争奪戦16 圧倒的な戦力
本来の予定なら二回戦だった今日、争奪戦の決勝戦が始まる。
開催前から会場への入り口は長蛇の列が既に出来上がっており、入場券を持っておらずその列に並ぶ権利すらない人々は、心底羨ましそうな視線を向けていた。
昨日の大会を知らぬ者はこの街にはおらず、活気は天井知らずの盛り上がりを見せ、誰もが今日の一戦を今や遅しと待ち望んでいる。
そんな盛り上がる観客とは全く逆の静まり返った面子が、会場の控室に揃っていた。
一回戦を勝ち抜いた面々は次の八名。
メイド長。女騎士ショウル。元教皇ファイリ。武器防具職人キャサリン。魔族ロッディゲルス。三英雄エクス。暗殺者マリアンヌ。
そして、ゴウレイムの中身である、ライトアンロック。
ライトは落ち着き払った様子で椅子に腰かけ、小説を読みふけっている。ちなみに本の題名は『人を出し抜く百の方法』
メイド長はライトの傍に立ち、ライトにお茶を注いでいる。
「おい、お前の主は俺だろ」
空のティーカップを掲げお茶の催促をしているファイリを目の端で確認すると、メイド長は「ちっ」と舌打ちし、足音も立てずにファイリへ歩み寄った。
完璧な作法でお茶を注ぐと再びその場を離れ、ライトの隣へと戻っていく。
「今、舌打ちしたよな! しただろ! おいっ」
「ファイリ様。淑女がそんな物言いでは、嫁ぐことなど夢のまた夢ですよ」
怒鳴りつけてくるファイリに対し、澄ました顔でしれっと言い放っている。
「こらこら、試合前なんだからもっと静かにしないと駄目でしょ。みんなの迷惑になるじゃないの」
キャサリンは両手の爪にマニキュアを塗り終え、息を吹きかけながら二人に注意を促している。
「キャサリンよ、マニキュアなんて塗っても、鍛冶や戦闘で直ぐ剥がれるだろ。意味あんのかそれ」
「わかってないわね、エクスちゃんは。どんな時でもオシャレを欠かさない。それが乙女の心意気よ。それに、こうやってコーティングしておくと爪が割れにくくなるのよ」
訝しげにキャサリンの手元を覗き込んでいるエクスに、キャサリンは余裕の笑みを見せ出来上がった爪を明かりにかざしている。
「ん? あら、ロッディちゃんも興味あるのかしら。塗ってみる?」
少し離れた席から、ちらちらっと横目で覗き見ていたロッディゲルスの視線に気づき、キャサリンが声を掛ける。ロッディゲルスは慌てて視線を逸らし、始めから見ていなかったかのような振りをしている。
『主様。バレバレですよ!』
「こら、キマイラ!」
小型化しているキマイラがロッディゲルスの膝に乗っかり、ロッディゲルスを見上げている。そんなキマイラを小声で叱責しているのだが、その手はキマイラの背を撫で続けていた。
緊張など微塵も見せず、いつもと変わらず暢気に構えている面々の輪に入っていけない人物がいる。それは、二回戦進出者の中でライトと最も接点が無い、女騎士ショウル。
「凄いな。皆、普段通りにしか見えないのだが」
「ほんとに。でも、あの人たちは普通じゃないから」
そんなショウルに同意したのは、いつの間にか同じ席についていたマリアンヌだった。
「貴方は……マリアンヌ殿だったか。つかぬ事をお伺いするが、何故あの者たちは尋常ではないライト殿の力を目の当たりにして、平然でいられるのだ。私は昨日のあの戦いを思い出しただけでも、体の震えが止まらなくなる」
「それが普通の反応ですよ。私もある程度ライトくんの実力は知っていたけど、あれ程だったとはね。あれを見て怯えない方がどうかしているわ」
この面子の中では比較的常識的な部類に入る二人は額に手を当て、この先の事を想像し憂鬱な気分に陥るのだった。
『控室にいる皆様ー。そろそろ出番ですよー。準備よろしくお願いしますねー』
控室に備え付けられている音声発生装置から、死を司る神の陽気な声が響いてくる。
各自が腰を上げ控室から退出する中、最後まで残っていたライトは本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、どう対応しましょうかね」
口でそう言いながらも、ライトはこの後の戦いへの対策を既に練っており、その顔に浮かぶ意味深な笑みには自信が満ち溢れていた。
「紳士淑女の皆様方、長らくお待たせしました。これから、ライトアンロック争奪戦の最終戦を始めます!」
二日目となり、若干慣れてきた死を司る神の司会進行に、観客から待ってましたとばかりに歓声が上がる。
「それでは、まずはライトアンロックに挑む、七人の勇敢な挑戦者の入場です!」
まず、ショウルとロッディゲルスが並んで入場し、若い女性からの黄色い声援が飛び交っている。
