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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
128/145

争奪戦10 第二試合 母性父性

「この強化甲冑って色々秘密がてんこ盛りなのだけど」


「消えろ」


 キャサリンが自慢げに防具について語ろうとしていたのだが、渋面のホワイティーが聞く耳を持たず攻撃を放った。

 少し大きめの『聖光弾』のように見える魔法だったが、ライトの能力を良く知る戦場の三名はその魔法がそうではないことを、一瞬で見抜いていた。


「これは、聖光弾が進化した神光弾! キャサリン避けろ!」


 ファイリ、ミミカ姉妹の瞳が金色に輝き、焦った声でキャサリンへ逃げるように指示を出すが、避けようともせずに左手の甲を『神光弾』へ向けるのみだった。

 左手の手甲に着けられたハート形の宝石が迫りくる光の弾へ触れると、その光は宝石の中へと吸い込まれる。


「んもう、まだ説明の途中でしょ。ちゃんと、お話は最後まで聞かないと、めっだぞ」


 キャサリンは左手の人差し指を頬に当て、お尻を後方に突き出し、上半身は前のめりでホワイティーに注意している。


「どう……やった」


 今度は眉間に少しだけしわを寄せ、不機嫌そうにキャサリンを睨んでいる。自信のある一撃だったらしく、人間に――それもこんな男に防がれるなど思いもしなかったのだろう。


「うふふ、知りたい? どうしよっかなぁー」


 腰をくねらせ、楽しそうな口調で悩んだ振りをしている。その姿にホワイティーのしわが更に深くなる。


「言え」 


 その言葉と同時に右手をすっと挙げ、さっきより一回り大きな『神光弾』を発射した。


「強引な女の子は嫌われるわよ。それは恋愛にも言えるのよ、覚えておいてね。お姉さんからのアドバイス」


 キャサリンの一言に思い当たる節があったファイリは、後方で少しだけ動揺している。

 巨大な光の弾に再び左手の甲を向けると、まるで同じ映像を再生したかのように、先程と同様に光がハート形の宝石へ消える。


「さっき、戦闘中に待ってくれたお礼に、種明かしをしてあげるわね。この左手の宝石って魔石でね、空間魔法が付与されていて、触れた物を一時的に別の空間へ運ぶことが可能になっているの。収納袋の仕組みと似たような感じね」


 それが何を意味するのか理解した人々の間に動揺が走る。今の発言が、はったりでなく本当だとすれば、どんな攻撃でも防げる完全防御が成立するということになる。


「嘘だな。これだけの威力がある魔法を別空間に運べたとしても、魔力に耐えきれずその空間は破壊されるはずだ」


 別空間とはいえそれは魔法で作り出した空間。ホワイティーの膨大な魔力を取り込めば、空間を保つ魔力が乱れ内部から崩壊を起こす。


「そうね。でも、それは長時間、貯め込み続けたらの話でしょ?」


 キャサリンは右腕を天高く掲げ、右手甲にあるハート形の魔石をホワイティーへと向ける。右手が光に包まれ、溢れ出した目も眩むほどの光量が観客の眼球を貫く。

 あまりの眩しさに目を両手で覆う者が続出する中、その光はキャサリンの手の甲から飛び出し、ホワイティーへ射出される。

 驚愕の表情を浮かべたホワイティーに光が着弾し、爆風と光が入り乱れ、攻撃の余波にも恐るべき威力が含まれていることを直感した姉妹が、咄嗟に『聖域』を張った。


「この威力は」


 砂塵が舞い上がり、視界が閉ざされた戦場に静かな声が響く。


「やっぱり、あれぐらいじゃやられないわよね」


 爆心地に風が吹き荒れ渦を巻き、砂を全て上空へと吹き飛ばした。

 抉られた地面の最深部に静かに立つホワイティーは、ワンピースが跡形もなく吹き飛び、一切傷のない素肌を晒している。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


「うっせえ」


 観客席の一部から眼鏡を掛けた青年――ロジックが奇声を上げているが、エクスに後頭部を大剣の柄で殴られ沈黙している。


「あら、ごめんなさい! 直ぐに服か防具出してあげるわね」


 見た目が少女のホワイティーが、全裸でいるのは何かと問題があると判断したキャサリンは、収納袋の中から何か出そうとしている。

 それをぼーっと眺めていたホワイティーは手を挙げてその行動を制した。


「必要ない」


「そう言われても全裸はちょっと――あら?」


 服は一切身に纏っていないのだが、よく見ると晒された胸に突起物もなく、下半身の排泄器官も存在していない。言うならば肌と同色の全身タイツを着ているような感じになっている。

 彼女の姿は人間を模したものである。顔は彼女を崇める人々が住む村からやってくる人間の子供を真似ているので、かなり人に近い。だが人の裸は見たことないので、その造形がいい加減になっているようだ。


