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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
124/145

争奪戦6 第一試合 一対一

 試合が始まり、女騎士ショウルが無造作に前へと進んでいく。メイド長は壁際の入り口付近から動こうとせずに、黙って見守っている。

 それに応えるかのようにシェイコムが一人、ショウルへと近づいていく。マースはナイトシェイドに跨ったまま、心配そうにシェイコムを見つめていた。

 闘技場の中央部で二人はお互いの姿を確認し、あと数歩踏み込めば触れる距離まで近づくと、そこで足を止める。

 ショウルは腕、脚、胸部だけを覆う形の赤い部分鎧を身に着け、動きやすさ重視の格好をしている。

 それに対しシェイコムは、肌の露出は顔のみで全身鎧を着こみ、頭にも流線型の兜を装着している。顔当ての部分は上げているので顔は見えるが、それも下ろせば一切の肌が露出しない造りになっているようだ。

 ショウルは腰に細剣を携えているのだが、シェイコムは武器も盾も装備どころか携帯すらしていない。


「シェイコムだったかな、噂は聞いているよ。死者でなければ、我が国に勤めて欲しいところなのだが」


「ありがとうございます、ショウル様。こうやって相対することができ、光栄の極みです! 本日はよろしくお願いします!」


 腰を九十度曲げ試合中にもかかわらず、深々とお辞儀をするシェイコムの姿にショウルは思わず口元を緩める。


「うん、素直でいい性格をしている……姫様にも見習ってほしいものだ」


 後半は本当に小さな囁きだったので、その声は誰の耳にも届かなかった。


「キミはとても頑丈らしいね。私の突きが通用するかな」


「はい! 硬さなら誰にも負けません! ここでは殺されたとしても、蘇生できますので、ご遠慮なくどうぞ!」


 本選出場者たちが戦う闘技場は一見、これといって変わったところが無い地面がむき出しの戦場なのだが、実際は異なる。

 赤と青の扉を潜った先は異空間となっていて、観客席から見える戦場は全て異空間となっている。ここで、観客席に影響が及ぶ魔法が飛び火しても、実際は異空間で行われている戦いなので、観客が被害を受けることは無い。

 予選と同じく、死亡した場合も無傷で蘇生するので、実力差があったとしても手加減をする必要がないようになっている。


「武器盾を装備していないようだが、構わないのかね?」


「はい! 相手の戦いによって、何を使うか決めますので!」


 馬鹿正直に手の内を明かすシェイコムの腰に、ショウルは小さな袋を発見する。

 あれが武器や盾を入れている収納袋だと見当が付いたが、あえてそれを奪うことも切り裂くこともせずにショウルは武器を構える。


「では、お言葉に甘えてっ」


 瞬時に細い剣が届く距離まで踏み込んだショウルは、一呼吸の間に五発の突きをシェイコムへと叩き込んだ。

 肩口、胸部、両足の付け根、額、と閃光が突き刺さり、甲高い音を会場へと響かせる。


「これはこれは……噂以上だ」


 その全てを避けることもなく、正面から受け止めたシェイコムは一歩も引くことなくその場に立っている。攻撃を受けた鎧には一切傷が付いておらず、シェイコムにダメージは全くない。

 『神体』により強化された身体は、よく見ると鎧の表面を覆うように、薄らと白銀の光に包まれている。その光があらゆる物理攻撃、魔法攻撃のダメージを軽減している。


「手加減は無用ですよ。頑丈さだけは自信がありますので!」


 シェイコムは腰に着けていた収納袋へ手を入れると、そこから二本のメイスを取り出し、両手に構える。

 ライトのメイスほど巨大ではないが、普通のメイスより先端が一回りは大きいメイスを両腕で軽々と素振りしている。聖騎士は聖職者でありながら剣を扱うことを認められているのに、何故メイスを使うのか。

