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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
129/145

争奪戦11 第三試合 正体

 休憩も終わり、三試合目の選手が入場する時間となった。

 二試合ほど締めが微妙過ぎたので、今大会の関係者は客が観客席に戻ってくるか心配していたようだが、それは杞憂に終わる。

 休憩前と同じように観客席はすべて埋まっている。


「いやー、面白かったな。一試合目のやたら頑丈な聖騎士も凄かったが、聖女姉妹の魔法もクオリティー高かったよな……最後はあれだったが」


「ああ、あんな威力の魔法見たことないぜ。まさか、ホワイトドラゴンをこの目で見れるとは……まあ、最終的には、あれだったけどな」


「いやいや、お前ら観かたがあめぇな。出場している女性陣ちゃんと見てるか? 美女揃いだぞ。下心があるにしても、あんな美女に迫られて交際を断っているライトってやつは、あれなのか? 男の参加者もいたしよ……」


「聖職者だからじゃねえか? あ、でも、イナドナミカイ教団を抜けたって話か。しかし、噂では化け物じみた力の持ち主らしいが、本当かね。あれだろ、神をも殺したとかどうとか。流石にこれは眉唾物だとは思うが」


 会場では二試合の感想と、これ程の実力者を引きつけるライトの噂で持ちきりの様だ。

 二試合とも決着は微妙だったが、それまでは今までに見たことないレベルの攻防だったので、何だかんだ言っても観客は今後の戦いも楽しみにしているようだ。

 そんな観客席の様子を司会席から見下ろし、死を司る神は満足げに頷いている。


「これなら、大丈夫そうね。さあ、この試合はもっと盛り上がってちょうだいよ」


 拡声器の音声を入れ、死を司る神は大きく息を吸い込む。


「皆様長らくお任せしました! 第三試合を開始いたします! 赤コーナーから白き麗人ロッディゲルス! 三英雄エクス組の入場です!」


 まずはエクスが鞘に納めず刃がむき出しの大剣を肩に担ぎ、堂々と入場してくる。

 これだけの観衆の目があるというのに動揺も緊張もしていないようで、口元が心底嬉しそうに笑みの形を作り上げていた。


「くうううっ、いいねぇ、この歓声! この熱気! かあああっ! たまんねえぜ」


 エクスの頭の中は今後の戦いの事で埋め尽くされているようで、待ちきれないとその場で素振りを始めている。

 軽い準備運動のつもりで振るわれる斬撃に、会場の冒険者や騎士たちが息を呑む。ただの素振りだというのに、その動きを目で捉えられた者はごく一部の猛者だけだった。

 続いて赤い扉を潜って現れたのは、純白の燕尾服を嫌みなく着こなしている、男装の麗人ロッディゲルス。

 正面、横顔、どの角度から見ても整いすぎた造形に、客席から男女問わず溜息が漏れている。


「エクス。気合が入っているのはいいが、あまり気負いすぎるな。相手は油断ならぬ相手だぞ。我とキミというコンビだとしても」


「わかっているさ。昨日決めた通り、ロッディゲルスはイリアンヌの相手頼むぜ。俺はあの謎仮面やるからよ」


 ロッディゲルスはやんわりとエクスを諌める。

 それに対し、表情を少しだけ引き締めたエクスだったが、仮面の男を思い出し、何が楽しいのか破顔していた。

 二人が昨日、軽く打ち合わせた内容は、即席のコンビなので連携は考えずに、各個撃破で行くという単純な作戦とも言えぬ内容。だが、各自の能力が並外れているので、一対一に持ち込むという考えは悪手ではない。


「続きまして、青コーナーからの入場は! 漆黒の旋風イリアンヌ! 全てが謎に包まれた仮面の選手レフト!」


 青い扉が開いたというのに、そこから誰も現れる気配がなく、観客が騒めき出すが「あ、あれ、あそこに誰かいるぞ」という呟き指をさす観客に釣られ、視線が集中する。

 指の示す先には、いつの間に現れたのか、会場の中心部付近に佇む黒装束の女性がいた。

 長い黒髪を撫でつけ、後ろ手で髪をくくり戦闘状態へと移行するイリアンヌがいる。切れ長の目に鋭い眼光。涼し気と言うよりは冷酷さを感じさせる顔つきに、暗殺者としての片鱗が見て取れる――イリアンヌの事を良く知らぬ者、限定だが。