「変な男強い。人に……ホワイティー……負けてないもん」


 すり鉢状に陥没した地面の底から、キャサリンを見上げているホワイティーの目には、今にも零れ落ちそうな程、涙が溜まっている。

 頬を膨らませ、涙目で見上げてくる拗ねた子供の様な仕草に、観客の心が鷲掴みにされる。


「なんだろう、この感覚」


「可愛い……」


「やだ、持ち帰りたい」


 会場中の人々が母性本能をくすぐられたようだ。


「あらあら、ごめんなさいね。何処か痛いところない? 大丈夫?」


 キャサリンは試合中だというのに、ホワイティーの元へ慌てて駆け寄り、今にも泣きだしそうな、その頭を優しく撫でている。


「ホワイティー強い子。痛くても泣かない」


「そうなんだ。偉いわねぇー。でも、無理しちゃダメよ。あ、そうだ飴食べる?」


「うん」


「あら、甘いもの好きなのね。まだ他にもあるわよ。あ、飲み物も出すわね」


 涙をそっとハンカチで拭い、収納袋から次々とお菓子を取り出しては、ホワイティーをあやしている。

 そんなほのぼのとした光景を、陥没した地面の縁に立ち、しかめ面で見下ろしている姉妹がいた。


「今なら、キャサリンともども一掃できるな……」


「やめときなさい、ファイリ。悪役になる度胸があるなら、ありかもしれないけど……」


 隙だらけのホワイティーを倒す絶好のチャンスなのだが、大衆の目を気にして手を出せないファイリだった。ちなみに、ライトが強敵相手に同じような状況なら、問答無用で攻撃を叩き込んでいたことだろう。


「そういや、ホワイティーちゃんは、何でこの戦いに参加しているの?」


「ほうひゃな。ひゃいひょあふゅろ」


「お口の中の飲みこんでからでいいわよ」


 こくこくと頷き、頬が膨らむまでお菓子を詰め込んでいたホワイティーは、差し出されたジュースごと一気に飲みこむ。


「前、人間に騙されて毒入りのお菓子を食べて、捕まった。それをライトに助けられたらしい」


「らしい? ってどういうこと」


「気が付いたら、捕まえた人間が死んでいて、服従の首輪も外されていた。人はいなかった。でも、後で長老に聞いたら時空魔法でその時の映像見せてくれた」


「なるほど、そこにライトちゃんが映っていたのね」


 理解してもらえたのが嬉しいらしく、ホワイティーが無邪気な笑みを浮かべている。


「ん、もう、可愛いわね。初めは感情見せないからお姉ちゃん心配していたんだけど、ちゃんと笑えるじゃないのっ」


「長老が知らない人の前で油断しちゃダメ。言ってた」


「あらそうなの。じゃあ、私は大丈夫ね。もう知らない人じゃないでしょ?」


 ホワイティーは小首を傾げ、目を何度も瞬いている。そして、納得がいったらしく手を打ち合わせ、大きく頭を上下に振った。

 その様子を見て、キャサリンは表情を緩め微笑む。


「じゃあ、今日からホワイティーちゃんと、お姉ちゃんはお友達ね。あ、名前覚えてなさそうだから、改めて自己紹介するわ。お姉ちゃんの名前はキャサリンって言うの」


「うん。キャサリン友達。ホワイティー嬉しい」


「私も嬉しいわ。さてと、どうしようかしら。戦いの途中だから続きしないと駄目なんだけど、お姉ちゃんお友達と戦いたくないのよねぇ」


「ホワイティーもケンカしたくない」


 その返答を聞き、キャサリンは内心でガッツポーズを取っていた。

 ホワイティーへの対応は裏があるわけでもなく、キャサリンが咄嗟にとった本心での行動なのだが、勝負となるとそれは別の話となる。

 キャサリンが持ちうる全ての技能を注ぎ込んだ最高傑作である、強化甲冑。実は既に使い物にならなくなっていた。

 ホワイティーの魔法を吸い込み、本人へ叩き返すことに成功はしたのだが、その一撃で異空間を構成していた魔法が再生不可能なレベルで破壊されてしまっている。

 それに、強化甲冑は身体能力を大きく向上させるのだが、武装の類が一切ない。相手の攻撃をそのまま本人へとはね返すことは可能なのだが、強力な攻撃方法は保有していない。

 そもそも、装着者を守る目的で開発されたモノなので、防衛用の能力は優れているが、攻撃に関しては身体能力の底上げ程度である。


「うーん、困っちゃったね。お姉ちゃんはどうしても勝ちたいのよ」


「キャサリン、何で勝ちたい?」


「それはもう、決まっているでしょ! ライトちゃんと結ばれて、肉体的にも精神的にもくんずほぐれつする為よ!」


 拳を振り上げ熱弁をふるうキャサリンの言葉の内容が理解できないのだろう、ホワイティーは眉根を寄せ凝視している。


「――って言うのが建前でね。ここからは、お姉ちゃんとホワイティーちゃん、二人の秘密になるんだけど、誰にも言わないって約束できる?」


 耳元に口を寄せ囁くキャサリンに、ホワイティーは瞬きしながら小さく頷いた。


「恋愛は勝負事何かで決めちゃダメなの。自分の意思で決めないと、付き合うことになったとしても、それを切っ掛けに不満が出てきちゃうものだから」


「難しくてわからない」


「そうね、ホワイティーちゃんにはまだ早かったかしら。んーとね、何でも自分で決めないで、誰かに言われたからやるっていうのはダメってこと。本当はしたくないのに、やらされただけなんだっ! て、それを逃げ道にしちゃうから」


