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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
126/145

争奪戦8 第二試合 白の少女

 肝心なところが暗闇の中で進行した為、盛り上がりに欠ける会場を見回しながら、これではいけないと、死を司る神は魔道具である拡声器を握り締める。


「では、続いて第二試合を始めたいと思います。赤コーナーから入場するのは、魔王討伐に多大な貢献をし、三英雄として皆様もご存知のこの方――聖女ミミカ!」


 ミミカの格好はいつもの体に密着した法衣で、スリットからは美脚が大胆に露出している。腰をくねらせながら歩き、少しだけ目を細め口元には艶やかな笑を浮かべている。

 その姿を見た会場の男性陣が歓声を上げ、近くにいる女性から白い目を向けられているが、ミミカに見入っていて全く気付いていないようだ。


「聖女ミミカのパートナーとなるのは、見た目は少女でありながら、その体に内包された力は無限大! 出身地年齢不明、明らかになっているのは名前と、大会への目的。その目的とは、ライトアンロックに受けた恩を返すために参戦とのことです。美しくも健気な少女の名は――ホワイティー!」


 動揺を見せるどころか、なんの感情も見せず無表情で進み出てきた相棒をミミカは興味深げに眺めている。

 昨日予選終了後、少しは接点を持つべきだろうと何度も話しかけ、食事にも誘った。

 ホワイティーはどんな話題を振っても返事はするのだが、


「ああ」「そうだ」「いや」「ちがう」


 と四文字以上話せない呪いでもかけられているのかと勘ぐってしまうぐらい、言葉数が少なかった。

 ミミカが昨日の晩、話を誘導してなんとか得ることができた情報は、ライトに助けられたらしいという事実と、体の割に大男顔負けの大食漢であることぐらいなものだ。

 一緒にトーナメントを戦うパートナーとして、お互いのことが殆どわからない状態でこの場にいるミミカの心情は複雑だった。


(まあ、初めから勝つ気はないから、あんまり親しくならなくて良かったとも言えるんだけど……何かこの子って気になるのよね。見た目以上に年齢を感じさせる雰囲気がありながら、物を知らない感じは子供そのものなのよね)


 自分の胸にも背が届いていない少女を見下ろし、小さく息を吐く。

 ホワイティーは微動だにしないので、精密な置物か人形のようにしか見えない。


「続きまして対戦チームの入場です! 気に入った相手、特に男性からの依頼以外はほとんど断ることで有名な、心は乙女、体は筋肉の塊! 伝説の職人――キャサリン!」


 伝説の武器防具職人であるキャサリンの名は、会場にいる死者の街住人以外にも知れ渡っている。その有名人の姿をこの目に焼き付けようと、ゆっくりと開いていく青の扉に視線が集中する。

 青の扉から姿を見せたキャサリンの姿を見て、会場がざわめき出す。

 スキンヘッドの大男というのはいかにも職人といった風で、観客も納得がいったようだが、問題は身に着けているものだ。ピンクのタンクトップに、真っ黄色な作業ズボン。大きな宝石をハート形にあしらったネックレス。

 それ以外に武器防具は一切身に着けておらず、本当にあのキャサリンなのかと不信感が会場に広まっている。


 キャサリンは会場のそんな雰囲気を感じ取ると、作業ズボンのポケットに両手を突っ込み、勢いよく両手を引き抜く。

 その両手には見るからに精巧な造りの剣が握られていた。

 会場にどよめきが広がるのだが、人々が驚いた内容は三種類に分かれている。

 その見事な剣に目を奪われ感嘆の溜息を漏らす者。

 ただの作業ズボンではなく、そのポケットが収納袋になっているという、今までに見たこともない機能に驚きを隠せない者。

 取り出した武器と、オリジナルであろう作業ズボン。その二つの技術力の高さを見抜き、言葉も出ない者たち。

 たった一つのパフォーマンスで、会場中の人々がキャサリンを伝説の職人であることを認めたようだ。


「ああんっ、あの尊敬の眼差し……見られてるぅ、見られているわぁぁ」


 自分の身を抱きしめ悶えているキャサリンの姿に、会場の空気がまたも一変している。


「では、気を取り直しまして。伝説の職人キャサリンと肩を並べる相棒は、聖職者の中の聖職者。この世で最も気高き存在! 神聖魔法を極めたと言われている聖なる乙女! イナドナミカイ教団の元教皇――ファイリ!」