「ふふふふふっ、ロッディには悪いけど、この勝負貰ったわ」


 イリアンヌはロッディゲルスと一対一でやりあうには、正直分が悪いと冷静に状況判断をしている。機動力で負ける気は一切ないが、攻撃防御に関しては彼女が一歩先を進んでいるのは間違いない。


「そもそも、短剣と鎖じゃリーチが違いすぎるのよね。でもまあ、私は勝たなくていいんだし、時間稼ぎさえすれば……ね」


 ニヤついてしまう口元を手で押さえながら、イリアンヌは後方の青い扉へ視線を移した。

 大きく開いた扉から、ゆっくりと大きな歩幅で仮面にコートという、異様な出で立ちの人物が歩み出てきた。

 身長は二メートルには達していないが、かなり高身長だといえるだろう。大きめのフード付きコートを羽織っているので体格が掴みづらいが、少なくとも痩せている体形ではない。

 漆黒の仮面が顔面を覆っているので、顔も表情もわからず声も発しないので、その姿と相まって不気味さを増長させている。

 隣に歩み寄ってきたレフトを見上げ、イリアンヌは陽気に声を掛ける。


「おっはよう。昨日、打ち合わせしたかったのに、何処にもいなかったじゃないの。まあ、私たちのコンビは今更、そんなのことをしなくても息はぴったりだもんね~」


 黒の仮面がイリアンヌへ向けられ、そしてゆっくりと左へと傾く。左手人差し指がこめかみを押さえている仕草を見る限り、意味が解らないと表現しているようだ。


「もう、しらばっくれちゃって。ライ……レフトで通すなら、私もちゃーんと付き合うわよ」


 笑顔を絶やさず、肘をレフトの胸元に当てぐりぐりと動かしている姿は、まるで恋人同士がいちゃついているように見える。

 もっとも、イリアンヌはわざとその姿を見せつけているのだが。


「お、おい、闇の魔力が漏れてるぞぉ……」


 仲良さげにしている二人の姿にイラついたらしく、殺気を帯びた目つきで睨みつけ、唇を噛みしめているロッディゲルスの全身から闇が吹き出ていた。

 その迫力に引き気味のエクスが数歩後退り、遠巻きに小声で指摘している。


「はぁー。冷静にならなければ。ただでさえ、勝ち目の薄い厄介な相手だ。せめて平常心で挑まねば」


「ん? 何言ってんだ。俺は勝つ気満々だぞ。あんたとイリアンヌなら、あんたの方が有利だろ。じゃあ、俺とアイツってことになるが、確かに能力は俺の方が劣っているかもしれねえ。だが絶対に勝てない相手じゃねえだろ」


「エクス、キミは状況を理解しているのかい? 確か、キミは彼と二度戦い、二度目は三人で挑んでおきながら負けた。そして、その頃よりも強力な力を手に入れているのだぞ。勝てる見込みなんて」


「二度戦った? それは誰の事を言ってんだ? あいつと俺は初対戦だろうが」


 ロッディゲルスは話の噛み合わないエクスに、半眼で蔑んだ視線を飛ばす。

 人の気持ちに鈍く、空気の読めない男だとは知っていたが、戦いに関しては鋭いと認識していた考えを改めないといけないなと、ロッディゲルスはエクスに軽い失望を覚えていた。