続いて、ファイリとその従者であるメイド長が戦場へと足を踏み入れる。今度は二人の見た目に騙されている若い男性陣から声が上がる。
マリアンヌは完全に気配を殺し入場していたので、観客の殆どが気づかぬうちにショウル、ロッディゲルスの隣に並んでいた。
次に扉を潜ったのはエクス。大剣を背負ったその姿を目にした観客の――見た目の厳つい男達から、低い地鳴りのような叫びにも似た歓声が上がる。
忘れられがちだが、エクスは三英雄の一人であり剣聖まで上り詰めた達人である。冒険者や兵士等への人気は相当なものだ。
そして最後に姿を現したのは、全身に密着したピンク色のラバースーツを着込んだキャサリンである。
その瞬間、観客の大半が一斉に目を逸らした。どうも、一回戦での変身シーンが頭にこびり付いているらしく、視界にキャサリンが入り込むだけでも恐怖を覚えるようになったようだ。
「ん、もう、失礼しちゃうわねっ!」
「正当な反応じゃねえか」
頬を膨らませているキャサリンにエクスが冷静なツッコミを入れている。
全員が横並びに立つ姿は壮観で、この世界における上位陣の揃い踏みに鳥肌が立つ者も少なくなかった。
「続きまして――今大会の賞品であった筈が、いつの間にか参加者に! 掟破りの乱入者! ライトアンロックの入場です!」
黒を基調とした法衣を着こみ、背には尋常ではない巨大な鉄塊が付いたメイス。顔に浮かぶのは穏やかな笑み。メイスと法衣の色に目を瞑れば一般的な聖職者に見えるのだが、その二点が致命的過ぎた。
この場にいる観客、関係者を含めた全員が、ライトがどういった人物なのか理解しているので、ただ歩いているだけだというのに挙動の全てに注目している。
ライトは並び立つ七人から二十メートル以上距離を空け立ち止まった。
十四の鋭い眼光がライトを射抜くのだが、特に気にした様子もなく七人に軽く手を振っている。
「全員が揃ったところで、特別ルールを発表します! 皆さんもご承知の通り、この試合はライトアンロック対七名の挑戦者という形になります。本来のトーナメント戦と異なる展開になりましたので、新たなルールを設けました」
死を司る神の説明に観客、挑戦者は集中してる。ライトはその場で軽く伸びをして、体の柔軟を始めていた。
「この戦いにおける勝者は、最後に生き残った者になります! ただし、ライトアンロックを倒しきるまでは挑戦権を持った者同士の争いを一切禁じ、それを破った者は即時に退場とさせていただきます!」
死を司る神としては、これによりライトが手段を講じて参加者の誰かを味方につけることを封じ込めたかった。司会席からちらりとライトの様子を窺うが、その顔にはいつもの薄い笑みがあるだけで表情から何も読み取ることは出来ない。
「更に、特別なゲストを用意しています! 今大会を勝ち抜いた各チームに一人だけ助っ人を呼ぶことを認めました!」
その説明に会場から唸り声が響いている。
観客はライトの実力を噂話程度にしか理解していない為、正直今の状態でもライトは負けると見ていた。そんな不利な状況だというのに、更に挑戦者を増やそうというのだ。
一回戦を勝ち抜いた猛者たちでも、まだその力が及ばないと公式に説明されたと考えても間違ではない。ライトの実力に観客たちの期待は高まり続けている。
「助っ人はあくまでライトアンロックと戦う為の戦力です。彼が倒された瞬間に退場していただきますので、ご了承ください」
これにより、ライトの勝利の芽を完全に摘み取り、ライトが退場後は残された二回戦進出者による本来の戦いが始まる。
助っ人の参入はライトには話していなかった情報なので、流石にあの息子でも驚いているだろうと、死を司る神は意地の悪い笑みを浮かべライトへ視線を向ける。
そこには平然と屈伸運動を続けるライトがいた。
「なっ……ふ、ふーん。無理しちゃって。反論の一つでもしてくるかと思ったのに。まあ、このメンバーを発表したら取り乱すでしょうけど」
死を司る神は拡声器の音声を入れ、大きく息を吸い込んだ。
「ファイリ、キャサリン組の選んだ助っ人は――聖騎士シェイコム!」
開けっ放しだった扉から白銀に輝く全身鎧を身に纏ったシェイコムが駆け込んできた。自分を選んでくれた二人の元へと駆け寄り、深々と頭を下げている。
「続きまして、メイド長、ショウルが選んだのは――拳を極めた者ギルドマスター!」
ギルドマスターは頭を無造作に掻きながら大口を開け、欠伸を隠そうともせず少しおぼつかない足取りで歩いてくる。
「ったく、昨日の晩にあっさり負けておいて、この場に立つってのは、少々気恥ずかしいねぇ」