 勿論それは、ライトアンロックに憧れてシェイコムが自ら選んだものである。


「では、いきます!」


 シェイコムは大振りの一撃をショウルの頭上へ振り下ろした。その動きは決して悪くないのだが、超一流の剣術使いの相手をするには、まだまだ未熟過ぎた。

 軽く、半身を逸らすだけでその一撃は何もない空間を素通りし、地面へと突き刺さる。

 シェイコムも自分の攻撃が当たるなど思ってもいなかったようで、もう片方の腕を時間差で横に振るい、メイスの攻撃が十字の軌跡を描く。


「攻撃はそんなものか」


 肩口を横に薙いでくる鉄の塊を、その場にしゃがみ込むことであっさりと避けると、攻撃後の隙だらけな脇の下や、鎧の継ぎ目に的確な突きを放つ。

 体を動かすには構造上どうしても守りが薄くなる部分が存在する。何も馬鹿正直に鎧の硬い部分を狙う必要はない。


「なっ!」


 驚きのあまり、ショウルの口から声が漏れる。

 威力、箇所、共に申し分のない攻撃だったのだが、その連撃は全て弾かれ、相も変わらず無傷なままのシェイコムがいた。


「ふんっ!」


 攻撃後の無防備な状態から防御に回るわけでもなく、そのまま大振りの攻撃をシェイコムは叩きつける。

 防御を一切考慮せずに技と言うには未熟な、しかし威力だけはあるメイスの攻撃を、手を止めずに振り回し続けている。


「まるで、台風だなっ!」


 全ての攻撃を最小限の動きで躱しながら、カウンターで神速の突きを繰り出しているのだが、何処を狙おうと結果は同じで、白銀の光の前に全ての攻撃は無力化されている。


「これではどうしようもないな。仕方がない、全力でいかせてもらうぞ」


 一度大きく後方へと跳び、間合いを離したショウルが剣先を肩口に上げ、握った右手を後方へと引く。左腕は胸元へ添え、体を限界まで捻っている。

 大技が来ると理解しながらも、シェイコムは顔を覆うフェイスガードを下ろしただけで、そのままショウルへと突っ込んでいく。


「蘇生の話、信じさせてもらおう『螺旋突き』」


 全身のバネを最大に生かし捻りを解放することにより、螺旋の力を利用し放たれるショウルの最も得意とする技である。

 それは純粋な武による技術だけではない。同時にショウルが唯一使える風の魔法を全身と剣へ纏わせ、螺旋の力を強化して放たれる渾身の突き。今までこの一撃で貫けぬものなど何もなかった。

 その一撃に危機感を覚えたシェイコムは、胸部を守るようにメイスの先端部分の鉄塊を二つ並べる。


 螺旋突きがメイスの先端に触れた瞬間、始めからそこには何もなかったかのように、鉄塊が砕け散り、剣先がシェイコムの胸部へと吸い込まれていく。

 風を纏った鋭い回転の剣先が白く輝く光に触れ、接触部の光が激しく輝き、一帯が溢れ出した光に覆われる。

 目も眩むような光が消え去った後には、腕を伸ばしきり胸部に細剣を突き刺した体勢のショウルと、その場に立ち尽くすシェイコムの姿があった。


「ど、どうなったんだ」


 会場の誰かがそう呟く。

 微動だにしない二人を見て、会場がざわつき始める。

 その言葉に反応したわけではないのだろうが、突き出した体勢のショウルが剣を引くと、大きく息を吐いた。


「まさか、この一撃も効果が無いとは。さすがに自信を無くすよ」


「いえ、効果が無い訳ではありません! ここを見てください!」


 砕け散り柄だけになったメイスを投げ捨てると、シェイコムは自由になった右手で胸部を指さしている。

 そこには小さなひびが入っていた。

 シェイコムの言っていることは嘘ではない。だが、所有する特別な贈り物スペシャルギフト『神体』は尋常ではない防御力を誇っている。

 ライトの体を乗っ取った光の神に殺害されて奪われた『神体』は、彼の所有となることにより『神力』の影響を受け能力が強化された。

 殺されたことにより魂の繋がりが発生したシェイコムは、その強化された『神体』をそのまま利用することができ、更に独自で鍛え上げその防御能力は死者の街で一二を争う実力となっている。


