油断ならない相手と神経を削りながらの戦いだ。その疲労は比べ物にならんさ。強化魔法を維持し続けて魔力の消耗も激しいだろうに。上半身強化と下半身強化の威力も段々と落ちてきているぞ」


 そう口を挟んできたのはギルドマスターだった。腕を組みライトの戦いを見つめ、血が騒ぐようで右足が忙しなく大地を何度も踏みつけている。

 姫騎士ショウルは目の前の光景が信じられないようで、呆然自失といった感じで見入っていた。

 マリアンヌは次元の違う動きに、最早諦めを通り越して純粋に観客として感動しているようだ。


「これ……は、きつい……ですね」


 消耗が激しいようで、肩で息をするライトが珍しく弱気なことを口にしている。


「とか言いながら、何か企んでいるんじゃねえか?」


 軽口を叩きながらも油断を見せることないエクスにライトはつい微笑んでしまう。


「おいおい、余裕じゃねえか」


「いえ、開き直っているだけですよ。ふぅぅ、そろそろ決着を付けましょうか」


 肺の空気を全て吐き出し、新鮮な空気を吸い込むとライトは顔から笑みを消した。

 いつになく真剣な表情とピリピリと皮膚を刺激する空気に、ライトの本気を感じ取ったエクスは二本の大剣を油断なく構える。

 エクスから少し後ろに控えているシェイコムは危なくなったら跳び込めるように集中し、後衛担当のキャサリン、ロジック、ミミカは投擲武器や魔法をいつでも放てるようにしている。

 中間距離で臨機応変に対応しているメイド長は、完全にこっちが押し気味に戦いを進めている中、ずっと何か嫌な予感がしてならなかった。


「こちらが優勢なのは間違いありません。それに、ライト様はかなり消耗しておられます。万が一私たちに勝てたとしても、余力は殆ど残っていない。一体どうするつもりなのですか……ライト様」


 このまま倒せるという喜びよりも、あのライトアンロックが負けるという現状に、胸が締め付けられる思いのするメイド長だった。


「さあ、終わりにしましょう!」


 ライトがメイスを担いだ状態で一気にエクスとの間合いを詰める。

 踏み込みと同時に振り下ろされたメイスをエクスは避けようともしない。その攻撃を見切っていたシェイコムが目の前に飛び出してきたからだ。

 頭上に掲げた盾でその一撃を凌ぎ、無防備状態になったライトに二本の大剣を突き出す。それがエクスの頭に描かれていたシナリオだった。

 鉄の塊が唸りを上げ盾へと迫る。この戦いにおいて何度も目撃してきた光景だ。渾身の一撃が盾に激突し、激しく大地を揺らしながらもシェイコムが受け止める。それが今までの流れであり、誰もが予想していた結末。


「えっ?」


 振り落ちた鉄塊は盾を容易く砕くと、その先にいるシェイコムの頭にめり込み体を押し潰した。


「なっ!?」


 圧縮されたシェイコムがいた先には、メイスを振り下ろした状態のライトがいる。


「くそ、どうなってやがるっ!」


 動揺を噛み殺し、何とか放った一撃は右の普通の大剣による突きだった。慌てていた為、『神体』に効果がある『神裂』ではなく、特殊効果のない大剣を突き出してしまう。

 弾かれることはわかりきっていたが、少しでも相手の体勢を崩す為にライトの左肩を狙い渾身の突きを繰り出す。


「くうぅ、ああっ!」


 痛みを噛み殺した叫びと共に、その刃はライトの肩を易々と貫通し、左腕が肩口から千切れ飛んだ。

 シェイコムが倒されたことに驚きを隠せなかった一同だったが、更にエクスの攻撃でライトの腕が切り落とされ更なる驚愕に、ほんの一瞬だが思考も動きも止まってしまった。

 そんな隙をライトが見逃すわけがなく、すくい上げたメイスでエクスの頭部を吹き飛ばす。そして、そのまま切断された腕を拾うこともせずに後衛へと向かった。

 後衛と前衛の間にいたメイド長は、我を取り戻す暇もなく、通りすがりにライトの払うメイスに殴られ一撃で消滅する。


 メイド長が弾き飛ばされた瞬間、どうにか我に返った後衛三名の内、キャサリンは地面に突き刺していた武器を手に取り、ライトを迎え撃とうとするが「ひっ」と声が漏れ、手にした武器を落してしまう。

 武器を拾おうとした瞬間、キャサリンの体は粉砕された。

 慌てていて武器の柄を握り損ねていたのもあるのだが、それよりも、傷口から自らの血を半身に浴び、左肩から鮮血を撒き散らしながらもメイスを握り締め、笑顔を絶やさぬライトの姿に怯えてしまったのが大きい。