「では、両者準備は宜しいでしょうか。宜しいようですね。それでは第一回戦、第三試合を開始致します!」


 開始の宣言と同時にイリアンヌの姿が戦場から消えた。

 気配を完全に殺したことに加え『神速』を開放して、初っ端から全力で戦場を駆けまわっているイリアンヌは、常人の目で捉えられる速度を遥かに超えている。

 観客の大半は時折、ちらっと見える黒い軌跡を追うのが精一杯のようで、尋常ではない脚力に感心し、低く唸る声が観客席を満たしていた。


「敵に回すと実感するな。その速さの厄介さに。さて、イリアンヌは任せてもらおう。エクス、あやつの時間稼ぎを頼めるか」


「それはいいんだが、別にお前を待たずに倒してもいいんだろ?」


「できるならな。だが、油断せず始めから全開でいってくれ」


「了解した。初撃で相手の実力は大体わかるからな」


 試合開始直後から微動だにしないレフトに、エクスは目をギラギラと輝かせ熱い視線を注いでいる。如何にも嬉しそうな表情を隠そうともせず、スキップでも踏みそうな勢いで走り寄っていく。


「心配ではあるが、実力は折り紙付きだ。こちらを早めに片付けて加勢に向かうとしよう」


「簡単に言ってくれるわねっ!」


 至近距離から届く声に眉をピクリと動かすが、それ以上は表立った反応はせずにロッディゲルスはいつもより太い鎖を生成する。両手の平から流れ出した二本の綱の様な黒鎖を、棒状に硬直させ体の左右へと伸ばす。


「それって愚策じゃない?」


 姿は見えずに声だけが響く戦場で、ロッディゲルスはその場で回転を始める。棒状の鎖が胸元の高さで固定され、周辺三百六十度を薙ぎ払う。鎖一本の長さが十メートルはあるので、高速で回転を続けるロッディゲルスの近くに寄ることは、普通ならば容易くはない。

