争奪戦3 予選2
平原、都市エリアの勝者が決まった同時刻に、他のエリアでも本戦出場者が決定していた。
山岳エリアでは、ロッディゲルスが足場の悪い状況を物ともせず、黒鎖を巧みに操り遠距離中距離からの攻撃で他を圧倒している。
黒鎖で足場を創り上げることも可能なロッディゲルスが、苦戦することなく順調に参加者を叩きのめしていた。
「ふむ、どうやら運が良かったようだな。これといって脅威が見つからないが」
『主様が強いだけですよ! あいつらなんて足下にも及びません!』
高所に黒鎖で編み込んだ蜘蛛の巣を作りだし、その上で眼下を眺めながら目についた参加者を順次、黒鎖により倒している。
ロッディゲルスの足元には使い魔として参加が認められた、キマイラが子犬バージョンで付き添っている。どうやら高所が苦手なようで、足元を極力見ないようにしながら、ロッディゲルスの脚にしがみ付いている。
「全員を倒すわけにもいかないか。誰を一人残すか、それも考えた方が良さそうだ」
『強い人が残るのではないのですか?』
ロッディゲルスを見上げ、獅子、山羊、尻尾の蛇が小首を傾げている。
「我が手を出さなければそうなるであろうな。だが、本選の事を考えるなら、あえて弱い物を残しライバルを削っておくという手もある。もしくは、苦戦している者を助け、恩を売っておき利用するというのも」
『主様、主様。その卑怯っぽい考え方、あの化けも――じゃなかった、ライトアンロックにそっくりですよ』
「そうか。ライトに似ているか……ふふふ」
少し嬉しそうに表情を緩め含み笑いをしている主を、キマイラは心配そうに見つめている。キマイラとしてはライトが苦手なのだが、主の想い人である相手を悪く言うわけにもいかず、心中穏やかではないキマイラだった。
「どちらにしろ、もう少し人数が減ってから実行に移す――ん? 何っ!」
ロッディゲルスは周囲の魔力を探っていたのだが数刻まで、まだ何十人もの参加者の魔力を探知していたというのに、今はその魔力を全く感じられないでいる。
「どういうことだ。この短時間の間に一気に倒されたというのか。余程の猛者が残っているのか……だが、魔力を一切感じられない。もしや、追い詰められた魔法使いが、大魔法を使用して自爆したのか?」
『あ、あ、主様ぁぁぁ』
状況が掴めずに思考の海に潜り込んでいたロッディゲルスは、今にも泣きだしそうな情けない声で助けを求める、キマイラの呼びかけで我に返った。
「どうした、キマイラ……何者っ!」
「あらあらあら、相変わらずもふもふで可愛いわね~」
『だずげでぇ……あるでぃざまぁー』
黒鎖でできた蜘蛛の巣の上に、いつの間にやってきたのか、キマイラを抱き上げ頭を嬉しそうに撫で続けている女性が、そこに居た。
キマイラは撫でられすぎて、自慢のたてがみが妙な形に変形している。
「お久しぶりね、ロッディゲルスさん」
穏やかに微笑む金髪の女性。割烹着姿が様になっている相手を、ロッディゲルスは確かに見覚えがあった。
「貴方は孤児院のファイニーさん?」
「はいそうです。覚えていてくれて良かったわー」
三英雄の一人であるロジックが生まれ育った孤児院の経営者であり、皆から母と慕われている女性。その正体はロッディゲルスと同じく魔族である。
その事実を知っているロッディゲルスは警戒を解くことなく、彼女と接している。
「そんなに緊張しないで。もう、私たち二人だけみたいだから、戦う必要はないでしょ」
「確かにそのようですね。まさか、貴方が参加する何て思いもしませんでしたよ」
「うふふ。本当はロジックの様子を見に来たのですが、面白そうなイベントをやっていましたので、つい参加しちゃいました」
どう見ても、十代後半から二十までにしか見えないファイニーを前に、ロッディゲルスの表情は優れない。
今、ロッディゲルスの心境は複雑だった。絶滅寸前の魔族仲間に再び会えたというのは、正直嬉しいことなのだが、問題が幾つかあった。
まずは、相手の実力を把握できていないので戦いにおいての戦略が立てにくいということ。魔力を隠蔽し、こちらに察知されることなく敵を倒していった力量は侮れない。本選の方式はわからないが、ファイニーの戦闘を見る機会があれば、注意しておくに越したことはないだろう。
それよりも、最大の懸念材料はライトの周囲にはいない、おっとりした性格に母性を感じさせる包容力の持ち主だということだ。
「これは強敵が現れたな……」
表面上穏やかに見える二人なのだが、ファイニーの胸に抱えられたままのキマイラは、何故か震えが止まらず、頭を隠して体を丸めていた。
密林エリアの方では、メイド軍団が猛威を振るっている。
メイド長の号令の元、全員が集団戦闘を繰り広げ、鍛え上げられた連携を見せつけていた。
メイド長の得意とする鞭が相手の体に絡みつき動きを封じると、頭一つ背が低いメイドから放たれた無数の短剣が相手の顔面に突き刺さる。
二人が目の前の敵に攻撃を加えている隙を狙い、大木の裏に身を潜めていた盗賊風の男が飛び出してきた。
背後から襲い掛かるが木の上で息を潜めていた、メイドの一人が背中の大剣を抜き放ち、飛び降りた勢いのまま盗賊風の男を両断した。
「ぐああっ!」
木の上から胸に何本もの矢を受け、悲鳴と共に落ちてきた魔法使いの男を射止めたのは、黒縁の眼鏡を掛けたメイドの一人のようだ。その手には磨き上げられた白銀の弓がある。
