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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
125/145

争奪戦7 第一試合 能力差

「しかし困りました。絶対の自信がある防御がこれ程までに面倒だとは」


「同意する。ここまで硬いのは想定外だ」


 メイド長、ショウル組は攻めあぐねていた。メイド長が使用する鞭の威力はAランクの魔物の皮膚であろうが容易く引き裂くことが可能だ。

 普通の相手であればその威力は脅威であり、油断できない攻撃となるのだが、シェイコムの前では無意味に等しい。

 実際、ショウルが全力で放つ突きと同時に、鞭の斬撃を繰り出しているのだが、その攻撃は全て白い光の前に無力と化している。


「となると、マースさんを狙いたいところなのですが……こちらも予想外でしたね」


 シェイコムを無視して大きく回り込もうとしたショウル目掛け、シェイコムの背後から光の矢が飛び込んでくる。ショウルはその光の矢を睨みつけると、魔力を宿した細剣で弾くのだが、光の矢が雨のように降り注いでくるために、侵攻を封じられてしまう。

 そうやって光の矢を捌くことに集中していると、胴体を払うように狙いすました、巨大な円盤が襲ってくる。


「このコンビ、いやトリオは強敵だと認めなければいけないなっ」


 円盤を躱すことには成功したのだが、再び間合いが広がってしまい、ショウルはメイド長の近くに舞い戻り、元の状況に力押しで戻されてしまう。

 苦々しげに見つめる先には、ナイトシェイド号の背に跨り光る弓を構えるマースと、両腕に円形の盾を装備したシェイコムがいる。さっきの円盤はシェイコムが装備している盾を飛ばした攻撃のようだ。

 その盾には鎖が繋がっていて、腕の操作により鎖で盾を巻き戻すことが可能となっている。


「まさか、この様な奥の手を隠しているとは思いもしませんでした」


 戦力として誰からも警戒されていなかったマースの、意外な攻撃手段にメイド長は驚きを隠せないでいる。

 『神嗅』以外に、これと言った武器も能力もないと思われていたマースなのだが、実は彼女には特筆すべき能力が二つある。


 まずは卓越した弓の扱い。昔から人や荷物を馬で運んでいた父親について回っていた彼女は、少しでも父の役に立とうと弓の腕を磨いてきた。

 魔物や盗賊と遭遇した回数は両の指では足りず、先頭に立って戦うことのできない彼女が何か戦う手段は無いかと、鍛錬を重ねたのが弓である。元々才能があったことと、暇さえあれば弓を使い獲物を狩り、食卓に一品増やすのを毎日の日課にしていた彼女は、いつの間にか狩人も顔負けの腕前を所有していた。


 そしてもう一つ、彼女には意外な才能があった。それは魔力容量の多さだ。

 彼女は魔法の才能が無く、初歩的な魔法ですら発動させられないのだが、魔力の量だけは桁外れであった。しかし、魔法を使うことが無かったので本人もその力に気が付いていなかった。

 だがある日の事、ライトの傍にいる為には力が必要だと悟っていたマースはライトに頼み事をした。


「兄ちゃんの『審査』で、自分にどんな才能があるのか見て欲しい!」


 その真剣な眼差しに理由も聞かずにライトは承諾し『審査』の魔法を発動させ、マースの能力を隅々まで探った。

 そこで知った、聖職者であるファイリや魔族のロッディゲルスにも匹敵する魔力量。その魔力を生かすには魔法が一番なのは誰にでもわかることなのだが、どれだけ訓練しようと、彼女には魔法の才能が皆無だった。

 落ち込む彼女を見るに見かねたライトは、ある贈り物をする。


「マースが何故そんなに強くなりたいのかは聞きませんが、頑張っている貴方に私からの――ささやかなプレゼントです」


 そう言って手渡したのは、ライトが永遠の迷宮二百三十階で手に入れた、ボスが落すレアな武器『陰陽の弓』だった。

 弓と銘打っているが、この武器見た目はただの透明の棒である。それも手のひらサイズという大きさ。それに魔力を注ぎ込むことにより、弓が形成され魔力を消費して矢を放つことが可能となる。魔力量が尋常ではないマースにとって、これ以上ない武器だといえる。

