表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
127/145

争奪戦9 第二試合 変身

 この展開を誰が予想し得ただろうか。

 二対二の戦いが、ミミカの寝返りにより三対一となった時点で殆どの観客が勝負は付いたと考えた。

 ミミカとファイリは知らぬ者を探す方が難しいぐらい、名が知れ渡っている実力者である。キャサリンは見た目の厳つさと、業物である自作の剣を二本、油断なく構えた姿を見れば、誰もがその実力を疑うことは無いだろう。

 それに相対するのは、簡素な白いワンピースを着た、白髪のか細い少女。

 この光景を見れば誰だって、勝敗の見当が付くというものだ。

 だが、しかし、本格的な戦いの幕が切って落とされてから、状況を有利に進めているのは白髪の少女ホワイティーだった。


「姉さま! 息を揃えて!」


「わかったわ、ファイリ!」


 ホワイティーから距離を取った二人が、両手の平に魔力を集中させ同時に『聖光流滅』を放つ。螺旋状の光が少女を挟み撃つのだが、ホワイティーはその光を一瞥すると、迫りくる光に手の平を向ける。

 高威力の聖属性魔法の光は激突時の衝撃もなく、その手へと吸い込まれていく。


「嘘でしょ……」


「くそっ、聖属性じゃ相性が悪すぎるぜ。化け物がっ」


 ファイリは悪態を吐くと、忌々しげにホワイティーを睨みつけた。視線の先にいる彼女は相も変わらず表情も崩さぬまま、徐々に間合いを詰めてくる。

 二人の攻撃が通じない理由は、ホワイティーの実力が二人より優れているというだけではない。その属性が問題なのだ。

 姉妹が得意とする属性は、言うまでもなく聖属性。

 ホワイトドラゴンである彼女は生まれつき聖属性の体をしている。ちなみに人間は基本無属性なのだが、死者であるミミカは闇属性でもある。

 同属性同士がぶつかり合うと、その威力は軽減される。つまり、同属性の魔法は防御に関しては優れた力を発揮できる。

 そうすると、必然的に同じ属性は攻撃には向いていないということになる。姉妹の攻撃は聖属性を纏うホワイティーには効き目が薄く、魔法の攻撃で痛手を負わすことはほぼ不可能と考えて間違いないだろう。


「こんなことになるなら、神聖魔法以外も勉強しておくべきだったぜ」


「そうね、でもかじった程度じゃ、どうにもならない相手よ」


 話しながらも相手を足止めする為に牽制で撃ち込まれている『聖滅弾』に対し、ホワイティーは避けることも防御に回ることすらせずに、その身で全て受け止めている。


「となると、やっぱ期待したいのは接近戦なんだが――」


 聖女姉妹が途切れることのない光の雨を降らせ続け、ホワイティーの意識を自分たちへ向けさせている隙に、背後へ回り込んだキャサリンが二本の剣を頭部へ叩きつける。


「今度こそっ!」


 毎日巨大なハンマーで原石を叩き続け、鍛冶により鍛え上げられた腕から生み出される一撃は、Aランクの魔物ですら両断する威力がある。

 その刃が二振り、ホワイティーの頭部を切り裂き、砕いたかのように見えた――が、破壊されたのは剣の方だった。


「うそっ! ライオネス! フェルナンデス!」


 根元から真っ二つに折れた刃が宙に舞い、キャサリンは今にも泣きだしそうな表情で手元の、作品であり子供のように可愛がっていた剣の柄を見つめている。


「隙だらけ」


 呆然自失のキャサリンへ振り向きざまに人差し指を向けると、指先に光が収束していく。そして、瞬く間に拳大の大きさへと変貌した光を、キャサリンへ飛ばした。


「ぐはああああっ!」


 指先から伸びた光線が胸を直撃し、キャサリンは遥か後方へと弾き飛ばされていく。

 宙に浮いた状態のまま会場の壁へと激突し、その衝撃により壁がすり鉢状に陥没する。


「キャサリン! 無事かっ!」


 慌てて駆け寄った二人から『治癒』の魔法が飛び、一瞬にしてキャサリンの傷が回復する。


「あ、り、がと。ごほごほっ……何とか大丈夫よ」


 膝を突いた状態で何とか体を起こしたキャサリンは、ウィンクを二人へ返している。

 姉妹の魔法による回復力の高さもあって、キャサリンの傷はあっという間に癒えた。だが、本来なら今の一撃を喰らった瞬間、消滅していてもおかしくない威力があの光線にはあった。