 だが、脚力を鍛えぬき『神速』を発動中のイリアンヌにとって、鎖を振り回すだけの行動など何の問題もなかった。

『神速』の力により、時の流れを人より遅く感じている今ならば、台風の中心部であるロッディゲルスの懐に飛び込むことに躊躇う必要もない。


「らしくないわね……えっ!?」


 鎖が通り過ぎた瞬間に間隙を縫って、中へと滑り込もうとしたのだが、その足がぴたりと止まる。そのままの勢いで突っ込む予定だったのだが、その足が全く動かない。

 何が起こったのか理解をする時間も与えぬタイミングで、もう一本の鎖がイリアンヌの胴を薙いだ。

 ――ように観客は見えたことだろう。その証拠に息を呑む声や、抑えつけられた悲鳴が客席の至る所から聞こえてくる。

 実際はその一撃を受けた筈のイリアンヌの姿は何処にもなく、喰らったかのように見えた姿は残像だったようだ。


「いやー、危ない危ない。まさか地中に鎖を蜘蛛の巣のように張っていたとは。足からも鎖出せたのね」


「まあな。しかし、口の割にはあっさり避けたようだが」


 またも姿が見えなくなったイリアンヌへ、策が未遂に終わったことへ落胆する様子もなく気軽に話しかけている。


「奇策や卑怯な手なんて散々ライトに見せつけられてきたからね。そりゃ、警戒もするわよ」


「やれやれ、本当に厄介なことだ」


 わかってはいたが一筋縄ではいかない恋敵ライバルに、ロッディゲルスは大きく息を吐き口角を吊り上げる。


「まあ、そうでなければ面白くない」


 全身を纏う闇が濃度を増し、手や足だけではなく体中の闇から無数の鎖が飛び出していく。


「やばっ、本気にさせ過ぎた!」


 ロッディゲルスの鎖が空間を縦横無尽に飛び回り、イリアンヌも口を利く余裕がなくなったようで、避けることに意識を集中している。


 一方その頃、仮面コート、レフトとエクスはどうしていたかというと、彼を良く知る参加者の大方の予想を裏切り、僅差の戦いを繰り広げていた。


「へええっ! この切り返しも通用しないなんてなっ」


 大剣を片手で軽々と振るい、鋭い斬撃が何度もレフトを襲うのだが、どの攻撃も最小限の足さばきで避け、刃は一度も当たるどころか掠めることすらない。

 剣聖と呼ばれ、剣技を極めたエクスの攻撃はどれも必殺の威力を秘め、一撃でも喰らえばどんなものであろうと、無事では済まない。


「あったらねえなぁ。まるで俺の攻撃が前もってわかっているかのように、華麗に避けてくれるじゃねえか。自信無くすぜ」


 軽口を叩いてはいるが、相手が無反応な事と、攻撃が掠りもしないことに苛立ちが積もってきたようで、段々大振りになってきている。

 普通なら見抜けないような小さな隙だが、レフトにとっては充分すぎる一瞬だった。

 頭上から振り下ろされた刃に軽く手を添え軌道を逸らすと、勢いを殺すことができず地面すれすれで止まった刃の腹を、勢いよく蹴りつけた。


「うおおっ」


 大剣が凄まじい力で吹き飛び柄から手が離れそうになるが、エクスはそれを力で何とかねじ伏せ武器を手放さずに済む。が、掴んだ腕が限界まで横に伸びきり、無防備な体をレフトの前に晒してしまう。

 コートの袖から伸びる黒い手甲が、唸りを上げエクスの顔面を貫こうとする。

 剣を引き戻す時間がある筈もなく、剣聖と呼ばれた男であろうと、この状況を凌ぐ剣技が存在しないのは確実であった。


 しかし、エクスは迫りくる拳を見据え、物怖じもせずに笑って見せる。

 その表情に不信感を覚えたレフトの死角から風を切る音が近づく。剣を飛ばされぬように掴んだ直後に、エクスは武器も盾も握っていない左手の指を伸ばし、手刀の一撃でレフトを迎え撃っていた。

 だが、その攻撃はレフトに読まれていたようで、もう片方の手で手首を掴まれてしまう。

 脚は力を込め踏ん張っているので、攻撃にも防御にも使えず、今度こそ手段がなくなったように見えた。


「おらあああっ!」


 放たれた拳が顔面に届く前に自ら顔を突き出し、その拳が伸びきる前に額で受ける。

 耳を覆いたくなるような鈍い音が周囲に響き、観客は思わず顔をしかめてしまう。


「ぐおおおおっ、いってええええええっ!」


 拳の威力を受けきる事ができなかったようで、その上半身は大きく仰け反っているが、叫ぶ元気はあるようだ。

 痛みに吠えながらも、大剣をレフトへ叩きつけるエクス。

 自らの一撃を額で凌がれたことに驚きを隠せず、一瞬動きが鈍くなったレフトに大剣の切っ先が届き、仮面の表面を叩いた。


「どうよ! あいつらが戦いでは、頭を使えってうるさいから、俺なりに頭を使ってみたぜ!」


 それは違うだろ。と会場中の人々が心の中で突っ込みを入れる中、仮面を押さえ付けていたレフトの右手から破片が零れ落ち、その仮面が真っ二つに割れ地面へと転がる。


「ようやく、顔を見せてくれるのか」


 エクスの嬉しそうな声に反応し、イリアンヌは完全に足を止め声の方向へと目を向ける。姿を現し無防備なイリアンヌにロッディゲルスは攻撃を加えなかった。

正体が気になっていたのは同じだったらしく、レフトを正面から見られる場所へ移動している。

 レフトは顔を覆っていた手をゆっくりと外した。仮面に隠れていた素顔を晒したレフトを見て、イリアンヌ、ロッディゲルスは大声でこう叫んだ。


「「誰っ!?」」


 そこには予想外の人物がいた。

 髪形はライオンのたてがみを彷彿とさせる。もみあげと頬から顎までを覆う髭とが繋がっているので余計にそう見えるのだろう。目つきは鋭いながらも、何処か愛嬌のある魅力的な顔だ。見た目だけで年齢を判断するなら、三十代後半から四十代半ばといったところだろうか。


「ふぅ、素顔を晒すことになるとはな。契約違反だが、細かいことは構わんだろう。わしか、わしは武神だ」


「「「ブシン?」」」


 戦闘中だというのに全員が戦いを中断し、その男を凝視していた。


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