「渾身の一撃がそれだけか。何発打ち込めば倒れてくれるのだろうね」


 ショウルの一撃は僅かではあるが、シェイコムに届いてはいた。だがそれは、巨大な山を細剣で掘り崩してくれと言っているようなものだ。

 攻撃を加えれば確かに、土を掘ることはできるだろう。だが、山を相手に何年、何十年、剣を突き刺し続ければ、山の中心部まで到達できるというのか。

 ショウルのやっていることは、そういうことである。

 『神体』を打ち砕くには圧倒的な破壊力しか手が無い。


「となると、やはりメイド長の作戦に従わねばならないようだ」


 事前に聞いていた通りの展開にショウルは肩をすくめる。

 話には聞いていたが、ここまでのものだったのかと自分の考え違いを認め、大人しく当初の作戦通りに戦うことを決める。


「上手くやってくれよ、メイド長」


 この戦いに加わることを避けていた、パートナーへショウルは望みを託した。





 中央部で戦うショウルとシェイコムと離れ、壁際でその様子を窺っていたマースは今、気配を殺し近寄ってきていたメイド長と、激しい戦いを繰り広げている。


「マースさん。負けを認めてはくれませんか?」


「メイド長さんの頼みとはいえ、それは聞けないかなっ!」


 丁寧な口調で語りかけながら、その言葉と裏腹に鞭を振るい続けている。

 ナイトシェイド号に騎乗しているマースが手綱を巧みに操り、風を切り裂き何条にも分かれて襲い掛かる鞭を躱している――ように見えるが、実は全く操作をしていない。

 ナイトシェイドが自らの判断により、攻撃を見切り、その磨き上げられた脚力と四足のメリットを最大に生かし、危なげなく避けている。


「ナイトシェイド号さんは、思っていた以上に厄介ですわね。ライト様の愛馬だけのことはありますわ」


 本来はマースの所有馬なのだが、ライトに懐いているので遠出をする際には、ちょくちょく貸し出している。

 ナイトシェイドは人並に頭が良いようで、ライトを乗せる身である自分自身も相応しい存在にならなければならないと、己を鍛え続けている。永遠の迷宮に単独で入っていく巨大な黒馬を目撃し、我が目を疑う者が続出しているらしい。


「まあね。そんじょそこらの魔物には負けない、頼もしい相棒なんだから!」


 褒められたことに気を良くしたナイトシェイドが、誇らしげに嘶いている。


「確かに少々面倒ではありますが、私も以前とは違うのですよっ」


 右腕で振るっていた鞭の速度を更に上げ、それに加え、メイド服のスカートからもう一本鞭を取り出した。そして、それを左手で握りしめ、二刀流ならぬ二本の鞭を構える。


「一本で無理だからって、二本というのは安易すぎない?」


「そうですね。実力が伴わなければですが」


 右には使い慣れた黒の鞭。左には透き通るような純白の鞭。

 鞭は武器の中でも使いにくい部類に属する。使いこなすにはかなりの技量が必要とされる武器。ただでさえ扱いにくい武器を両手で別々に操る――天性の才能と鍛錬があって初めて成立する。

 メイド長は左腕を掲げ、ゆっくりと振り下ろす。腕の動きでナイトシェイドは鞭のスピードを予測するが、その鞭の速度は想像を遥かに越えていた。

 引きつけて避ける筈だったのだが、そんな余裕は微塵もなく慌てて大きく飛び退ったナイトシェイドに、白い鞭の背後に影のように寄り添っていた黒の鞭が姿を現す。

 同じ形状に見えた鞭なのだが、実は白の方が黒よりも少し太く作られている。白の軌道に合わせて黒を操る技量、それだけでも尋常ではない実力だ。


「ナイトシェイドっ!」


 マースの叫び声に反応し、ナイトシェイドは何とか黒の鞭も躱したように見えた。が、それはフェイクだった。

 メイド長は通り過ぎた筈の白の鞭を、地面すれすれで跳ね上がるように手首で操作し、軌道が変化した鞭をナイトシェイドの右前脚に絡みつかせる。

 ナイトシェイドはその鞭を振りほどこうと脚を振り上げるが、鞭が引っ張られないように、メイド長は細かく距離を調整する。ナイトシェイドの意識が絡みつく鞭へ向いているのを確認し、メイド長は黒の鞭を騎乗のマースへ向ける。

 初めから、ナイトシェイドよりもマースを優先し、鞭で捉えることによりシェイコムの戦意を削ぐ作戦だった。


「狙い通り……」


 最高のタイミングで放たれる寸前だった鞭の一撃は――マースに向かうことは無かった。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 突如上がったシェイコムの咆哮に反応して振り向いてしまう。


「なっ、体が勝手に」


 その声に反応したのはメイド長だけではない。会場にいる殆どの人の視線がシェイコムへ集中した。


「これは神官戦士オリジナル魔法『挑発』」


 神官戦士にのみに教えられる『挑発』という魔法がある。この魔法は声に魔力を込め放つことにより、周囲の人々の注目を集めることができる。

 昔から体の丈夫さには自信があったシェイコムは、この魔法を使う機会が多く、他の魔法と比べても熟練度が桁外れに高かった。

 『挑発』本来の効果は無秩序に声の届く範囲内の注目を集める魔法なのだが、熟練度を上げ、使い慣れ進化している『挑発』は影響を与える相手を選ぶことができる。


「今の内に解いて!」


 影響下から外れていたマースとナイトシェイドは足の鞭を振り払うことに成功すると、鞭の範囲外まで退き、壁を背にした状態でシェイコムと合流する。

 マースは今、前はシェイコム、後ろは闘技場の壁という二枚の強固な壁に挟まれている状態だ。


「すまない、シェイコムの足止めが上手くいかなかった」


 ショウルは相手の注意を引くように何度も突きを当てていたのだが、シェイコムは殆ど反応せずにずっとマースの戦いを横目で見ていた。

 そして、窮地に陥ったと判断し『挑発』を発動させた。


「いえ、私もマースさん、ナイトシェイドさんに手を焼いていましたので、お互い様ですよ」


 決め手を欠けた一対一の戦いから、二対二の戦いへと移行していくことになる。


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