 言われたことを理解しようとホワイティーが目を閉じ唸っている。わからないから放棄するのではなく、一生懸命考えている姿にキャサリンの笑みが深くなる。


「大きくなったらきっとわかるわよ」


「うん、早く大きくなる……キャサリンはライトアンロックの嫌なことしない?」


「そうね。まあ、優勝したら勝者の権利として、ほっぺにチューぐらいはしてもらうけど、それぐらいかしら」


「ならいい。ホワイティー、降参する」


 すっと手を挙げ、降参を口にしたホワイティーに誰も理解が追い付かず、声を発することなく、黙ってその光景を見つめていた。

 沈黙が会場を満たし、誰も反応ができない状況で「降参」再び響くホワイティーの声に、真っ先に反応したのは司会である死を司る神だった。


「あ、ええと、ホワイティーさんは負けを認めたということで宜しいでしょうか?」


「そうだ。負けた」


 少し焦りを含んだ司会の声に、ホワイティーは素直に敗北宣言をする。


「そ、そうですか。で、では、第二試合の勝敗が決定しました! 勝者は……元教皇ファイリ、伝説の職人キャサリンチームです!」


 死を司る神の意気込み過ぎた声が会場内を反響するが、観客の反応は皆無に等しかった。

 一試合目は暗闇の中で勝負が決まり。この試合は途中で戦いを止めて、キャサリンとホワイティーが歓談を始め、うやむやの内に決着がついた。

 納得のいかない決着に観客のフラストレーションが蓄積されている。序盤、中盤辺りは期待以上の展開だけに、余計に不満が溜まるようだ。

 会場の空気を感じ取った死を司る神は、このままでは今後の運営に支障が出ると、次の対戦相手の名簿を手に取り、資料に目を通している。


 ロッディゲルス、エクスは死を司る神も良く知っている仲なので問題はない。

 ロッディゲルスは中性的な外見で女性にも人気があり、会場が盛り上がるのは間違いない。それに、ああ見えて意外と目立ちたがりなところもあるので、魅せる試合をしてくれる筈だ。と死を司る神は希望的観測をしている。

 エクスは目立ちたがりで観客――特に女性に対して良い恰好をしたがるので、黙っていても大丈夫だろう。

 このチームに問題は何もない。実力も兼ね備えているので、この冷めた空気を吹き飛ばし、観客を熱中させてくれることだろう。


「問題はこっちよね」


 魔道具である拡声器の音声を切り、死を司る神は独り言を呟くと、対戦チームの資料を手に取る。

 イリアンヌに不満も心配もない。目にも留まらぬ速度で動いてしまうので、観客が姿を目視できない恐れはあるが、それはそれで観客が沸きそうだ。


「さてと、頭を悩ませてくれるのはこれよね」


 謎の仮面コート、レフト。出身地、性別、年齢、全て不明。わかっているのは名前だけだが、それも偽名である確率が高い。

 死者の街にはこの三年で死んだ者が多く集まっている。それも元冒険者が大半だ。新たな住民へレフトについての情報を収集したのだが、その名、特徴的な外見を知っている者は皆無だった。

 だが、死を司る神はその者の正体について見当が付いていた。

 いや、死を司る神だけではなく、とある人物を良く知る者の大半は――誰も口にしないが、レフトの中身についての予想は一致している。


「ここで正体をばらして失格にしたら、下手したら観客から入場料返済を要求されかねないわ。それに、それを指摘して素直に聞くわけもないし、口だけは達者なのよね……誰があんな風に育てたのかしら」


 肩を落とし大きく息を吐き、疲れた表情で額に手を当て、頭を振っている。

 暫くそうしていたかったが、司会進行をしなければならず、気合を入れなおして拡声器の音声を戻した。


「では、二十分休憩の後に第三試合を開始します。今の内に用事を済ましておいてください。軽食や飲み物は売り子に声を掛けるか、会場内の売り場に各種取り揃えていますので、ご休憩の際にお寄りください」


 拡声器の音声を再び切ると、体を司会席のソファーに投げ出す。

 前途多難な試合展開に頭を悩ませつつも、楽しみでもあるようで、死を司る神は口元がにやけるのを抑えることができなかった。

 無理やり争奪戦で息子の結婚相手を決めるというのは、母としてどうかと自分でも思っている。今更、何となく勢いで言ったことが収拾つかなくなり、話が大きくなったなんて言える訳もない。

 それは、今も後悔しているのだが、息子がこんなに人気がありモテるというのは、母として純粋に嬉しいようだ。


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