争奪戦14 第四試合 中身
ゴウレイムの鉱石の肌がボロボロと崩れ落ち、軽くない損傷を与えられたようだが、痛みを口にすることがなく、血も流れないので、どれ程のダメージを受けているのか正確な判断が付かない。
「もう二、三発ぶち込めば、壊せそうだな」
「そんな感じに見えるけど、油断はしないでね」
ギルドマスターは同じ技をもう一度繰り出そうと、両腕を大きく広げる。
そこで、攻撃を喰らってから反応がなかったゴウレイムに動きがあった。
目だけが金色に輝く頭が、全身を見回している。そして、見える範囲全ての確認が終わったゴウレイムは、ひび割れ破損している両腕を上空へと振り上げた。
『ウオオオオオオオオオオオッ!』
相も変わらず性別の判断が付かない声なのだが、今まで全く感じなかった感情がその咆哮には含まれていた。
『ミガキアゲタ ハダ ボロボロ コロス』
そう告げると、天へ突きあげていた両腕を勢いよく地面へ叩きつける。
ファイニーの闇魔法により地面が黒い沼と化している地面へその腕が振り下ろされ、黒い沼に触れると派手な水音を立て、地面へと沈んでいく。
「あの叫びに一瞬だけ気圧されそうになったが、所詮人工頭脳か。あいつ、自ら腕まで封じているぞ」
ゴウレイムは四つん這いの状態で黒い沼に沈んでいる。暫くすれば、ゴウレイムの顔と背中を残し、それ以外が黒い沼に埋没するのは間違いない。
そうなれば勝ったも同然なのだが、ファイニーは柔和な笑みを浮かべたまま、瞳だけは真剣な光を宿し、ゴウレイムを見つめている。
『安全装置解除 瞬滅粉砕砲を許可します』
さっきまでの声とは全く違う、大人の女性の声がゴウレイムの方向から流れ出る。
急に変わった声とその言葉の内容に不信感を覚えたギルドマスターが目を凝らして、ゴウレイムを観察している。
咆哮を放っている最中も金色の目が二人の姿を捉えていたのだが、何を思ったのかゴウレイムはその顔を地面へと向ける。
目ではなく頭頂部がファイニーとギルドマスターに向けられることとなり、相手の意図が掴めない二人は警戒を解くことなく、状況を見守っている。
二人に晒された頭頂部が何の前触れもなく、空き缶の蓋が空いたかのようにパカッと外れ、ゴウレイムの頭の内部がむき出しになった。
そこはすり鉢状の空洞になっているようで空洞の側面には、奥へ向かって螺旋を描くように筋が彫り込まれている。
『所有魔力五十パーセント消費 四肢の固定 発射準備整いました エネルギー充填』
その穴の内部から光が漏れ出し、頭頂部の少し先に光が集まり膨張し始める。初めは拳大程度の光の弾だったのだが、それが徐々に徐々に徐々に――
「おいおいおい! あれデカすぎねえか!」
「高密度の魔力をあれから感じる……危険ね。あれどうにかできない?」
光の弾は直径、三メートル――五メートル――十メートル――巨大化する光の弾は地面へと接触し、黒い沼が一瞬にして蒸発する。そのまま大地も削っているのだが、膨張が止まる様子が無い。
「なら、その無防備な背にっ!」
大きく迂回しゴウレイムの側面に回り込んだギルドマスターが、ゴウレイムの背に飛び乗ろうと脚を曲げた瞬間、十五メートル近くまで膨れ上がった光の弾がファイニー目掛けて放たれる。
「防御に回さないと」
戦いが始まって初めて上げる焦りの声。ファイニーは一面を覆っていた黒い沼を解除すると、目の前に黒い巨大な津波を発生させ、迫りくる光の弾を呑み込もうとする。
光と闇が正面衝突した瞬間、音も立てずに黒い波が消滅する。今の接触で二回りほど光の弾も縮んではいるが、ファイニーを殺すには充分すぎる魔力をまだ秘めている。
「うらあっ! さっきの技、二連発!」
