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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
123/145

争奪戦5 第一試合 ついてない女

 ライトアンロック争奪戦二日目。

 本選開始日。前日に続いて会場は満員の観客によって埋め尽くされている。

 予選の戦いの様子は町に設置された魔道具により、会場へ来ることができなかった人々へも放映されていたので、今日の盛り上がりは前日とは比べ物にならない程である。


「やっぱ、ロッディゲルス、エクス組が大本命だろ!」


「いやいや、予選見ていたんだけどさ、ホワイティーって少女いただろ。あの子尋常じゃない強さだったぞ。殆ど動かずに予選突破したからな!」


「ライト四人衆の実力はここの住民ならみんな知ってるだろ? あの四人は普通に強いが、問題は組んだ相手だな。イリアンヌちゃんと組んでいるレフトって奴はどうなんだ?」


「俺さ、レフトって奴が戦っていたエリア注目して観てたんだが、あいつ殆ど映ってなかったぞ。不気味だよな」


「それを言うなら、あのゴーレム何なんだ。意思を持っているのにも驚いたが、あの巨体から繰り出される一撃は油断できないだろ」


 観客が様々な感想を口にし、本気になって予想しているのには訳がある。

 この戦いの結果が賭け事になっているからだ。一応公式の賭博であり、一人一枚しか買うことができないので、皆が真剣に熱い討論を交わしている。

 ちなみに一番人気はロッディゲルス、エクス組となっているようだ。

 そんな観客たちが見守る中、本選第一回戦が始まろうとしていた。


「長らくお待たせしました。これから第一回戦第一試合を始めます! まずは、赤コーナーから元気娘マース! 不滅の聖騎士シェイコム選手の入場です! 皆さん盛大な拍手でお迎えください!」


 今日もハイテンションな死を司る神の司会に合わせ、選手たちが戦う会場の中心部へ繋がっている、赤い扉が開かれる。

 ナイトシェイド号に跨ったマースは、観客に応える様に大きく手を振りながら入場してきた。

 後ろに続くのは白銀の鎧に身を包んだ、死者の身でありながら正式に神官戦士から聖騎士に任命されたシェイコムが、緊張に顔を歪めながらおぼつかない足取りでマースに続く。


「シェイコム君。そんなに緊張しないでもいいんだよ?」


「は、はい! マースさんは死んでも守りますので、ご安心ください!」


「ありがとう。でも、昨日も話した通り、俺――じゃない、私の事はいいからシェイコム君は生き延びる事だけを考えて。最後まで残った者が勝者だから」


「はい、わかっています。ですが……」


 シェイコムは言葉に詰まってしまう。マースの言う通り、彼女が倒されてしまったとしても、自分が生き残れば勝者はこちらのチームということになる。

 わかっている、わかってはいるのだが、好きな相手が痛めつけられる姿を見たくもないし、窮地に陥った彼女の盾となり、庇うという状況に憧れもある。

 そして、自分の頼もしい後姿を見て、少しでも自分の事を意識してくれないかという望みもシェイコムは持っていた。


「シェイコム君って良い人だよね。私とライト兄ちゃんを結婚させる為に協力してくれるなんて、本当に嬉しい! 私頑張るから、一緒に戦おうね! あ、そうだ。結婚が決まったあかつきには、一番仲のいい友達として結婚式で良い席用意するから、期待していてね! 何なら、友人代表のスピーチもしてもらおうかな~」


「あ、あはははは」


 ピンク色に染まった妄想の世界へ旅立ったマースを横目に、シェイコムは苦笑いを浮かべ、乾いた笑い声を響かせている。

 二人の会話はそれ程大きなものではなかったのだが、その声は場内に仕掛けられた魔道具で拾われ、会場へと伝わっている。

 二人の関係を知っている親しい者たちは、憐れんだ目でシェイコムを眺めていた。





「続きまして、対戦相手が青コーナーから入場です! 姫の守り手として名高い女騎士ショウル! 永遠の従者、メイド長!」


 手を挙げて入場してきたショウルに黄色い歓声が雨のように降り注ぐ。会場の一部にショウルのファンが固まっているようで、そこの観客だけピンクの鉢巻を頭に装着し、ショウルの写真が印刷された団扇を振り回している。