 ライトはこれが希少な弓だとは理解していたのだが、自分には必要のない武器なので正直な話、かなり持て余していた。

 この弓以外にも、永遠の迷宮で手に入れた武器防具を山ほど所有しているのだが、その殆どを売り捌くことなく、ライトは収納袋の中に放り込んだままにしている。

 売るにしてはその威力が桁外れであったり、効果が尋常ではない能力を秘めていたりと、世間に出すには躊躇われる品ばかりであった。


「本当にいいの!?」


「はい。私が持つより、マースが使ってくれた方がこの武器も喜びますよ」


 この時のライトの心境は、収納袋の中で寝かせておくには勿体なく、マースの人柄を知っているので彼女なら間違ったことには使わないだろうという目論見があった。

 だが、マースの受け取り方は全く違った。この世に二つとない、世の中に出せば幾らでも金を出すから譲ってくれと言われるであろう逸品を、ライトが私にプレゼントしてくれたという事実。

 この瞬間、ライトへの憧れ、愛情度の針が振り切れた。





「この、ライト兄ちゃんからプレゼントされた陰陽の弓で、誰もこっちには近づけさせないわ! ライト兄ちゃんにプレゼントされた弓があれば無敵よ!」

 マースにとってとても大事なことらしく、二回そこを強調するように繰り返している。

 そして、それは効果があったらしくプレゼントという単語を聞いた瞬間、あまり表情に変化のなかったメイド長の頬がぴくぴくと痙攣している。


「メイド長落ち着いてくれ。冷静さを失えば相手の思う壺だぞ」


「はい、ご心配には及びません。私はいつもと変わらず冷静ですよ」


 そう言いながらも、力を込め過ぎた鞭の柄がギシギシと軋んでいる。

 メイド長は少しだけ心が波立ったが、大きく息を吐き平静を取り戻す。静まった心が今の状況を冷静に判断するのだが、弾き出した答えは、自分たちが不利という結論だった。


「こちらは決め手にかけ、あちらは鉄壁の防御と遠距離攻撃を保有する。楽観視できる状況ではありませんね」


「そうだな。だが、私はここで負けるわけにはいかない!」


 打つ手がない状況だというのにショウルの心は全く折れていなかった。その決意漲る瞳が見据える先には――一際豪華な観客席で何枚かの茶封筒を扇のようにして、自らを扇いでいるフェリオン姫がいる。