ファイニーの窮地を察し、慌てて方向転換し舞い戻ってきたギルドマスターが構える。両手を打ち合わせ開いた胸元に、前回とは違い二つの球が現れる。
その球を横に二つ並べ、交互に蹴りを加えていく。蹴りの威力により変形した球が二つ同時に射出され、迫りくる巨大な球へとぶつかっていく。
黒い波で威力と速度を落されたゴウレイムの球は、ギルドマスターの攻撃により進行速度が弱まる。力がひしめき合い、拮抗しているらしく宙で停滞している。
「助かったわ。後は任せて」
ファイニーは右腕を伸ばし手の平を上空へ向けると、手首をくいっと曲げる。その動作に連動しているかのように地面から闇が噴水のように吹き出し、光の弾を下から押し上げる。
ギルドマスターの攻撃も呑み込み消滅させた巨大な球は、下からの吹き上げにより軌道が逸れたらしく、再び動き始めたがその攻撃は二人の頭上へと逸れ、会場の客席へと飛び込んでいく。
進路方向にいた観客たちは視界一面に広がる光の弾に、悲鳴を上げ右往左往している。観客席へぶつかると思われた瞬間、その光は何もなかったかのように消え失せ、直撃による振動も襲ってこなかった。
あまりの迫力と目の当たりにしているかのようなリアルな映像に、観客たちの殆どが戦場は異空間で行われていることを忘れていた。
「何とか凌いだようだ――なっ!?」
即死系の一撃を防いだギルドマスターが目にしたのは、眼前まで迫っていた巨大な岩だった。ゴウレイムは発射後に己の左手を強引に右腕でもぎ取ると、それを投げつけていた。
「なんのおおおっ!」
ギルドマスターは腰だめに拳を構えると、気を右手に収束し、巨大な岩目掛け正拳突きを放つ。拳同士が激突し、その質量にギルドマスターの体が後ろへと引きずられるが、膝を曲げ踏ん張り、更に力を込める。
大技を三発も放ち、余力が殆どなくなっていたギルドマスターだったが、残るすべての力を拳へ集め、ゴウレイムの左手を粉砕することに成功した。
「も、もう動けないぞ。後はファイニーまか――おいおい、嘘だろ」
脱力し地面へ膝を突いたギルドマスターがあるモノを視界に捉え、引きつった笑みを浮かべる。
空気を切り裂き唸りを上げ、今度はゴウレイムの頭が二人の元へと接近していた。
躊躇いもなくもぎ取られ投げつけられたゴウレイムの顔には、もう金色の光はなく虚ろな瞳が迫ってきている。
「非常識な子ですね」
咄嗟に黒い壁を発生させたファイニーが正面から頭を受け止め、何とかその一撃も耐え凌いで見せる。
頭が勢いを無くし地面へと落ち、その振動と轟音が二人の耳に届く。それを聞いてファイニーが黒い壁を消す。
視界が開けた前方――ゴウレイムのいるべき場所にはその巨体はなく、代わりに黒いコートの様な衣類を着こんだ誰かが立っていた。
「マリアンヌは倒した筈だ――えっ?」
「あっ……何故貴方がここに」
二人が驚きの声を上げ、突然現れた人物を凝視している。
その視線に貫かれた男は顔に薄い笑みを浮かべたまま、動揺の一つも見せず、すっと上空を指さした。
驚きのあまり思考も動作も止まっていた二人が、釣られるように空を見上げる。
そこには、頭と左腕を失ったゴウレイムの巨大な体が目と鼻の先まで迫ってきていた。
激しい震動、激突の衝撃により砂埃が舞い上がるが、衝突時に発生した爆風により、砂埃は一瞬にして飛び散る。
陥没した地面にはゴウレイムの体らしき幾つもの破片と、光の粒子と化していくギルドマスター、ファイニーの姿があった。
「決勝まで隠しておくつもりだったのですが、いやはや、参りました」
戦場に一人たたずむ黒い法衣を着た男が、ゴウレイムの破片を眺めながら呟いている。困ったような口調ではあるが、その表情はいつもと変わらないようだ。