「く、くそっ!」


「こないでっ!」


 ロジック、ミミカの二人が至近距離から魔法を放とうとするが、接近戦に持ち込まれた後衛職の末路は決まっている。

 魔法の発動速度を超えるライトの蹴りと突きにより、二人は散った。

 左腕を失い、血塗れのライトは二人を仕留めた後、自分の腕が落ちている場所に戻り『治癒』を発動させ腕を繋ぎ合わせる。

 あまりに強烈で凄惨な戦いに声を失っていた残りの挑戦者たちは、はっと自分を取り戻すと、戦場であることを思い出し意識を高める。

 一瞬にして六人を葬ったライトの動きには理解不能な点が多く、勝利ムードだった気持ちを引き締め、残りの六人は油断なく構えを取っている。


「ふぅ、さっぱりしました」


 収納袋から取り出した水樽の蓋をもぎ取り、頭から水を被りある程度血を流したライトが、気持ち良さそうにタオルで首元を拭っている。


「あそこから勝つなんて、正直驚かされましたよ、ライトさん。どういったからくりなのですか?」


「変な話し方を……ああ、今は教皇モードなのですね。あれは一か八かでした。私とシェイコムくんは魂の繋がりがあるので、私の所有している『神体』の効果を切ったのですよ。それにより、私も『神体』の効果が切れましたが、シェイコムくんの『神体』も失われたというわけです」


「なるほど、故に直後のエクスの攻撃が体を切り裂けたのだな」


 ファイリの問いかけに対しての答えを聞き、納得のいったロッディゲルスが頷いている。


「そういうことです。しかし、疲れました。少し休憩しませんか?」


「悪いけど、それを聞き入れると思う?」


 イリアンヌが短剣を構え、いつでも飛びかかれるように前傾姿勢になる。

 その姿を見てライトは心底面倒そうな表情になると、水浴びの際に手放した足元のメイスを拾い上げる。そして、両手で握りしめると天に向かって突き出した。

 メイスを上段に構える姿は隙だらけで、ファイリたちは思わず眉根を寄せ訝しげにライトを見てしまう。


「何のつもりだライト。疲れ果てて思考回路がおかしくなったか?」


 ギルドマスターは構えとも呼べないライトの動きに、心底呆れたように言葉を投げかける。


「いえ、正気ですよ。皆さんは今、こう思っていませんか。私は体力も魔力も使い果たし、大量の血も失い、余力も尽きていて倒すチャンスだと」


「実際そうであろう?」


 ロッディゲルスの断定に肯定の意味でライトは大きく頷いた。


「私に余力は殆どありません。今の攻防で思ったよりも消耗してしまいましたので」


「もしかしてライト、こうやって会話することにより時間を稼いで、少しでも回復しようとしているんじゃないの」


 イリアンヌの指摘には首を横に振り否定の意を示す。


「いえいえ、二時間ぐらい眠らせてもらえるなら、回復もできますが、数分では意味がありませんよ」


「じゃあ、ライトアンロック殿は何をしようとしているのだ」


 後方で会話に加わらずに見守っていたショウルが、結論を口にせずに話を引き延ばす対応にイラつき、口を挟んできた。


『…………ぎを』


 ライトは小さく口を動かすのだが、その声はあまりにも小さく、最後の言葉が微かに耳に届いただけだった。


「ライトさん何を仰っているのか全く聞こえません。もう少し大きな声で話していただけますか」


『我は……し……者……声が……とを』


 観客の目があるので教皇の皮を被った猫なで声のファイリが、ライトへ発言を促すがその口は言葉を発しているのだが、小さく囁くような声なので全文を聞き取ることができない。


「もう疲れ果てて声もでないのかしら」


 マリアンヌは頬に手を当て小首を傾げている。


『……願う……共に……駆け……』


 ライトはそれでも言葉を発すること止めることはない。淡々と何かを呟き続けている。

 微かに聞こえる言葉を耳にしていた、ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルスはあることに気づき、顔から一気に血の気が引いた。


「ちょっ、まさか!」


「やばい、みんな早く倒してライトを!」


「間に合え!」


 切羽詰った顔で叫ぶ三人の声を聞いた、ギルドマスター、ショウル、マリアンヌは意味が解らず咄嗟に反応ができないでいる。

 そんな三人を無視して、ファイリが即座に発動できる『聖光弾』を放ち、イリアンヌが『神速』を発動して踏み込み、ロッディゲルスが両手から黒鎖を伸ばした。

 ライトは焦った表情の三人を見つめ、いつもの薄い笑みを浮かべると最後の言葉を口にし、メイスを大地へと振り下ろす。


『聖霊召喚』


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