「この命尽きようとも、勝利をもぎ取って見せる!」


 歯を食いしばり必死の形相で、あまりにも巨大すぎる壁、シェイコムを睨みつけている。

 ショウルの意気込みは買いたいところだが、だからと言って気迫や想いで貫けるほど、目の前の壁……いや、山脈は甘くないと、メイド長は何処か冷めた目で計算している。


「一気に行くわよ! ナイトシェイドお願い!」


 攻めあぐねているメイド長たちとは裏腹に、マースは意気揚々と指示を出すと、ナイトシェイドは前足を広げて体勢を低くし、大きく息を吸った。

 そして肺一杯に溜め込んだ空気に、体内で構成した闇属性の魔力をブレンドし、大きく開いた口から一気に吐き出す。

 ナイトシェイド号の口内から溢れ出した、湿り気のある漆黒の闇が戦場を埋め尽くし、数度瞬きをする間に、その場から光が失われた。


「これは闇魔法の一種……なのでしょうか」


「面妖な技を」


 メイド長、ショウルにとって初めて見る闇の魔法に戸惑いながらも、警戒を緩めることは無い。

 瞳に触れる寸前まで手を寄せてみるのだが、メイド長の瞳が映すものは闇だけであった。


「完全なる闇か。だが、これでは向こうも我らの姿を目視することが、できぬであろうに」


 ショウルの指摘は間違っていない。間違ってはいないのだが、マースの能力を知るメイド長はこの状況の不利さを、完全に理解している。


「ショウル様、油断なきように。確かに姿はお互いに見えませんが――」


 メイド長の忠告を遮ったのは、闇から突如現れた光の矢だった。それも、二人が見えているかのように的確な射撃が、次々と二人に襲い掛かる。


「なんっ、だとっ」


 闇に浮かぶ光の矢はかなりの眩しさで、暗闇にくっきりと浮かび上がる光の矢は、避けるぐらいなら二人にとって、それ程難しくはなかった。


「これなら、問題は――ぐあっ!」


 メイド長の耳に金属製の何かが地面に落ちた甲高い音が届く。

 何事かと声を掛けようとしたメイド長は、暗闇から聞こえる姿なき何かの存在を、半ば勘で感じ取り、横へ転がるようにして避ける。

 地面に数発何かが突き刺さった音が聞こえ、危険は承知で音の元へ近寄り目を凝らした。

 そこには、


「これは……漆黒の弓矢!?」


「ご名答。私の陰陽の弓はその言葉が示すように、陽と陰の矢を射出できるのよ! 私の『神嗅』があれば二人の位置は手に取るようにわかるし!」


 わざわざ能力を説明してくれているマースの声に耳を傾けながらも、必死になって打開策を模索しているメイド長だったが、正攻法で勝てる手段は思い浮かばなかった。

 マースの位置取りも鞭が届く範囲には近寄らず、間には貫けぬ壁、シェイコムがいる為、メイド長にはマースに届く攻撃の手段が無い。

 時折、光の矢を混ぜることにより意識がどうしても光に向いてしまい、続く闇の矢を避けにくくするという、弓の能力を熟知したいやらしい戦い方をマースは徹底していた。


「ここは一か八か私が特攻しよう。メイド長は回り込んでマースをどうにかしてもらいたい」


 腹をくくったショウルの声が聞こえたメイド長は大きく息を吐くと、自称聖職者のような薄い笑みを顔に張り付けた。


「それには及びませんよ。ショウル様。しばし、お待ちください形勢を逆転させますので」


 静かではあるが声には絶対の自信が見え、ショウルはその動きを止める。

 目と耳と全身の感覚を研ぎ澄まし、マースの攻撃を避けることに集中していたショウルの耳が、風を切りしなる鞭の音を拾う。

 そしてしばらくの沈黙の後、涙声で叫ぶ声が戦場の空気を震わせた。


「すみません、マースさん! ま、参りましたあああああっ!」


 どんな攻撃も受け付けなかったシェイコムが突然降参したのだ。

 会場の観客は全て闇に包まれている状況で、何が起こったのか全く理解できないまま、シェイコムが戦線を離脱した。

 ショウルはシェイコムの気配が消えたのを感じ取り、マースはシェイコムの匂いが失われたことを鼻が嗅ぎ取っていた。


「えっ! どういうこと、シェイコム君! どうしちゃったのっ!」


「それは敗者席でじっくり聞いてきてください」


 取り乱していたマースの斜め後方から白く輝く鞭の光が見え、マースは避けられないと目を閉じた。

 だが、その身に鞭の衝撃は伝わってこず、恐る恐る目を開けると、寸前で鞭の軌道上に割り込んできたナイトシェイド号が、その口で鞭に噛みつきマースを守っていた。


「あ、ありがとう、ナイトシェイドっ!」


「麗しい主従愛だ」


 我が身を呈して庇ってくれたナイトシェイドの首に抱き付いたマースが、戦場で最後に見たのは、切っ先が鋭く尖った無数の刃が迫りくる光景だった。


 



 戦場から一切の音が消え、闇に覆われていた空間が徐々に晴れていき、闇が消えた場に立っているのはショウル、メイド長の二人。


「一回戦、第一試合の勝者が決定しました! ショウル、メイド長チームです!」


 肝心なところが全く見えなかった観客たちから、パラパラと乾いた拍手が少しだけ聞こえてくる程度だった。二人は称賛される為に戦っているわけではないので、特に気にも留めていない。