戦闘に参加していなかった残りのメイドは、メイド長の近くで目を閉じじっとしていたのだが、不意に目を開くと『聖域』を発動した。
周囲から一斉に飛び道具と、魔法が降り注ぐがその全てが聖域の壁に阻まれる。
「よくやりました。皆さん、優雅と気品を忘れずに、残りの無粋なお客様へのおもてなしお願いしますね」
「「「「わかりました」」」」
スカートの端を摘み上げ礼をすると、メイドたちが四方に散っていく。
彼女たちはメイド長が自ら厳選し鍛え上げた、ファイリ直属のメイド兼、護衛である。その実力は単体でもAランク上位に匹敵するのだが、メイド長を加えた五人編成となると、その実力は跳ね上がる。
全員がメイド服姿の為、相手が油断をしてくれるというのも勝因の一つなのだが、油断など無くてもねじ伏せられる実力を有している。
「さて、ここも終わりでしょうか。Sランクの方が何人かいて、少々焦りましたが」
「なかなか、手ごたえがあってよかったぞ」
メイド長の隣に音もなく現れたのは、血に汚れたメイド服を着た妙齢の女性だった。その貫禄と年齢と隠しきれていない迫力が、メイド服とあっておらず違和感しかない。
「貴方様を臨時で雇っておいて正解でしたわ。ありがとうございます――ギルドマスター」
「元々参加する予定だったからな。この格好だと正体がばれにくくて暴れやすかったぜ。ライトの嫁になる気はないから、権利をお前さんに譲渡するのに何の問題もない」
予選の方式が正式に発表される以前から、メイド長は幾つもの手を打っていた。首都にいた部下であるメイド衆に連絡を取り呼び寄せ、この大会への興味を示すであろうギルドマスターと確約を結んでおいた。
ファイリ、ロッディゲルス、イリアンヌと比べれば、自分の実力が劣っているのを承知の上で、勝つ為の手段を練っていたメイド長。
この予選方式はメイド長の望む展開の一つだった。
「これでこのエリアは私と、ギルドマスターの両名で決定ですね。皆さまも無事通過していると良いのですが」
「おや、あんたとしちゃ、厄介な三人娘が予選で倒された方が嬉しいのかと思ったのだが」
三人の身を心配するメイド長を意外そうに見ているギルドマスターへ、笑みを返した。
「御三方とは、やはり本選で決着を付けたいのです。恋のライバルとして」
あまり、恋愛関係には縁がなかったギルドマスターは「そういうもんかね」と呟き、豪快に頭を掻いている。性格が男性よりのギルドマスターには理解のできない感情の様だ。
当初の予想通り、ライトに最も近い存在であったファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルス、メイド長が勝ち抜けた。更に、三英雄の一人ミミカ、イリアンヌの母であるマリアンヌ。孤児院の母であり魔族のファイニー。ギルドマスターと意外性のある人物も出揃ってきている。
本命が出尽くしたところで、残りの四エリアはどうなっているかと言うと――
魔物エリアでは平原に無数の魔物が存在し、参加者に注意しながらも襲い掛かってくる魔物たちを倒さなければならないという、過酷な状況だった。
たちの悪いことに、その魔物がCランク以上ばかりで、気を抜けば腕に覚えのある参加者でも倒される恐れがある強敵を取り揃えていた。
「くそっ、他とやりあっている場合じゃねえ!」
「生き残るので精一杯だっ」
「今は手を組まないか!」
多くの参加者は人と戦っている場合ではなく、魔物の対応に追われている。
このマップでは参加者を倒すというよりは、最終的に魔物に倒されずに生き残った者が、勝者になる可能性が高いようだ。
そんな中、とある参加者の周りには魔物が殆ど寄り付かず、高みの見物と洒落込んでいる少女がいた。
「うん、ナイトシェイドのおかげだね。ありがとう」
魔物である巨大なワイルドホースの背に跨り、マースはその首を撫でている。
ナイトシェイド号は嬉しそうに身をよじりながら、近寄ろうとする魔物をひと睨みし、その威圧感のみで追い払っている。
通常のワイルドホースはDランク以下の魔物なのだが、突然変異でもあるナイトシェイド号は産まれた時からBランクの能力を有していた。ただでさえ、強い魔物であったのだが、マースがライトの跡を追ってこの街に来てから、ライトのお供や他の冒険者たちと共に戦うことが増え、ナイトシェイド号の実力は更に上昇していた。
今ではCランク程度の魔物であれば、さっきのように睨むだけで追い払うことが可能になっている。
時折無謀な特攻を仕掛けてくる魔物がいるのだが、ナイトシェイド号の蹄に踏みつぶされ、蹴飛ばされるのがオチである。ちなみに、ナイトシェイド号はマースの使い魔として登録されているので、一頭と一人で一組と判断された。
そんな彼女と一頭を、岩陰に隠れ遠くから見つめている一人の男がいる。
周辺に魔物が群がっているというのに、一切相手をせず熱心にマースを見つめている。背中には無数の魔物が体当たりを何度もぶつけ、腕と脚には鋭い牙を持つ魔物が噛みついているのだが、気にも留めていない。
「ああ、大丈夫かな。ナイトシェイド号がいる限り、心配はないと思うけど……やはり、近くまでいって、手助けするべきなのか。どうしよう」
青年は魔物に噛みつかれながら今後の方針を悩み続けている。
この後、青年は答えが見つからないまま、マースと同じくこのエリアの生き残りとなり、本選出場権を獲得する。