 だというのに、何故キャサリンが無事だったのか。同属性による防御の有利さはホワイティーだけに働いているわけではない。聖属性による支援魔法を掛けられたキャサリンも、その恩恵にあずかっていた。


 この戦い同属性という効き目が軽減される魔力同士、故に、その優越を決めるのは互いの魔力の強さが決め手となっている。

 人としては桁外れの魔力を有する、ミミカ、ファイリ姉妹だが、所詮それは人としての話。伝説の魔物であるホワイトドラゴン。それも、同族の中でも優れた個体であるホワイティーの魔力に叶う道理がなかった。


「見事だ。私の攻撃によく耐えている」


 ホワイティーは純粋に感心しているのだが、声に抑揚がなく顔にも全く感情が浮かんでいないので、一見バカにしているようにも見える。


「けっ、じゃねぇ……その程度では私の体も精神も屈服させることはできませんよ」


 観客の目があることを思い出し、素の口調を封じ込め、元教皇ファイリとして対応している。


「……私、結構屈服させられそうなんだけど……」


「あら、奇遇ね。実は私も。どうせなら、ワイルドな男の子に蹂躙されたいわぁ」


 無理をして格好をつけているファイリの傍で、仲間二人が弱音を吐いている。ファイリは笑顔を貼り付けたまま、殺気をふんだんに含んだ視線をあきらめムードの二人へと向けている。


「じょ、冗談よ。ねーキャサリン」


「そうよねー、ミミカちゃん」


 怯えた表情で二人は手を取りあい、何度も頷いている。


「と、強気に出たのはいいが。このままズルズルと長期戦になれば、圧倒的にこっちが不利だ」


「そうね。ホワイトドラゴンと私たちの魔力容量なんて比べるまでもないわ。それに体のつくりからして別物だし。体力、頑丈さも、桁外れ」


 負ける気などさらさらないファイリだったが、あまりに不利な状況に血が出るほどに唇を噛みしめていた。ライト争奪戦というバカげたお祭り騒ぎになってしまっているが、ファイリのライトへの気持ちは本物であり、その想いを貫くためにもここで負けるわけにはいかない。

 そんな妹の姿を見て、ミミカは声には出さないが自分を犠牲にしても何とかして一手報いようと決心する。


「うーん、仕方ないわね。本当は決勝まで取っておきたかったんだけど、奥の手使っちゃいましょうか」


 そんな二人を見比べながら、キャサリンは元気よく立ち上がると、いつものように陽気で包容力のある笑顔を二人に向ける。


「奥の手……そんなもの聞いてないぞ」


「だって、言ってなかったもん。まだね、試作品の段階だから少し不安なんだけど、そんなこと言っている場合じゃないしね」


「試作品? 奥の手と言うのは強力な武器なのか?」


 憧れの存在である教皇ファイリとして人前では見せられないような、眉根を寄せた訝しげな顔をキャサリンへ向けている。


「武器と言うよりは、防具の方が正しいかしら。身体能力を大きく向上させる、特殊な機構を用いた強化甲冑。私が持ちうる全ての知識、技能を用い、開発した最高の防具。それが私の奥の手よ」


「ちょっと待ってキャサリン。そんな防具、ここで着替える気? 何故か、攻撃しないで相手が今待ってくれているけど、さすがに鎧を着るのを黙って見過ごすとは……」


 ミミカがちらっとホワイティーを横目で確認すると、何を考えているのか一定の距離を保ち、じっとこちらを観察するように見つめている。


「だ、い、じょ、う、ぶ。この防具制作にはロジックちゃんも協力してくれてね。空間魔法と転送魔法を両用した魔法が付与されていて、キーワードを口にすることで発動し、手も使わずに素早く装着できるようになっているのよ」


「それが本当なら、直ぐに頼む。出し惜しみしている場合じゃねえ」


「了解。お姉さんに任せなさい」


 キャサリンは壁際から姉妹の前に進み出ると、そのままホワイティーへと向かっていく。


「話し合いは、もういいのか」


「あら、待ってくれていたのぉ。もう、優しいんだから。男の子だったら惚れちゃっていたかも」


「戯言はいい。もう倒していいのだな」


「あ、それならちょっと待って。面白い物を見せてあげるから」


 キャサリンは胸元へ下げていたハート形の宝石を両手で包み込むように持つと、発動への鍵を口にした。


「恋の力は乙女の力! 虹色ハートで強化甲冑姿になーれ! 変身!」


 その瞬間、ハート形の宝石から虹色の光が溢れ、七色の光り輝く布の様なナニかが宝石から飛び出してくる。

 そして、キャサリンが身に着けていたピンクのタンクトップと黄色の作業ズボン、おまけに下着が転移魔法により宝石の中へと自動で収納される。

 スキンヘッドの大男が全裸で観客の前に晒される事態に会場から悲鳴が上がり、一斉に目を逸らそうとするのだが、何故か体が言うことを利かず、全員がキャサリンを凝視している。