「そんな事、仰らないでください。ライト様が『神力開放』してしまえば、神ですら敵いませんから。ですが、その力を封印した今ならば、ギルドマスターが一番頼りになる筈です。期待していますよ」
「あいつの師匠として、少しは良いところを見せないとな」
メイド長の言葉を聞き、眼光に光が戻ってきたようだ。やる気のなかった表情が少し引き締まり、八重歯が覗く口元がニヤリと笑みの形を作る。
「ロッディゲルス、エクス組が選んだのはこの方――エクスの友であり三英雄の一人ミミカ!」
いつもと同じく大胆な法衣から手足を剥き出しにしているのだが、歩く姿は俯き気味で覇気が全く感じられない。
「おい、ミミカ! もっと熱くなれよ!」
「なれるわけないでしょ……あの、ライトさんが相手なのよ。神力使わないって言っても、実力は身に滲みて良く知っているし。それに、絶対に碌なことしてこないわよ」
戦い方も性格も良く知っているミミカは、戦うことしか考えていないエクスのように楽天的ではいられなかった。
「最後は、ゴウレイムと組んでいましたが正体がライトアンロックという衝撃の展開になり、一人になってしまったマリアンヌさんには、特別に二名助っ人を呼ぶことを許可しました! その二名とは――マリアンヌさんの娘であり凄腕の暗殺者イリアンヌ! そして、三英雄の残り一人である三英雄の優秀な頭脳、ロジック!」
イリアンヌとロジックは二人並んで入場してきたのだが、ミミカのように猫背気味のやる気のない足取りだ。
「貴方の為に頑張っているのに、何でやる気を出さないの」
「そう言われても母さん。ライトの強さを一番知っているのは私なのよ。テンション上がるわけないじゃないの……」
魂が口から抜け出ているのではないかと疑ってしまう程、全身から生気を失っている娘にマリアンヌが檄を飛ばしている。
「何で僕を呼んだのですか……僕は観客席でホワイティーちゃんと仲良くしていたかったのに」
「ごめんなさいね、ロジックさん。本当はファイニーさんに頼んだのだけど、あの人が貴方を逆推薦したのよ。あ、そうそう、伝言があったわ「全力で頑張らないと、孤児院の皆にあの事話すからね」だそうよ」
「はっ! 誠心誠意、死力を尽くして頑張らせていただきます!」
背筋を伸ばし額に手を当て敬礼しているロジックを眺めミミカはほくそ笑んでいた。
「ふふふ、独りだけ逃がさないわよ」
期せずして三英雄が全員戦場に立つことになったのだが、その思いは異なるようだ。
ちなみに、ホワイティー、武神にも打診はあったのだが断られている。
死を司る神は腕を組み立ち上がると、ずらっと並ぶ助っ人を含めた十二人の挑戦者を頼もしそうに見つめていた。
「さーて、これだけの面子がいればあの子も太刀打ちできない筈よ。冷静に考えてライトの勝利はほぼなくなった。さあ、お母さんに懇願してくるのなら、ちょっと考えてあげてもいいわよ!」
幼少時のライトが困った時に浮かべる、ちょっと涙目で上目づかいの表情が大好きだった死を司る神は、最近生意気な息子が凹む姿を少し期待していた。
そんな彼女がライトへ視線を移すのだが――そこには準備体操も終わり収納袋から取り出した軽食を口にするライトがいた。
死を司る神の視線に気づいたようで、ライトは司会席へ目をやると口に含んでいたモノを呑み込み、これ見よがしに収納袋から新たにデザートを取り出している。
「へえー、泣きつきもしないで、冷静な振りをするんだ。いいわよ、ちょっとやり過ぎかなと思っていたけど、ライトがそういう態度取るなら、このまま進めるからね!」
本来なら、ここでライトの反論が入り、ルールを新たに少し変更する予定だったのだが、動揺を一切見せない息子の姿に、母はこのまま決行することを決断した。
「ライトアンロック、出場者共にこの戦いに異論はありませんか? ありま――」
ルールに同意するか確認を取る死を司る神の言葉を遮ったのは、すっと挙げられたライトの右手だった。
「何でしょうか、ライトアンロックさん」
「最後に一つだけ確認を。今決めたルール以外であれば何をしても、反則負けということにはなりませんね?」
ライトの質問を聞き、死を司る神は即答ができなかった。
自分の決めたルールの抜け道を見つけたというのか? ライトの問いかけに対して心がざわつき始めている。
いや、これは周囲に何か有ると見せかけて、動揺を誘う作戦だ。と判断するまでに数秒の時を要してしまったが、死を司る神は何とか冷静さを取り戻していた。
「はい、それ以外の手段は一切問いません。では、皆さん準備は宜しいですね。決勝戦を始めます!」
そうして、前代未聞の十二対一という理不尽な戦いが幕を開けた。