争奪戦4 予選3
残り三エリアは混沌と化していた。
廃墟エリアでは、激しい争いの結果参加者の数が約三分の一となったところで、生き残りが全て一か所に集まっている。
「さて、当初の予定通り死者の街連合軍が勝ち残ったな。良くやった同志の諸君」
三英雄の一人であるエクスが、まだ勝負が付いていないにもかかわらず大剣を鞘に納め、生き残った者たちに声を掛ける。
「ああ、このエリアは僕たちが手中に収めた……計画通り」
もう一人の三英雄ロジックが眼鏡のレンズを光らせ、意味ありげにニヤリと笑う。
「ちょっとあんた達、何考えているのよ。まだ戦闘中でしょ! ライトちゃんとの恋路を邪魔する相手は誰だって許さないんだからねっ!」
スキンヘッドの大男、キャサリンが両刃の巨大な斧を胸元に抱きしめながら、武器を誰かに見立てて愛撫するかのように、腰をくねくね動かしている。
「まあ、待てキャサリン。お前には話していなかったが、俺たちに争う気はない」
武器を手放した状態で、残りの面々も両手を上げる。
この状況に戸惑いを覚えながらも、キャサリンも取り敢えずは武器を下ろした。
「僕たちは始めから、キャサリンを勝たせる目的で手を組んでいたのさ」
「えっ!? あんたたち……」
思いもしなかった言葉に、キャサリンは声が詰まるほど感動し、目を潤わせ死者の街の住民たちを見回している。
「黙っていて悪かったな。キャサリンには俺たち何かと世話になっているだろ。今回の争奪戦の話が出た当初から、俺たちはみんな、キャサリンの為に力を貸そうって決めていたんだぜ」
エクスが照れたように視線を逸らしながら、人差し指で頬を掻いている。
他の仲間たちもエクスの発言を肯定し、大きく頷く。
「嬉しいわ……あんた達最高よ! 今度お店でサービスしてあげるから、武器防具何でも持ってきなさい!」
感激のあまり近くにいた冒険者二人を抱き締めているキャサリンを眺めながら、死者の街連合軍の面々は――ほくそ笑んだ。
彼らの目的はキャサリンを優勝させること。これに間違いはない。だが、その理由が今語った内容とはかけ離れていたのだ。彼らの本当の目的はそんなものではない。
彼らが何を考えているのか、それを説明する前に死者の街連合軍の隊員に共通している事柄を明記しておこう。ここに参加した者たちは全て、独身、彼女無しである。
そんな彼らにとって、死者の街の美女を独り占めしながら、はっきりした意思を示さずのらりくらりと躱し続けているライトの態度、存在が腹立たしくて仕方がなかった。
はっきり言ってしまえば、もてない男達の嫉妬である。
そんな鬱憤が溜まりに溜まっていた彼らが、ライト争奪戦の話を耳にした瞬間、彼らは誰から言い出したわけでもなく自然と集まり、死者の街連合軍――別名、ライトに天罰を落し隊が結成された。
彼らの本当の目的はただ一つ、キャサリンを優勝させてライトに嫌がらせをすること。この一点のみである。
この計画は秘密裏に進められていた。もし、ライトの取り巻きである、ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルス、メイド長の耳にこの計画が漏れたら、彼らの命は無いだろう。
それを承知の上で、無駄に結束力の強さを見せ、今日までメンバー以外にバレることなく、計画を実行に移し成功を収めた。
「さて、二人まで本選出場ができるという話だが、もう一人はどうする」
「エクスでいいんじゃないかな。僕も出たい気はするけど、魔法使いは一対一の戦いには弱いからね。本選の方式が不明な点が厄介だけど、エクスなら臨機応変にやれるだろ」
全員がその意見に賛成を示し、廃墟エリアの出場者が決定した。
平らに加工された石が敷き詰められたシンプルな闘技場エリアでは、今まさに決着が付こうとしていた。
生き残りは三名。