会場の観客は突然現れた男に理解が追い付かず、両目を限界まで見開いたまま放心状態に陥っていた。
関係者と本戦参加者だけに許された特等席にいる人物たちは、顎が外れるのではないかと心配になるぐらい大口を開けて、目を何度も瞬かせている。
そして、特等席にいるホワイティー、ショウル、レフトと名乗っていたブシンを除いた全員が震える指を、会場の中心にいる男へ指差している。
「「「「そっちかーーー!」」」」
その叫びには司会席からの声も混じっていた。
あらゆる感情が入り混じった叫びを浴びても、男は平然と構えている。
「ライト! 何しているの!」
司会者からの取り乱し焦りを隠そうともしない声。
その言葉の中に観客は聞き逃すことのできない人物名を耳にしてしまう。
「おい、ライトって、あのライトアンロックか?」
「え、てことは、優勝賞品が自ら参加してるってことになるよな……」
「それも変装してってことは、始めから出来レースだったんじゃ……」
会場が不正行為ではないかとざわつき始めている。ライトアンロックとの結婚、もしくは願いを叶える。それが優勝者への特典であり今大会の意義である。
その人物が争奪戦に参加している。八百長を疑われても仕方のない状況。
司会者である死を司る神は今更ながら失言に気づいたが、不穏な空気が漂う客席を見る限り後の祭りだった。
「失礼しました。皆様、静粛に願います! 今から説明いたしますので」
場を鎮めようと死を司る神は何とか言いくるめようとするのだが、会場の騒ぐ声が次第に大きくなり、殆どの人の耳に声は届いていない。
「お静かに、お静かに願います!」
何度も声を張り上げ、拡声器の音量も最大の値にしているのだが、観客の疑惑を追及する声に掻き消されてしまう。
ライトはその光景を眺め、いつまでも終わることのない喧騒に呆れたように息を吐き「仕方ありませんね」と小さく呟いた。
『ご歓談の皆様方、お騒がせして申し訳ありません。ライトアンロックです』
当事者がライトアンロックと認めたことにより、騒ぎが更に拡大してもおかしくないのだが、何故か皆一様にライトの声に聞き入り、不満や疑いを露わにしていた口を噤んでいる。
『今大会のルールに今一度目を通してください。参加者は年齢、性別、種族を一切問わず、誰でも参加可能となっています。それに間違いはありませんね?』
ライトアンロックは司会席に顔を向け、死を司る神に確認を取っている。
「はい、参加者は何者であろうと一切問わないとあります……」
ちなみにこの条件は最後の最後に争奪戦を認める代わりに、と言われて付け足されたライトからの条件だった。
『ならば、当事者である私が参加することに、ルール上、問題は無い筈です』
確かにそうなのだが、それを聞いて納得できるわけもなく、ライトが屁理屈を言っている様にしか参加者も観客も思えなかった。
だが、それを口にすることが出来ずにいた。
文句の一つ、野次の一つも飛ばしたいのだが、ライトの声が心に浸透し――あれ? ライトの言っていることは間違ってないのでは? と少し心境が変化して、ライトの意見を受け入れそうになってきている。
『ですが、それでは皆様もご不満でしょうし、納得もできないと思います。そこで、私からの提案なのですが』
ライトが何か悪巧みをし余計なことを言おうとしている。それを鋭敏に感じ取った、ライトに最も近い存在である四人と死を司る神は、その先を言わせまいと、言葉を遮ろうと口を開くのだが、喉から声がでてこない。
この時、会場に静かで穏やかな歌が流れていることをライト以外誰も気づいていなかった。会場の音声を担当する部屋のマイクから微量ながら、歌声が会場に響いている。