 姉とは対照的な体のラインが全く読み取れない、ゆったりとしたサイズの白い簡素な法衣姿のファイリが、笑みを浮かべ入場してきた。

 御姿を拝見しているだけで心が清められるような、優しく包容力のある笑み。

長年、お飾りとはいえ教皇の座に居座っていたファイリの浮かべる笑顔は、もはや芸術の域に達しており、元々の整った顔が相乗効果となり、老若男女問わず魅了してしまう。

 感嘆のため息が漏れる中、ファイリは笑みを崩さず周囲の観客に小さく会釈しながら、キャサリンの隣に立った。


「ファイリちゃん頑張りましょうね」


「……気張らなくていいぞ。昨日も話したが、この戦い既に勝敗は決まっているからな」


 ファイリは微笑みを絶やすことなく、キャサリンにしか聞こえない音量で囁くように返答する。

 観客の目があり音を拾う魔道具が設置されている場では、ファイリは聴衆のイメージを崩さないよう、いつもの砕けすぎた話し方がバレないように注意を払っている。

 キャサリンは『神聴』を所有しているので、どんなに小さな声でも問題が無いので、素がでる会話は最少の声量で話すことに決めていた。


「ちょっとずるい気もするけど、勝つ為には手段を選んでいる場合じゃないわよね」


「当たり前だ勝つことが何よりも最優先となる」


 姉と連絡をつけ、今日の戦いではファイリたちの味方となる確約を取りつけている。つまり、試合が始まってしまえば、実質上三対一になるのだ。

 ホワイティーからは得体の知れないプレッシャーを感じているが、負ける可能性は皆無だとファイリは考えている。

 聖属性をほぼ極めたと断言しても過言ではない、自分と姉。それに余り知られていないが、自分用に作られた最高の武器防具を揃えたキャサリンは、単体でSランクの魔物に勝てるレベル。

 この三人を敵に回して勝てる人間がこの世に何人いるのだろうか。いや、ライトを人の括りにしていいのなら、ライトだけだ。


「では、早速ですが第二試合を始めた――」


「ちょっとまってぇー! 質問いいかしらー?」


 死を司る神の司会進行を遮ったのは、手を挙げ大声を張り上げたキャサリンだった。


「何でしょうか、キャサリンさん」


「えっとぅ、この戦いって何でもありなのよね? どんな手段を使っても反則負けにはならない?」


「はい、事前に通告した通り、手段は問いません。さすがに大会に参加していない身内を人質に取るなどの人道的に反する行為は、さすがに失格となりますが」


「うんうん、じゃあ試合内で行われた場合はなんでも」


「ありですね」


 念の為に最後に死を司る神から確認を取ったキャサリンは満足げに頷いている。隣に立つファイリと、ホワイティーの少し後方で胸を持ち上げるように腕を組んでいたミミカは、同時に口角を吊り上げる。