「ところで、メイド長。一体何をやったのだ? 私も正直良くわからないのだが」


「ちょっとしたお話を心の中でしただけですよ」


 そう言って穏やかに笑うメイド長の横顔を、ショウルはじっと見つめるしかなかった。





 では、あの場面でメイド長は一体何をやったのか。少し時を遡って見てみよう。

 暗闇の中で振るわれた黒い鞭はマースを狙わず、シェイコムの右腕に巻き付いていた。そして『神触』を発動させた。

 相手に直接素手で触れなければ効果が無い『神触』を、何故この場面で発動させたのか。それにはきちんとした目的がある。

 メイド長はライトと同じ道を歩む為に、その身を鍛え続け、自分の唯一優れた能力である『神触』を更に磨き上げ、手だけではなく体の一部が相手に触れていれば、例え鎧の上からでも『神触』の影響を与えることに成功する。

 その力を充分に発揮する方法を模索していたメイド長は、キャサリンにある特殊な武器の制作を頼み込んだ。それは自分の死体から切り出した髪を縫い込んだ鞭である。

 こうして出来上がった黒い鞭は、相手に巻き付けることにより『神触』を伝えることが可能になったのだ。


 闇の中で相手に触れた手ごたえを感じたメイド長は、シェイコムの心の中へと滑り込んでいく。彼女の目的はたった一つ。ここ一年のシェイコムの行動を知ることである。

 目的の記憶に触れ、その内容を読み取ったメイド長は『神触』を発動させたまま、シェイコムの心に直接話しかけた。


(シェイコム様、聞こえますか?)


(この声はメイド長さん!? 脳に直接言葉が)


(はい、神触を利用した方法で直接語り掛けています。シェイコムさん、物は相談なのですが負けを認めて降参してもらえませんか?)


(馬鹿なことを言わないでください! そんなことが通るわけが!)


 予想通り過ぎる回答に、メイド長は思わず苦笑いを浮かべてしまうが、心の動きは一切相手に察知させずに心の声を続ける。


(このような手段は取りたくなかったのですが、先程あなたの心を覗かせていただきました。そして、ここ一年の貴方の行動を全て把握しました。それが何を意味するのか、シェイコムさんにはおわかりですよね?)


(な、何のことですか。僕は聖騎士として恥じる行動など――)


(早朝五時に起きて街の警備という名目で、とある宿舎の前で毎日待つのが日課のようですね)


 心の中でシェイコムが言い返している最中に、メイド長は言葉を重ね言い訳を潰していく。


(そ、それは、本当に街の警備を――)


(その後、宿舎から現れた彼女の跡をつけ、偶然を装ってライト様が住む共同住宅のロビーで会う)


(で、で、ですからそれは偶然で――)


(更に、朝から夕方までは街の見回りをし、仕事が終わると、ライト様と仲間たちと彼女が一緒に食事することが多い店に先回りをする)


(い、いや、あのですね僕も常連なので――)


(更に、更に、彼女が宿舎に帰った後も、部屋の窓が見える位置に潜み、窓明かりが漏れるまで見守った後、自室へ帰る……間違いはございませんか?)


 シェイコムの沈黙が答えだと言っているようなものだが、言い回しや口論が得意ではない彼は、咄嗟に言い返す言葉が思いつかない。


(……も、もし、それが真実だとしてどうするというのですか! この場で大声を張り上げ公開処刑でもする気ですか? そんなことをされても、僕を動揺させる為の嘘だと言い切れば、多くの人は信じずに貴方を罵倒するのみですよ!)


(いえいえ、シェイコム様を晒し者にする気など、さらさらございません。ただの独り言なのですが、私の『神触』は相手から読み取った記憶をそのまま、別の人に見せること可能なのですよ。戦闘中に少し能力の発動を間違え、マースさんに何かの拍子でさっき見た映像が流れ込まないか、心配ですわね)


(そ、それも勝手に脳内で想像した映像だと――)


(朝からの生活パターンを、想像で完全再現できる人などいるのでしょうか? マースさんの記憶を読み取って作り上げる、という手段も考えられますが、だとしたら何故、彼女の目線ではなく誰からか見られている映像なのでしょうか)


 この言葉が止めとなる。

 誰かを参考にしたような、からめ手で勝利を掴んだメイド長、ショウル組が二回戦への出場権を獲得した。


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