 観客はショッキングな光景に気を取られ気が付いていないようだが、変身が始まったあたりから、会場内には宝石内部から軽快な音楽と歌声が流れだしている。

 その音は宝石に記録させたもので、変身が始まると同時に音楽が流れる仕組みになっている。問題はその曲を作詞、演奏、歌唱を担当したのが――土塊だということだ。『神声』を全力で発動させたその歌声は、録音された物だというのに人々の関心を引きつけ、注目させる力を含んでいた。


 そう、今、会場にいる観客は体がどれだけ抵抗しようと、その歌声に精神が逆らえず、キャサリンの脱衣を無理やりに見せつけられている状態なのだ。


「た、助けてくれ!」


「目が目がああああっ!」


「やめろおおおおっ! 目が精神がおかされる!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図と化している観客席だが、そんなことにはお構いなくキャサリンの防具脱着は続いている。

 観客にとって不幸なことに、前列の客席以外にも戦闘が良く見えるように配慮された、予選と同じ巨大な球が会場上部に浮かんでおり、そこにはアップでキャサリンの変身シーンが流れている。

 全裸なのだが、一応大事な部分は金色の光に遮られ見えないような仕様になっているようで、観客たちは何とか致命傷を免れているようだ。

 虹色の光が膝下に絡みつくと、その部分の光が増していき、虹色が弾けると、ベースはクリーム色でピンクの縁取りをされたブーツが現れる。


「はああああんっ」


 右脚、左脚とブーツが現れる度に、くすぐったいような気持ちいいような妙な感じがするようで、キャサリンの口から悩ましげな吐息が漏れる。これも余計な事に高性能な魔道具が音声を拾っているので、会場の隅々までその声は響いている。

 同様に腕に虹色の光が巻き付き、指先から肘まで覆う、ブーツと同じようなデザインの手甲が装着されていく。


「はふううん」


 観客はせめてその声だけは遮断しようと耳を手で塞ごうとするのだが、土塊の歌声と曲を心が求めてしまい、体が動かないでいる。

 最後に、光が上半身と下腹部に貼り付き、弾け飛んだ後には強化甲冑を装備した、キャサリンの姿があった。


「戦闘少女キャサリン、華麗に舞い踊るわよっ!」


 腰に手を当てウィンクをした決めポーズをとっているキャサリンの格好は、こうだ。

 クリーム色をベースとした、肘から先、膝から先、肩までの上半身と膝上までの下半身を覆うタイプの鎧。その全てにピンクの縁取りが施されている。

 手の甲部分にはハート形の宝石が埋め込まれ、他にも足の踵、肩当てにもハート形の宝石が見える。背中部分には一際大きな、ハート形の宝石が二つ。

 それだけなら、まだ許せたのだが問題は下半身だ。そこには何故かフリルがあしらわれたスカートがあった。

 色合いといいデザインといい、子供の女の子が着ればそれなりに、似合っていたのだろうが、筋骨隆々のスキンヘッドの大男が着て許される格好では断じてない。


「ななななな、何だそれ!?」


「……」


 ファイリは腰が引けた状態で震える指先をキャサリンへ突きつけ、ミミカは地面へ尻を突き、目を極限まで見開いたまま、口をあんぐりと開けている。


「ふふふっ、素敵でしょ。これはね、人攫いや魔物から身を守る為に、子供やか弱い女性でも歴戦の大人顔負けの力を発揮できるように開発したものよ。試作品だからデザインは女の子用だけど、思ったより似合っているでしょっ」


 デザインだけなら可愛らしい格好のキャサリンが、強化甲冑を見せつけるように、その場で一回転している。


「Sランクの魔物の皮を使い、各パーツに魔石を装着させたこの逸品。私の最高傑作で、勝負よ!」


 そう言い放ったキャサリンの視線の先には、この試合が開始してから初めて感情を表に出したホワイティーがいる。

 その顔に浮かぶ感情は、恐怖、嫌悪、怯え、戸惑いが入り混じった一言で表すなら、不快感そのものだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