「ショウル様―! こっち向いてぇぇ!」


「キャアアアアッ! 抱いてぇぇっ! 無茶苦茶にしてぇぇー」


「今私を見て笑ってくださったわ!」


「何言っているの! 私を見たのよ!」


 と、ショウルのファンたちは、今から始まる戦いとは場違いな雰囲気で盛り上がっていた。

 メイド長はそんな空気の中、我関せずといった調子でいつものように冷静な表情で、ショウルの従者のように後方に控えて進んでくる。


「すまないな、メイド長。私のファンが騒いでしまって」


「いえいえ。お気になさらないでください。観客が味方に付いているというのは、ありがたいことですから」


 メイド長は考える。少々卑怯なことを実行しても、チームメイトのファンである観客が罵声を飛ばしてくることもないだろうと。


「ああそうだな。この声援を力に変え、是が非でも勝利をこの手に掴まなければ」


 その手を握り締め、強い意志が漲る瞳を対戦相手へと向けている。

 あまりにも強い意気込みに、メイド長は少しだけ首を傾げながら疑問を口にした。


「ショウル様は、それ程までにライト様との結婚をお望みなのですか?」


「な、何を言っているのだ、違うぞ!? 優勝したとしてもその権利は姫様へと譲渡する。私は姫様の為に戦っているのだ」


 顔面を真っ赤に染め、慌てて両手を振り回している。

 その言葉と動作に納得した素振りを見せながらも、メイド長は訝しげにショウルを眺めている。

 それにしては、気合が入りすぎているというのがメイド長の見込みだ。


「そうでしたか、それは失礼しました。あ、ショウル様、肩に埃が」


 メイド長は埃を取る瞬間に『神触』を発動させ、何か裏があるのではないかと、念の為にショウルの考えを読み取る。


(何としても、勝たねば! フェリオン姫にあれを公表されてしまえば、私は騎士として生きていけない!)


 涼しげな表情とは裏腹に、想像もしていなかった心の声に動揺を押し殺して、もう少し詳しく知る為に心の奥の記憶を探っていく。





 私の人生はついていなかった。心の底からそう思う。

 最下級の騎士を父に持ち、騎士の生まれでありながら何を贅沢をと言う者もいるだろう。だが、私は騎士として城に勤めるまで贅沢というモノを経験したことが無かった。

 父は元々平民だったのだが、志願兵として戦争に参加し活躍が認められて騎士となった。腕は確かなものがあるのだが、無類のギャンブル好きで子供の頃の記憶と言えば、金が無い金が無いと言っている父の後姿と、ストレス発散も兼ねた子供相手にしては厳し過ぎる訓練内容ぐらいだ。