長く美しい金髪が邪魔にならないように束ね、細剣の先端を相手に向け、半身を後方に引いた構えで警戒を緩めない、女剣士。
女剣士の背後に守られる形でその場にいる、場違いなドレス姿の線の細い美しい女性。
その二人に対するのは、真っ白の布をくり抜き縫い合わせただけの粗末なワンピースを着た、十歳前後に見える少女。
このエリアの参加者は強者揃いで、多くの者がこの三名が生き残るとは夢にも思わなかっただろう。だが、この三名――いや、二名の実力は他の参加者から抜きんでていた。
足手まといにしかならないドレスの女性を庇いながら、洗練された見事な剣さばきで次々と敵を葬ってきた女剣士の強さも、恐るべきものがあるのだが、彼女と敵対する少女は誰もが予想しえない強さを秘めていた。
場違いという点なら、この少女もかなりのもので、多くの参加者が少女の姿を確認すると思わず二度見してしまう程だ。
白のワンピースという防御力の欠片もない服装も目につくが、真っ白な髪と白い唇が無表情な顔と相まって、神秘的とすら思わせる雰囲気を纏っていた。
女剣士は相手の実力を重々承知している。正直、自分がまともに戦って勝てる見込みはないと判断している。自分が敵を確実に倒している最中に、彼女の戦いを目撃してしまったからだ。
戦闘が始まったばかりのタイミングで、白の少女を襲うことに罪悪感を覚えた参加者が何名もいたようで、彼女の前に立ち武器を向けることなく話し掛ける。
「お嬢ちゃん。ここは冗談ではなく危険だから、降参した方がいいと思うんだが」
優しく諭すような声に、少女は表情を変えずに顔を向ける。その瞳は男の方に向いているのだが、何故か自分ではないどこか別の物を見ているかのような気にさせられていた。
「大丈夫。私は強い」
淡々とその言葉を口にすると、少女はほんの少しだけ右足を地面から浮かすと、そのまま石畳へとそっと下ろした。
途端に少女を中心とした放射線状の石床が吹き飛び、石の直撃と目に見えない力により吹き飛ばされた参加者たちが一瞬にして、再起不能となる。
「なっ!?」
予想もしない展開に我を見失いかけた一同だったが、歴戦の猛者揃いである参加者たちは瞬時に体勢を立て直すと、判断ミスを受け止め一斉に少女へと躍りかかった。
少女たちは襲い掛かってくる相手を一瞥すると、小さく息を吐く。
たった、それだけの動作で少女の周りに無数の光の弾が浮かび上がった。その光の弾一つ一つが意思を持った生物のように、空中を自由自在に動き回り、参加者たちを瞬く間に撃ち落していった。
「無詠唱どころか、魔法名すら口にせず……『聖光弾』を発動させただと……」
辛うじて一命を取り留めていた参加者の一人が、驚愕に目を見開きながら少女の姿を見つめている。ただの少女としか見ていなかった存在が、今は強大なナニか人ではない別の生き物に見えている。
「聖属性の使い手……白の髪……まさかっ!」
ベテランの冒険者であるその男は何かに思い当たったようで、それを口にしようとしたのだが、頭上から降ってきた光の弾にその身を貫かれ、光の粒子と化した。
あの一方的な蹂躙劇を目撃してしまい、その力の差を実感してしまった女剣士は自ら歩み寄ることを決断する。
構えていた武器を下ろし鞘へと納めると、戦う意思が無い事をアピールする。
「我々は戦いを望んでいない。話し合いで解決したいのだが」
「そんなことしなくても、倒せる」
少女は素早く切り返すと、無造作に歩み寄ってくる。
「いや、待ってくれ! あなたに負けを認めろなんて言う気はない。こちらが降参する。だが、どうするか今後の事を決めなければならない。なので少し猶予をくれないか?」
少女は足を止めると、小さく頷きその場に座り込んだ。その瞳はこちらに向いているように見えて、焦点が定まっていない。