その歌を聞いた人の殆どが、自らの声を封じられていた。音の源は、ライトから事前に依頼を受けていた土塊である。
ライトが『神声』を発動し、話に説得力を持たせ相手を強引に丸め込む作戦。それにライトの知り合いは気づいており、魔力を高め何とか抵抗して見せている。だが、それはライトの罠であった。
ライトの『神声』に気を取られ、そちらへの抵抗に集中している今。同時に発動された土塊の『神声』に抵抗するすべはない。
『二回戦を決勝戦とし、私一人対――全員で戦うことを提案します』
ライトの発言に会場中が息を呑んだ。声を封じてなかったら、もっと違う反応が見られた事だろうが、会場は見事なまでに静まり返っている。
『私に止めを刺した人がこの大会の優勝者ということでどうでしょうか。一応、あり得ないとは思いますが、万が一にも私が生き残った場合、この大会は優勝者なしということで。いえ、絶対にありませんが。ルールとして定めておかないと後で問題があるといけませんので』
ライトの提案について、一回戦を突破した者たちは勿論、不満があった。このまま、ライトを反則負けにすれば、後の脅威が排除され自分たちの勝率が上がる。それは全員でライトと戦うよりも楽な道であると考えている。
一回戦突破した者たちは、どうにか声を封じられた状態から解放されようと、必死になって魔力を高め『神声』の影響下から逃れようとしていた。
しかし、そんな彼ら彼女らを特等席で妨害する者がいる。一回戦敗退者である。
一回戦で敗北した者たちにとって、この状況は嬉しい誤算だった。ライトの強さを知っている者にしてみれば、このまま戦わせればライトが勝つ確率が高い。
そして、結果的に争奪戦の勝者がライトとなれば、誰とも結婚させられることは無い。権利を失った者としては、こうなったら誰も勝者なしに持ち込むのが得策に思えたようだ。
無言の空間で一回戦突破者と、敗退者の殺気立つ睨み合いが始まっている。
周囲にいた無害な観客たちは険悪な雰囲気を察して、一斉に退去し、特等席の周辺には人っ子一人いない。
特等席を横目で視界に収めると、ライトの口元がほんの少しだけ嬉しそうに歪んだ。
『この提案にご不満がおありでしたら、声を上げてください。誰か一人でも異を唱える方がいらっしゃるのであれば、私は負けを認め、大人しくトーナメントの結果を受け入れる所存です』
観客の大半は、ライトの実力をこの目で確認ができることに喜び、不満を口にする者はいない。何人かは心に引っ掛かりを覚えているのだが、ライトの言葉の説得力が上回り、声に出すつもりはないようだ。
もっとも、出したくても声が出ず、ライトの『神声』の力で信じ込まされ、強引に納得させられているのだが。
『反論は無いようですね。では、明日の二回戦は決勝戦とし、ライトアンロック対、一回戦突破者八名の戦いとさせていただきます!』
ライトが右腕をすっと天に掲げ宣言すると、指を大きく鳴らした。
それが合図になっていたようで、土塊の演奏と歌声が止み、解放された観客の口から悲鳴のような感情が爆発した歓声が上がる。
関係者も同時に解放されたのだが、今更口を挟める空気ではなく、ライトの思惑通り事を進めるしかない事態になっていた。
「やられたわ……ライトの対策練っていた筈なのに。観客を味方につけた今、ここで失格にでもしたら暴動が起きかねないわ。となると、明日の試合のルールを少しでも変更させて、参加者が有利になるように仕向けるしか……」
既に頭は明日の事で一杯になり、死を司る神は疲れきった表情で司会者用椅子に背を預ける。
歓声に応え、柔和な笑みを浮かべ手を振る一筋縄ではいかない息子の姿に、感心していいのやら怒るべきなのか判断のつかない、母であった。