 まあ、言ってしまえば、私の父はクズだった。

 唯一の取り柄である剣術を叩き込まれ、貧乏ながらもすくすくと育った私は運よく城に勤める騎士となった。

 そして、剣術の腕と女性であるということが採用理由だったらしく、運よくフェリオン姫の目に留まり、護衛兼、付き人として姫の御側付きを任命される。

 あの、清廉潔白で身分で相手を差別することなく、町民にも優しく誰からも好かれている、フェリオン姫である。私は当時、嬉しさのあまり私室で小躍りしてしまった。

 運のないと言っていた私の言葉が矛盾している。そう思う者もいるだろう。私も当時はついていると思っていた。そう――姫の本性を知るまでは。


 四六時中、姫に付き従い、どんな場所へ行くにも同行していた私に、姫はどんな時も優しい笑顔で「いつもご苦労様です」と感謝の意を込めて語り掛けてくれた。

 私は本当に幸せで、この人の為なら命を捨てても惜しくないと思う程、フェリオン姫に心酔していた。

 だが一か月を過ぎた頃から、姫は偽りの仮面を外したのだ。


「姫様、いつも言っていますが、私室とはいえ最低限の室内着を着てもらえませんか」


「いやよ、面倒臭い」


 そう言って、姫は豪華な造りのソファーに寝そべり、高級の菓子を摘みながら汚れた手で小説のページをめくっている。

 それだけでも姫としてどうかと思うが、それだけではない。今、フェリオン姫は下着のみというあられもない姿なのだ。

 白いシルク製の下着で最低限の場所だけが隠された身体は、同性の私から見ても、思わず見とれてしまう程の美しい理想的なフォルムをしていた。


「この美しい裸体を隠すなんて、世界にとっての不幸だと思わない?」


 意味がわからないが、言いたいことはわかる。確かに自慢するだけのことはある体をしている。


「姫様、いざという時にそんな恰好では臣下に示しが――」


「うっさいわね。あんたは私のおかんか」


 いつもは丁寧な口調だというのに、私と二人きりの時は素がでるようで、時折訛りのきつい話し方になる。王が見初めたフェリオン姫の母上が西方の出身だったので、その地方独特の訛りが不意に出てしまうようだ。


「そんなことより、あの件はどうなっているのよ」


「はい、噂は本当のようです。死者の街が復興中であり、そこでライトアンロック氏の婚姻相手を決める争奪戦が公式に決定されました」


 ライトアンロック――我らの命の恩人である。

 姫の思い付きで振り回され、国内行脚を強制的に実行されていた時、私は体調を崩しまともに動けない状態で窮地に陥った。

 Bランクの魔物であるトロールに襲われ、体調を崩しながらも何とか撃退したのだが、私は大岩の奥にまだ数匹のトロールの存在を感じ取っていた。

 だが、こちらの戦闘が終わった頃にはその気配は消え去り、不審に思いながらも様子を見に行くとそこには、押し潰され圧縮された凄惨なトロールの死体が幾つもあった。


 誰に助けられたかもわからぬまま城へと戻り、その事が気になっていた私は国王に報告をすると、どんな手段を使ったのかは不明だが、それをやったのがライトアンロックという聖職者だと知る。


「まあ、そんな素敵な方がいらっしゃったなんて! これは是非ともお礼をしなくては!」


 姫が目を輝かせ、まるで夢見る乙女の様な事を口走っている。


「あ、まあ、そうだな」


 王は苦虫を噛み潰したような顔で、いつものようにキレのいい話し方ではなく、珍しく言いよどんでいる。

 後に知ったのだが、ライトアンロックが聖職者――いや、人として規格外の存在だということ。イナドナミカイ教団から爪弾きにされているので、国王としても安易に接点を持つことができないそうだ。

 私は姫がそんな方に恋をされたのかと、不安と共に、そういう女性らしさがあるのかと安堵も覚えたのだが、実際はそうではない。


「くっくっく、あのライトアンロックって男、あの忌々しい教皇……ファイリの想い人らしいわよ。ライトアンロックと私が親しくなったら、どんな顔で悔しがるのかしら……くっくっく」


 意地の悪い笑みを浮かべ、嬉しそうに笑い声を漏らすフェリオン姫の姿にため息を吐く。

 何故か姫は教皇ファイリ様と仲が悪く、公式の場では両者笑顔で対応しているのだが、裏に回り二人と私、そして教皇様の付き人であるメイド長の四名になると本性が出る。


「あら、教皇様はどちらにいらっしゃるのかしらー、同じ部屋にいると思ったのだけど」


 フェリオン姫がわざとらしく室内を見回しながら、大声を張り上げている。目の前にファイリ様がいるというのに、頭一つ分、背が高いフェリオン姫はその姿が見えないかのような動作を見せつけている。


「おや、心の濁りが脳と目にまで影響を与えたのか。やれやれ、あんな人間にはなりたくないもんだ」


 ファイリ様も日頃と全く違う側面を見せている。

 あの慈愛溢れる笑みは何処に行ってしまったのだろうか。あの、小憎たらしい横顔は悪巧みをしている時のフェリオン姫とそっくりではないか。


「あれー、そこにいたの。ごめんなさい、小さな棒が地面に立っているのかと思って、気が付かなかったわ。少しでも凹凸があれば私も人だと認識できたのだけど。それにぃ、私って胸が大きすぎて足元が良く見えないのよ、ごめんあそばせ」