「……フェリオン姫様。申し訳ありません。あの者に勝てる気が全くしません。密かに忍ばせておいた手の者も全て倒されてしまいました」
「そうですか。ショウル、貴方がそう言うのですから、間違いはないのでしょうね」
ドレス姿の女性の名はフェリオンと言い、神聖イナドナミカイ王国の姫である。
ショウルと呼ばれた女剣士は深々と頭を下げ、謝罪の意を示す。
「姫様のお付きの騎士でありながら、この身の不甲斐なさに言葉もありません」
「良いのです。貴方が勝てぬというのであれば、我が国の騎士は誰も勝てぬということです。世界はまだまだ広いですね」
フェリオン姫は女騎士を咎めることなく状況を受入れ、少し残念そうではあるが清々しい表情をしている。
女騎士ショウルは、神聖イナドナミカイ王国の兵士や騎士たちによる剣術の競技大会で、五年連続一位の座についている。その腕は近隣諸国にも脅威として伝わっており、五指将軍ですら足元にも及ばないという噂が、まことしやかに囁かれている。
「ここは、申し訳ありませんが姫様には降参していただき、私が本選へ出場し、優勝の暁には権利を姫様に譲与したいと考えております」
「そうですね。私は神聖魔法を嗜む程度。貴方がいなければ、万に一つも勝ち残ることはできないでしょう。後をお願いしていいかしら」
「はっ! この命に代えましても!」
膝を突き深々と首を垂れるショウルの肩にそっと手を添え「頑張ってね」と微笑みかけると、フェリオン姫は降参した。
七つのエリアで勝者が決まり、残り一つのエリアとなった。
最後の一つは墓地エリアで、闇夜に上がる大きな月が照らす光のみを頼りに、各自が戦いを繰り広げている。
無数の墓石が規則性もなく地面へ突き刺さり、所々に生えている枯れ木が、墓場の雰囲気づくりに一役買っている。
そんな薄気味悪いステージで、十名以上の参加者たちが巨大なナニかを取り囲んでいた。
「てめえ何者だ! そんな図体で人間なんて言わないよな!」
「巨人族かっ! そのマントとフード取りやがれ!」
周囲の言葉が聞こえないのか、四メートルはある巨体が揺れ、マントの中から巨大な拳が飛び出してくる。
速さのない突きに、参加者たちは余裕を持って躱したのだが、その拳が地面に触れた途端、大地が爆散した。
吹き上がる土砂と、爆風に煽られ近辺にいた参加者たちが吹き飛ばされていく。
「気を付けろ! 速さは無いが破壊力が馬鹿げているぞ、皆近づくんじゃない!」
「ならば、遠距離から葬ってくれる! その巨大な的、外す方が難しいぐらいだ『火炎弾』」
人の頭ほどの大きさがある火の玉が相手に命中し、その体が炎に包まれる。全身をなぶるように燃え続けていた炎が消え去ると、そこには全身が岩でできた巨大なゴーレムがいた。
『ゴウレイム ノ ハダカミタモノ コロス』
無機質で抑揚のない声がゴーレムから漏れる。
それは岩石が寄り集まって人型を成しているように見えるが、その肌? の表面は磨き上げられていて、岩と言うよりは職人によって作られた陶磁器のような質感をしている。
口や鼻といった部位は見当たらないが、顔らしき部分に金色に輝く二つの目が存在していた。だが、今はその金色だった眼は赤く怪しげに輝き、怒りを目で表現しているかのようだった。
「やばくねえか……これ」
「ああ」
そう呟いた参加者たちの頭上に岩の拳が叩き落とされる。さっきまでの攻撃速度とは比べ物にならない速さの突きの連打。
風を切り裂き、唸りをあげ迫りくる巨大な岩。避けることすらできずに無残に潰されていく参加者。
誰もが防御すらせずに、圧倒的な暴力を受け入れたわけではない。何とか盾や武器でその一撃を凌ごうとした参加者は――防御の無意味さを知ることとなる。
地鳴りと破壊音が鳴り響く戦場で、不意に音が止む。
血のように赤く染まった目が、動く対象物の存在を感知できなくなった為だ。大きく幾つも穿たれた大地。その穴の奥には圧縮された人々が埋まっている。