 勝ったな。二人は同時に勝利を確信していた。


「では今度こそ、第二試合始めっ!」


 試合開始の宣言と同時にファイリ、キャサリンが身構える。

 ミミカは少しだけ後方へと下がると手にした杖の先端を――ホワイティーへそっと向ける。


「あちら側にいかないのか」


「ん、何の事かしら」


 振り返りもせず、そう言い放ったホワイティーに平静を装いミミカは返答する。杖の先端もそっと下ろしている。


「初めから、向こうに付く予定なのだろう」


 それは質問と言うより、断言に近かった。今更惚けても無意味だと悟ったミミカは、おどけた調子で小首を傾げる。


「いつから気が付いていたのかしら」


「我ら一族は会話が得意ではない。故に、仕草やその者が放つオーラで大まかな意思を感じ取ることができる」


「す、凄いわね。ホワイティー、ごめんなさい。どうしても妹を勝たせてあげたいのよ」


「謝ることは無い。何よりも血族を優先するのは当たり前の行為だ。さあ、行くが良い」


 最後まで振り返ることなく言いきったホワイティーに、ミミカはそっと頭を下げると、そのまま横を素通りし、ファイリたちの元へ合流する。


「やるわね、ホワイティーちゃん。相手の方が一枚上手だったようよ、どうするファイリちゃん」


「まさか、お姉さまが私の味方になってくださるなんて……ファイリ感激です!」


 さっきの会話が会場へ流れていたことを考慮し、始めから計画していたわけではなく、姉が自主的にこちらの味方になったかのように演じるつもりのようだ。


「……大切な妹だからね!」


 ミミカも便乗することにしたようだ。


「申し訳ありません、ホワイティー様。不可抗力とはいえ、三対一という大会の趣旨に反するような展開になってしまいまして」


「問題ない」


「ではお言葉に甘えまして、全力でかからせていただきます」


 三対一という一見卑怯に見える状況を、会話により自分たちが悪くないという立ち位置を周囲に認めさせることに成功した。

 ミミカが敵に回った場面で、動揺の声が会場を満たしたのだが、今は場の流れに呑み込まれ観客が歓声を送っている。

 ただ、少女一人を相手に大人が三人という現状。やはり、良い印象を抱かない者も多いようだ。

 ホワイティーの情報が殆どないので、ミミカ、ファイリは『神眼』を発動して彼女の調べているのだが、白いオーラに包まれている以外何も読み取ることができないでいた。


「……とはいえ、油断できない相手だ。キャサリン頼めるか」


「任しておいて」


 そう言ってウィンクを返すキャサリンに、次々と支援魔法が掛けられる。


「うーん、神聖魔法最高峰の二人が仲間だと、能力の強化が半端ないわね」


 身体能力の向上を感じ取ったキャサリンは、両手を後方に逸らした状態で正面からホワイティーへ頭から突っ込んでいく。

 強化された脚力は尋常ではない力で大地を蹴り、十メートル以上の距離があるというのに、一呼吸する間にキャサリンがホワイティーの懐へ跳び込んでいた。

 左右から同時に胴を切り裂くように放たれた、二本の凶刃が幼い少女の胴体を分断したように見えた。

 ――が、その刃は粗末なワンピースを切り裂いてはいたのだが、その下にある肌の表面で止まっている。


「ど、どうなっているのっ!?」


 手加減をして寸止めをしているわけではないのは、キャサリンの焦りようを見ていれば誰もが理解できた。


「そんなものか」


 自分の胴に添えられている刃をぼーっと見つめていたホワイティーが顔を上げ、正面からキャサリンを見据える。


「ひっ!」


 光の一切見えない漆黒の瞳に射すくめられ、キャサリンは本能が恐怖を感じた。

 圧倒的な力。人では決してあがなうことができない、ナニかを、キャサリンは瞳の奥で蠢いているのを直視してしまう。

 恐怖のあまり剣を取り落とし、何とか動く足で後退っている。


「一人目」


 ホワイティーが小さな足を少しだけ地面から浮かせ、その足を軽く大地へ置く。

 それだけの動作で、足元から波紋が広がり大地に無数の亀裂が広がる。

 その亀裂から白銀の光が吹き出し、キャサリンの姿が完全に光へ包まれる寸前、二人の聖女が動いた。


『『聖域』』


 本来自分の周辺にしか張られない筈の光の壁が、キャサリンを二重に包み込む。

 大地から吹き出した光の奔流は天まで昇り、その光の強大さと美しさに見とれた観客は、光の消えていった空を見つめ呆けている。

 光の発生源近くのキャサリンは今の攻撃を『聖域』のおかげで何とか耐えられたようで、腰の引けた状態でファイリたちの元へと全速力で駆けていく。


「ど、ど、どうなっているのよ!」


 巨体を縮ませ、女性二人の背後で震えているキャサリンの姿はかなり情けないものがあるが、今の一撃で完全に委縮してしまっている。


「信じたくはないが今のは……」


「ええ……聖属性の光ね」


 神聖魔法の使い手だからこそ身にしみてわかる力の強大さに、唇を噛みしめ二人は息を呑んでいる。


「あれを防ぐのか。人も侮れぬ」


 今の一撃により崩壊した地面をホワイティーは真っ直ぐ進んでくる。よく見ると、その足は地面より少し離れ、浮いた状態のようだ。


「ちょ、ちょっとホワイティーちゃん! 質問してもいいかしら?」


 無造作に歩み続けていたホワイティーの脚がぴたりと止まる。


「なんだ」


「貴方……何者なの?」


 それはミミカとファイリを含めた会場中の疑問であった。

 この質問に素直に答えるとはキャサリンも思っていない。だが得体の知れない力を持つホワイティーと戦うには、少しでも情報を得たかった。

 それに、未だに動揺の色が見える二人の聖女が落ち着くために、少しでも時間を稼ぎたい。


「私かホワイティー――ホワイトドラゴンだ」


 その一言の意味が人々に浸透するまでの時間はほんの数秒だっただろう。脳がその情報を取り込み理解に達するまでの間、会場から音が完全に消え去った。

 そして、人々がその言葉が何を意味するのかを察した瞬間、会場内で驚愕の声が炸裂する。


「「「「「えええええええええええええええええっ!」」」」」


 観客が発した耳をつんざくような声により空気が震え、巨大な会場が振動する。

 これ程までに驚くには、勿論、理由がある。ホワイトドラゴンというのは頭数が少なく、ここ百年にいたっては目撃談すらも上がらず、絶滅したのではないかと噂されていた。

 それだけではなく、ホワイトドラゴンというのは神聖魔法を極めた存在であり、人と同様かそれ以上の知能を持つと言われ、神聖化されている存在である。

 性格は温厚でありながら、敵対する者には絶対的な力を振るい容赦なく滅ぼす。人が余りに愚かの行為を繰り返すと、神の使いとして現れ制裁を下すと言われている存在。

 それがホワイトドラゴンである。


「な、な、何でホワイトドラゴンが争奪戦に参加しているのよ!」


「し、知らないわよ! というか、ライトさんとホワイトドラゴンって何処で接点があったのよ!」


 取り乱した姉妹が向かい合って唾を飛ばし合っている。ファイリは素が出ているのだが、会場はそれどころではなく、全員がホワイティーしか見ていない。


「さて、そろそろいいか?」


 これだけ周囲が騒いでいるというのに、何の興味も示さずホワイティーが再び歩み始める。構えもなくただ歩いているだけだというのに、迎え撃つ三人の額からは無数の汗が噴き出していた。


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