「ほう、その無駄に大きな胸に回った栄養を頭に移したらどうだ。そうしたら、足元も良く見えて、残念なおつむも虫並にはなるんじゃねえかっ」


 二人を理想の女性像だと信じている人々には、見せられない顔で睨み合っている。


「申し訳ありません、ショウル様。ファイリ様は胸と同じく子供なところがありまして、お見苦しいところをお見せしてしまいました」


「いえ、こちらも相当なものですので。お互い様です」


「そうですね。あれは近親憎悪というものでしょう。お互い苦労します」


 お二人の諍いには一切関与せず、いつも私はメイド長と話し込んでいた。そのおかげもありメイド長とは仲良くなれたのだが。

 フェリオン姫の天敵である教皇ファイリ様の想い人であるライトアンロックという存在。その人が、今、死者の街で争奪戦の景品と化している。

 この状況を好機と見たフェリオン姫は、以前自分が助けられたという点を利用し、その時に惚れたという設定で参戦を王へ強請ねだったのだ。

 王としても神をもしのぐ力を持つライトアンロックが姫の結婚相手となるなら、文句はないようで、私もその戦いに参加するように命令を下した。

 私としては命の恩人がみすみす不幸になる事に手を貸したくはないのだが、命令は絶対である。私に拒否権は存在しない。

 だが、そんな私のやる気のなさを見抜いたのだろう、ある日、姫は私を呼び出し、誰もいない部屋でこう切り出したのだ。


「ショウル。私の我がままに付き合わせてしまい、申し訳なく思っています」


 これは危険だ……フェリオン姫が二人きりの状況で丁寧な口調の場合、碌なことをしない。


「いえ、私は貴方の僕です、どんな苦難も我が剣で切り裂いてみせましょう」


「ありがとうございます。本当に頼りになる騎士様ですこと。良かった……最近貴方の元気がなかったので、心配していたのですよ。本当に心配で心配で、諜報部隊に貴方の最近の様子をつぶさに観察し、資料にまとめ報告するように指示を出してしまいました」


 なん……です……と。


「あ、私としたことがうっかりして、人の目についてしまう様なテーブルの上に、資料を置きっぱなしにしてしまいましたわ」


 テーブル!? って、上に載っているあの紙の束の事か!?

 慌ててそちらに目をやると、テーブルの上に無造作に置かれた数枚の資料が目に入る。そこには何枚かの写真もあり、どう考えても室内の盗撮としか思えない写真もある。


「こ、これは」


「ああ、それですか。良く映っていますよね。貴方の部屋って可愛らしいヌイグルミが押し入れに詰め込まれているのですね。初めて知りました。いつも寝る前にそのヌイグルミたちを取り出し、ベッドに並べて一緒に眠るのですよね」


「ああああああああああああああああ」


「勇ましく、男勝りで、騎士の見本とまで呼ばれているショウルとは思えぬ姿ですこと」


「い、い、いえ、これはっ!」


「おや、この写真は……貴方ってこんなに派手な下着持っているのね。彼氏もいないのに何処で使う予定だったのかしら」


 小首を傾げ、胸元から取り出した写真には、赤い派手な面積の少ない下着を鏡の前で照れながら試着している自分の姿があった。


「そ、それはああああっ!」


 慌てて奪い取り、一瞬にして粉みじんに破り捨てた。


「あらあら、まあ、予備は何枚もあるからいいのだけど」


 同じ写真を数枚取り出し、それを扇のように広げ仰いでいる。こ、このアマは……。


「私、ショウルさんがやる気を出してくれないと、この書類と写真を町中や場内でうっかり落してしまうかもしれませんわ。気を付けないとぉ」


「誠心誠意! 命がけで戦わせていただきます!」


 ――私は本当についていない女だ。





 その記憶を全て読み取ったメイド長は、そっと肩から手を放すと、ショウルの手を包み込むように握りしめる。


「ショウル様、一緒に頑張りましょうね!」


 それは上辺の言葉ではなく、メイド長の本心であった。


「無論だ! 全力を尽くすことを約束しよう!」


 戦い前にその絆が更に深まったようだ。

 四名が様々な思いを秘め、今、戦いの幕が上がる。


「では、本選一回戦を開始いたします!」


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