ゴーレムは周辺を見回し、他の獲物がいないか探っているようだが、その探知能力に引っかかる相手はいないと腕を下ろしかけた、その時。
振り向きざまに、今までで最も素早く重い拳の一撃を放つ。
ゴーレムの拳が対象に激突した衝撃に空気が震え、周辺の景色が歪む。
『ダレ』
拳に手を添え、その一撃を受け止めた人物へゴーレムが問いかける。
そこにいたのは、黒の仮面を顔に装着し、体形が読み取れない大きなロングコートを着込んだ人物がいた。
黒仮面は何も発することなく、首を静かにゆっくり左右に振ると、ゴーレムの拳に触れていない左腕で周辺を見回す様に指示をする。
ゴーレムがもう一度周辺を見回すのだが、そこには誰の姿もなく、どうにか二人が最後の本選出場者となったことを理解した。
「皆様ご覧になられた通り、本選出場者が決定しました! 扉を開放しておきましたので勝ち残った方々は、順次押さないように扉を潜りお戻りください」
会場の八つの扉が同時に開き、その中から次々と本選出場者が姿を現す。
ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルス、メイド長はお互いの姿を確認し、視線を交わすと微笑み合う。
他の予選通過者も現れ全員が揃うと、会場から割れんばかりの歓声と拍手が降り注ぐ。
手を挙げ歓声にこたえる者。
場の雰囲気に呑まれ緊張して直立不動状態の者。
全くの無反応を貫く者。
様々な反応を見せる通過者たちを見守っていた死を司る神は、大きく息を吸い、司会として場の進行を始める。
「本選出場の権利を得た十六名の方々に惜しみない称賛と労いの言葉を。この勇敢なる十六名の紹介を前に、本選の試合方式の説明をさせていただきます」
生き残った十六名の表情が一変し、全員が死を司る神の発言を一言一句聞き逃すまいと集中しているのが手に取るようにわかる。
「この後、皆様にはくじ引きをしてもらいます。一から八までの数字が書き込んでいますので、その番号によって対戦相手と――共に戦う相手が決まります!」
最後の一言を聞いた本選出場者の何名かが訝しげに顔を歪めている。
「つまりは、全ての番号が二枚ずつくじ引きの中に入っていますので、同じ番号を引いた者同士で組んでもらい、力を合わせてトーナメントを勝ち抜いてもらいます!」
死を司る神のルール説明に会場が静まり返っている。今一理解できていない者から、完全に理解し、この方式の矛盾に気がつき言葉を失っている者、反応は様々だ。
「実力のみで決着をつける。それでは、面白く――いえ、それだけの能力ではライトアンロックの嫁に相応しくありません。波乱万丈な人生をひた走ってきた彼に相応しい伴侶の必須条件の一つ、それは……運です! 強敵との戦いに勝ち抜いてきたライトアンロックは、人として確かに実力はずば抜けているでしょう。ですが、運がなければ生き残れなかった戦いもありました。そんな彼を共に道を歩む者には、運が必要なのです!」
どう考えても後付けの言い訳にしか聞こえない死を司る神の発言に、眉をひそめているのは実力に自信がある面々のようだ。
実力が一歩劣っている自覚がある者たちは、この方式に勝機を見出し、表情が明るい。
「では、皆様にはくじを引いていただき、その結果と同時に皆様の紹介に移らせてもらいます」
会場の扉が開き、そこからくじの詰まった箱を持った職員が入場してくる。
全員が自分たちの未来を決定付ける、くじ引きの箱へ視線を集中させていた。
本選のパートナーとなる仲間と、対戦相手を決める方法はあみだくじで決めました。はい、完全ランダムです。
次回発表なのですが、その結果に私自身も驚かされました。
考えもしなかったコンビが出来上がってしまったので、書き手として悩ましいのですが、楽しみでもあります。